Noisy Nose Knows   作:komit

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(6)補習授業

 大広間での夕食も終わりに近づいた頃、マクゴナガル先生が硬質な靴音を響かせながらモアの元にやってきた。

 

「クレイズ。以前手紙で予告した通り、あなたは補習授業を受ける必要があります」

 

 マクゴナガル先生は補習用の時間割表をモアに手渡した。

 

「補習は早速今夜から始まり、毎日行われます。まずは変身術の授業です。夕食を終えたら私の研究室にいらっしゃい。持ち物は杖と一年生用の教科書、以上です」

 

 昼間の授業とは違って、補習授業は一年生用の教科書に沿って行われるということのようだ。フローリッシュ・アンド・ブロッツで高いお金を出して買った教科書がいよいよ日の目を見ようとしているのだった。

 

 デザートのフルーツ・フールを突いていたハーマイオニーが心惹かれた様子で言った。

 

「先生達と一対一で授業を受けられるなんてモアが羨ましいわ」

「晩御飯の後も勉強がしたいだなんて君、正気じゃないよ」

 

 ロンはまるで自分が補習を受けるかのように嫌な顔を見せた。

 

 

 モアがマクゴナガル先生の研究室を訪れると、先生はにこりともせずにモアを迎え入れた。この研究室には無駄なものが一切なく、書類なども綺麗に整頓されていて、厳格なマクゴナガル先生らしい部屋となっていた。

 

「初めに聞いておきますが、夏休みの間に教科書に目を通したりしましたか?」

「いいえ、全く」

 

 ダイアゴン横丁で買った荷物は全て纏めて物置に押し込んでいたモアだ。教科書に目を通すだなんてハーマイオニーみたいなことをやっている訳もなかった。

 

「では、これからはまめに目を通すようにしてください。一年分の遅れを取り戻すことは容易ではありませんから、心しておくように」

「はい、先生」

 

 モアは気のない声で相槌を打った。

 

 それから二人は隣の教室へ移動した。誰も居ない教室は昼間授業を受けた時とは異なってしんと静まり返っており、モアは何となく落ち着きのない感じに襲われた。

 

「変身術は基礎の積み重ねが肝要、一年時の授業を受けていないあなたが上手く行かなくても当然です。昼間のことはともかく、これから補習できっちりと学んでいきましょう」

「はい」

「生物を別のものに変身させたり、逆に何かを生物に変える呪文はとても難しいものです。二年生の授業ではこうしたものも扱いますが、昼間の授業で実感した通り、今のあなたにはとても難しいことでしょう」

 

 モアは机の上で逃げ回るばかりだったコガネムシのことを思い出した。追い掛けても追い掛けてもコガネムシは止まってくれないし、やっと止まったと思ったら、今度は翅を広げて飛んで行ってしまった。そういう意味で言えば、生きている物を自分の思い通りにすることの難しさはたっぷりと実感していた。

 

 マクゴナガル先生の難解な板書きをノートにとった後、ついに実習が始まった。

 

「では、まずはマッチ棒を針に変えるところから始めましょう」

 

 そう告げるなり、マクゴナガル先生は机の中からマッチ箱を取り出し、モアの目の前に置いた。モアは箱から赤い燐の付いたマッチを手に取ると、指示を待つように背の高いマクゴナガル先生を見上げた。

 

「肝要なのはしっかりと完成形をイメージすることです。どんな長さの針なのか、太さはどれくらいか、どれほど鋭いのか。ディテールに至るまで想像し、正確に再現するのです。こうしたプロセスはとかく軽視されがちですが、特に変身術では想像力が物を言うと言っても過言ではありません。まずは私が手本を見せます」

 

 マクゴナガル先生はモアの持っていたマッチに杖先を向けると、呪文を唱えて杖を一振りした。すると、どういうことだろう。赤い燐の部分がみるみる鋭くなっていき、木の部分も細い銀色に変わり、瞬く間にマッチ棒は六号サイズの刺繍針に変化した。

 

「まあ、まるでマジックだわ!」

 

 モアは驚いて手の中の刺繍針を見詰めた。

 

「そうでしょうとも、マジックなのですから。さあ、次はあなたの番です」

 

 凄い手品を見て感激しても自分でやりたいと思わないのと同じように、凄い魔法を見てもモアにはちっとも自分でやってみたいとは思えなかった。それでも補習授業は進んでいくもので、杖の振り方が良くないと直され、発音が良くないと正され、イメージが足りないと窘められ、気づけばモアは三十五回目のトライも失敗したところだった。

 

 マクゴナガル先生は昼間のハーマイオニーに負けず劣らず熱心に指導してくれたが、マッチ棒はいくら待てどもマッチ棒のままで、銀色に代わりも鋭くなりもしなかった。

 

 これに見かねて、マクゴナガル先生は口を出した。

 

「もう一つ大切なのは、出来ると信じてやることです。術者の自信は魔法の成否に大きく影響します」

「でも、先生。私は魔女じゃないので出来なくて当然だと思います」

 

 モアが口を挟んだ。マクゴナガル先生はモアの言葉を受け止めるように深く頷いた。

 

「そうですね。あなたの言う通り、今はまだ魔女と呼べる状態ではないかも知れません。ですが、あなたはちゃんと魔女の卵ですよ。ホグワーツの入学許可証が届いたことが何よりの証です。今後は出来なくて当然などと言う考えは通用しないと思ってください」

 

 マクゴナガル先生は厳しい目でモアを見詰めると、気持ちを切り替えるように手を叩き合せた。

 

「さあ、練習を続けましょう」

 

 それから四十回、五十回と失敗が続き、そうして何回杖を振ったか分からなくなり始めた頃、マクゴナガル先生が補習授業の終了を告げた。結局のところ、モアはマッチを銀色にすることも尖らせることも出来ずに練習を終えた。

 

 マクゴナガル先生が言った。

 

「今日の練習に使用したマッチはお貸しします。空き時間などによく練習しておくように。何か分からないことがあれば聞きに来てもかまいません」

「はい、先生。ありがとうございました」

「魔法が上手く行かなくてもあまり気を落とさないように。この一時間であなたは随分と成長しましたよ」

「そうですね、そうだと良いんですけど」

 

 モアは心で思っていることと全く逆のことを言った。魔法などという訳の分からないものがまるで使えない今の状況は、モアにとって願ったり叶ったりというところだった。術の掛け方に関しては確かに著しい成長を遂げていたが、何度やってもモアの術は効果を発揮しなかったのだ。

 

 グリフィンドールの談話室に戻ると、モアはウィーズリーの双子に掴まった。

 

「よう、モア。聞いたぜ、補習授業はどうだった?」

「さっぱりよ。まあ、当然と言えば当然なんだけど」

「一体何を練習したんだい?」

「マッチ棒を刺繍針に変える練習」

 

 モアはうんざりしながら言った。

 

「ああ、あれか。俺たちも一年生の時にやらされたな」

「マッチ棒を刺繍針に変える必要性なんてあるのかしら」

 

 すると双子の片方が考える素振りを見せた。

 

「そうだな。ちょっと縫い物をしたいけど手持ちに裁縫道具がない時なんか便利だぜ」

「そんな限定的な状況、そんなにないんじゃなくって?」

「ま、難しく考えないことだ。折角ホグワーツに来たんだ、もっと楽しまなきゃ勿体ないぜ」

 

 確かに、魔法学校に通うなんて経験は早々出来るものではないのかも知れない。モアは知らないことだが、ただでさえホグワーツは選ばれた者しか通うことが出来ない学校なのだ。双子の言うことは尤もだったが、生憎ながらモアはこれを楽しめるほどの余裕は持ち合わせていなかった。

 

 

 次の日の最初に行われた授業は呪文学だった。今日の課題は肥大呪文と呼ばれる、対象物を大きくさせるための呪文だった。担当教諭のフリットウィック先生は大きな熱意を以ってモアの面倒を見てくれたが、矢張りモアの呪文で魔法の現象が起きることはなかった。

 

 その後に受けた魔法史の授業は思ったより楽しめた。先生がゴーストだったので初めこそモアはびくびくしていたが、授業中にこれといってモアの生命が脅かされることはなかったし、奇想天外な魔法界の出来事自体は滑稽で、まるでユーモア小説の内容だと思い込めば面白くも感じられた。もっとも、ビンズ先生が教科書を読み上げる様は単調で退屈なものだったが。

 

 午後は一年生に混じって飛行術の授業を受けた。モアがいくら上がれと命じても箒はころりとも動かず、次々に飛び立つ一年生達を尻目に、ただただ声を発し続けて喉が疲れただけだった。

 

 この日の補習授業は魔法薬学だった。魔法薬学はモアがまだ受けたことのない授業で、モアが地下牢を訪れると鉤鼻のスネイプ先生が陰気な表情で出迎えた。先生は今日も喪に服したかのように全身真っ黒で、顔は内臓か何処かが悪いみたいに土気色だった。

 

 スネイプ先生は地下牢に染み渡るような声で語った。

 

「魔法薬学は杖を振り回したり、呪文を唱えたりする授業とはまるで違う。もっと繊細で緻密なものだ。材料の切り方、入れるタイミング、鍋の加熱時間、それら細かな要素が複雑に絡み合う深遠な学問であると心してもらいたい」

「はい、先生」

 

 モアの相槌に胡乱げな視線を向けると、スネイプ先生は一つ咳払いを挟んで言った。

 

「まずはおできを治す薬から始める。この薬の材料はなんだ、クレイズ」

「先生、分かりません」

 

 モアは平然と答えた。スネイプ先生は片眉を吊り上げた。

 

「事前に教科書を読んでくるようなことはしなかったのかね?」

「ごめんなさい、していないわ」

「簡単な労すらも惜しんだグリフィンドールから一点減点。では教えてやろう、教科書を開け」

 

 モアが教科書を開くと、スネイプ先生は地下牢をゆっくりと練り歩き始めた。

 

「必要な材料は四つ。干しイラクサ、蛇の牙、角ナメクジ、山嵐の針……何をぼさっとしている。ノートを取れ、クレイズ。グリフィンドールからさらに一点減点」

 

 それからのモアは先生の説明に耳をそばだて、必死になってノートを取り続けた。魔法薬の原料が持つ性質、下拵えの方法、調合の手順、出来上がる薬の効能、そして副作用。そうしてノートのページが真っ黒になった頃、モアの頭にばちんと閃くものがあった。

 

「分かったわ、つまりこれってお料理みたいなものなのね!」

 

 ホグワーツに来る前は毎日自分で食事を用意していたこともあって、モアは調理実習なら自信があった。スネイプ先生は苦虫を嚙み潰したように顔をしかめた。

 

「幽玄な魔法薬の世界を料理と一緒にするなど、愚かな」

「でも材料を切ったり煮込んだりして作るんでしょう? ならきっと近いものがあると思うの、上手くやれる気がするわ!」

「浮かれるのは結構だがそれほど容易いものではない、甘く見るな」

 

 だが、モアは宣言通り上手くやった。確かに慣れない材料を扱ったこともあり刻み方や火加減などは難しく感じたが、こまめに質問をしながら下手なアレンジをせずレシピ通りに作れば良いだけなので、モアにとってはそれほど難しいものではなかった。

 

 スネイプ先生はモアの作った薬を見て苦渋に満ちた顔を浮かべたが、最終的にはグリフィンドールに二点の加点をくれた。

 

 誰かに料理を教わったことのないモアにとって、人に教わりながら作る薬品というのはとても興味深く、楽しいものに思えた。

 

 談話室に戻ってこの話をすると、ハリー達は大層驚いた。

 

「マーリンの髭! あのスネイプがグリフィンドールに加点するなんて、明日は槍が降るんじゃないかな」

「よっぽど出来が良かったのね。私だってスネイプから加点を貰ったことなんて一度もないもの」

「僕はモアが積極的に鍋を焦がしにかかるんじゃないかって心配してたんだけど」

 

 ハリーが少し茶化して言った。

 

「私だって課題通りに作らなきゃいけない時はちゃんとやるわ! ……そうでなければ自分の好み通りに作るけど」

「でも、これで分かったよ」

 

 ロンが得意げに言った。

 

「スクイブは簡単な魔法薬も作れないんだ。スネイプの課題を成功させたモアは間違いなく魔法族だよ」

「全然嬉しくないわ! 思い切って失敗すれば良かったのかしら」

「馬鹿なことを考えていないで、ほら、呪文学の復習をしましょう。今日習った肥大呪文はきっと小テストがあると思うの」

「うえー、告知もされてないテストのことなんて考えたくないよ。僕はハリーとゴブストーンの続きをやるから、復習は君たちだけでやりなよ」

 

 結局ハリーとロンは肥大呪文の復習には参加しなかった。モアはハーマイオニー指導の下、また不毛な杖振り練習に打ち込む羽目になった。モアが練習に使った林檎は肥大することも縮むこともなく、当然のようにただあるがままの林檎の形を保ち続けた。

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