Noisy Nose Knows   作:komit

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(16)秘密の部屋

 この頃のモアは勉強に明け暮れていた。というのも、試験があるということがつい三日ほど前に発表されたからだ。

 

 事件続きのこの状況下でもテストがあるというのには驚きだが、あるというのなら仕方がない。杖を使って行う実技テストは捨てざるを得ないにしても、その分を筆記テストでカバーしないといけないことが分かっていたから、モアはこれに対して真剣に取り組んでいた。

 

 本当は、テストが落第ならそれを口実に前の学校に戻ることが出来るのではないかとも思ったのだが、モアからテストがあると聞いたトムが真面目に勉強を教えてくれるのでこの案は没になった。

 

 トムは実に良い教師で、授業におけるモアの疑問を解消してくれるだけではなく、苦手分野に絞った想定問題まで出してくれた。お陰でモアは、みるみると弱点を補強することが出来、ホグワーツの首席が伊達でないことを存分に思い知らされたのだった。

 

 五月も四週目を迎えて、秘密の部屋事件は収束に向かっていた。というのも、ついにマンドレイクが収穫できるようになったからだった。

 

 マンドレイクをとろ火で煮込んで薬にすれば、今夜にでも石にされた被害者達を蘇生させることが出来るという話だった。目覚めた被害者達から事件解決に繋がる何らかの証言を得られるのではないか、というのがマクゴナガル先生の見込みだった。

 

 その日、闇の魔術に対する防衛術の授業が終わると、ロックハートはモア達を次の魔法史の教室まで引率しながらずっとハグリッドの悪口を言っていた。ロックハートが言う、目覚めた被害者が犯人としてハグリッドを名指しするはずだだの、あいつがやると思っていただのを聞きながら、モアは胃がむかむかするのを感じていた。

 

「ハグリッドは捕まったのですよ。全く、マクゴナガル先生がまだこんな警戒措置が必要だと考えていらっしゃるのには驚きますね」

「その通りです、先生」

 

 唐突にハリーがロックハートに同調したので、近くで聞いていたモアは眉をしかめた。

 

 ハリーはハグリッドと仲が良かったはずなのに、ハグリッドを信じていないのだろうか。もしハグリッドを信じているのなら、犯人は別に居るという説を支持することになるはずだから、ロックハートの楽観には同調できないはずだ。なぜロックハートに言わせたままにさせておくのか、モアにはまるで理解できなかった。

 

「私達先生というものは、色々やらねばならないことがありましてね。生徒達を次のクラスに送ったり、一晩中見張りに立ったりしなくても手一杯ですよ」

 

 ロックハートが愚痴のように言うと、何故かロンまで同調し始めた。

 

「その通りです。先生、引率はここまでにしてはいかがですか。僕達、後は廊下を一つ渡るだけなんですから」

「そうですね。では、そうすることにしましょう」

 

 ロンの提案に乗ったロックハートは深く頷くと、次の授業の準備があるなどと言いながらグイフィンドール生達を廊下に残して足早に去っていった。

 

 ロックハートの無責任振りには驚かされたモアだが、それよりも今は他に気になることがあった。ハリー達だ。モアは、ハリー達の不審な動きを見たのだった。

 

 ハリーとロンの二人は徐々に歩く速度を落としたかと思うと、魔法史の教室に向かう生徒達の一番後ろまで下がった。やがてじわじわと列から離れると、どういう訳か、廊下を脇の通路へと一目散に走り始めたのだ。

 

 モアは二人のこの逃走劇を見逃さなかった。

 

 この非常時に、また何か良からぬことを企んでいるのではないか。そう思ったモアの行動は速かった。靴紐を結び直す素振りで床に屈み込み、他の生徒達を先に行かせてから、ハリー達同様に列を離れたのだ。

 

 ハリーとロンは、上の階へと続く細い階段を上っていった。前の授業の教室にでも戻るつもりなのだろうか。例えば教室に忘れ物をしたとか――それなら素直に申告すれば良い。それともやっぱりハグリッドへの悪口を根に持っていて、先に戻ったロックハートに何か仕掛けるつもりとか――それにしては隠れる様子もない堂々とした進み方だ。

 

 ハリー達の企みについて考えながら三階の廊下に差し掛かった時、モアは自分達を見咎める厳しい声を聞いた。

 

「あなた達、そこで何をしているのです!」

 

 一瞬、自分が見つかったのかと思って身を竦めたモアだが、杞憂だった。マクゴナガル先生がハリー達を見付けたのだ。モアは丁度曲がり角の向こうに居たので、マクゴナガル先生からは死角だった。

 

 モアは様子を窺おうと曲がり角からそっと顔を出した。

 

「僕達――あの、僕達、様子を見に――」

 

 ロンがもごもごと口篭もったが、すぐさまハリーが引き継いだ。

 

「――ハーマイオニーの様子を見に」

 

 ロンがびっくりしたようにハリーを見詰めた。

 

「つまり、僕達、こっそりハーマイオニーのお見舞いに行こうと思ってたんです。その、もうすぐマンドレイク薬が出来るから安心して良いよって」

 

 ハリーは何とか言い逃れようとしたようだが、これは実に苦しい言い訳だった。本当に医務室に向かいたいのなら、三階の廊下をうろつく必要性がないからだ。

 

 けれど、マクゴナガル先生は気付いた様子もなく声を震わせた。

 

「ええ、そうでしょうとも。事件のことで一番辛い思いをしているのは友達です」

 

 モアの位置からはよく見えなかったが、もしかしたらマクゴナガル先生は泣いているのかも知れない。取り出したハンカチで目元を押える姿は、ハリーのほら話に感動した一人の女性そのものだった。

 

 マクゴナガル先生は咳払いをして声を整えると、気丈な様子で言った。

 

「良いでしょう、面会を認めます。ビンズ先生には私から授業に欠席する旨を伝えておきます。マダム・ポンフリーには私から許可が出たと言いなさい」

 

 ハリーとロンはマクゴナガル先生に連れられて階段を下って行った。結局ハリー達が何を企んでいたのかは分からず終いだったが、マクゴナガル先生が見ているのだ、そう悪いことは出来ないだろう。モアはほっと息を吐いて曲がり角から出た。

 

 三階の廊下は人気がなく、静かだった。始業のベルが随分前になっていたことから、もう授業は始まっているのだろう。授業に参加する生徒達の声が遠くに聞こえた。モアはこれから遅刻して授業に参加することを考えたが、遅刻の言い訳を考えるのが億劫に感じられた。

 

 どうしたものか迷いながら廊下をぶらぶら歩いていると、向こうから見慣れた赤毛のお下げが歩いてくるのが見えた。

 

「何をしているのジニー! 一人で出歩いちゃ駄目なこと知ってるでしょう」

 

 ジニーはモアを見るなり、とびきり嬉しそうな顔を浮かべて歩み寄ってきた。

 

「それは君もだよ、モア。君みたいなスクイブもどきが一人でこんな所をうろついているなんて、スリザリンの継承者に狙われても文句言えないんじゃないのかな」

「私は訳あってハリー達を追跡していたところなのよ……居なくなっちゃったけど。で、これから退屈な魔法史の授業を受けに行くところ」

 

 今日はいつにも増して青白い顔をしていたジニーだが、この笑顔を見るにそれほど調子は悪くないようだった。寧ろ、顔色に反して態度が普通過ぎて心配になるくらいだった。

 

 モアがジニーの様子を観察していると、ジニーは飛び切りの思い付きをしたかのように手を打ち合わせた。

 

「なら、このまま退屈な授業を一緒にサボタージュするっていうのはどうかな」

「サボタージュ? あなたと?」

 

「前に、話があったら何でも言ってとジニーに言ったんだろう? 丁度良い機会だ、是非親睦を深めようじゃないか」

 

 ジニーは運良く出会えた話し相手を逃がさないとでも言うようにモアの腕を取った。

 

 確かにジニーと仲良くなりたい気持ちはあった。だが、それ以上に何となく、このままジニーを一人にしておいてはいけないような気がして、モアは腕を握り返した。

 

「良いわ、一緒にお喋りしましょう」

 

 モアが頷くと、ジニーは喜色満面になった。ジニーは早く行こうとでも言うようにモアの腕を引いた。

 

「誰にも邪魔されず、二人っきりで話せる良い場所があるんだ。案内するよ」

 

 

 ジニーは何処へ行くのかと思いきや、近くにあった女子トイレに入った。このトイレは変なトイレだった。床は水浸しで、誰かのしくしく泣く声が延々と響き渡っている。不穏なものを感じたモアは、ジニーの肩口を掴んで引き留めようとした。

 

「ねえ、ここ、何か居るんじゃないかしら」

「気にすることないよ。嘆きのマートルっていうしみったれたゴーストが居座っているだけだから」

 

 ゴーストと聞いたモアが体を強張らせていると、個室の一つからヒステリックな喚き声が聞こえた。

 

「何よ、あなた達! 私のことを笑いに来たの!?」

「違うよマートル。僕たちは君みたいなのに興味なんてない」

 

 ジニーが冷たく言い放つと、泣き声は一層激しく喚き出した。

 

 泣き声を無視したジニーは、洗面台に取り付けられた銅製の蛇口の一つに向かい合うと、歯の間から空気を漏らすようにシューシュー言い始めた。

 

「何をやってるの?」

「秘密の部屋のご開帳さ」

「秘密の部屋って……えっ、冗談でしょう?」

 

 モアが驚いている間にも蛇口が白い光を放ちながらくるくると回り始めた。洗面台が沈み込んだかと思うと、洗面台のあった場所にモアの座高より一回りくらいはありそうな大きな配管が現れた。配管の先端、洞のようにぽっかり空いた穴がこちらを向いている。

 

「冗談かどうかはその目で確かめてみればいい、そうだろう?」

 

 何だか物凄い仕掛けを見てしまった気がして、モアは目をぱちくりさせた。現れたトイレの配管を覗き込んでいたモアは、ジニーがパイプの縁に足を掛け始めたのを見て、慌てて再びその肩を掴んだ。

 

「ねえ、ジニー! ここを進まなきゃ駄目? 何だかローブがとっても汚れそうな気がするんだけど」

「それくらいなら後で呪文で綺麗にしてあげるよ。さあ、おいで」

 

 今日のジニーはいつもより積極的だった。ジニーはモアより先にパイプに入ると、そのまま滑り降りるようにして姿が見えなくなった。

 

 モアは致し方なくパイプに近付き、パイプの縁を握り締めた。触ったところが何処となく湿っている。思わずローブで手を拭い、それから恐る恐るパイプの穴によじ登った。

 

 パイプの先は下り坂になっているみたいだった。真っ暗で分からないが、よもや直滑降はしないだろう。モアは勇気を振り絞ると勢いをつけ、ジニー同様に滑り降り始めた。

 

 滑り落ちながら、配管の繋ぎ目でお尻が弾んだり、よく分からない粘性のある液体に触れたりと居心地の悪い時間が続いた。配管には幾つか分岐している箇所があったが、モアは一番太いパイプの中を滑り降り続けた。このパイプはかなり深くまで伸びているみたいだった。

 

 あまりにも長い下り坂なので、いつまで経っても地面に辿り着けないのではないかとモアが不安になり始めた頃、傾斜が緩やかになり、モアは出口に辿り着いた。

 

 配管から這い出ると、ジニーがルーモスを点して待っていた。深さ的に考えて、ここはホグワーツの地下に当たるのだろうか。杖先に灯る小さな光の向こうには石のトンネルが続いていた。

 

 ローブもスカートもべとべとで気持ちが悪い。モアは期待の篭った眼差しでジニーを見詰めたが、ジニーは魔法で綺麗にしてくれるという約束をすっかり忘れた様子で先を歩き始めた。モアは唯一の灯りを見失うまいと慌ててジニーの後に続いた。

 

 トンネルはカーブしており、あちこちに小動物の骨と思しき破片が沢山散らばっていた。モアはこれを何度か踏み付けたようで乾いたパリンという音が何度も聞こえたが、考えると怖くなりそうだったので聞かなかったことにした。

 

 五十メートルほど歩くと、カーブの向こうに何かが見えた。何か大きな物が横たわっている。モアが怖々近付くと、ルーモスの光を受けるざらざらとした表面が見えた。

 

「怯えなくても良い。ただの蛇の抜け殻だよ」

 

 ジニーが言った。だが長さ六、七メートルはありそうな大きさで、とてもただの蛇の抜け殻には思えない。世の中にこんな大きな蛇が居るだなんて今日まで考えたこともなかったが、これに全く怖じ気付かないジニーをモアは頼もしく思った。

 

 それからしばらくはまだトンネルが続いた。このトンネルは地を這う蛇のようにぐねぐねと蛇行していて、何度も角を曲がった所為で、自分がどの方角からやってきたのかモアは分からなくなり始めていた。

 

 やがて、二人は行き止まりのような場所に辿り着いた。平らな壁の中心に、下から上へと絡み合う一対の蛇のレリーフが彫られている。蛇の目に当たる部分には緑色に輝く大粒の宝石が埋め込まれていて、モアは自分の父親ならこれを喜んで鑑定するだろうと思った。

 

 ジニーは慈しむような手付きでレリーフに触れると、トイレの蛇口にそうしたようにまたシューシュー言い始めた。

 

『開け』

 

 ジニーが何を言ったのかは分からなかったが、ジニーの命令で何かが起きようとしていたのは間違いなかった。絡み合う二匹の蛇が生きているかのように解けると、真ん中で二つに割れた壁が左右にスライドしながら見えなくなった。ジニーのシューシューはさながら「開け、ゴマ」のようだった。

 

「おいで」

 

 ジニーはルーモスの明かりを消すと、モアの手を取って今しがた開いたばかりの扉を潜った。

 

 その不思議な部屋は奥に向かって伸びていた。光源もないのに薄明かりが射しており、頭上を見上げると天井は遥か遠い暗がりに隠れていた。蛇を模った彫刻の柱が左右に幾つも並んでいる。こんな場所が学校のトイレの先に隠されているだなんて、モアは思ってもみなかった。

 

「ここ、本当に秘密の部屋なの?」

「そうだよ。美しいだろう、サラザール・スリザリンの残した遺構は」

 

 ジニーは腕を伸ばすと、柱にあしらわれた蛇の彫刻をそっと撫でた。小さな鱗まで彫り込まれた彫刻は手が込んでいて、格調の高さを感じさせた。

 

「ここが本当に秘密の部屋だってことは分かったわ。でも、ねえ。まさか、ジニーがスリザリンの継承者だっただなんて言わないでしょう?」

「その質問の答えはノーだ。愚かなジニーは操られていただけさ――そう、僕にね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、得体の知れない恐怖が沸き起こり、モアはジニーに握り締められていた手を振り解こうとした。しかし、がっちりと握り締められた手は、解けるどころかますます強くモアを掴んできた。

 

 モアは恐怖に駆られながら叫んだ。

 

「あなた、ジニーじゃないわ……あなたは、誰!?」

「今頃気付いても遅いよ、モア。君がもう少し利口だったら、こんな所へ来なくても良かったのにね」

 

 モアに振り返ったジニーはうっそりと笑った。

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