加久藤城を巡るジャパリと龍造寺の戦いは、またしても龍造寺が前線に持ってきていた米をジャパリに提供することでまとまった。
この勝利により、得られた米の半分近くをジャパリ宗家が獲得。
その資産運用に関して功績を挙げ、流浪の身から勘定補佐にまで上り詰めた者が一人、兵に関する事務を済ませた鹿屋城のかばんの元を訪れた。
「ツチノコさん、何用です?」
筆を走らせるかばんを柱の影から覗く者に、息を吐いてから声をかける。
「話があるんだよ。内密にな」
「米の売却の件ですか?」
「んなのは勝手に終わる。鹿屋と鹿児島、都の市に合わせ、一部を船に乗っけりゃちょいちょいだ。で、人払いはできるか?」
「ふーむ……では、少し戦と仕事で気が張ってましたし、お茶にしますか」
「はぁ?お茶ぁ?」
「嫌ですか?」
「あ……い、いや、そういうわけじゃないんだが……」
「ではこちらへ」
茶の生産は軌道になるまではいかずとも、一部では成功している。気候や風土が意外と合うらしい。その茶は堺に運ばれるだけではなく、ジャパリ上層部にもちょっとだけ広まっている。
鹿屋城の中には小さな庭がある。元から近くにあった中で適当に気に入った木を植え替え、飛び石を並べたりした程度だが。そしてその庭の一角に、茅葺の小さな小屋。ジャパリかばんの茶室である。
「……ふぅ。茶ってのもいいもんだな」
「いえ、お粗末な手並みで失礼いたしました」
「あ、ああ……それで、ここならいいのか?」
「ここは他の建物からも遠く、周りの木々も中からはある程度視界が通りやすいようにしてあります。直属の監視のものを付けてますから、問題ないかと。それで、お話とは?」
「あ、ああ……いや、奉行様にはお叱りを受けた件なんだが、折角なら伝えたい案だったからな……銭の問題だ」
「銭、ですか」
「ああ。今までジャパリでは撰銭令を定めている。大評定で各領主の合意のもと定められたな。これをなんとかしたい」
「……なるほど。しかし昨今の大隅5街道、薩摩6街道の整備を少しずつ進め、貿易船もなんとか買った結果もあり、商業は活発化してきています。悪銭をなくしたいのは分かりますが、撰銭令無しでははっきり言って銭が不足します。悪銭や加治木銭無しでは回りません」
「そんなこたぁ分かってる。だがやはり撰銭のお陰で悪銭、特に永楽通宝と同等扱いの加治木銭ばかり出回り、永楽通宝なんかは溜め込まれる一方。価値を無闇に下げようとしたら、その加治木銭を抱えてる薩摩の国人にそっぽ向かれちまう。
見た目が違うなら何とかなる。だが見た目が似ているだけに大金を支払う時に悪銭を混ぜたとかで訴訟になることもあるし、結果流通の促進を阻害しているのが実情だ。しかし今こそ、ジャパリだからこそ打てる手があるんだ」
「ほう……それは?」
「改鋳と新貨幣の発行だ」
「改鋳、ですか」
「そうだ。悪銭を掻き集めて永楽通宝と同質、いやそれ以上のものを作る。種子島を掌握してるし、鋳造技術については問題ないはずだ」
「しかしそれには追加で多くの人間を雇わねばなりませんし、何より永楽通宝と同質のものを作るには悪銭が何枚も必要でしょう。交換して得になる、とならなければ、命令を出しても効果は出ませんよ?」
「そうだ。それに材料がなければ作りようがない。初動はジャパリが持っている悪銭を掻き集めて使えばいいだろうが、流石にその後はそうもいかんだろう。だから次の手を打つ」
「それが新貨幣ですか……」
「ああ、それも金貨だ」
「金貨ですか……逆に価値が高すぎて使われなくなるのでは?」
「いや、それがな……アクシズジカを中心に菱刈周辺を調査したところ、あそこにそこそこ大きな金鉱があるみたいだ」
「金鉱、ですか。たしかに周辺では金山がありますし、考えられない話ではないですが」
「そう。だからそれを発表したら、領内では金の価値が下がる可能性は高い。ちょっと下がったらその間に入来院辺りから買い込んで、そして貨幣にして価値を上げる。流通に使われれば価値は元に戻るさ。そうすればウチにも利がある。それに金は南蛮と取引する上でも使えるだろう?」
「そうですね……南蛮で銀の価値が落ちてるという話は聞きますが、金はそこまででもないはずです」
「それに、昨今の銭取引は不便な点が多い。取引が盛んになっている最近ならなおさらだ。手形などやり易くする手段はあるが、一貫文でさえ持ち歩きが大変なんだぞ。
小さな金貨で大量の銭の代わりになる、となれば蓄えられたとしても結果銭の出回る量が増える」
「つまり良銭の上位互換を作り、永楽通宝を世の中に回す、と」
「そういうことだ。銭は商業の川の水だからな。流れなくちゃ困る。そしてその金貨に細工を施す」
「細工?何故そのような面倒なことをするんですか?」
「表面にするのは、他で作られにくくするためだ。この銭を作ったら他に作ろうとする輩も出るさ。しかしな、その偽造にえらく手間のかかるものだったらどうなる?」
「費用がかかり、手間をかける意味がなくなる……」
「そういうことさ。それにウチの影響力の広さを示す証拠にもなる。だがそれだけじゃない。中身そのものにも、だ」
「……何かを混ぜる、と?信用されなくなりますよ?」
「信用ならあるだろう。殿、いやジャパリ家が」
「……この家を担保とする気ですか?」
「まぁ言っちまえばそうだ。銀でも鉄でも……いや、仮にいくらか銀を混ぜたとしよう。きっと手順を踏んで調べれば分かってしまうことだ。
だがな、それを発表する、またはその発表に同調するってことは、ジャパリ家を敵に回すってことだ。10年で薩摩を支配し、その後も幾度となく龍造寺の大軍を撃破する軍事力を有するジャパリ家を、だ。誰がそんなこと好き好んでするんだ?」
「……しかし戦はその場の天運がモノを言うもの。流石にこれからの戦を博打にかけるわけにはいきません。それに同調の波というのは恐ろしいものです。
しかし……改鋳とその金貨は悪くない案です。奉行には私から話を通しましょう。実行はお任せしますよ」
「あ、あ、ありがとな……」
この改鋳は完遂までに何年もの時間を要したが、結果としては技術的向上と流通の改善に貢献した。改鋳時の損と出費はジャパリ家への冥加金の増加を考慮すれば辛うじてプラスであったし、新貨幣の放出も流通促進にプラスに働いた。その新貨幣はジャパリ銭と呼ばれ、石見銀と並び西国一帯で高額取引用通貨として広まっていった。
改鋳銭もその精度の高さから、隣国を軸に使われるようになっていった。後には悪銭の使用も禁止され、悪銭の価値が暴落。交換の効率も上昇していった。
「まだだ……まだ銭が偽造の段階でしかない……流通と交易を促進し、その上でジャパリが真に流通と銭を握るにはもっと他の手が必要だ……何だ、それは……」
ツチノコの野望は止まらない。