Noisy Nose Knows   作:komit

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(2)へんてこな街、へんてこな人々

 ロンドンまで連れて来られたモアは、どういう訳かみすぼらしいパブの中に居た。

 

 本屋とレコード店の間に挟まれたその店は、実に目立たない構えをしていた。小さな看板が掛かっているだけで、開店中を示すボードも文字が掠れて分かり辛い。

 

 商いをする気があるとは到底思えない様子で、モアもハグリッドに教わらなければうっかり通り過ぎてしまうところだった。

 

 そんな質素を究めたような外観に対して、店内は異様と呼んで差し支えない雰囲気に包まれていた。

 

 ハロウィン仮装のような高帽子を被った老爺に、ワイン色の長い外套を纏った女性。大して人数も居ない客の大半が、趣味の悪い歩行杖を携えたり、奇抜な編み模様のセーターを着るようなバッドセンスの持ち主で占められていた。

 

 おかしいのは格好のみならず。どこから連れて来たかも分からないふくろうを肩に乗せたままコーヒーを啜るような輩まで居たことに、モアは大きく眉を顰めた。

 

 だが更に驚くべきは、その全員が全員、ハグリッドの知り合いらしいということだ。

 

 何故このような怪しい店に来る羽目になったのか、と言えばもちろんこの大男、もとい、この大男に仕事を頼んだ両親の所為である。

 

 モアの家を出たハグリッドは、あまり気の進まないモアを引き摺り、周囲から向けられる好奇の視線を一点に集めつつ、あれよあれよと言う間に彼女をこの場所へと連れて来たのだった。

 

 当のモアはと言えば、ここまで来るともう大人しく付き合う他にない気がして、最後まで買い物に付き合うことを条件としてようやく繋いでいた手を離して貰えた所であった。

 

 ハグリッドは気の良い顔で、マスターらしき男性や客達と二言三言挨拶を交わしながらモアを店の奥へ促していく。途中で品の良いおばあさんが手を振ってくれたが、彼女の帽子から這い出た何匹ものナメクジが辺りを伝い始めたので、モアは微妙な笑みを返すことしか出来なかった。

 

 そうして、二人は狭い中庭に辿り着いた。四方を高いレンガ塀に囲まれ、掃除用具でも置いておく他に使い道もなさそうな場所だ。

 

 ハグリッドは不審げな表情を浮かべたモアを制して後ろに下がらせると、ゴミ箱の所を起点に、どういう訳か煉瓦の数を数え始めた。

 

「ねえ。ここ、行き止まりじゃない。何しに来たのよ」

「そんなに急かすな。ちぃとばかし待っとれ」

「待てないわよ! だってこの店の人達ってとっても変なんだもの! 服はとってもださいし、何て言うか衛生的じゃない人が多いみたいだし」

 

 ハグリッドは顔に似合わないピンク色の可愛らしい傘を何処からともなく取り出すと、壁に埋まったレンガの一つを三度叩いて見せた。途端、壁ががたがたと震えだす。

 

 突然の異変に驚いたモアは辺りを見回すと、さっと大男の影に隠れて身動ぎした。そのうち、壁の真ん中に細い隙間が生まれた。そして、瞬く間に煉瓦は入れ替わり組み換わり、小さな隙間は大きな穴となって目の前に現れる――これは、煉瓦のアーチだ。

 

「ちょっと、まるでインディ・ジョーンズじゃない! こんなもの設置するなんて、やっぱりこのパブの店主って凄い趣味だわ。ねえ、どういうカラクリになってるのかしら」

「あー、いいから、ついてこいや」

 

 煉瓦の継ぎ目をじっと調べているモアを尻目に、傘をしまったハグリッドがアーチの中へと進んでいく。その大きな背中を追いかけるように慌ててアーチを潜り抜けると、モアは先に開けた道の、溢れんばかりの色に目を見開いた。

 

 石畳の大通りが曲がりくねりながらぐんと伸びている。道の両脇には赤、青、緑の……何を売っているのか見当も付かないような店がびっしりと並んでいた。売り子の元気な声が右から左から響き合う。

 

 ふとモアが頭上を見遣れば、そこには通りの名前を記した古い看板が掲げてあった。ダイアゴン横丁。これだけ賑やかな所ならば多少有名でも良いはずなのに、全く聞き覚えがない。

 

「買い出しと言ったらこのダイアゴン横丁だ。ここに来りゃあ大概のもんはみーんな揃っちまうぞ」

 

 まず目に付いたのは大勢の人だった。何処から来たのかと思うほど、お年寄りから子供まで性別や人種を問わず多種多様の人間が集まっている。思い思いにショッピングを楽しんでいるのか、みんな山のような買い物袋を抱えていた。ただ一つ問題があるとすれば、ここの町も先程のパブと同じかそれ以上に訳の分からない格好をした人で溢れていたということだ。

 

「ぎゃっ!!」

 

 不意に聞こえた叫び声に左を向けば、一人のご婦人が買い物かごの代わりに持っていた大鍋を引っくり返してしまった所だった。中から零れるのは毒々しい色のお菓子や奇妙な形の雑貨、そして乾燥した蛇のような物。

 

 この通りにあるどれもこれもが物珍しく目を引くものばかりで、モアはまるで異国に迷い込んだ気分だった。イギリスらしさの欠片は何処にも見られない。

 

「下手な観光地より余程賑わってるわね。なあに、まさかここがロンドンで今ブームのショッピング街だ、なんて言わないでしょう?」

「さあな、大体いつもこんな感じだが。それよりモア、リストには何と書いてある」

「リストって?」

「おまえさんに渡した封筒の中に学用品のリストが入っとるだろう」

 

 はっとして思い出したモアはポケットに手を入れ、油染みの付いた封筒を引っ張り出した。移動中ずっと尻に敷かれていたものだから随分とよれて折れ曲がってしまっている。散々な扱いを受けている封筒にハグリッドはまた眉を下げた。

 

 モアがすでにぼろぼろ紫の蝋封を割って覗き込むと、中には幾つかの書面が折り畳まれて入っていた。彼女は、そのうち手前側にあった手紙の一枚を取り出すと、興味もないといった風で読み上げてみる。

 

「ええと、親愛なるクレイズ殿――」

 

 

 ――この度、ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく転入を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。新学期は九月一日より始まります。キングズクロス駅九と四分の三番線からホグワーツ特急にてお越し下さい。

 

 敬具

 

 副校長 ミネルバ・マクゴナガル

 

 

 どうやら、取り出した紙は学用品リストではなかったようだ。街並みに圧倒されてすっかり忘れかけていたが、この横町に来る破目となったそもそもの理由を思い出したモアは、書類を睨むとぴらぴら振って見せた。

 

「ざーんねん。この紙、転入許可証だったわ」

「こら! そんなぞんざいに扱うもんじゃねえ」

 

 慌てて伸ばされた太い腕を猫の素早さで交わしたモアは、往来の中に駆け込んだ。それからもう一度文面を見返す。転入許可証と云うのは今のモアにとって不機嫌を助長させる存在でしかなかったが、副校長の署名の下にまだ続きがあるのを見つけたので、そのまま読み進めていった。

 

 

 ――また、一年次の未履修授業につきましては、新学期開始後から補習という形で受けて頂きます。二年次の教材リストとは別に、そちらで使う教材のリストを同封いたしましたので忘れずに――

 

 

「忘れずにご用意下さい、だって、ハグリッド」

「そうか、補習の分も必要になるのか。こりゃあ気付いて良かったな、危うく買い損ねるとこだった」

「そりゃあなたにしてみればそうかもね。それにしてもホグワーツだなんて、ふふんっ、変な名前!」

 

 小馬鹿にしたような笑いを漏らしかけて、モアははたと気付いた。不意にとある文字列が頭の中で引っ掛かった気がしたのだ。

 

 モアは嫌な予感を胸に、折り畳み掛けた許可証を開き直した。そして記された文面を冒頭から丁寧になぞろうとする。が、しかし、早くも二行目でその正体を突き止めてしまった。

 

 違和感の元凶は、他ならぬモアが転校させられそうになっている学校の名称だった。

 

「ねえ、“魔法魔術学校”ってなあに」

 

 モアがぽつりと呟いた。静かな怒りを含んだ声に、ハグリッドが首を傾げる。手紙を握ったモアの手が徐々に力を強め、羊皮紙に爪が食い込み、紙面に皺を作り出していく。

 

「何って、文字通りだが――」

「文字通りってどういうことよ! わ、私に手品でもやれって言うの!?」

 

 悲鳴に近い金切り声を上げれば、大男はきょとん、とした様子で目をぱちくりさせた。

 

「まさか、おまえさん、ご両親から本当に何も聞かされとらんのか!?」

「はあっ!? だから、勝手に話を進められたって言ってるじゃない!」

 

 あんぐりと口を開け、ハグリッドはもう一度目をぱちくりさせた。それから大きな毛むくの頭に手を突っ込むと悩ましげに、あー、うーむ、と唸り始める。その、自分の方が驚いていると言わんばかりの様子が、モアには非常に腹立たしかった。

 

 両親はモアを手品師にするため、そんなことのためだけにわざわざ転校させようとしていたのだ。何が“もっと必要なことを学ぶため”だとモアは憤った。こんな馬鹿な話があって良いものか。

 

 モアが許可証を手の中でぐちゃぐちゃに握り締めていると、渋い表情をしてハグリッドが顔を上げた。

 

「そういう大事なことはもっと早く言って貰わにゃ……いや、仕方あるまい。モア、頼むからおれの話を落ち着いて聞いとくれ」

 

 モアは不機嫌丸出しの三白眼で毛むくじゃらを睨み付けた。だが、ハグリッドは怯むこともなくモアに歩み寄る。腰を屈めて視線を合わせると、彼は今日一番の真剣な目をして、子供を諭すように、ゆっくりと口を開いた。

 

「単刀直入に言おう。おまえは“魔女”だ。そしてここは“魔法使いの町”だ」

「ええと、今、なんて言った?」

「だから、おまえさんが魔女だ、と。勿論、おまえさんのご両親もな」

 

 とんでもないことを言い放った大男は、実に平然とした顔でうんうん頷いた。モアは、たっぷり数十秒黙りこくってその顔を凝視した後、再度、再々度と彼の言葉を訊ね直した。

 

 

「――嫌よ、嫌ったら、絶っ対に嫌! 私、新しい学校になんて行かないわ、行かないったら行かないの!」

「ほーら、言わんこっちゃない!」

 

 モアはハグリッドに引き摺られて銀行のホール内にいた。石造りの建物は広々としており声がよく響く。お陰で行き交う黒い小人達――聞く所によると子鬼という種族らしい――が二人の言い合いを聞き留めて幾度もこちらを振り返った。

 

 よく磨き上げられた大理石の床はつるつると滑って、抵抗したくとも踏ん張りが利かない。大男が振るう力のままにモアの体はホールの奥へと誘導されていった。

 

「大体、魔法って何なのよ、頭おかしいんじゃないの!? そんなのってゲームのやり過ぎか、ファンタジー小説の読み過ぎだわ!」

「もう良い、とにかく買い物だけは済ませんといかん。ホグワーツに通うかどうかはそれから九月一日までにおまえさん自身で決めるとええ、分かったか!」

「絶対に、分かったりなんか、するもんですか!」

 

 大男はカウンターの一番端に辿り着くと急に立ち止まり、モアはその広い背中へと鼻を強かに打ち付けた。彼は普通の人より頭二つはでかい図体で辺りを見回し、目の合った手隙の子鬼を手招きで呼び寄せた。

 

「お客様、今回はどういったご用件でしょうか」

「ああ。ここに勤めとるクレイズ氏に会いに来た、この子の父親だ。その後で金を下ろしたいんだが」

「は?」

 

 予想外、といった様子でハグリッドの言葉を聞き直した子鬼は、奇怪そうにモアの全身を見回した。一寸眉をしかめるも納得したらしい子鬼は、かしこまりました、と言い残して奥へと消えていった。

 

 その姿を見送りながら、モアは口を開く。

 

「そう言えばあの人、確か、ここに勤めてるって言ったわよね」

「親父さんのことならその通りだ。今から金庫の鍵を受け取りに行くぞ」

 

 そう、とだけ返してモアは黙考した。

 

 もしかするとこれは巡り巡って来た最後のチャンスかも知れない。ならば、まずはモアが魔法使いなんてばかげた者ではないことを父親に証言させ、それからホグなんたらへの転校を全面撤回させるのだ。

 

 

 喧騒を掻き分ける様にカウンターの奥から現れた猫背の男は、片手で片眼鏡を目に当て、もう片方の手に持った小さな輝石をじっと見詰めていた。時折、角度を変えながら、複雑にカットされた透明の石を目利きしている。

 

「あら、父さん久しぶりね。長らく見ない間に少し若返ったみたい。で、これは一体どういうことなのかしら?」

「どうもこうもないよ、もう忙しくて忙しくて」

「そうじゃなくて!」

 

 モアは思わず声を荒げた。だが、父親は意に介した様子もなく首を振って見せる。

 

「ロシア経由で入って来た宝石に偽物が多く混じっていることが分かってね。二日前から取り掛かっているが、量も多くて大変なんだよ。しかし、これがまたよく出来た美しさで」

「そんな話は聞いてないわ! 私が聞きたいのはどうしてあなたが、私が、魔法使いだなんて――!」

 

 今にもカウンターを飛び越えて掴みかかりかねないモアを、ハグリッドが羽交い絞めに制する。そんな娘には目もくれず、父親は溜め息を吐いて片眼鏡を下ろすと、胸ポケットから鍵を取り出してカウンターに置いた。その小さな黄金の鍵は長い革紐の輪に通してあった。

 

 ハグリッドはモアを宥めつつ鍵を取り上げると、失くさないように彼女の首へかけた。モアが嫌がって首を払う。

 

「じゃあ、私は仕事に戻るから。今後、学費と小遣いはその口座から自由に使ってくれて構わないよ、もう君のものなんだからね。ああ、ハグリッド、後は宜しく頼む」

 

 彼は片眼鏡を取り上げながら確認したように頷くと、それだけ言い残してすぐさま踵を返した。彼の目線は最早、手元の宝石、その中心へと向けられている。その余りにも素っ気なく呆気ない応対に愕然としていたモアは、はっと気付くと慌てて叫び声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まだ話は終わってないわ、逃げるつもり!?」

 

 その声に引き留められたのか、父親がふと立ち止まった。やっとその気になってくれたらしい。モアはカウンターから身を乗り出して男の言葉を待った。

 

「……そうだ、転校祝いにペットでも飼うと良いさ。梟か猫か、あー、蛙なら学校に連れて行って良い決まりの筈だからね。ああ、あと薬瓶を買う時は不純物の混じっていない最上等なクリスタル製の物になさい。ルチルなどインクルージョンの入っている物も素晴らしいがね、あれは実用に向かないと昔、君の母さんに怒られた。理由は勿論、分かるだろう。それじゃあ」

「な、なんですって――はぐらかさないでよ! この、バカ親、石あたま、無責任男、朴念仁!」

 

 いそいそと奥へ戻って行く宝石鑑定士の背中にモアは思い付く限りの罵声を浴びせかけた。それでも引き返して来ようとはしない父親を目掛けて、カウンターの上にあった羽ペンを投げ付けてやったが、それは相手に届く間もなく床に落下してしまった。

 

 石に謎かけるとは正にこのことだ。結局あの男は、手元の石から一度も顔を上げようとしなかったではないか。

 

「な、なんなのよあのクソジジイったら!」

「おいおい、モア、あんまり親御さんのことを悪く言うもんでねえぞ、え? 随分と忙しそうな様子だったじゃねえか。家族なら少しは気遣ってやらにゃ」

 

 まあおまえさんの気持ちも分からんではないがな、とフォローにならないフォローを入れながら、ハグリッドは怒りに震える肩をぽんぽん叩いた。

 

 勿論、そんなことで気の治まる話ではなかった。むしろその言動は火に油を注ぐようなものである。モアはあの男からろくな説明を、否、言い訳すら得られなかった悔しさに俯き、歯を食いしばった。

 

「なあ、モア」

「……ふん、分かってるわよ。早くお金を下ろして買い物を済ませたいんでしょう」

「ホグワーツは良い所だぞ。おまえさんもきっとすぐに気に入るさ」

「そういう問題じゃないわ! 全然違う、あなた全く事態を分かってない!」

 

 モアはハグリッドを怒鳴りつけて反論したい気に駆られるも、すぐにそれは無駄なことだと気付いた。所詮この男は両親の雇われなのだ、雇い主に楯突けるはずもない。

 

「あなたも父さんもここの人達も。みんな異常よ、とってもおかしいわ」

 

 ハグリッドはその言葉を意に介す様子もなく、近くで控えていた先程の子鬼を呼び付けた。

 

「確かに、マグルからすればそうかも知れんがな。だが、おまえさんはおれ達とおんなじ魔法族だ、そうだろう? ほれ、こやつが金庫まで案内してくれるぞ、後を着いて行こう」

 

 小慣れた様子で歩き出した大男の後に続けば、子鬼が恭しい態度で無数の扉の一つを開いた。奥には松明で照らされた薄暗い暗い洞穴が続いている。

 

 モアにはそれがそのまま、これから待ち受ける自身の人生を暗示している様に思えてならなかった。

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