リをンに変える旅   作:いのかしら

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第6話 薩摩へ

「侵攻すべし」

伊地知重興の言で1568年9月の収穫後に集められた評定は幕を開けた。

「島津は肥後を取った龍造寺を攻めるべく兵を薩摩北へ集めているそうじゃないか。だったら薩摩の中央は手薄になる。この隙を逃さない手はない」

「僕は……反対です」

ジャパリかばんが手を挙げた。視線が一斉にそちらに振り向けられる。

「龍造寺は大友を攻めるために天草からも兵を動員したと聞きます。龍造寺が阿蘇を服属させているとはいえ、島津からの防衛にそこまで大軍を振り向けることはできません。

その防衛軍が撃破された後に引き返されて反撃を受ける事態になれば、島津側の戦意が高まった状態で、島津軍を島津領内で迎え撃たなくてはなりません。

兵数は向こうが優勢な以上、深入りは避けるべきかと……」

「これまで通り、島津が攻めて来たら迎え撃つ。それでいいのでは?前回は大友と連携していたからいいとはいえ」

逆に大友領に近づいた肝付氏は、派兵を渋るべくかばん支持に回った。

「しかしかばん殿。偵察によると、我ら禰寝海軍は今なら錦江湾を抑えられますぞ。確かに北薩摩なら迎撃のち侵攻でも良いかと思われますが、鹿児島、内城を抑えられるならそれに越したことはない。その機会は今しかございませんぞ?」

島津が弱体化すればするほど自らの領土が安定する禰寝氏は侵攻を支持。そしてジャパリかばんの妻の血縁の関係上この案を無碍には出来なくなってしまった。

「確かに内城を落とせば島津の落日をまざまざと見せつけられる。たとえその後兵を引き返して来ても、その事実はかわらない」

「それを使えば薩摩の国人を引き込みやすくなろう」

北東は大友、北西は龍造寺。前はいくつもあったこの九州の勢力も、いつしか我らを含め4つしか自立していない。そしてそのうち2つはともにジャパリより大国。残る2つのうち1つがもう片方を呑まねば、どちらも大国2つに蹂躙される。

 

「評定中失礼するぞー」

鹿屋城に控えていた臣下の一人がふと広間の奥から顔をのぞかせた。

「なんだね君は!今は大事な評定の途中だぞ!」

「私はジャパリかばん臣下のタスマニアデビルだぞー。きっとこの評定に関わる重要案件が来たぞー。

加久藤城に龍造寺からの使者が来て、水俣防衛のための援軍を借りたい、との話だそうだぞー。

当主龍造寺隆信の花押の入った文書もあるし、まず本物だと思うぞー」

「龍造寺が……?なぜ我らに……」

「ちなみに、その使者は?」

「加久藤城で待たせているらしいぞー」

「……まぁ、理由は肥後を守る兵が足りない、といったところでしょう。大友とは戦っている最中ですし、手を借りるならウチしかいないでしょう」

「私は反対だな。この前大友と協力したばかりだ。その機嫌を損ねるのは良い手とは思えない」

「……しかしこうなるということは、肥後の守備に一応の兵は割く気でいるようだな。仮に負けたとしても、島津側に打撃を与えられればそれに越したことはあるまい」

「だが大友が何と言ってくるか……」

「大友は長宗我部攻めに動いた。ここでさらにこちらとの関係を悪化させにはくるまい。龍造寺には大友との戦には使わないとの確約を得よう」

「そんなのどうやって分かる?単独行動するなら連携取れずにさらに大負けするぞ!」

 

 

 

結果的に龍造寺による島津軍の足止めは有用。そしてその為に援軍の派遣。さらに鹿児島上陸を決行。これらが全て了承された。

確かに鹿児島、内城攻略の効果は城一つに遥かに勝る。

そして龍造寺と領土が接している以上、大友にさらに接近したとしても、龍造寺、島津の二正面作戦は避けたい。それにこの先薩摩を占領したとしたら、そこの占領地慰撫に時間を取られる。その間龍造寺とは戦いたくないのが本音。

全てが上手くいくことを期待して計画は回っていた。いや、正しくはジャパリ家が拡張する為に、勝つことを前提とせざるを得なかった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

援軍は加久藤城の約2000を、ジャパリ家臣のキングコブラに率いさせて水俣城へと向かった。流石に負ける可能性が高い、敵兵を少しでも削るための作戦。誰も引き受けたがらなかった。

一方龍造寺からは援軍の条件として国境の関所を撤廃。また鉄砲を数百丁獲得した。そしてそれより少し少ない金額を、大友家に旧伊東領に建設中のセミナリオの運営援助の名目で支払い、大友宗麟とキリシタンの歓心を買った。

これはこの先鹿児島を獲得した場合、南蛮との付き合いの深化は図られるべき。そうなった際にカトリックからの印象は良くしておきたかったし、何より大友との関係悪化は避けたかった。

 

 

ジャパリ家は薩摩攻めを評定にて決定。ジャパリ家、肝付氏、伊地知氏などの約1万3千の兵を率いて、禰寝海軍の支援のもと錦江湾を横断し、鹿児島に上陸した。

しかしこの時既に肥後との国境付近に接近していた島津義久率いる島津軍はこの情報を伏せた上で、本隊は水俣へ向けて進軍していた。

一方で薩摩に残していた弟義弘を中心とした部隊を、内城に向けて進めようとしていた。

 

しかしここで思わぬ事態が起こる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

肥後に残っていた納富信景率いる龍造寺軍とジャパリ家援軍の連合軍が国境付近の久木野で数では倍以上の島津軍を撃破し、大きな損害を与えることに成功したのである。

内城に派遣された救援軍も2度にわたってジャパリ軍に撃破され、島津家の最大の拠点、内城はジャパリ家の手に落ちた。

かつて薩摩、大隅、日向三国の守護であった島津家。その終わりが確実に近づいてきていた。

 

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