ジャパリかばんが人に誘われて茶室に来ることもあるが、人を茶室に呼ぶことも時々ある。
そして、たまたま1572年の夏の一日、ある人物が鹿屋城の茶室にいた。
「……正気ですか、殿」
「はい。もちろんです」
「……私が後を継ぐべきなのはもちろんその通りなのです。しかし……こんな早くになるとは……」
「いいではないですか。私もそのぐらいの歳で家督を継ぎましたし。それに分家まみれでジャパリも統率が取りづらかったのです。ここはまとめる方に動いて問題ありません。特に
博士、貴女なら」
「……しかし、ここは穏便に事を済ませるべきなのです。わざわざ殿を幽閉せよ、とは……」
「幽閉されたら、次の日には家督継承を認める旨を発表します。そしたら解放してください。その後は私を馬車馬のようにこき使ってくれて構いません」
「しかしそれだと、最近殿に反発気味の肝付などはいいかもしれませんが、薩摩国人衆などがどう反応してくるか……彼らにしたら、殿は領土を保護してくれる存在ですし、きっと私に反発してくるのは間違いないのです」
「そうです。だからこそ、次の手を私のいる間に打っておきたい」
かばんはずっと立ち上がると、出入り口へと向かい、扉をさっと開けた。
「お上りください」
「勿体ないお言葉っす。それでは、失礼するっす」
「……お前は」
「こ、これは博士殿。こちらにいらしゃったっすか!」
「アメリカビーバー……」
すごく縮こまった姿で、扉付近にちょこんと正座した。
「ビーバーがいるということは、治水絡み、なのですね」
「その通りです。さ、ビーバーさん。例の件についてお話をお願いします」
「了解っす。これまではさばんな衆と我が湖畔衆を中心にして大隅西部の治水事業をこなしてまいりましたが、これからはその範囲を拡大しよう、と考えてるっす。特に薩摩においても、甲突川などを中心に治水事業や水利権配分の調整などを行なっていたっす。
しかしこの事業を進めていく上で一つ大きな問題が浮上してきたっす。それは……」
「国人衆が各々の治水対策をするために、流域の統一的な事業ができないんです。まぁ、これは大隅でも言えることでしたが」
「先ほどの甲突川の例でも、上流まで行くと入来院の領地っす。大隅でも肝付川の下流は肝付領っすし。そうなると上流での治水の失敗が下流全域に影響をもたらしかねない、など心配ごとは尽きないっす……」
「そこで、流域ごとに統一した治水組織を立ち上げ、村ごとの水量の配分なども考慮してやってしまおう、という案が登場したのです」
「しかし……そう簡単に話が進むでしょうか?水利権は寺社なども絡みますし、治水は国人衆からしたら民を治める上での重要な仕事なのです。その権利をやすやす放棄するとは……」
「それがですね、最近の龍造寺軍に対する防衛のための出兵がかなり負担だったようでしてね。金はウチが出して担当者を出す権限さえくれれば、話しに乗ってもいい、という家もあるんですよ。蒲生とか東郷とか」
「なるほど……思っているより話は進んでいるようなのです」
「これは私のいるまに進めておきます。しかし、次からが重要です。その前に、お二人とも一杯ずつ如何です?」
「……さて、本題に入るのが遅いのは好きではないのです」
「そうですね。本題は、博士さんによる我がジャパリ家の外交方針の転換です」
「転換……っすか?」
「そうです。ここ数年、大隅、薩摩の防衛に軸を置き続けて来ましたが、博士さんにはこれを転換してもらいたい」
「何故です?わざわざ攻めかかる必要はないのです。確かに髪結いの際には拡張すべきと申し上げたのですが、あれは戯言に過ぎません。畿内での織田包囲網も失敗したと聞きますし」
「あれ?そうなんすか?」
「ビーバーさんは知らなかったんですね。それが、将軍を中心に浅井、朝倉、延暦寺、本願寺、山名、松永などが蜂起したらしいのですが、これらに加えて頼みにしていた勢力がありました」
「甲斐、信濃の武田なのです。将軍は武田と上杉を停戦させ、織田、徳川に全力を振り向けられるようにしたようです。が……」
「結局武田がこれを無視したらしく、上杉領の海津城を攻撃。しかしこれを上杉謙信が直々に蹴散らしたそうです」
「その勢いのまま武田は塩尻を失うなど大きな損害を受け、反撃のための上野攻めも含め、対織田どころではなくなったようなのです。そうしたら織田が各地に討伐軍を派遣。将軍含め即座に呑み込まれたようなのです。
だからこそ、わざわざ攻めかかる必要を感じないのです。現領土を守り、結果大隅一国の主として認めてもらう。これが殿の計画のはずなのです」
「ところがですねぇ……薩摩に資金を提供するうちに欲が出てきまして、なんとか領土を広げられないか、と思うようになったのです。流石の織田といえど、西国の覇者毛利を蹴散らすには時間がいるでしょう。その先を狙えないかと」
「……肥後攻め、っすか?」
「それと、できれば日向の残りも頂いてしまいますか」
「え、でも大友とは現状同盟関係に……」
「まぁ、それはこれからのやりようです。大友帰りの南蛮船を倭寇に襲わせるとか、こっちでキリシタンを禁教するとか」
「しかしいくら力がついてきているとはいえ、龍造寺、大友を同時に攻略するのは……」
「不可能ですか?内政がお粗末な龍造寺と宗教を巡る混乱が絶えない大友を食らうことが」
「……いえ、きっとできてしまうでしょう。しかし織田との関係が……」
「西国には毛利という巨大な壁があります。彼らに時間を稼いでもらいましょう。ある程度ならできるはずです
あと15……いや、10年です」
「何がですか?」
「九州単独で中央に対抗できる力をつけるのに必要な時間です。硝石の自給と産業の振興。それさえ可能になれば……」
「硝石が自給?そんなのできたら簡単なのです」
「幸い坊津を抑えて商船の交流も盛んになってます。あとは南蛮からその技術を持ち帰ってもらうのみ。どうやら硝石は作れるもののようですしね」
「はぁ……」
「というわけで博士さん。あとはお願いします」
1573年秋、収穫を終わらせたのち、大友宗麟はジャパリの突然のキリスト教禁教や倭寇扇動を理由に大友の日向領以南の交流を禁止。実質的な手切れであり、さらに5万を超える軍勢を日向に派遣した。
九州は三つ巴の戦いに突入したのである。