お城のような豪華な外装、都会の一等地に国立公園程の広さの敷地を有し、行き来するのは今をときめく芸能界の華、通い始めは尻込みしていた事務所にもすっかり慣れた秋。落ち葉の絨毯と、異臭を放つ銀杏に季節を感じながらオフィスのあるビルへ向かった。
敷地に入ってから数分歩き建物の前まで来ると、そこには積み上がった枯れ葉が。膝ほどの高さの山はつむじ風で少しづつ拡散し、散らばり始めた。あーあー。そう言えばテレビで木枯らし一号なんて言ってたなぁ。
他人事だと思いながらその様子を見ていると、少し離れた場所から少女の大きな声が聞こえた。
「あぁー!? ナナがせっかく集めた落ち葉が!?」
振り返った先、落胆の表情で駆け寄ってきたのはウサ耳アイドル、延々と17歳こと安部菜々さん。
「カフェだけじゃなくて清掃のお手伝いもしてるんだ?」
「あ、鴨川さん。そうなんです。ナナ、日頃からお世話になっている事務所に少しでも貢献できればと……って! そうじゃないです、違いますよ! 実家から美味しいお芋が届いたので、焼き芋をして皆さんにおすそ分けしようかと」
焼き芋、とても美味しいんですよ! ミンッ。そう言って、気合を入れ竹箒を掲げる姿はアイドルというよりもお母さんのようだったが、そんなことを口に出せばどうなるか分かっているので口を噤む。レトロなものに詳しく、マッサージの時に人には聞かせられない声が出る、やたら包容力のあるアイドル17歳説は、周りが疑問を口に出さず、そうであると信じることで成り立っているのだ。
「というか、ウサミン星から届いたんだ。おいも」
「はっ……そ、そうなんですよ〜?」
泳ぐ眼は、それ以上追及しないでと声高に主張していた。
再び、箒片手に落ち葉を集め始めた菜々さんに、事務所に行くからと別れを告げる。おいも、焼けたら持っていきますね〜と手を振られ、ボクも期待を込めて応援する気持ちで振り返した。
おいも、焼き芋。やっぱり秋は食欲の秋だなぁ。ウサミン星式焼き芋だからきっと美味しいだろう。小腹空いたかも。そんな事を考えながらエレベーターのボタンを押す。階数を表す数字が少しずつ下っていくのを眺めていると、隣に人が現れた。
「奇遇ですね……」
手に紙袋を持った、鷺沢さんだった。袋の中をちらっと覗くと、重そうな本が数冊。持つ手がぷるぷると震えていた。
「奇遇……重たい本を持って待ち伏せしていたなら、出会ったのは偶然では無いと思うけど」
「そうですね……出会うのは必然だった……運命でしょうか」
「はいはい、重そうだからそれ持つよ」
今来ましたのスタンスを崩さず、すっとぼけ続ける鷺沢さんから紙袋を少し強引に奪う。手にかかるずっしりとした重さが何となく執念のように感じた。
「あっ……その、ありがとうございます……」
照れ照れ。突然顔を赤らめた。いつもなら手が触れようものならグイグイくるはずの鷺沢さんが、今日は何故か純朴な文学少女の様な振る舞いに。え、別人? 若干の人違い疑惑を頭に抱き、反応の理由を問いただすと、昨日は恋愛小説というものを読んでいましたとの事。
もしかして……手に持った紙袋の中の本、その表紙を覗き見る。踊る恋と愛の二文字。あぁ、これか。この本たちを読むと今の鷺沢さんのようになってしまうなら、僕は遠慮しようかな。
女の子の重い荷物をさり気なく持ってあげる……3キュンキュンポイントです! IQの低そうなことを言い出した鷺沢さんから少し距離を開け、紙袋を返却しようとするも読書の秋ですよと言って取り合ってくれない。
「悪いけど、今は食欲の秋の気分だから」
「本を食べるのですか……!?」
「いや食べないけど!」
頭の悪くなってしまった鷺沢さんとエレベーターに乗り込み、本を押し付け合う。
本を受け取ってくれるのならその、抱擁もお付けします……はい、しました……受け取ってください……。自分からハグをしたのにやはり何故か照れている鷺沢さんは、監視カメラに映像も残っているので言い逃れは出来ませんよなどと、意味不明な主張を繰り返し、結局根負けする形で受け取ることになった。
アイドル部署のフロアに着き僕が降りると、鷺沢さんは、私はこれからレッスンなのでと言って降りずに1階へ下っていってしまった。いや何だったんだ今のは……。
彼氏を絶対に落としたい貴方へ〜束縛編〜、恋を頑張れない貴方のための詩集〜もう無理なんて言わせない〜などなど、物理的にも気持ち的にも重い本の行き先を、とりあえず乃々ちゃんの机の下に決定してようやく自分の課の部屋までたどり着いた。
「こんにちは〜」
ドアを開いて部屋に入る。珍しくアイドルの子はいないみたいだったが、更に珍しい事にプロデューサーさんが机に座って作業をしていた。ちひろさんも気になるのか、横目でチラチラ見ている。
プロデューサーさんはいつも真顔で無愛想なので感情が読み取りづらいのだけれど、今日は理由を聞いてオーラが大きな背中から放たれていた。
何だか嫌な予感が……尻込みする僕と、黙ってキーボードを叩き続けるプロデューサーさんとを交互に見て、苦笑いのちひろさんは僕の方を向いて頷いた。言葉には出てないけれどわかる、話しかけてくださいのサインだ。
「えっと……プロデューサーさんが営業じゃないのは珍しいですね?」
そう話しかけた声に反応したプロデューサーさんは、無言のままグイッと首を回転させコチラを見た。
「ライブです」
「はい?」
首だけでなく座っていた椅子を回転させ体ごと振り返ったプロデューサーさんは、真剣な表情で立ち上がり僕の手を取る。一体何の冗談なのかとちひろさんの方を見るも、ちひろさんも分からないようで目を白黒させていた。
「……僕が?」
「はい。貴方の力が必要なんです!」
まさか、そんなはずはないと思いながら確認すると、プロデューサーさんは確かに深く頷いた。ホントに?
ライブって、アイドルの子たちが踊ったり歌ったりするアレのことだろう。アシスタント見習いの僕は送り迎えぐらいしかしてなかったけど、出るの!? 演者として?
「そ、それは決定事項なんですか?」
「はい。専務直々に通達されました」
信じられず、何かの間違いじゃないか、そう思ってもプロデューサーさんは全く変わらず貴方の力を貸してくださいと、手を握ってこちらを見つめて来ている。これは……とてもNOとは言えない雰囲気だ。
「その……もう少し考えさせて欲しいんですけど」
「そうですか? 私は、鴨川さんなら出来る思いますが」
とにかく保留にして考える時間が欲しい。そう伝えるも、プロデューサーさんは了承をいただけるまで待っていますと作業に戻らなかった。えぇ……? 再度、助けを求めてちひろさんの方を向くと、任せてくださいと言うように目を合わせて深く頷いてくれる。うん、何とかなりそうかも。やっぱりちひろさんは頼りになるなぁ……僕とプロデューサーさんの間に割って入るようにちひろさんが近づいて来た。
「あの!」
「はい、何でしょうか」
やっちゃえちひろさん! 特撮の、怪獣に立ち向かうヒーローを見ている子供のような調子で、プロデューサーさんに立ち向かっていくちひろさんを応援する。
「その、ライブのことについては鴨川さんのお父様はご存知ですか?」
「はい、むしろお願いされました」
敵!? 身内まで懐柔されていたなんて……恐ろしい事に父は賛成派のようだ。私に任せてくださいと胸を張っていたちひろさんも、驚きの情報にそうですか……と撃沈してしまい、どうですか? と僕の返答を待ちわびているプロデューサーさんは目を輝かせる。もう待てない、瞳がそう告げていた。
「わ、分かりました」
「本当ですか! 良かったです」
ニコォ……引き攣った笑みだが嬉しそうに笑ったプロデューサーさんが書類の沢山挟まった分厚いファイルを手渡してくれる。準備に丸一日かかりました、いつの間にか穏やかな微笑みの表情に変わっていたプロデューサーさんは、そう嬉しそうに語る。いや、僕が受けること前提で作ってたの!?
「はぁ……目を通せば良いんですね」
「はい、レッスンの予定なども組んで頂きたいので」
「僕がやるんですか?」
「え? えぇ、まぁ」
……ん? 何だかすれ違いが起きているような気がする。お互いの話題に行き違いを感じ僕とプロデューサーさんが黙り込んでいると、ちひろさんが再び質問を聞きに入ってくれた。
「あの、鴨川さんがレッスンを受けるんじゃないんですか?」
「え……? いえ! 私はただ、今回のライブは事務所総出で行うので、鴨川さんにも見習いプロデューサーとして参加していただきたいと」
「ええええ!?」
すれ違い、違和感の正体はこれだったのか! 今更になって理由が分かる。確かに、プロデューサーさんは僕がライブに出るなんて一言も発していなかった。力を貸すというのは、僕にもライブの仕事を任せたいということだったのか。父さんがお願いしたのも、一つ僕に大きな試練を出すようなつもりだったのだろう。
とにかく恥ずかしい勘違いをしてしまったと頭を抱える僕を、プロデューサーさんは不思議そうに見ている。その横でちひろさんが、言葉が足りないのはいつものことなので……とフォローになっていないフォローをしていた。
「鴨川さんには、複数のユニットを受け持っていただくつもりです」
「ユニット? それも複数ですか?」
「はい。最初はシンデレラプロジェクトから一つをということだったのですが、隣の課からも頼まれてしまいまして」
詳しくはそのファイルの中を、と渡された赤のバインダーを開くよう促される。
開いてまず一番に眼へ飛び込んできたのは、レッスンルームの貸出表。事務所に所属するアイドルたちの名前が細かく別れたセルにびっしりと書かれている。右上に書かれた現在までの申請表という字をそのまま受け取ると、それぞれの担当者の出した申請がそのまま載っているようだった。
このギチギチに詰まった予定を、うまく交渉して譲り合いながらレッスンを組まなきゃいけないのか……。最初の書類にしては重すぎる作業の内容に、内心で辟易としながらパッと目を通す。はいはい、僕の担当するのはキャンディアイランドに、アンダーザデスクかぁ。
「双葉さんはレッスンを受けたがらないので、苦労すると思いますが……」
鴨川さんなら大丈夫ですと、全く根拠のないことをティンときたで済ませてしまプロデューサーさんの株を自分の中で若干下げつつ、メンバーを眺める。
キャンディアイランドはともかく、アンダーザデスクは最近結成されたばかりのユニットで、今回のライブが方向性を決める大事なチャンスになるんじゃ……。
そんな大事な機会を新人の自分に任せていいのかと聞くと、佐久間さんの扱いに困ったという事で依頼されて……と首に手を当てながら言うプロデューサーさん。
一癖も二癖もあるメンバーに、今後の波乱を想像して脱力する。こんな調子でやっていけるのだろうか。
季節感ゼロですが、夏の色々は別のタイミングで書きます。