デレマスの貞操観念逆転モノ   作:桟橋

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おまたせしました。
かな子ちゃん は おいしそう。


かな子ちゃん は 美味しいから大丈夫

「ケーキを用意したいんですか?」

「うん、これも杏ちゃんのためだと思って作り方を教えてほしいんだ」

「良いですよ〜、私も美味しいものが食べられますし」

 

 事務所、お願いをするために用意した賄賂をかな子ちゃんに差し出し、事情を説明する。杏ちゃんには今日のレッスンは飴玉で我慢してもらったけれど、いつまでもこのままじゃ杏は納得しないぞー、もっとこう送り迎えとか……ごにょごにょとしきりに主張するので、手作りでケーキを作ることに。

 元の世界で考えれば、僕こと女の子から手作りのケーキを貰った男の子こと杏ちゃんがやる気を出さないはずがない……はずなのだ。杏ちゃんは飴好きだから甘い物が好物だろうし、ぴったりだろう。

 幸い、かな子ちゃんは快く引き受けてくれたので何とかうまくいきそうだ。

 

 

 ◆

 

 

 レッスンのときによく注意されるんですけど、トレーナーさんの食事制限が厳しいんです〜。そう言いながら机の上のマカロンへ手を伸ばすかな子ちゃんを、隣で心配そうに見つめる智絵里ちゃん。

 

「か、かな子ちゃん! それ以上食べたらまたトレーナーさんに叱られちゃうよ!?」

「えぇっ、大丈夫だよ? 美味しいものはカロリーゼロだってテレビでやってたんだ〜」

「え、え!? そ、そうなのかな……でもかな子ちゃんが言うんだからそうなのかも……」

 

 口にポンポンとカラフルなマカロンを放り込み、更に箱へと伸ばされる手を智絵里ちゃんが慌てて止めるも、なぜか自信満々なかな子ちゃんの謎大丈夫だよ理論により押し切られてしまい、みるみる内に勢いを失ってしまった。

 本当なら僕も智絵里ちゃんに加勢してかな子ちゃんを止めるべきなんだろうけど、ケーキ作りを頼んだ手前、ちょっと注意し辛いというか……お菓子が関わったかな子ちゃんはとてもとても意思が弱くなってしまうので、制限は形だけで摂取した余剰カロリーはトレーナーさんが行ってくれるレッスンで消費してもらう方針だった。

 

「そひたら、らいひゅうのレッスンのとひによういひまふね?」

「の、飲み込んでからしゃべらないと!」

「ふぇ? …………えっと、もう一回言ったほうが良いですか?」

「いや、何となく言いたいことは伝わったから……うん」

 

 ハムスターの様に頬を膨らませて喋るかな子ちゃんは、美味しいケーキを作るなら材料も良いものを使わなきゃですね! と笑顔で言うと、懐から携帯を取り出し どこかへ電話をかけ始めた。

 

「で、電話中なのに口に入れちゃだめだよ〜!」

「だいひょうふだいひょうふ」

 

 ちゃんと喋れてないのに大丈夫なの? 軽く心配しながら話を聞いていると、かなり親しげな口調で電話の相手と話し続けている様子。口に残っているマカロンのせいで若干喋りがふわふわなのだけれど、会話が普通に成立しているみたいで、暫くするとかな子ちゃんがお礼を言い電話を切った。どうなったのかは聞き取れなかったけど、随分うまく言った様子。

 

「何の電話だったの?」

 

 全く見当もつかない僕が、やけにテンションの高いかな子ちゃんに電話の相手と要件を聞くと、当然のような調子で答えてくれた。

 

「苺の木ってお店、知ってますか? そこの店長さんと、知り合いなんです。ケーキを作る材料を分けていただけないか聞いたら、オーケーもらえました!」

「苺の木?! す、凄いよかな子ちゃん!」

 

 知っているのか智絵里ちゃん! スイーツの話題には疎い僕がよく分からないという顔で、とても反応の良かった智絵里ちゃんの方を向くと、智絵里ちゃんは逆に、僕の反応に驚いているみたいだった。

 

「えっと、事務所の子たちの間でも美味しいって評判で……よくニュースで特集を組まれてるみたいで……」

 

 僕が直視すると、恥ずかしそうに目をそらして俯きながらお店の説明をしてくれた智絵里ちゃんは、でもどうしてかな子ちゃんが? と疑問符を頭の上に浮かべていた。

 

「通ってたら、いつもありがとうって声を掛けてもらうようになって……それで、新作の感想を伝えてたらまた頼むよって断れなくなっちゃって〜」

 

 食べきれないぐらいもらえちゃうんですよ? ちょっと困った、それ以上に嬉しいという表情を浮かべながら店長さんと仲良くなった経緯を語るかな子ちゃんは、段々と冷たくなる僕と智絵里ちゃんの視線に気づき、慌ててフォローを入れ始める。

 

「あっ、でも、ほら、スポンジってほとんど空気なんですよ? だから、食べきれないぐらい食べても美味しいし呼吸してるだけだから大丈夫というか……」

「かな子ちゃん、前よりちょっと……さらに腕がプニプニしてきた気がするよ?」

「ええっ! き、気のせいだよぉ!」

「それは、トレーナーさんに報告しておくよ」

「ま、待ってください!」

 

 体調に体型ついでに言えば体重まで管理を任されているプロデューサーとして、聞き捨てならない情報が智絵里ちゃんからリークされたので、しっかりメモ帳に書き留めておく。協力してもらっている手前心苦しいんだけど、これが仕事だから……。

 

「そ、それよりも! 生クリームと苺のショートケーキだけじゃ少し寂しいので、チョコレートのケーキも用意できるか聞いてみますね!」

 

 誤魔化すように話題を元に戻したかな子ちゃんが、そう宣言してまた携帯を取り出した。そんな明らかな話のすり替えじゃ、無かった事にはならないけど……そう思って、再び体重の増加問題を追求しようとしたところで、かな子ちゃんの発言に引っかかりを覚えた。

 

「ちょ、チョコレートも? それは、あったら嬉しいけど……図々しすぎちゃわないかな?」

「大丈夫ですよ〜、今度はお菓子の庭っていうお店の店長さんに頼んでみます!」

「かな子ちゃん!?」

 

 さらに新しいお店の名前が出てきて僕と智絵里ちゃんが唖然としている中、かな子ちゃんは先程と同様に五分ほどで、材料を分けてもらう許可を得られた様子。

 

「う〜ん、苺とチョコだけじゃまだ足りないかも……?」

 

 呆気にとられている2人を置いてけぼりに、かな子ちゃんは更にケーキの種類を追加することを目論んでいるのか、うんうん唸りながら頭を悩ませていると、突然着信音が鳴り響く。かな子ちゃんの携帯からだ。

 目を閉じて妄想の域に達していた考え事から慌てて帰還したかな子ちゃんは、電話の相手を確認せず応答した。

 

「はい、はい、本当ですか? 嬉しいです、ありがとうございます〜。」

 

 眼の前にいない相手に向かって、軽くお辞儀をしながら恐縮した様子で感謝を口にするかな子ちゃんは、電話を切ると僕たちにドヤ顔……のつもりなのか締まりのない普段よりもいくらかキリッとした表情を向けてくる。必要以上に勿体つけた動作で携帯を置いた。

 

「ふふ、やりました! チーズケーキも、パティシエさんも確保です!」

「えぇ?!」

「この前、色々あって手伝ってあげたお店の人が、協力してくれるみたいで!」

 

 事務所の皆に振る舞いましょう! ぐっと、腕を掲げて力を込めたかな子ちゃんは、そうと決まったら今から準備しなきゃ、とかなり先走った事を言って部屋から出ていってしまい、ワンテンポ遅れて智絵里ちゃんが、と、止めに行きますっ、と追いかけに行ってしまった。

 僕は、まずお店を手伝ったことが初耳な事と、明らかに集め過ぎな材料に増えすぎた振る舞う対象の事、そしてお願い一つでそこまでしてくれる人脈について尋ねようとして、何から聞こうか迷っている内に事態から置いていかれてしまっていた。

 

 とにかく分かったことは、かな子ちゃんはお菓子が大好きで、お菓子もかな子ちゃんに集まってくるということ。類は友を呼ぶなんて言葉があるけれど、かな子ちゃんはお菓子いってことなのか……。何となくマシュマロに見えなくもなくなくない……?

 

 ここまで力を尽くしてくれるのは嬉しいけれど、ちょっとやりすぎじゃない? 不安に駆られ、頭を抱えた。

 

 

 ◆

 

 

 かな子ちゃんスイーツ騒動から1日、バイトの無い日で僕は学生としての本分を全うするため、真面目に講義を受けていた。おかしい、今日は何時になく集中できるぞ? 聞き取りづらい教授のボソボソ声を、耳を澄まして聞き取りノートを取っている途中で、違和感を感じた。まともすぎる。

 

 十時さんはレッスンを優先して休みだから、隣が片方空いているのはたまにある事として、その逆隣にいつもなら座っているはずの鷺沢さんがいなかった。今日がレッスンとは、メールでは言ってなかったけど……。

 

 軽く受け止めようと意識すればするほど、普段うっとうしくなるほどひっついて回る鷺沢さんの姿が頭から離れなくなり、いつもよりハッキリと聞き取れていた教授の話し声も耳をから耳へ通り過ぎるようになってしまった。そういえば、この間の講義で黒川さんが、午前に受けてきたレッスンがハードだったと疲れた顔でこぼしていたっけ。

 

 まさか、体調不良? 一度思ってしまうと、青い顔で臥す鷺沢さんの様子がやけに現実感を伴って想像され、居ても立ってもいられなくなり始める。講義中に、周りの目も憚らず携帯を取り出し、メールを送った。……五分ほど経っても返信はなし。数分間反応がないなんて当たり前なのに、気になって仕方がなかった。

 

 電話を掛けるために教室を出ようか、考えること数瞬、講義の終了を告げる教授の今日一番張った声と、同時に動き出す生徒たちのざわめきで我に返る。

 荷物を雑にまとめ、手に持って急いで教室を出ると、ロックを開いたままだったスマホで連絡帳を開き、鷺沢さんの名前をタップした。

 

 

 ◆

 

 

 大学の門を通り過ぎ、講義のある教室へ向かいながら鴨川くんを探している途中、突然のめまいに襲われ、倒れ込むようにしてベンチにもたれ掛かっていました。鋭い痛みが頭に走り、視界に映る鮮やかな色があまりにも眩しくて瞼を閉じます。ううっ。分かってはいましたが、寝不足、ですね。

 連日のレッスンに、帰宅した後の自主練習。運動神経が良い方とは言えない私は、レッスンだけでダンスを自らの納得する域まで引き上げることが出来ず、居残りでも、自宅でも自主的に練習を行いますから、どうしても睡眠をとる時間が圧迫されてしまったようです。アイドルとしてはレッスンだけでなく仕事にも赴かなければなりませんし、一学生としては学業を疎かにすることは出来ません。出されている課題もけして少なくない量なので、これもまた睡眠を削る一つの要因となっていました。

 

 すこし、無理がたたった、という事でしょう。アイドルを始めて、体力は人並み以上についたと思っていたのですが……自分が、不甲斐なく感じます。他にも、大勢、アイドルをしながら立派に学業も両立させている方が居るというのに。

 暫く、ほんのちょっとの間だけ、この痛みとフラつきが無くなるまで、このベンチで休憩しましょう。鴨川くんに、こんな姿を見せて心配させたくはないですから……。

 

 

 

 ……。ポケットに入れていた携帯の振動が、まどろんでいた私の意識を覚醒させました。画面には鴨川くんの名前が表示されています、ぼうっとしているともう講義が始まってしまうと忠告してくれるのでしょうか? 気の抜けた声で、鴨川くんを心配させてしまわないように、お腹に少し気合を入れて応答のボタンを押しました。

 

「もしもし、鷺沢さん? えっと、講義が今終わったんだけど」

「も、もしもし……は、はい? すいません、講義とは……」

「あ、良かった、元気そうだね。講義ね、あのおじいちゃん先生の。来なかったから心配したよ」

 

 体調の悪いときに、聞きたい人の声を聞けて、僅かに体へ活力が戻った気がしたのはほんの数瞬で、鴨川くんが続けた講義が終わったという話で、安心は焦りに変わりました。一瞬、まどろんでいたと思っていた時間が、それほど長い間だったとは……。

 

 電話口で、少し荒い呼吸の音から、彼が歩いているということが分かります。もしかして、私を探してくれているのでしょうか……? 嬉しく思う気持ちとともに、もし、今ベンチに座り込んでいるこの状況で見つかってしまったらと思うと、素直に喜ぶことができません。

 

 鴨川くんは優しいから、きっと誤魔化したところで私が体調を崩した事を見破ってしまうでしょう。そして、ただでさえ大変なプロデューサー業に、私の分まで追加してしまうかも知れません。プロデューサーさん達の仕事が過剰なことは、私達アイドルが一番良く知っています。彼は、慣れない内はブラックに感じるけど、すぐに上手くやるよ、と強がっていましたが、限界近くまで疲労が溜まっているのは、一番近くに居る私には分かっていました。

 

 そんな彼に、負担を掛けたくない。その一心で、嘘を付きました。

 

「すみません……途中で、用事が入ってしまって……今、大学にはいないんです」

「……そうなんだ。……なんか、杞憂だったみたいで良かった」

 

 いつも居たのに、今日は隣りに座ってなくて、不安になっちゃって。こんな言い方すると自惚れてるみたいだね。 そう言って、おどけたように、わざとらしいぐらい明るく笑う彼に、違和感を覚えつつも、上手く誤魔化せたようでほっと胸を撫で下ろしました。

 緊張していた心が落ち着いて、隠していた疲れが表に出たのか、体がずっしりと重く感じます。とりあえず、用の無くなったこの場を去ろうと、重い体を引きずりながら来た道を引き返すように、家路を急ぎました。

 

 

 ◆

 

 

「はは、僕の方こそ鷺沢さんに依存してるのかも」

「いえ、そんな事はないです……」

「いや、連絡が取れないだけで落ち着かなくなるんだから相当だね。ともかく、大丈夫そうで安心したよ」

「はい、今帰宅する途中で……」

「そっか、気をつけてね」

 

 電話を切り、長い溜息を吐いた。ちょっとだけ疲れた様な声だったけど、休んだ事は体調不良なわけじゃなくて、急用だったという事で焦っていた気持ちもようやく落ち着いた。僕の早とちりみたいで、恥ずかしくて誤魔化すため茶化すような口調で話したけれど、変に思われなかったかな……。

 先ほどとは異なる意味で不安を感じながら、校門の方へ足を向けた。早く帰ろう、ここのところ休みが取れず心が休まらない日々だから、ぐっすり寝なきゃ。

 そう言えば、ケーキを振る舞う話をし忘れていたな……。まぁ、また明日でも良いかな、直接会って反応が見たいから。

 

 開かれた大きな校門を通り過ぎる途中、長い黒髪で見知った女の子の後ろ姿を見かけた気がしたが、この場にいるはずが無く、疲れて見た幻覚で、似ているだけだろうと軽く片付けてしまった。




かな子ちゃんとお菓子な仲間たち。ダイエットは敵だー! 食べられないなら文章で摂取するスタイルで。

ふみふみは主人公の事をくん呼びしますが、主人公は距離を測りかねているのでさん付けで呼びます。

お互いを心配する2人だけど、すれ違いがー?

今回の話にスイーツパーティーを入れるつもりでしたが、次回に持ち越しです。
お盆休み終わっちゃった……。

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