デレマスの貞操観念逆転モノ   作:桟橋

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大学、黒川さん

 社会学部生のみの講義、今日はいつもの2人が教室にいなかった。サークルにもゼミにも入ってないから、当たり前だけど知り合いのいない教室を入り口から眺めた。

 

 こんなことなら、入るつもりは全く無いけどサークル紹介歓迎会でも回るんだったかな。飲み会なんか行ったらお持ち帰りされてしまいます、と腕にすがりながら的外れな注意をする鷺沢さんを振り切り、何とかして十時さんから逃れていれば、今頃友達100人は出来てたはず。きっと。

 でも、十時さんからは逃げ切れる気がしないよな。鷺沢さんも、一人ぼっちにしたらどんどんダメが悪化しそうだし。

 

 むしろ、僕の方こそ2人に依存しているような……今からでも友だちや知り合いを作るのは遅くない。

 そう考え、再度教室内を見渡した。講義が始まる時間よりもかなり早く来てしまった為に、人数はとても少なく、かつこんな時間に来る人は学習意欲が高いのか、殆どが最前列に座っていた。

 

 1人だけ、中列の端っこに座っている女子学生が居る。真っ直ぐで綺麗な黒髪、後ろ姿だけしか確認できないが、ノートを開いている背中が寂しそうに見え、勝手にシンパシーを感じてしまった。あの人と話してみたい、声をかけてみよう、そう思った。

 女の子の方へ歩いていく。こんながら空きの教室で、わざわざ隣に座るなんてあからさまに不自然だけれど、今の僕は話しかけたいんだ。切っ掛けは多少不自然でも構わないだろう。

 

「ここ、座っても良いですか?」

 

 ノートを見ていた女の子はコチラをちらっと一瞥し、すぐに興味をなくしたのか、良いわ、とだけ返事をしてすぐにノートに視線を戻した。あまりにも淡白なその反応に一瞬尻込みしたが、すぐ次に声をかける内容を探すことにした。今の僕は女の子なんだ、ちょっとぐらい図々しくてもきっと許してもらえるさ。

 

 女の子の手元に広げられたノートを覗き見る。ノートだと思っていたのは、ルーズリーフを留めるバインダーで、熱心に作業していたのはその仕分けだった。初回、2回、3回とタイトルに書かれたレジュメの穴を埋めている字は少しクセのある丸っこい字で、彼女の強気で冷ややかな目元に似合わず、可愛らしかった。

 

 思わず見つめていると、鋭い視線で睨み返された。

 

「何か気になることでも有るのかしら」

「いや、別に……すいません。ただ、字が可愛らしいなと思って」

 

 ちょっと弱気になり、謝って素直に思った事を伝えると、彼女は一瞬虚を突かれたような表情をした後、わずかに顔を赤くして元の強気な表情に戻り、僕からバインダーを遠ざけた。

 思わず目で追うと、彼女は目を細め怪訝そうな表情になった。

 

「字が気になったら人のノートを覗いてもいいの?」

「あ……そうじゃなくて、あの、それってこの講義のレジュメですよね? 授業が始まる前に配られてましたっけ……だとしたら、僕、忘れてしまったみたいで」

 

 少し怯みながらも、気になったことを質問する。彼女のバインダーに挟まれていたレジュメには、この講義の名前が書かれていた。事前配布で、予習前提だとしたらマズイだろう。

 彼女は不安げな僕の表情を見て、少しばかり逡巡した後観念したように離し始めた。

 

「心配しなくても、レジュメは後で配られるわ。私は去年この講義を受けたから持っているだけ」

「そうなんですか! ……去年? 先輩ですか?」

「そうよ。私は2回生。この講義は何回生でも取ることが出来るし、別に回数制限もないの」

 

 誰かに話すつもりはなかったのだけど……。そう言ってため息をつく彼女は、2回目のこの講義を受ける理由を話してくれた。簡潔に言うと、成績が気に入らなかったらしい。ほぼ全ての単位がAだった中で、1つだけB評価だったのがこの講義だったと、屈辱を噛みしめるように彼女は言った。

 

「でも、相対評価でほぼオールAっていうのは凄いです! 憧れます」

「そ、そう? ありがとう。だけど、私はトップにならなければいけないのよ」

 

 そう言い切る彼女、黒川千秋さんは凛々しくて、格好良かった。

 

「あの、凄く尊敬します! 僕、成績のことなんて考えたことなかったです。とにかく卒業できればって思ってました」

「ありがとう……私も、その、幻滅されないように頑張るわ」

「頑張ってください! 応援します!」

 

 本気で感激している僕の様子に、タジタジの黒川さんはあまり褒められ慣れてないのか、コチラから顔をそらしてレジュメの纏め作業を再開してしまった。ただ、最初に顔を合わせたときよりも確実に口角は上がり、目尻は下がっている。端的に言えば、優しい表情、もっと直接的に言えば、ニンマリしていた。

 あれ、ちょろカワイイ? 少しだけ黒川さんの性格がわかった気がした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「今日の講義はここまで。来週は指定した本を教科書として使用するから、忘れないように」

 

 教授のその一言で、解散となる。僕は、机の上のレジュメを眺めて頭を抱えていた。課題として男女の社会的地位の格差についてレポートを400字詰の原稿用紙で10枚分書いて来いだって……? 次回の講義まで今日を入れて3日しか無いっていうのに、なんて酷いんだ。

 熱心な学生から内容について質問を受けている教授を見て、憎らしく思った。

 

「面食らったようね」

 

 彼女もまたレジュメを眺めながらそう言った。

 

「私も去年は驚いたわ。初回から数日でレポートを書いて来いなんて言われると思ってなかったもの」

「ですよね……先輩は間に合ったんですか?」

「そうね、出来に不満はあったけれどきちんと提出したわ」

 

 一年前に自分が出したレポートの事を思い返した彼女は、思い切り顔をしかめた。どうやら、相当良くない出来だったみたいだ。

 

「その、もし良かったらアドバイスとかってもらえますか。先輩の助言だったら、凄く役に立つ気がして」

「そうね……あくまで、一般的な意見で書くことよ。それだったら反論も譲歩もいくらでも論理の展開ができるわ。それと、走り書きしたメモをちらっと見たけど、男女があべこべになってたわよ?」

「それは、慣れなくて」

 

 何が慣れなくて? 不思議そうに僕を見つめる彼女は、結局気にしないことにしたのか肩を竦め、机の上の片付けを始めた。

 

「よく分からないけれどまだ聞きたいことが有るなら、私はだいたい図書館に居るからその時にでも聞いて」

 

 そう言ってカバンの中にバインダーや筆箱を流し込んだ彼女は、荷物を持って教室を出ようと歩き始める。僕も慌てて荷物を持ち、彼女に遅れないよう着いて行った。

 

「あの、だったら明日行きます。図書館」

「明日? ちょっと早すぎないかしら……別に、いいけれど」

 

 驚いたように見える彼女は、嫌がっているというよりもむしろ、喜んでいるように見えた。

 

「先輩がやってる、2回生の難しい内容は分からないですけど、それでも2人の方が捗ると思います」

「そうかも知れないわ。ありがとう。それと、先輩じゃなくて名前で呼んで」

「千秋さん?」

「……ッ! からかってるの!?」

 

 信じられないとばかりに驚いた表情で顔を直視する彼女を、まっすぐ見つめ返す。今日初めてしっかり顔を合わせたが、透き通る声の印象通り、綺麗な人だった。……数秒見つめ合い、すぐに視線をそらされた。

 

「すいません、からかいました。……黒川さんって呼べばいいですか?」

 

 黒川さんは、乱れた呼吸を治そうと胸に手を当て、自分を落ち着けているようだった。もしかすると、あまり男に免疫がないのかも知れない。

 

「……そうよ。もし、明日もからかうようだったら、レポートのアドバイスの話は無しよ」

「それは、困ります。すいません」

「だったらもう、私を緊張させるようなことは言わないで」

 

 落ち着いた声だが、こちらの目を見ること無く視線をそらしたまま黒川さんはそう言う。

 

「分かりました。そしたら、明日に図書館で」

「えぇ……その、待ってるわ」

 

 照れを含ませる声色で、黒川さんは答えた。その視線は若干の期待を感じ、歩く後ろ姿はもうどことなく感じる寂しさはなかった。

 

 自分1人でも、友だち……というよりは知り合いが作れるんだ。その満足感に浸りながら、昼食をどこかに食べに行こうとしたその時、突然誰かに腕を掴まれ物陰に引っ張り込まれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 全くの無抵抗だが、人並みの体重は有る僕をずりずりと引きずりながら引っ張る謎の女性は、周りから死角になる物置へと僕を連れ込むと、後ろに回り込んで羽交い締めにしてきた。

 

「先ほど親しげに話していた女性は誰ですか」

「何やってるの鷺沢さん」

「さ、鷺沢さん……? 誰のことでしょうか……。私は、謎のアイドルSです……!」

 

 背中にふにょんとした柔らかい感触を感じながら、鷺沢さんこと謎のアイドルSの尋問を受ける。喋り方や身長は確実に知り合いであったが、彼女が謎というのならそういうことにしてあげるのが優しさだろうか。

 

「女性って……黒川さんの事かな?」

「その、黒川さんという方が、貴方を誑かしていると……!」

「違う違う、ただ課題についてアドバイスを貰おうとしただけで」

 

 本当ですか……! そう言って確かめようと僕への拘束を強くする謎のなんとかさん。段々と強くなっていく絞める力を何とかして止めなければ、僕はこのままオトされてしまいそうだ。ぎ、ギブギブ……ぱんぱんと手を叩くが一向に解放はされなかった。

 

「その……解放してほしければ、私と勉強会をすると、約束してください……!」

「謎のアイドルSさんと?」

「ちっ、違いますっ! 私とです……!」

 

 首をふる度に、グイグイと背中に押し付けられているモノがこすれる感触がしていて、僕の中にもちゃんと男の部分があることを主張するように、1つの器官に血流が集まっていた。これ以上はマズイ、ナニかが痛いほど緊急事態を訴えていた。

 

「わ、分かった……鷺沢さんと勉強会はするから! 一旦離してもらえる!?」

「……私の家で」

「鷺沢さんの家で!」

「今週末……」

「もちろん!」

 

 約束です……! そう言って僕を解放した謎のアイドルSこと鷺沢さんが、満足げにうなずいているのを見て僕は、目先の危機を回避しようとする余り極めて短絡的な行動をしてしまったと思い直し、項垂れた。

 

「週末まで、ここで確保して置けば、逃げられ無いはずです……」

 

 解放されたものの、諸事情あって腰が引けている僕の前に、なんと鷺沢さんは回り込み、逃げちゃダメです……! と言いながら、今度は前から(!)抱きしめてきた……のを歴戦の闘牛士のような身のこなしで、華麗に躱す。

 もし、ベスト前かがみニスト賞があれば今年は僕のものだと思った。

 

 その後も、何で避けるんですか? とちょっと怒っている鷺沢さんの猛攻をひらりと躱し続け、なんでも、なんでもするからと万能な宥め文句で鷺沢さんを落ち着かせることに成功した。

 落ち着いた、というよりも妄想に耽っているような様子だけれど、モノが熱を持った状態なのを見つかるのに比べたら百倍マシだ。

 

 トリップから帰ってきた鷺沢さんは、嬉しそうに提案した。

 

「その……勉強会の日の昼食は、スッポン鍋などいかがでしょう……?」

 

 僕は食べられてしまうのか。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 鷺沢さんは午後も講義があるとの事で、大学に置いていき僕は事務所に来ていた。アルバイトだ。

 この間のぎっくり腰事件は、菜々さんに美嘉ちゃんが目撃した事をごまかしてもらい、運んでもらったお礼ということに。

 

 菜々さんがその後、運んで処置してもらったことへの対価が美嘉ちゃんへの対処だから、気絶させたことは口止めされてないはずと主張したので、僕が定期的に全身マッサージをしてあげる羽目になっているのはまた別の話だ。菜々さんが特性のアロマを持ち込んで艶めかしい声を上げていても、きっと彼女は疲れているんだろう。

 

 美嘉ちゃんは度重なる気絶騒動で、僕に対して苦手意識が出来てしまったのか、見かけるたびに目を背けてどこかへ行ってしまう。まるで僕が今でも素っ裸とでも言うような対応で若干傷つくが、よくよく姿を追ってみれば物陰からねっとりと舐め回すように見つめてきていた。髪の毛だけでなく、頭の中までピンクなんじゃなかろうか。

 

 そう言えば最近、事務所では香水が流行っていて一度凛ちゃんに嗅がせてもらった。交換条件と言ってシャツを取られてしまったが、そこまでして嗅がせてもらった香水は無臭だった。何回嗅いでも分からず、作った張本人の志希ちゃんを問い詰めてみるも、キミには分からないよーの一点張り。みりあちゃんが何か言おうとしていたが、慌てて杏ちゃんが口をふさいだため分からなかった。

 

 フレちゃんについては、全く神出鬼没のため何処に現れるのか分からず、何の話もできていない。今日から鴨川じゃなくて宮本だよー? とか急に言われてもおかしくないのが、この事務所で一番怖いかも知れない。

 

 短い期間で色々起きて混乱しそうになるが、それでも少しずつ仕事になれ始め事務所に馴染んできた実感は有り、やりがいも有る仕事に満足していた。

 

 今日は、まだ顔合わせが出来ていないアイドルの子に自己紹介をして欲しいとの事だ。

 神崎蘭子ちゃんと、二宮飛鳥ちゃん、二人共14歳。個性的だけど、いい子だから優しく接するようにお願いしますとプロデューサーさんに頼まれている。いまさら多少独特な子が来ても驚かないだろう。

 ちょうど終わった頃だというレッスンの部屋を聞き、そこへ向かう。

 

 そういえば、その後は新田美波さんとアナスタシアちゃんとも自己紹介をして欲しいと言われているんだった。4人とも僕のことを知っていると言っていたので、軽く顔見せぐらいだろう。




ちょっと更新の間が空くと思います。
それと関係はないですが夏バテでやられてます、全然書けない……。
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