Noisy Nose Knows   作:komit

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(12)クリスマス休暇

 モアが待ちに待ったクリスマス休暇がやってきた。

 

 キングズ・クロス駅から電車を乗り継ぐと、モアはまずダイアゴン横丁へ向かった。アレイヤにもらった腕時計を直してもらうためだ。

 

 時計屋は簡単な魔法を掛けて、モアの腕時計がホグワーツでも使えるようにしてくれた。他にも魔法動物ペットショップに立ち寄って、ブーティへのクリスマスプレゼントに新しいおもちゃを買い込んだ。ダイアゴン横丁は相変わらずへんてこな街だったが、ホグワーツでの生活で耐性の出来たモアはもうあまり気にならなくなっていた。

 

 それから地元に帰ると、モアの胸には何とも言えない喜びが広がった。皆と同じ町に居ると考えただけで、モアの気持ちは浮き足立った。

 

 家々は真っ白な雪に覆われ、静かな眠りに就いているようだった。今年もホワイトクリスマスになるだろうと思って、モアは頬が緩むのを感じた。

 

 自宅の近くまで行くと、家の前に見覚えのある人影が見えた。

 

「アレイヤ!」

 

 玄関のポーチにアレイヤが座り込んでいた。四ヶ月ぶりに会ったアレイヤは伸びた髪をポニーテールにしてビロードのリボンで留めていた。服装はいつものボーイッシュなスタイルで、暖かそうな臙脂のセーターの上にオーバーオールを履いていた。

 

 モアが駆け寄って再会のハグを交わすと、アレイヤの快活な瞳がきらりと輝いた。

 

「どうして手紙をくれなかったのよ。私、ずっと待ってたのに」

「ごめんなさい、アレイヤ。勉強がとても忙しくて」

 

 まさか魔法界の郵送手段がふくろうだったから送るわけにはいかなかった、だなんて口が裂けても言えなかった。モアが魔法使いの学校に通っているだなんて微塵も知らないアレイヤは、ちょっとだけ怒った素振りで片頬を膨らませた。

 

「もう、忘れられちゃったのかと思ったじゃない」

「忘れるわけないわ、会いたくて会いたくて堪らなかったのに!」

 

 モアはアレイヤの両手を取るとぎゅうっと握り締めた。寒い中こうしてモアのことを待っていてくれたことがとても嬉しかったのだ。

 

「良かったら今年もクリスマスディナーを食べに来てよ。ママったらモアが来るって張り切ってるのよ」

「毎年お邪魔して申し訳ないわ」

「水臭いことは言いっこなしよ。モアはうちに来てディナーを食べる、オーケー?」

「オーケーよ、アレイヤ」

 

 アレイヤは満足したように笑顔を浮かべると、モアの背中を叩いた。

 

「さ、お家に上げてちょうだい。紅茶はストレートでね」

 

 モアの家に上がったアレイヤは、ブーティを見るなりすっかり夢中になった。アレイヤはモアが今日買ってきたばかりのおもちゃを散々広げて、ブーティの気を惹いたりからかったりして楽しんだ。ブーティの方も満更ではないようで、新しいおもちゃで遊んでくれるアレイヤにすっかり懐いてしっぽを巻き付けた。

 

「休みの間しか戻って来れないのにペットなんて飼って大丈夫なの? 学校は全寮制なんでしょう?」

「一緒に連れて行くのよ。あの学校はペットを連れてきても良い決まりがあるから」

「へえ、柔軟なのね。なんていう名前の学校だっけ、確かオブアーツ?」

「あー、それより皆は元気かしら。シャロンは今月誕生日だったわよね」

 

 モアは露骨にホグワーツの話題を避けた。深く突っ込まれるとボロが出ることが分かっていたからだ。聡いアレイヤのことだ、些細な事柄から何かに気付いたとしてもおかしくなかった。

 

 シャロンについて聞かれたアレイヤは、とっておきの秘密を明かす時のようにふふふっと微笑んだ。

 

「シャロンと言えば彼女、最近ヤンセンと付き合い始めたのよ」

「嘘でしょう、あんなに仲が悪かったのに!」

「ヤンセンがシャロンに意地悪してたのはずっと好きだったからなんですって。男の子って馬鹿よね」

 

 その後もヒューイがついにテストで一番になっただとか、ジョアンナがモデル事務所にスカウトされただとか他愛もない話が無限に続いた。アレイヤとのお喋りは楽しくて、気付けばモアは紅茶を三倍もお代わりしていた。

 

 遊び疲れたブーティは、ダイニングの椅子の上ですっかり丸くなっていた。モアは眠るブーティの毛並みを指先で梳きながら、やっぱり皆と一緒にこっちの学校に通いたいと強く思った。

 

 アレイヤが帰ると、段々と寂しさが身に染みるようになってきた。クリスマス休暇を終えたらまた離れ離れになってしまう。明日はクリスマスだというのに、モアはすっかり悲しくなっていた。

 

 

 喜びに満ちたクリスマスの朝。モアはこつこつと叩く硬質な音で目を覚ました。眠たい目を擦って起き上がると、白と茶色の二羽のふくろうが嘴で窓を突いているところだった。

 

 モアは窓を開けた。真冬の冷たい風とふくろうが部屋に舞い込んできた。二羽のふくろうは部屋の中を旋回すると、モアの膝の上にずっしりと重たい何かを墜落させた。モアは荷物が骨に激突した痛さにうめき声を上げた。

 

「うーっ、こんな朝からなんなのよ、もう!」

 

 モアが痛い膝を擦っていると、茶色のふくろうが早く荷物を外せとでも言うようにモアの腕を突いてきた。ゆるゆるとした動作で荷を解くと、ふくろう達はやっと解放されたとでも言わんばかりに勢いよく窓の外へと飛び立っていった。

 

 ふくろう達の運んできた包みは二つあった。一つは手の平にちょこんと載るほどの小さいサイズで、もう一つはそれより二回り以上大きくて重たい代物だった。モアの膝を打ち付けたのは勿論後者だ。この重たい荷物を運ぶためにふくろうが二羽も駆り出されたのだろう。

 

 モアは小さい方の包みを無視して、ずっしりと重たい方の包みを開き始めた。モアの膝を痛めた原因が何か確かめずには居られなかったからだ。

 

 緩衝材で厳重に包まれたそれは、直径十二センチほどある水晶玉だった。

 

 これを見て、モアは直感した。

 

「この水晶玉、まさか父さんから私に!?」

 

 モアは水晶玉に添えられたカードに目を通す。当たりだった。

 

 ――メリークリスマス。来年の選択科目はもう決めただろうか。君が占い学を取ることを期待して、私が目利きした中でも特に美しいこれを送ります。

 

 モアの父親は、毎年何かと自分の眼鏡に適った石を送りたがるのだった。去年は確かローズクオーツ製の数珠だったし、その前の年は縞瑪瑙のコースターだった。どうせなら可愛いブローチやアクセサリーをくれれば良いのに、そうはいかないのがモアの父親だった。

 

 モアに届いた水晶玉は、小ぶりながらも透明で純度の高い代物だった。石にうるさいモアの父親のことだから、これはガラス製の模造品ではなく、多分天然物のはずだ。きっとモアの想像以上の値段がするのは間違いなかった。

 

 お金がかかっている割りにあまり嬉しくならないプレゼントというのは不思議なもので、モアはこれを丁寧に包み直すともう一つのプレゼントを解き始めた。

 

 茶色い包装紙の下から出てきたのは小さなジュエリーケースで、今度こそ期待が持てそうだった。

 

 モアがケースを開けると、中には赤い石のペンダントトップが収められていた。小指の先ほどの小さなサイズで、石を分割するようにして白っぽい十字の模様が浮かび上がっている。

 

 モアは箱に添えられたカードに目を通した。先程の水晶玉と同じく、父親の字で書かれていた。

 

 ――君の母さんから君がホグワーツに入ったら渡すようにと預かっていた。スターガーネットのオーバルカボションカットだ。四条光アステリズムの美しさは筆舌に尽くしがたい。

 

 モアが母親からプレゼントを貰うなんていうのは、初めての経験だった。というのも、モアの母親は父親と違ってこれまでクリスマスも誕生日も何もくれたことがなかったからだ。

 

 モアは初めてのこのプレゼントを、どうしたものかすっかり迷ってしまった。貰って嬉しくない訳ではないのだが、何となく自分で身に付けるのが癪に感じられたのだ。

 

 丁度その時、ブーティが廊下から扉の隙間を抜けて部屋に入ってきた。モアはちょっと据わりの悪い気持ちを感じながらペンダントトップを取り上げると、見比べるようにブーティの目の前に掲げた。

 

「ねえ、この大きさなら首輪につけたら素敵じゃないかしら。私には水晶玉があるし、あなたにあげるわねブーティ」

 

 モアはブーティを抱え上げると、首輪の金具の所にペンダントトップを取り付けた。赤い石は黒い毛並みによく映えた。モアは満足げに笑って、ブーティの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 リビングに降りると、モアは届いたクリスマスカードのチェックを始めた。アレイヤ、ジョアンナ、ジャンにミル。シャロンにヒューイ、それからハーマイオニー、他にも沢山。

 

 学期中あんなに素っ気ない態度を取っていたパンジーからもきらきら光るクリスマスカードが届いた。これにはモアは大喜びだった。

 

 昼頃になると、モアはアレイヤの家のクリスマスディナーにお呼ばれして行った。

 

 アレイヤのお母さんはアレイヤに似た美人で、料理が上手だった。若い頃はバーミンガムのブリティッシュレストランで料理人をしていたらしい。素朴な家庭料理が大得意で、モアのイメージする母親の味と言ったら専ら彼女の料理だった。

 

 アレイヤのお父さんは手先の器用な木工職人で、今年はモアに小さな天使の木像をプレゼントしてくれた。恰幅の良い優しいおじさんで、ブーティの話をしたら来年は猫の木像を作ってくれると約束してくれた。

 

 アレイヤの家族と一緒に食べるディナーは最高だった。

 

 自家製のクランベリーソースは甘酸っぱくて七面鳥にぴったりだったし、マスタードを利かせた芽キャベツのソテーはとてもさっぱりして美味しかった。デザートのクリスマスプディングは食べる前に火を点し、アルコールがすっかり飛んでからホイップクリームをたっぷりと掛けていただいた。

 

 ディナーの後はアレイヤ達とボードゲームをして楽しんだ。アレイヤが一番になり、景品のママお手製トライフルを手に入れた。モアは最下位だったのだが、気を利かせたアレイヤから一口味見させてもらうことが出来た。

 

 幸せな一日は飛ぶように過ぎ去っていった。

 

 

 次の日はモアのために元クラスメイト達が集まった。

 

 皆が集まった学校のグラウンドは一面真っ白で、校舎の屋根にも分厚い雪の層が出来ていた。まだ転校してから半年も経っていないのに、モアはこの景色を随分と長いこと見ていなかったような懐かしい気持ちに誘われた。

 

 モア達は二手に分かれて雪合戦をした。

 

 リチャードは抜群の運動神経を生かして幾つもの雪玉をかわし続けたし、ジョアンナは最初は服が濡れるからと乗り気でなかったが、最後には雪塗れになって誰よりも多くの雪玉を投げた。ジャンは積極的に雪玉にぶつかりに行き、滑稽な当たり方で皆を大いに笑わせた。ミルとは味方同士なのに雪玉をぶつけただのぶつけていないだのと久々に口喧嘩をしたら、途中から段々愉快になってきて二人で大口を開けて笑い合った。

 

 皆で散々雪に塗れて、体の芯まで凍えながら、でも心はとても温かかった。

 

 遊び終えて一人と一匹の家に帰ると、案の定途端に寂しさが染みてきた。連休が明けたらホグワーツに戻らなければならないことを考えると、モアは恐ろしい憂鬱に囚われそうになった。まだ休暇は何日も残っていたが、残りの日数をこんな気持ちで過ごさなければならないなんて信じがたい痛苦だった。

 

 モアはストーブの傍で温まっていたブーティを抱え上げると、ぎゅっと抱き締めた。猫特有の高い体温が染み渡り、孤独の闇をじんわりと溶かしていくように思えた。

 

 モアにとって、ブーティは最後のよすがだった。

 

「私、やっぱりみんなと一緒の学校に通いたい。魔法なんて使えなくていい、ただ皆と一緒に居たい……!」

 

 モアはしゃくり上げた。抑えても抑えても涙がぽろぽろ零れてきた。ブーティは首を伸ばすと慰めるようにモアの頬を一舐めしたが、モアの気が晴れることはついぞなかった。

 

 

 楽しい冬休みは矢のように飛び去り、ホグワーツに戻る日がやってきた。キングズ・クロス駅を行くモアの足取りは軽やかという訳にはいかなかったが、それも荷物を片手に列車に乗り込もうとしているパンジーを見付けるまでだった。

 

 モアはパンジーを見るなり急に元気になって、意気揚々と声を掛けた。

 

「パンジー! お久し振り、この間は素敵なクリスマスカードをありがとう」

 

 パンジーは驚いた亀のように首を竦めてこちらを見た。

 

「うっ……モアじゃない。あれは義理で出しただけなんだからね。お願いだから学校ではあまり声を掛けないでちょうだい!」

「なら、あなたは義理堅いってことね。本当にカード嬉しかったわ!」

 

 モアはパンジーにひらひらと手を振ると、空いている扉から車両に乗り込んだ。発車時刻が近いこともあり、車内はどこも生徒達で一杯だった。座れるところを探して車両を渡り歩きながら各コンパートメントを覗き込んでいると、中程の車両で本を開いていたエミールと目が合った。

 

 エミールは本をベンチの上に伏せると、立ち上がってコンパートメントの戸を開けた。

 

「やあ、モア。席を探しているなら座っていくかい?」

 

 これは思ってもみなかった展開だったが、モアは快く受け入れた。

 

「良いの? 折角のお誘いだし、じゃあお邪魔しようかしら」

 

 モアは誘われるがままにコンパートメントに滑り込むと、エミールの了承を得てキャリーの中から可愛い子猫を出してやった。

 

 やがて発車時刻を迎え、九と四分の三番線から列車は走り出した。様々な喜びや悲しみを乗せ、列車はホグワーツに向かう道程を辿り始めた。

 

 

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