ドアの前で深呼吸してから、気持ち強めにノックをした。コンコンコン。
隙間から漏れていた騒がしい声や物音が、一瞬で静まり返る。少し遅れて「どうぞ」という声が聞こえた。
「失礼します」
ドアを開け部屋の中に入ると同時に、おそらくプロデューサー――マネジメント業務を行うスタッフの事――さんが声を掛けてくれた。
「初めまして、私はこの部署を担当しています、武内と言います」
スーツ姿のプロデューサーさんは、名刺を小さなケースから取り出し手渡してくれた。
「あ、初めまして。ありがとうございます。えっと、鴨川です」
「詳細は鴨川……お父様の方から聞いています。アシスタントとしてバイトに入っていただけるということで」
「はい。事務作業を主に、必要があればその都度雑務をやるようにって言われてきたんですけど……」
「そうですね。雑務にも色々ありますが、ひとまず事務の作業については、同じくアシスタントとして働いてる千川から聞いてください」
そう言ってプロデューサーさんは隣に立つ蛍光緑のスーツを来た女の人、千川さんの方を見た。
「千川ですっ! 鴨川さん、これからよろしくお願いしますねっ?」
嬉しそうな笑顔の千川さんが話しかけて来た。胸の前で両手を合わせる仕草は上品で優しそうだが、プロデューサーさんと同じく、何となく仕事のできる人のオーラが出ている気がする。
「鴨川さんと同性ではありませんが、心配するようなことは起こらないので安心してください」
「もうっ、プロデューサーさんってば酷いですよ? こんな真面目な顔して言ってますけど冗談ですから、心配しないでくださいね?」
堅物そうなプロデューサーさんが、真顔でそう言ったのでかなり分かりづらかったが、場を和ませる彼なりのジョークだったようで、笑いながら千川さんが補足した。プロデューサーさんは少し照れている様子だ。
二人共ぱっと見た感じではすごく仲が良さそうで、厳しい上下関係のようなものを想像していたので少し拍子抜けした。
「はい。お気遣いありがとうございます」
「いえ、お父様がすごく気にしていらしたようなので……」
そう言って後頭部を触るプロデューサーさんの仕草が、初めて見たはずなのに何だかしっくり来て、この人は苦労人なんだろうなぁ……と思った。
「所属アイドルたちにも紹介をしてもらいたいのですが、あいにく全員が揃うことは中々無いので……」
強面だが、よくよく見るとはちみつを取りそこねたクマさんのような雰囲気をしているプロデューサーさんがそう言った。確かにアシスタントが1人増えるだけなのに、仕事で忙しいアイドルの方々に時間を取ってもらわなくてもと思う。
「そうですね……だったら、今いる子だけでも挨拶しちゃいましょう! すっごく興味津々みたいですから!」
そう千川さんに言われて部屋を見渡すと、ソファに座っている子や、机の下に潜っている子、トランポリンで跳ねている子までコチラを見ていた。
「私は、これから営業に回らなければいけないので。後はよろしくお願いします」
「任されましたっ。……新しいアシスタントさんの紹介をするので、来てください!」
千川さんが声を掛けると、恐る恐るといった感じで集まってくる。隠れていた杏ちゃんは、身長の高い女の子に運ばれてきた。
◆
「本田未央! 15歳でーす! よろしくっ!」
「渋谷凛……15歳、よろしく」
「わわ……えっと、島村卯月、17歳です!」
「多田李衣菜、17歳。ロックなアイドル目指してます!」
「前川みく、15歳だにゃ! 猫ちゃんみたいにー、可愛いアイドルを目指してるのにゃ!」
「赤城みりあですっ! 11歳だよっ! お兄さん、よろしくねー?」
「諸星きらりだにぃ☆ 17歳なんだゆ? これから、おにゃーしゃー☆」
「……双葉杏……17歳……その、さっきはごめん」
部屋にいたアイドルの子がそれぞれ自己紹介をしてくれた。渋っていた杏ちゃんも、きらりちゃんに促され、渋々と言った感じで自己紹介をしてくれ、さっきのことは気にしていない事とむしろこちらが申し訳なかったと伝えると、少しホッとしたようだった。
「鴨川リュウです。18歳です。大学に行きながらのアルバイトだけど、しっかり働くので、よろしくお願いします」
こちらも自己紹介をして頭を下げると、拍手で歓迎してもらえた。芸能人でかつ異性だからといって、無駄に緊張していたが、全員優しそうで心配は杞憂に終わりそうだと安心する。
「何か事務所でわからないことがあったら、この未央ちゃんに聞けば何でも解決してあげるよ!」
「あれ、未央ちゃん、この前迷子になってませんでしたか?」
「ちょっ、しまむー!? それは秘密にしてって言ったじゃん!」
「そうでしたっけ!? す、すいません〜」
キメ顔で話しかけてきた未央ちゃんが、卯月ちゃんの天然の犠牲になったり、
「鴨川さんは、花とか興味ある?」
「花? うーん、綺麗だなぁって思うことはあるけど、名前とかはよく知らないかなぁ」
「ふーん。家が花屋やってるから、今度教えてあげる」
「えっ? あ、ありがとう……」
押しが強目の凛ちゃんが、やたら家に行く約束を取り付けてきたり、
「鴨川さんって……ギターとか弾けるんですか?」
「ギターかぁ〜、学校の授業であったけどFが押さえられなかったなぁ」
「わ、分かります! やっぱり、Fが出来たらロックですよね!?」
「ロック、ロック? うん、それはロックかもね」
「ですよねっ! みくちゃん、やった! わたしロックだって!」
「完全に言わせてたにゃ……」
「ははは……」
やけにロックにこだわる李衣菜ちゃんと、冷静にツッコむみくちゃんだったり、
「お兄ーさんっ! トランポリンあるんだよっ! やろうっ!」
「トランポリン……え、えっと、仕事が終わったらやろう?」
「ホントにーっ!? やったー! じゃあ、指切りしよう?」
「指切りね、いいよ」
「ゆーび切った! それじゃあ、毎日ねっ」
「毎日っ!?」
恐ろしい契約を結ばせる、みりあちゃんの策略にまんまとハマったり、
「あ、杏は……ぐーたらで……可愛いとかじゃないからな!」
「可愛いと思うけどなぁ……」
「そうだにぃ? 杏ちゃんは、とーっても可愛いゆ☆」
「そうそう、可愛いから飴ちゃんあげるよ」
「飴!? ちょうだい! ……うまうま…………飴がもらえるなら、可愛いでも良いかも……」
「杏ちゃん、かーわうぃー☆」
「うわー!? やめろーっ!」
コロコロと口の中で飴を転がす杏ちゃんを、きらりちゃんと2人で可愛がったりしながら仕事をした。
千川さんに教わりながら書類仕事を行っていく途中で、シンデレラプロジェクト、プロジェクトクローネ、と言った内容が書かれた書類や、アイドル部門だけでなくモデル部門と書かれた書類がある事に気づき、どういうことか聞いてみた。
千川さんが言うには、この部署には彼女たちが所属するシンデレラプロジェクトの他に、プロジェクトクローネというモノに所属しているアイドルや、またアイドル部門だけでなくモデル部門の人も所属していて、沢山の仕事を行っているそうだ。
とても今まで1人でこなしていたとは思えない量の事務作業で、大変じゃないんですか、と聞いてみたところ、仕事をとってきてくれるのはプロデューサーさんですから、と笑う千川さんは凄い、そう思った。
◆
「今日の仕事はこれで終わりです、ありがとうございました!」
千川さんのその言葉で、ようやく終わったかと息をつく。相当な長時間机に向かっていた気がしたが、外はまだ明るく、時計は6時を示していた。今日は残業をしなくて良さそうですという一言に、業界のブラックさを感じていると、ちょうどプロデューサーさんも帰ってきた。
営業で企画を持ち込みに行っていたらしいプロデューサーさんは、これからまだ企画を煮詰めるつもりだということで、それに千川さんも付き合うというので先に帰宅することにした。
帰り支度を始めていたが、プロデューサーさんと一緒に帰ってきたみりあちゃんに、トランポリンで遊ぶことをせがまれ30分だけという約束で遊ぶことになってしまう。
「プロデューサーもだけど、男の人ってぜんぜん違うねー!」
「そうかなー?」
「うん! なんだか、ちょっと……癖になる匂いー!」
「あー、あんまり嗅いじゃダメだよ」
「なんでー?」
「恥ずかしいから……かな」
それほど大きくないトランポリンで、激しく動き回るみりあちゃんに飛びつかれながら遊んでいると、すっかり汗だくになってしまったのでシャワーを使わせてもらえることになった。
346プロの敷地内にある別館、トレーニングルームに併設されているシャワーを使わせてもらう為、建物を移動する。じっとりと汗で少し濡れてしまっている服は着替えられないが、体の方はシャワーを浴びれば多少スッキリするはずなので贅沢は言わない。
むしろ、異性のアイドルたちが居る中でシャワーを浴びさせてもらえるというのは、本当はありえないことなんじゃないかと思いながら別館の方へ向かっていると、廊下の曲がり角から白衣を着崩した女の子が飛び出てきた。
「こっちからいい匂いがするんだ〜」
そう言いながらどんどんこちらへ近づいてくる女の子は、驚いて足を止めた僕を尻目に、周囲をぐるっと回りまた正面に立ちふさがった。
「ふんふん……キミ、良い匂いするね〜。良かったら、その服くれない?」
服!? 驚いて話すことが出来ない僕の様子を、否定と取ったのか、眼の前の女の子は交渉に入った。
「やっぱダメだよね〜。あ、だったらこの白衣と交換なんてどう? アイドルの白衣だよー?」
「い、いいって! 悪いけど、今シャワーに行くところだから、ごめんね?」
「いい? あたしは肯定の意味で受け取らせて――」
女の子のペースに囚われてしまう前に、この状況から抜け出そうと早口で謝ってダッシュする。横を通り過ぎる時に女の子がまだなにか喋ろうとしていたが、トリップし始めている目が怖かったので聞かずに逃げ去った。
「にゃっはー、逃げられちゃったかー」
◆
更に走ったせいで、また汗だくになりながらシャワールームへとたどり着く。レッスンルームには誰もいないようで、貸し切りみたいだった。
「はぁ〜。あ、タオル置いてある。持ってこなくても良かったのか」
ため息を出しながら着替え、裸になるとシャワーの方へ向かった。ドアの近くの棚にタオルと回収用のカゴも置いてあるのを発見して、せっかくだから上がる時に使わせてもらおうと考えながらドアを開ける。
もちろん誰もいないので、数基あるシャワーも使いたい放題である。何となく真ん中を選び全開でシャワーを浴びる事数分。体の汗を流しきり、軽く体も洗えたので上がることにした。
シャワールームのドアを開け、タオルを取ろうと棚を見る……途中で、視界に人影が写ったことに気づき、慌てて視線を戻す。
ピンク髪のギャルが、僕の履いていたパンツを握りしめていた。
「え? え? あ、あの、それ僕のなんですけど」
「あ、え、その……」
急いでタオルを腰に巻き、パンツを握りしめているギャルに近づいていく。ギャルの子は、手に持った僕のパンツと、僕の上半身を交互に見ながら、顔を真っ赤にして目を回していた。
「あの、ホントに、返してください」
「え、こ、これは違くて、えっと――」
のぼせたみたいに真っ赤になっている女の子は、数歩の距離まで迫った僕を見て、混乱しながらポケットにパンツをしまい、前に倒れ込んだ。
「あ、危ないっ!」
腰のタオルがはだけるのも気にせず、とにかく支えようと一歩前に踏み出す。果たして、タオルこそはだけたが、女の子が転倒する前に無事支えることが出来た。
気絶してしまった人の対処法は知らないが、取り敢えず横にさせたほうが良いはずだ。
そう思い、ベンチのような椅子に横たわらせようと下ろしている途中、うめき声と共に女の子が目を開いてしまった。
「……ッ!」
息を呑む音。自分か彼女かわからないが、どちらも驚きの声を出した事は間違いないのだ。
僕は裸を女の子に見られたし、女の子は間近で裸を見てしまったんだから。
「…………」
再度気絶してしまった女の子を下ろし、僕は再び頭を抱えた。
CP全員を出す事ができませんでした……。
一度にたくさんのキャラクターを出して話をさせるのは難しいですね。途中で台詞だけになってしまいました。
鷺沢さんと十時さんの学年違いについては、本家のようにご都合時空という風に捉えていただけると幸いです。リフレッシュルームでのセリフなどから、難関校であることが伺える台詞があるので、浪人という可能性もなくはないかもです。
R18タグは、検討中です。
評価、感想、誤字報告もありがとうございます。