Noisy Nose Knows   作:komit

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(18)秘密の部屋③

 ハリーが愕然としているのを横目で見ながら、モアは怖ず怖ずと片手を挙げた。

 

「ねえ、話の腰を折って悪いんだけど、さっきから話に上がっている闇の帝王とかヴォルデモート卿って有名な人なの?」

 

 するとハリーは絶望的な表情で叫んだ。

 

「モア、まさか君、例のあの人を知らないの!?」

 

 何だか馬鹿にされた気がしたモアは、失敬なと頬を膨らませた。

 

「それって、名前を言ってはいけないあの人のことでしょう? 闇の魔術に取り憑かれたものすごーく悪い魔法使いだってことなら知ってるわ!」

「だから、トムはその人なんだよ! そしてそいつを二回倒したのが僕!」

 

 ハリーは遣り切れないとばかりに叫んだ。モアはびっくりしてトムを二度見した。

 

「えっ、嘘でしょう? 赤ん坊にやられちゃったっていう間抜けな魔法使いの正体がトム!? あり得ないわ!」

 

 トムは自身が貶められたことに気付いて、器用に片眉を上げた。

 

「君は僕を貶したいのかい? それともそれで買ってくれているつもりなのかな」

「気分を害したなら謝るわ。でも信じられないのよ、だってあなたってあんなに頭が良いのに……本当に例のあの人なの?」

 

 ハリーは呆れ返りながら、困ったように頭を掻いた。

 

「モア、ヴォルデモート卿についての話は誰に教わったんだい」

「ハグリッドよ。でも仕方ないじゃない、ハグリッドの説明って全部、偉大とか恐ろしいとかそんな抽象的な表現ばっかりでよく分からなかったんだもの! 大体そんなに回りくどい呼び名が沢山ある方がおかしいわ、皆が素直にトムって呼んでくれていたら私だってトムのことを警戒できたのに!」

 

 モアは憤然として訴えた。ここでぶちまけても意味のないことだが、トムに騙されたのはきちんと教えてくれなかった皆の所為だと言いたい気持ちで一杯だった。

 

 トムは正体を知っても恐れる様子のないモアに生温かい視線を送ると、気を取り直すように肩を竦めた。

 

「ヴォルデモートというのは僕が自分で付けた名だ。汚らわしいマグルの父親から継いだ名前をいつまでも使いたくなかったのさ。僕は在学中からドーレンスも含め、親しい人間にはこの名を明かしていた。いつか魔法界の全てが口にすることを恐れる名を。僕は知っていたのさ、僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が来ることを!」

 

 ハリーは鋭い視線でトムを睨み付けた。

 

「違うな。君は世界一偉大な魔法使いじゃない。その名が相応しいのはアルバス・ダンブルドアだ。それに君は在学中も、そして今でもダンブルドアを恐れている!」

「黙れ! ダンブルドアは僕の記憶に過ぎないものによって追放された!」

「ダンブルドアは君の思っているほどそう遠くへ行っていないぞ!」

 

 その時、何処からともなく音楽のようなものが聞こえてきた。この世のものとは思えない不思議な旋律の音楽は段々と大きくなって、こちらへ近付いてくるようだった。モアはゆっくりと立ち上がり、頭上を見回した。

 

 すぐそばの柱の天辺から炎が燃え上がった。白鳥ほどの大きさの鶏が深紅の翼を羽ばたかせて現れた。金色の長い尾羽が優雅に揺れている。

 

 鳥はハリーの足下に運んできたぼろぼろの黒い塊を落とすと、そのまますいーっと飛んでハリーの肩に止まった。

 

 ハリーが問いかけた。

 

「フォークスかい?」

 

 鳥は返事をするように黒い瞳を瞬かせた。トムはこれらを凝視すると、勝ち誇ったように高笑いをした。

 

「不死鳥に、組み分け帽子……ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか! さぞかし心強いだろう、ハリー!」

 

 ハリーは言葉を返せずに黙りこくっていた。モアも黙り込んだ。この綺麗な鳥とおんぼろな帽子で何ができるのかまるで想像が出来なかったからだ。

 

「ではハリー、本題に入ろうか。これまで闇の帝王は二度も君を殺し損ねた。君はどうやって生き残ったのかな。お聞かせ願おう」

 

 ハリーは答えを探しあぐねたかのようにしばらく口を閉ざしていた。が、やがて何を言うべきか迷った時のように曖昧な口調で話し始めた。

 

「正直……僕にも分からない。でもなぜ君が僕を殺せなかったのかは分かる。母が僕を庇ったからだ。母は普通の、マグル生まれの母だ」

 

 言いながら恐ろしくなってきたのか、或いは母を殺された怒りのためか、ハリーは震え始めた。ハリーは気持ちを強く保つためにか、身体の脇で拳を二、三度振り下ろした。

 

「母が食い止めてくれたんだ。僕は去年、本当の君の姿を見たぞ。何かに寄生しなければ生き残れない残骸を! 君の力のなれの果てだ。醜くて、汚らわしい!」

 

 ジニーの可愛い顔が歪んだ。挑発するかのようなハリーの言葉は効いていた。トムは先程モアに貶められた時より遥かに怒っていた。トムは怒りに支配された、凄絶な笑みを浮かべた。

 

「そうか。庇って死ぬ、それは呪いに対する強力な反対呪文だ。なんだ、君自身に特別なものは何もないのか。期待外れだよ、ハリー・ポッター。何しろ僕たちは不思議と似通っている。混血で、孤児で、マグルに育てられた。二人とも蛇語使いで、見た目も何処か似ている。だが、君が僕の手を逃れたのは、幸運の賜物に過ぎなかったというわけだ」

 

 もう十分だとばかりに首を振ると、トムはジニーの杖を投げ捨てた。

 

「ああ、散々魔力を使った所為か、ジニーの体力が落ちてきた。ジニーの体はもう長くは保たないだろう。でも、そろそろ新しい肉体を得るのに良い頃合いだとは思わないかい?」

「新しい肉体だって?」

「ジニーは僕に心を注ぎすぎた。でもそのお陰で僕は肉体を得られるというわけだ。だけどジニーだけではない。心を注いだのは君も同じさ、モア。特に君のは極上だった。みるみる力が漲るのを感じたよ」

「私の身体も乗っ取るって言うの!?」

「乗っ取りはしない。ジニーと君とで十分に魔力は得た。今の僕は日記を抜け出すことも可能だが、目指すのはそれ以上だ」

 

 トムは見せ付けるかのように両手を広げた。

 

「僕は実体を得る。闇の帝王の復活だ」

 

 ジニーはそう言ったきり、糸を切られたマリオネットのように崩れ落ちた。モアとハリーは慌ててジニーに駆け寄り、彼女の体を揺さぶった。

 

「ジニー、ジニー!」

 

 モアとハリー、どちらからともなくジニーの名前を呼び続けた。けれどジニーは返事を返すことなく、青白い顔を更に青白くしてぐったりしていた。

 

「ああ、力がみなぎるのを感じる! 全身が針のように痛い、生きている痛みだ! はははっ、最高の気分だよ」

 

 トムは高揚しきった声でそう叫ぶと、またシューシュー言い始めた。地を這うような、何か重たいものが動く音が聞こえた。モアは実体化したトムには目もくれずジニーの肩を揺さぶり続けていたが、ハリーに腕を掴まれて動きを止めた。

 

「モア、ジニーのことをお願い。僕はあいつを何とかしてみる。君は目を閉じて、絶対に開けないでいて」

「どうして?」

「いまリドルが呼び出した秘密の部屋の怪物――バジリスクは視線で人を殺すんだ。見たら殺される、だからだよ」

 

 トムがいつの間に秘密の部屋の怪物を呼び出したのかはよく分からなかったが、モアはこくんと頷いた。ハリーは腰から自分の杖を抜くと、勇気を振り絞るように力を込めて立ち上がった。勝ち目の薄い戦いに挑もうとするハリーだが、その姿はモアに頼もしく見えた。

 

 モアはジニーの体を引き摺って、何とか安全な場所に逃れようとした。たっぷり時間をかけて部屋の壁際に辿り着いたモアは、必死になってジニーに取り縋ると身体を擦り続けた。

 

 どんどん身体が冷たくなっていく。背後でトムの高笑いが聞こえたがモアは聞いちゃいなかった。どうにかこれ以上ジニーの体温が下がらないようにしないといけなかったからだ。

 

 モアはジニーに覆い被さるようにしてその冷たい身体を抱き締めた。ハリーに言われた通りに目を閉じる。そのままじっとしていると、弱々しい心臓の音が響いてきた。ジニーはまだ生きている、それだけがモアの頼りだった。体中がずきずきと痛んだが、今はそんなことは気にならないくらいにジニーの鼓動に集中していた。

 

 どすん、と床が振動した。それからずるずると地面を這うような音が聞こえた。モアは秘密の部屋に来る時に見た巨大な蛇の抜け殻を思い出した。秘密の部屋の怪物、バジリスクが何なのかは分からないが、あの巨大な抜け殻を残した蛇に違いないとモアは思った。

 

「ステューピファイ、麻痺せよ! ステューピファイ!」

「何処を狙っているんだい、ハリー。目を閉じたままで闇雲に打った呪文が当たると思うのかい?」

 

 トムは高々と笑い声を上げた。ハリーは奮戦しているようだったが、一方でジニーの身体はどんどん熱を失っていった。この戦いが終わるまでジニーを保たせたかったモアだが、もうあまり時間は残されていないようだった。このままではジニーが死んでしまう。考えるだけで涙が込み上げてきた。

 

 どうにかしてジニーの体温がこれ以上下がらないようにしないといけなかった。たくさん掛け物をしてあげることを考えたが、モアのローブは燃えてしまったし、ブランケットみたいな気の利いたものが冷たいこの部屋にあるはずもなかった。

 

 何か閃かなくては、ジニーを救う手立てを考えなければ。モアは必死に頭を巡らせた。だがどんなに考えてもジニーを温める方法なんてモアの脳みそからは出て来やしないのだった。

 

 モアは涙で緩くなった鼻を啜り、ジニーを助けたいと強く願った。このままではいけない。せめて自分の温もりを分けてあげられたら。モアは泣きながら鼻頭を擦った。

 

 どうしたら良いか分からず小さな身体に縋っていると、モアの身に不思議なことが起きた。まるで熱でも出たかのようにモアの身体が熱くなってきたのだ。と言うより、考えすぎて本当に知恵熱でも出たのかも知れない。身体中がお日様になったかのようにぽかぽかしている。

 

 よく分からないが、これならジニーを永らえさせることが出来るかも知れない。モアはジニーを強い力で抱き寄せた。そうしていると、ジニーの微かな鼓動がより近くに感じられた。

 

 大丈夫、まだ大丈夫だ。

 

 モアは自分に言い聞かせた。

 

 ジニーを抱き寄せたモアは、ジニーのローブのポケットに何か硬いものが入っていることに気が付いた。モアは手探りでそれを取り出すと、こっそり薄目を開けてみた。日記だった。あのトムの日記だ。

 

 モアは日記をじっと見詰めると、思い切って後ろに向かってぽーんと放り投げた。ジニーを苦しめ、裏切った日記を、ジニーの傍に置いておきたくなかったのだ。

 

「ステューピファイ! ステューピファイ!」

 

 ハリーは相変わらず走り回りながら失神呪文を乱れ打ちしているようだった。こんなことで本当に勝てるのだろうかとモアが不安に感じ始めた時、今日何度目になるか分からない、モアは自分の身体が魔法の光線に撃ち抜かれたのを感じた。

 

 感電したような激しい痺れが背中から急速に広がり、指先、足先にまで広がっていく。トムのツボに入ったような笑い声が聞こえる。ハリーが何度も名前を呼んでいる。痛みにも似た痺れが頭の天辺にまで達した時、モアはジニーの上に重なるように倒れ込み、それっきり意識を手放した――。

 

 

 次に目覚めた時、モアが見たのは医務室の天井だった。誰かがモアの手を握り締めている。モアはゆるゆると頭を横に向けた。ハリーだった。両の手でモアの右手を握り締めて、祈りでも捧げるかのようにじっと俯いている。

 

「ハリー?」

 

 一瞬ハリーが寝ているのかと思ったモアは、囁くような声で呼び掛けた。ハリーはモアの声にすぐ顔を上げると、ほっとしたように柔らかい笑顔を浮かべた。

 

「良かった、気が付いて。僕、モアに失神呪文を当てちゃった時は本当にどうしようかと……」

 

 モアは起き抜けの耳を疑うとばかりにあんぐりと口を開けた。

 

「ちょっと待って、嘘でしょう?」

「わざとじゃないんだ! バジリスクに当てようとしたら、たまたまモアに当たっちゃって」

 

 聞き捨てならない言葉だった。トムの呪文の所為でぼろぼろだったモアにとどめを刺したのが、味方であるはずのハリーの呪文だったのだ。モアはまず唖然として、それからすぐに飛び起きて立腹した。

 

「信じられないわ! 今回のことで私、あなたのことちょっぴり見直しかけてたのに!」

「ごめん、モア! わざとじゃないんだ! 僕、もう必死で……」

「私だって必死だったわよ! あなたはいつまでも逃げ回ってばかりだし、その間にもジニーはどんどん冷たくなっていくし! どうしたら良いか分からなくて大変だったんだから!」

「ごめん、本当にごめんって!」

「謝ったって許さないわよ! 許さないんだから!」

 

 モアは腹立たしい思いをぶつけるようにハリーの肩を両手でぽかぽかと殴った。されるがままのハリーにしばらく当たっていたモアだが、はたと気が付いて手を止めた。

 

「そう言えばジニーはどうなったの? トムは?」

「ジニーは無事だよ。リドルも何とかやっつけられた」

「やっつけたって、どうやって?」

 

 ハリーはフォークスがバジリスクの目を潰してくれたこと、組み分け帽子からグリフィンドールの剣が出てきたこと、その剣でバジリスクの喉を裂いたこと、モアが投げ捨てたトムの日記にバジリスクの牙を突き立てたことなどをたっぷりと時間をかけて話した。

 

 話を聞いたモアには、今回のことが結局実力というよりトムの言うように運で勝ち得た勝利のように感じられたが、どんな形であれ生き残っているのなら良かったことだと思って口には出さないことにした。

 

「じゃあトムは消滅してしまったのね」

「モアはどうやってリドルと知り合ったの?」

「日記の切れ端をジニーに渡されたのよ、書き込んでみてって。私のおじいちゃんはトムと随分仲が良かったみたいなの、それで私に興味を持ったみたい。でも今思えばあの時のジニーはトムに操られていたのかも知れないわね。普段と態度が違ったもの」

「君がジニーみたいにならなくて良かったよ」

「本当にね。こんな風に利用されるのはもうこりごりだわ」

 

 ハリーにはそう告げたが、トムが居なくなってほっとした反面、モアはトムが居なくなったことをちょっぴり残念に思う自分が居ることに気が付いた。ジニーを操って好き勝手していたトムだが、モアに対しては今日まで頼れる友人で居続けたのは事実だったからだ。

 

 魔力や魂を吸い上げるためという目的があったにせよ、多分、トムはもともと人付き合いが好きなタイプなのだろう。冗談を交えながら下らない話にも付き合ってくれたし、学生時代のおじいちゃんの話もよくしてくれた。楽しかったあの時間の全てが嘘だとは考えたくなかった。トムには勉強でもお世話になっていたことだし……。

 

 勉強。そこでモアはとんでもないことを思い出してしまった。

 

「そうだ、期末テスト! ああ、どうしよう。私、この半年間勉強はトムが頼りだったのに! もうあまり日がないのに変身術の理論部分の追い込みが終わってないのよ!」

「君、闇の帝王に勉強を教わってたのかい!?」

「そうよ。教え方も上手いし、その気にさえなればきっと良い先生になれたと思うんだけど」

 

 ハリーは信じられないとばかりに目を丸くしたが、すぐに気を取り直して言った。

 

「勉強ならまたハーマイオニーに教わりなよ。ずっとモアと仲直りしたがってたから、喜んで教えてくれると思うよ」

「そうね、考えておくわ」

 

 言葉を交わしながらモアの意識がしっかりしていることを認めたハリーは、元気よく椅子から飛び降りた。

 

「今日は事件解決のお祝いにこれから宴会があるんだって! マンドレイク薬で甦生した人達はもう大広間に向かってるんだ。だから多分僕達が最後だよ」

「そうなの!? 早く行かなくちゃ!」

 

 ブランケットを剥いだモアがベッドから足を下ろしたその時、シャッと音を立ててベッドを囲っていたカーテンが開いた。マダム・ポンフリーだった。厳めしい表情でモアを見詰めるマダムは、腰に手を当てて壁のように立ちはだかった。

 

「そんなに傷だらけで宴会に出られると思っているのですか」

「嘘でしょう!? 私だけパーティに出ちゃいけないなんてことある!?」

 

 モアが絶望を込めて言うと、マダム・ポンフリーは数秒間の沈黙の後に相好を崩した。

 

「冗談ですよ。楽しんでいらっしゃい。但し、怪我から来ていたと思われる高熱も引いたばかりですし、身体中生傷だらけなのですからはしゃぎすぎないように」

 

 最後の言葉を強調して言うと、マダム・ポンフリーはカーテンを全開にして去っていった。今や医務室に並んだどのベッドも清々しいくらいに空っぽだった。

 

 思い出したかのように身体中が傷だらけの痣だらけでじくじくと痛んだが、パーティを前にしたモアはそんなこと気にならないくらいにわくわくしていた。

 

「ありがとう、マダム! 行ってくるわ!」

 

 モアはベッドから降りた。ハリーがモアの手を掴んで急かすように引っ張った。二人は医務室を飛び出すと、賑やかな喧騒が遠くに聞こえる廊下を駆けて、大広間へと急いだ。

 

 大広間に入るなり、待っていたとばかりにわっと歓声が上がった。ロンとハーマイオニーが立ち上がってモア達を出迎えた。拍手に迎えられながら、二人はグリフィンドールのテーブルに向かった。モアはハリーと顔を見合わせた。二人とも笑顔だった。

 

 さあ、楽しい宴会の始まりだ!




ばら撒くだけばら撒いて秘密の部屋編は終了です。
すぐにもアズカバンの囚人編に移りたいところですが、
細かいプロットがまだ固まってない&書き溜めしたいので
ちょっとだけお休みをいただきます。

気長にお付き合いいただけると幸いです。

2018/08/21 komit 拝
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