Noisy Nose Knows   作:komit

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(14)万能吸水ペーパー

 二月の初めになると、ハーマイオニーが女子寮に戻ってきた。質の悪いインフルエンザだとは聞いていたが、それにしてはちょっと復帰に時間のかかりすぎた印象だった。

 

 戻ってきたハーマイオニーはまず、この一ヶ月全く疎遠だったハリーとモアの仲を取り持とうとした。ハーマイオニーは呪文学の授業を終えて談話室に戻ろうとしていたモアを教室に引き留め、周りに誰も居なくなってから話を切り出した。

 

「ハリーから全部聞いたわ。あなた、ハリーが授業中に膨れ薬を爆発させたことを怒ってるんでしょう。あれにはね、ちょっとした事情があったのよ」

「事情ですって?」

 

 そういえばハリーもそんなことを言っていたような気がする。モアはちょっとだけ話を聞いてみようかと思って、腕を組んだ。ハーマイオニーは何を言おうか迷った様子で、唸りながら言葉を捻り出した。

 

「その、なんて言うのかしら。私達には薬を爆発させてでもやるべきことがあったのよ」

 

 ハーマイオニーのこの告白に、モアは耳を疑った。

 

「ちょっと待って、まさかハーマイオニーも絡んでたの!? なんてこと、信じられないわ!」

 

 まさかハーマイオニーもグルだったなんてモアは思ってもみなかった。この様子ならきっとロンも一件に関わっているに違いない。何も知らないのはモアだけだったというわけだ。

 

 モアは失望を胸に教室を去ろうとした。ハーマイオニーが追い縋った。

 

「お願いだから話を聞いて、モア」

「言い訳なんて聞きたくないわ! あなた達がするべきなのは今すぐスネイプ先生の所へ行って、謝ることなのよ」

 

 どんな理由があるのかは知らないが、それで人を傷つけて良い理由にはならない。そんな当たり前のことが分からないだなんて、モアはハリーだけでなくハーマイオニーにもがっかりだった。

 

 その後もハーマイオニーは事ある毎にモアを引き留めて話をしようとした。ハーマイオニーは何とかモアを説き伏せようとしたが、どれだけ言葉を尽くしてもモアは耳を貸さなかった。次第にモアはハーマイオニーまで避けるようになり、冬休み前は毎日のように二人でやっていた魔法の練習もすっかりご無沙汰になっていた。

 

 ハーマイオニーの次はハリーだった。

 

 ある日廊下で出会したハリーは、モアの行く手を塞いでどうにか話し合いを持とうとした。

 

「聞いて、モア。僕、モアと仲直り出来ないかと思って」

「仲直りですって? 馬鹿言わないでちょうだい、きちんと謝るのが先よ」

「ごめん、モアには心配かけて悪かったと思ってるよ」

「全然違う! 私に謝ったって意味ないわ。もう、あなた全然分かってない!」

 

 モアは意地になっていた。このところはもう、絶対にハリーを許すものかという気分で日々を過ごしていた。

 

 モアはこの憤懣をトムの日記の切れ端に書き綴った。

 

「なんであんなに分からず屋なのかしら!」

 

 トムは至って冷静に、モアを宥めようとした。

 

『一度、監督生に相談してみるのはどうですか。きちんと指導してくれるかも知れませんよ』

「パーシーはいつも忙しそうにしているの。こんなことで手を煩わせるのは申し訳ないわ。ああ、もう。ハリーが反省して先生と皆に謝れば済むだけの話なのに!」

『友達の過ちを正そうとする君の志は立派だけど、あまり意地を張り過ぎないようにね』

「ありがとう、トム。でも一つだけ訂正させて。あんな分からず屋、もう友達なんかじゃないわ!」

 

 ハリーはモアと何とか元の関係に戻ろうとして、頻繁に話しかけてくるようになった。授業の前に教室で、食事時に大広間で、空き時間には談話室で。ハリーはモアとの間に他愛ない会話を持とうとした。

 

「やあ、モア。薬草学のレポートは終わったかい?」

「私のレポートがどうだろうと、あなたには関係ないでしょう!」

「ああ、モア。今日の変身術は特に難しかったよね。僕のは全然上手く行かなくて緑色に変わっただけだったよ」

「それ私に対する嫌味なのかしら!?」

 

 モアはハリーを必死にあしらおうとし続けた。けれど、ハリーはめげずに何度も話しかけてきた。モアに言わせれば、今のハリーはコリン・クリービー並みのしつこさだった。

 

「おはよう、モア。最近の君、ちょっと顔色が悪いよ。目の下にクマが出来てるし、ちゃんと寝てるの?」

「うるさいわね、放っておいてちょうだい!」

 

 このところはベッドに寝そべりながら深夜遅くまでトムと話すことが増えていたから、ハリーの言うことは図星だった。モアは図星を指された悔しさに憤り、またトムの紙切れに書き綴った。

 

 木曜日の午後。魔法薬学の授業を終え、モアが地下牢に残って大鍋を洗っていると、後ろから近付いてきた誰かがモアの肩を叩いた。

 

「ねえ、モア」

「何よ!」

 

 またもやハリーかハーマイオニーと思いきや、振り返った先に居たのはパンジーだった。反射的に刺々しく返してしまったが、今日は珍しくパンジーの方から声を掛けてきてくれたのだった。

 

 あれだけ学校では話しかけないで欲しいと言っていたのにどうしたのだろう。モアはきょとんとしてパンジーを見詰めた。

 

「ねえ、あなた、この所ずっと顔色が悪いみたいだわ。本当は具合でも悪いんじゃないの」

 

 パンジーはモアの顔を覗き込むと、腕を伸ばして頬に手を当てた。モアはパンジーのひんやりした手が気持ち良くて、くすくすと笑い声を上げた。

 

「心配してくれてありがとう。でも、全然元気なのよ。多分、二月の寒さが身に堪えてるだけだわ」

 

 パンジーは疑い深い眼差しでモアを観察していたが、やがて小さな溜め息を吐いた。

 

「そう、何でもないなら良いの。まだしばらく寒いんだし、体調には気を付けなさいよね」

 

 それだけ言い残すと、パンジーは先ほどとは打って変わってつんとした態度で地下牢を出て行った。パンジーが心配してくれたことが嬉しくて、モアはたわしで大鍋を擦る手に力が入るのを感じた。

 

 

 二月も半ばに差し掛かったある朝、モアは大広間の扉を開けて大層驚くことになった。

 

 大広間の壁中が派手なピンクの花々で飾り付けられ、天井からは大量の紙吹雪が降り注いでいる。モアが手元に落ちてきた紙吹雪を拾い上げると、それは可愛らしいハート形をしていた。

 

 一体何のイベントだろう。考えたモアは、教職員席でショッキングピンクのローブを纏ってにこにこしているロックハートを見て、今日がバレンタインデーだということを強制的に思い出させられた。

 

「バレンタインおめでとう!」

 

 ロックハートが叫んだ。

 

「私の所には四十六枚のカードが届いています、ありがとう! 事件で落ち込んだ皆さんの気持ちを励まそうと、このようにさせていただきました……しかし、これだけに留まりません! さあ、私の愛すべき配達キューピッド達です!」

 

 キューピッドという割に可愛げのない小人が、ぞろぞろと十人ほど大広間に入ってきた。全員が全員、背中に金色の羽根を背負い、手には小さなハープを携えていた。

 

 ロックハートの言葉によれば、今日一日かけてこの小人達がバレンタインカードを配るとのことだった。これを聞いてたちまち顔色の曇った生徒達がいることを見るに、一日かけて一体何をやらかしてくれるのか、今から心配に感じた者がちらほらいるようだった。

 

 調子に乗ったロックハートは、他の先生達をこのノリに巻き込もうとして『愛の妙薬』や『魅惑の呪文』について師事するよう生徒たちに呼びかけた。だが、話題に上げられた当の先生達は話に乗って来るどころか恥ずかしそうに顔を覆ったり、憎々しげな顔を浮かべただけだった。

 

 ロックハートのセンスはいまいちだが、発想自体は悪くないと感じたモアだった。事件で暗くなった学校の雰囲気を何とか明るくしたいという考え自体はそう間違ってもいないだろう。大広間の飾りつけにしたって、壁の花をもっと柔らかい色合いに変えて、ここに更に天井から淡いピンクのリボンを下げたらとても可愛いのではないかとモアは空想した。

 

 隣でトーストにいちごジャムを塗っていたラベンダーが言った。

 

「こういうイベントは毎年やれば良いのにね」

 

 シェーマスはロックハートを眺めながら吐き気を催す真似をした。

 

「ロックハートが居る限り、毎年やるんじゃないか? おえー」

 

 浮かれ切った大広間の飾りつけはともかく、このキューピッドに扮した小人達というのが厄介だった。小人達はメッセージを届けるために授業に乱入したり、机によじ登ってステージ代わりにしたりと、やりたい放題だったのだ。

 

 小人達の所為で嵐のような一日が過ぎ、グリフィンドールの二年生達が本日最後の授業である呪文学の教室に向かおうとしていた時、それは起こった。廊下の向こうから人波を押し退けてやってきた小人が、ハリーに向かって大声で叫んだのだ。

 

「オー、アリー・ポッター! あなたに歌のメッセージがあります!」

 

 これを聞いて、廊下に居た誰もが興味津々といった様子で立ち止まった。モアも釣られて立ち止まった。

 

 ハリーはなんとか小人から逃れようとしたが、小人が回り込む方が遥かに早かった。

 

「歌のメッセージです、アリー・ポッター!」

 

 小人は小さな体を目一杯伸ばしてハリーの鞄をむんずと掴んだ。

 

「やめて、お願いだからやめて!」

 

 ハリーが鞄を力一杯に引っ張り返した時、大きな音を立てて鞄が真っ二つに裂けた。裂け目から零れた教科書や羊皮紙などが散乱し、その上に赤のインク壷が落下して割れた。辺りは荷物とインク塗れになり、廊下を行く生徒たちの大渋滞を引き起こした。

 

「何をしてるんだい」

 

 通りがかりのドラコ・マルフォイがモアの肩越しに様子を覗き込んだ。

 

「この騒ぎは一体何事だ?」

 

 パーシー・ウィーズリーもやってきた。

 

 小人のキューピッドは渋滞に嵌まった大勢の生徒達を良いオーディエンスとでも思ったのか、荷物をかき集めていたハリーを引き倒すと踝の上に乗っかり、問答無用でハープを掻き鳴らし始めた。

 

 

あなたの目は緑色、青い蛙のピクルスのよう

あなたの髪は真っ黒、黒板のよう

あなたが私の物なら良いのに。あなたは素敵

闇の帝王を打ち負かした、あなたは英雄

 

 

 ロックハートが考えたのだろうか、このうすら寒い歌にはモアを含めた誰もが大爆笑だった。モアの隣ではドラコも引き付けを起こしそうなほどに笑い声をあげていた。ハリーも皆と一緒に必死に笑っていたが、顔がやや引きつっていた。

 

 歌が終わると、パーシーがその場を仕切るように両手を鳴らした。

 

「始業のベルならもう五分前に鳴ったんだぞ。さあ、行った行った」

 

 パーシーに追い払われた下級生の一部は、名残惜しそうに教室へと向かって行った。居合わせた上級生達も、あなたの目は緑色――を口ずさみながら各々の教室へと歩いて行った。

 

 ドラコはモアの横を抜けると、散乱した荷物の中から黒革の小さな手帳を拾い上げた。

 

「さて、ポッターはこれに一体何を書いたのかな」

「それを返すんだ、マルフォイ。君も授業があるだろう!」

 

 パーシーが厳しい声で言った。ドラコはどこ吹く風と言った様子で、挑発するようにハリーの目の前で手帳を掲げた。

 

「ちょっと見るくらい良いだろう?」

 

 手帳の表にはダイアリーと書いてある。ハリーの日記かと思いきや、書いてある年が五十年近く前だったことにモアは何となく引っかかるものを覚えた。

 

 モアが引っ掛かりの正体について思いを巡らせる間もなく、ハリーが杖を抜いて一言叫んだ。

 

「エクスペリアームズ、武器よ去れ!」

 

 すると日記がドラコの手から離れ、綺麗な放物線を描いて飛んでいった。着地点に走り込んだロンが、見事にこれをキャッチした。

 

 これにはパーシーはおかんむりだった。

 

「廊下での魔法の使用は禁止されている。これは報告しなくてはならないぞ、ハリー!」

 

 ハリーは気にした様子もなく、ドラコを睨み付けた。ハリーにしてやられたドラコは怒り心頭で、近くで事の成り行きを見守っていたジニー・ウィーズリーにそれをぶつけた。

 

「ポッターは君のバレンタインが気に入らなかったみたいだぞ」

 

 これに怒ったのはロンだった。ジニーは両手で顔を押えて教室に駆け込んでしまうし、ロンは折れた杖を取り出して今にもドラコを攻撃しかねない調子だった。ハリーが押し止めなければこのまま呪文の一発でもかましていたことだろう。

 

 

 授業も終わり、紙吹雪舞い散る大広間でのんびりと夕食を摂っていたモアは、すっかり油断していた。まさか大広間の扉をばっと押し開いて、例のキューピッドが自分の元に駆け込んでくるとは思ってもみなかったのだ。

 

 小人はモアを目がけて一直線にやってくると、景気付けとばかりにハープの弦を弾いた。

 

「モア・クレイズ! あなたに、今日届ける最後のメッセージです!」

「えっ、私?」

 

 周囲にいた人間は軒並みモアと小人に注目した。小人は食事が並ぶテーブルの上によじ登った。皆の取り皿を蹴飛ばし、自分が立てるだけの場所を作ると、金色のハープを構え、じゃらじゃら掻き鳴らし始めた。

 

 

誰もが知ってるあの一族

でも本当の所はだーれも知らない

オー、クレイズ。今日も元気に呪文をミス

そんなあなたはミス・ミステリアス

 

 

 散々メッセージを届けてネタ切れでもしたのだろうか。無理矢理韻を踏もうとして失敗したような詩だった。ハリーに届いた『あなたの瞳は緑色――』の方が笑えるという意味では遥かに傑作だった。

 

 モアが曖昧に笑ってありがとうを告げると、小人が仰々しくお辞儀した拍子に背中の羽根をぶつけて、ネビルのオレンジジュースをひっくり返した。

 

 モアは慌ててポケットから引っ張り出したハンカチでジュースを拭き――気が付いた。みるみる水分を吸収するが、これはハンカチではない。トムの日記の切れ端だ。

 

 これに、近くに座っていたハリーが何故か目を付けた。

 

「モア、君の持ってるその紙って……」

「うるさいわねポッター! ば、万能吸水ペーパーよ! ダイアゴン横丁で買ったの!」

 

 思わず言ってしまったが、言ってしまったからには拭くしかない。モアはトムに申し訳ないと思いながら、日記の切れ端でテーブルの上を綺麗にした。

 

 この杜撰な扱いに、トムは初めて機嫌を損ねた。

 

『君があんなことをするなんて思ってもみませんでした』

「ごめんなさい、うっかりしていたのよ」

 

 モアは素直に謝った。

 

「でもねえ、トム。私、気が付いたんだけど、この紙とっても便利なのよ! インクや飲み物をこぼした時に拭くのに使えば水滴も残さず綺麗になるし」

『君は僕を何だと思っているんですか?』

「大切な友達よ」

『その友達の扱いがちょっとぞんざい過ぎやしませんか?』

 

 モアは慌てて釈明しようとした。

 

「そ、それとこれとは別だわ! あなたの正体は日記の紙そのものじゃなくて、日記に閉じ込めた記憶なんだから」

 

 すると何か思いを巡らせたときのようにちょっとだけ間が開いて、また文字が浮かび上がった。

 

『……君のそういう所はドーレンスと似ているかも知れませんね』

「そうなの!? 嬉しいわ!」

『喜んでいるところ悪いけれど全く褒めてないですよ。さっきも言いましたが、僕はちょっとだけ怒っています』

「ああ、ごめんなさいトム。もうしないから許してちょうだい!」

 

 トムの不機嫌はちょっとと言いながらそれから三日続いた。ことある毎に台拭き代わりにしたことを持ち出して、モアを針のようにちくちくと苛んだ。

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