「はぁ……どうしよう」
髪を拭き、濡れたバスタオルを回収用のカゴに入れながら考える。眼の前には、気絶してしまったギャル風の女の子がベンチに横たわっていた。
とりあえず、パンツはポケットを弄って返してもらったが、流石にこのまま放置するわけにもいかないだろう。
そう思ったので、スマホで連絡先を開き、さっき交換してもらった武内プロデューサーに電話をかけた。
「はい、武内です」
渋い、いい声でプロデューサーさんが応答をする。
「あの、突然すいません。鴨川ですけど」
「どうかされましたか?」
シャワーを浴びて帰る事になっているのに、電話をかけてきた用件がつかめず不思議そうな声色だ。
「あの〜、なんて言えば良いのか……シャワーを浴びていたら、おそらくアイドルの方? と鉢合わせしてしまって」
「それは……! だ、大丈夫ですか!? 何もされていないでしょうか……」
「ナニかされるんですか!?」
プロデューサーさんの慌てた声がレアだなと思うのと同時に、その口から出た内容に驚いた。もしかして、気づいていなかったけど、身の危険が有ったのだろうか。
「いえ……その、少し心当たりがあるアイドルの方々が居るので……鴨川さんが無事なようで、安心です」
「ははは……」
シャワー室に来る前に、身の危険をバッチリ感じる体験をしておきながら、自分が未だにのんきだったと思う。
この世界では女? なんだから、裸で詰め寄ったりなんかしたら襲われかねないだろう。そう考えると、自分の裸を見て気絶してしまった子は、見た目が派手なだけで実は相当初心なのか?
よくわからない世界だな……そう思った。
「えっと、用件なんですけど……僕の裸を見てしまった女の子が気絶してしまって、今はベンチに寝てもらっています……名前がわかるものを持っていなくて」
「気絶ですか……?」
プロデューサーさんは少しの間黙り込んだ後、心当たりがあったようで女の子の特徴を聞いてきた。
「もしかして、髪の毛はピンク色をしていますか?」
「あ、そうです。レッスン着ですけど、結構派手な見た目で、ギャル風というか……」
「やはりそうですか、城ヶ崎美嘉さんですね。今日の、この時間帯にレッスンをしていたのはLiPPSの皆さんだったので」
「はぁ……凄いですね」
「いえ、誰でもすぐに分かります」
僕が言った凄いですねというのは、誰がいつレッスンをしているか把握しているプロデューサーさんの事を言ったのだが、どうやら誰かを見抜いたことだと思われたみたいだ。
というか、誰でもすぐに推理できるということは眼の前の女の子の純情さ? は事務所の殆どの人に知れ渡っているのだろうか。そんな子が、たまたま自分がシャワーを浴びているときに来てしまったことが何だか可哀想になった。
「城ヶ崎さんは、この後モデル部署で仕事があるので……そうですね、自分が迎えに行きます」
「本当ですか? ありがとうございます」
そう、お礼をいった瞬間に更衣室のドアが開いた。
「ちょーっと待ったー! 話は聞かせてもらったよー? このシキちゃんにまっかせなさーい!」
ドアが開き、現れたのは先程廊下で会った白衣の女の子。自分のことをシキちゃんと呼ぶ女の子は、僕から電話をひったくると、プロデューサーさんに向かって自分が美嘉ちゃんをモデル部署まで運ぶと宣言した。
「その、申し訳ありませんが、一ノ瀬さんが何をしでかすか分からないので……同行してもらえないでしょうか?」
シキちゃん? から返してもらった電話口で、プロデューサーさんは申し訳なさそうにそう言った。なんでも、一ノ瀬志希ちゃんは失踪癖があるとかなんとかで、美嘉ちゃんが本当にモデル部署に届けられるか分からないとの事。
かといって、僕はモデル部署の場所を知らないから真偽を判別出来ないと伝えたが、とにかく事務所から出ていかないかどうかを見張って欲しいと言われてしまった。
美嘉ちゃんを背負って、小脇にカゴを抱えた志希ちゃんがそれじゃあレッツゴー! と言うので、見失わないように何とかついて行った。
「そのカゴって……タオル入ってるよね?」
「そうだよー? 研究所でちょっと絞った後は、ちゃんと洗うから安心していいよ」
全く安心できない話を聞いて、その絞られた液はどうなってしまうのか聞く勇気は僕にはなかった。
◆
事務所の在ったオフィスビルに戻ってきた僕と志希ちゃんは、そのまま進んで、モデル部署と書かれたフロアにたどり着いた。
エレベーターを降りると同時に、乗り込もうとして来た金髪の女の子が志希ちゃんを見て足を止めた。
「ふんふんふふーん、あー! シキちゃん! こんなトコで何してるのー?」
「フレちゃん! 今ねー、気絶しちゃった美嘉ちゃんを運んできたんだー」
「ワァオ! 奇遇だね! フレちゃんもー、今一緒に仕事があるから美嘉ちゃんを探してるんだー! 一緒に探さない?」
「いいねーそうしよっか!」
志希ちゃんに親しげに話しかける金髪の女の子、フレちゃん? は美嘉ちゃんを探しに行くところだったらしい。レッスンが終わって、しばらく経ったのに美嘉ちゃんが来ないから探そうと思っていた。そう説明した女の子は、志希ちゃんに一緒に探そうと切り出す。
う〜ん、美嘉ちゃんは志希ちゃんの背中に居るんだけどな……。
再びエレベーターに乗り込もうとする彼女たちを、どうやって引き留めようか考えていると、フレちゃんのほうが、志希ちゃんの持っているカゴに興味を持ったようで足を止めて聞いていた。
「ところで、シキちゃんの持ってるカゴ何が入ってるのー?」
「おっ、お目が高いねフレちゃん。このカゴには、お兄さんがシャワーの後に体を拭いたタオルが入ってるんだよ?」
「すっごーい、お兄さんのー?」
そう言ってコチラを向く2人を見て、目をつけられてはイケない人たちに興味を持たれてしまったと感じた。
「そう言えばー、まだ名前聞いてなかったよね?」
「名前聞いてなかったの? じゃあじゃあ! フレちゃんとシキちゃんはお兄さんと初めまして同士だね?」
「う〜ん、シキちゃんは会うのは二回目かな〜」
「えー! いつ会ったのー?」
「うんとねー、さっき!」
向き合って笑う2人に、数瞬前の直感が間違ってないことを再確認した。
「あたしはねー、一ノ瀬志希っていうんだー。シキちゃんって呼んでいいよ?」
「あたしもあたしもー! フレちゃんはー、宮本フレデリカ! フレちゃんって呼んでねー?」
名乗りを聞いて、自分も名乗り返そうとした時、何となく聞き覚えのある名前に思わず聞き返してしまった。
「宮本……? フレちゃんって、フレデリカちゃん?」
「んー? フレちゃんはーフレちゃんだよー?」
「僕、鴨川だよ、鴨川リュウ。覚えてないかな?」
まだ小さかった頃、忙しくて遅くまで帰ってこられなかった親が、自分を預けたご近所さんが宮本さんだった。いつも自分と一緒に遊んでくれた同い年の女の子、ハーフの子の名前はフレデリカちゃんだったはずだ。
小学校を卒業すると同時に自分が転校してしまって、それっきりだった。
「鴨川……リュウ君? リュウくん! ワーオ、奇遇だね!」
「あれ、あれ? フレちゃんのお知り合いー?」
「そうだった! 幼馴染でー、フィアンセなんだー!」
フレちゃんの衝撃発言に思わず吹き出すと、志希ちゃんと会った直後よりも嬉しそうなフレちゃんがコチラを向き話を続けた。
「ちっちゃい頃に、大きくなったら結婚しようって約束したからねー!」
「えっー! フレちゃんと結婚するのはシキちゃんじゃないのー?」
「ごめんね、シキちゃん……フレちゃんには許嫁が居るの……」
「そんなーっ!」
大げさに小芝居を続けるフレちゃんと志希ちゃんを見て、からかわれているとは分かっていても、許嫁云々の事は否定しようと口を開いた。
「あー、えっとフレちゃん。結婚しようっていうのは、ちっちゃい頃の口約束だから……」
「うそ……フレちゃん振られちゃった……」
「酷すぎるっ! フレちゃんを泣かせたー! お詫びとして結婚しろー!」
否定した瞬間、あまり感情の籠もってない口調で、大げさに崩れ落ちたフレちゃんが、小さくだけど涙を流した様に見え、また思わず話してしまった。
「でも、そのっ。別に口約束だから守らないって言ったわけじゃ……」
「じゃあ結婚してくれるってこと?」
「うん……と――」
「聞いた? 結婚してくれるって!」
別にそういう訳でも、と続けようとした途中で言葉を遮られてしまった。
お祝いだー披露宴だーなんていう2人の騒ぎに、起こされた美嘉ちゃんが口を開いた。
「あれ、ここどこ……?」
「あーっ! 美嘉ちゃん起きた! お仕事だから、急ごう?」
「え、ちょっと待って……」
「はい、フレちゃんパスー」
「レシーブっ」
背中から降ろされ、志希ちゃんからフレちゃんへと雑に受け渡された美嘉ちゃんは、自らに起こった事態を把握できないまま、フレデリカちゃんに連行されていくことになった。
フレちゃんが去り際に、「指輪だったらルビーが良ーい? 真っ赤なやつー!」と残した一言に、エライことになってしまったと頭を抱えていると、任務は果たしたとでも言うような表情の志希ちゃんがカゴを持ってどこかへ去ってしまった。
◆
あっという間に1人になってしまい、とにかく美嘉ちゃんをモデル部署へ送り届けた事をプロデューサーさんに伝えなければと思い、電話をかけた。
「大丈夫ですか?」
開口一番に身の安全を心配してくれたプロデューサーさんを嬉しく思いながら、美嘉ちゃんをモデル部署へ届けられた事と、体は大丈夫なことを連絡した。
「そうですか……お疲れ様です、お気をつけてお帰りください」
本当に気の毒そうな口調から、志希ちゃんが相当特殊な部類であることを察しつつ、心配してもらったお礼を言って電話を切ることにした。
そういえばモデル部署のフロアに着いて、殆どエレベーターの前から動かなかった。少しだけ気持ちに余裕が出たので、ポスターがびっしりと貼られた廊下をぐるっと見回してみた。
一際目を惹く一枚、青い瞳が綺麗で、美しい女の子ポスターの中からコチラを見つめ返している。ローマ字で鷺沢文香、と書いてあった。
まさか、見間違いだろう。信じられない思いでポスターの方へ近づく。何度目をこすっても、眼の前のポスターは変わらなかった。
ポスターの凛々しい表情の鷺沢さんと、頬を緩ませながら僕の腕を抱きしめていた鷺沢さんが、全く頭の中で一致せずに混乱していると、行動が不審で目立っていたのか、誰かに声を掛けられてしまった
「どうしたんですか?」
透き通った、大人のお姉さんの落ち着いた声に、何もやましいことはしていないのにイタズラが見つかったような、バツの悪い気持ちになりながら振り返った。
「あら、初めて見ますね……新入りのスタッフの方ですか?」
「あ、はい、そうです。えっと、アイドル部署でアシスタントとして働いてます」
「アシスタントさん……ダンスが、上手そうですね?……足、スタンっと……ふふっ」
緑髪で、自分と同じか少し高いぐらいの身長の、スタイルの良いお姉さんが言った冗談? にどう反応していいか分からず固まってしまった。
「あれ? 分かりづらかったですか……? 足が、こう、スタンっと……ふふっ」
反応がないのを、自分のダジャレが通じなかったのだと考えたのか、眼の前の女の人が再度説明をしてくれる。説明の最中に自分で笑うのを見て、この人も鷺沢さんと同じ、中身が残念な人なんだと気づいた。
「あぁ……そんな、ダメな人見るような目で見ないでください……」
コチラの向ける視線に気づき、恍惚とした表情でそう話していた。
「あの、僕……もう帰るので……」
「あぁ……冷たく、あしらわれてしまいました」
言葉とは裏腹に、やはり嬉しそうな表情の女の人の横を通り抜け、エレベータに乗り込む。
色々有りすぎて濃すぎる1日だったが、特にショックだったのが鷺沢さんのことだった。
思えば、入学式の時にやたら道で注目を浴びていたのは、鷺沢さんが芸能人だったからなのでは……?
さっきのお姉さん然り、今日一日の体験を通して、綺麗な人はたいてい中身に難の有るということを身にしみて感じた。
貞操の危機と相まって、芸能事務所をバイト先に選んだことは失敗だったのかもしれないと、今更ながら思った。
気絶美嘉ちゃんはラッキースケベ&しきフレ回避と、おそらく今回の登場人物の中で最も幸せです。
志希ちゃんに回収されたタオルは、エキスを絞られて香水が出回ります。