Noisy Nose Knows   作:komit

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苦闘の幕開け
(1)ホグワーツ特急


 山盛りのカートに片手を乗せて、モアは困ったように周囲を見回す。決心して駅にやって来たまでは良かったはずだが、肝心のホームが見つからないのだ。

 

 入学許可証の語感から、九番線と十番線の間にあることは辛うじて汲み取れるが、当のホームに赴いてみてもそれらしき場所は見当たらない。お陰でもう、かれこれ三十分は立ち往生を続けている。

 

 一介の駅員に場所を訊ねた所で辿り着けるとは到底思えないが、誰かに聞かずして辿り着けるとも到底思えない。かといって、うっかり普通の人にそんなことを訊ねれば、怪しまれるか、頭がおかしいと思われるか――いずれにしても良いことは起こり得ないだろう。大きな荷物を抱えてここで長々と立ち尽していることですら十分怪しいというのに。

 

 奇しくもその嘆きは的中で、駅員はそろそろモアを不自然に感じ始めたらしく、時折窺うような視線を送って来ていた。

 

 それにしても九と四分の三番線とは随分ふざけた名前だ、区切り良くニ分の一じゃない辺りがどうにもいやらしい。先程からホグワーツへ行くのだろう子供や見送りに来たらしい者達の姿をこの辺りでよく見かけるものの、追い掛けても気付くと皆ふっつり消えてしまっている。

 

 声を掛けてみれば良いだけの話だが、万が一違っていたらと考えると恐ろしくてとても出来なかった。こうして彼らが消失すると思われるポイントで、じっと状況を観察する他ないのが現状だった。

 

 駅の時計は十時四十分を指している。荷物を積む時間を考えても列車の出発まで余り時間はない。このまま乗り遅れたらどうなるのだろうか。あるいは、上手く行けばあの奇妙な学校に行かなくて済むようになるかも知れない。

 

 けれど。

 

「みゃあお」

 

 そこまで考えてモアは頭を振る。そうだ、逃げては駄目なのだ。自分が魔法使いなんておかしな人種ではないということを、きっちり証明しに行かなくてはならない。けれど、どうすればいいのかモアには全く分からなかった。

 

 小さな黒猫は、退屈そうにキャリーバッグの中で寝転がっている。その呑気な様子と対照的に内心の焦りを加速させていると、また、一つの家族が目の前を通り過ぎて行った。

 

「見送りはもうここまでで良いわ。カートありがとう」

 

 両親と気の強そうな女の子の三人組。鉄柵の前で立ち止まった女の子は、ホームの真ん中で両親と二言三言交わし合う。モアは憮然とした面持ちでその様子を眺めていた。

 

 すると、両親と別れを告げたばかりの女の子が、カートを置いてこちらに向かって歩いてきた。ちょっと潰れた鼻が愛嬌を誘う顔立ちだ。

 

 女の子はモアを頭の天辺から足の爪先まで見回すと、つんと澄ました様子で口を開いた。

 

「あなた、もしかしてホグワーツ?」

「ええ、そうだけど……どうして?」

「こんな所で何分も立ち止まってるような子なんて、ホグワーツの新入生以外に居ないわよ。来て、九と四分の三番線ホームへの行き方を教えてあげる」

 

 女の子はそう言うと、わざとらしくゆったりした歩調で鉄柵の前に戻った。置いてあったカートの取っ手を掴んで方向転換すると、大きく息を吐き、猛然と柵に向かってカートを押し始める。

 

「ちょっとあなた、何してるのよ!」

 

 モアの悲鳴を聞きとめる様子もなく柵に突っ込んだ女の子は、次の瞬間には荷物ごと柵に吸い込まれるようにして姿が見えなくなってしまった。

 

 何が起こったのかしばらく理解出来ないでいたモアだったが、モアの知る常識で計り知れないことが起こるのが魔法界だったと思い出すにつれ、段々と得心がいくようになった。

 

 つまりは柵に見えるものが実は見えない抜け穴になっているのだ。

 

 モアは大きく深呼吸をして自分のカートの持ち手を握り直すと、さっきの女の子が消えていった柵を見据える。それから二、三歩助走をつけ、柵に向かって力一杯カートを押した。

 

 思わず目を瞑ってしまったモアだが、いくら待っても柵に激突する衝撃はやってこなかった。カートを押す速度を緩め、ゆるゆると目を開ける。

 

 柱を抜けた先は、想像できないことに、ちゃんとプラットホームが広がっていた。

 

 煙を上げる美しい真紅の列車が止まっており、方々で子供たちが乗り降りをしている。ふくろうや蛙、猫といった賑やかな鳴き声が、人々のお喋りの合間に響き渡っていた。振り返ると改札口のあった場所には九と四分の三番線と書かれた鉄のアーチが掲げられており、隣を見ると先程の女の子が得意げな様子で腰に手を当てていた。

 

「どう、簡単でしょう?」

「こ、こんなの分かるわけないわ、柵に突進しろだなんて!」

「簡単に分かったらマグルが紛れ込むじゃない、当然の措置よ。こんなことも分からないなんて、あなた、まさかマグル生まれじゃないでしょうね」

 

 女の子は、息を切らせているモアを穿った様子で覗き込む。

 

「違うらしいわ。聞いた話だと、両親とも魔法使いだって」

「なら良いけど。私はパンジー・パーキンソン、あなたの名前は?」

「モア・クレイズよ。さっきは教えてくれてありがとう」

 

 すると、パンジーと名乗った女の子は、驚いたように目を丸くした。

 

「クレイズ? クレイズってあのクレイズなの?」

「あなたが言うのがどのクレイズかは分からないけど、私は正真正銘のモア・クレイズよ」

 

 パンジーは驚いた様子でもう一度モアの全身を眺め回したが、しばらくしないうちに嬉しそうに表情を緩めた。

 

「なんだ、そうなの! そういうことは、もっと早く言いなさいよね」

「ねえ、パンジー。あなた、私の家のこと知ってるの?」

「知らない人の方が珍しいわよ。だって魔法界では一、二を争う旧家だもの。血を重んじる閉ざされた家系として有名よ」

「閉ざされた家系?」

「その話はあとで良いわ。時間もあまりないし、取り敢えず列車に乗り込みましょう」

 

 二人は列車の手近な戸口から乗り込み、車内に荷物を引き上げようとしたが中々上手く行かなかった。すると、近くにいた小柄なアッシュブロンドの男の子が、トランクを下から押し上げて手伝ってくれた。キャリーバッグの中のブーティは、手荒な扱いを非難するように鳴き声を上げた。

 

 どのコンパートメントも子供たちがみっしり座っており、二人は開いている座席を探すのに苦労した。だがようやく列車の後ろよりのコンパートメントに開いている場所を見つけたので、モアとパンジーはそこに収まることにした。

 

「私ね、実は新入生じゃなくて転校生なの」

 

 モアは、新入生と間違われたままだったことを思い出し、座席に着くなりそう切り出した。他の生徒たちに倣ってブーティをキャリーバッグから出してやると、可愛い子猫はやっと解放されたとでもいうように大きく伸びをしてから座席の隅に丸まった。

 

「転校生ですって? 何年生に編入されるの」

「二年生よ」

「二年生なら同じ学年だわ。なんだ、同い年じゃない」

「本当に? なら私達、きっと仲良くできるわね!」

「そうね、グリフィンドール以外に組み分けされたらね」

 

 聞きなれない単語が出てきたことに、モアは目をぱちくりさせる。思わず聞き返すと、パンジーは愕然とした様子であんぐりと口を開けた。

 

「ホグワーツの寮の一つじゃない!」

「ごめんなさい、そういうの全然知らないの。私、魔法のない世界で育ったから」

 

 それを聞いて、パンジーは悩ましげに腕を組んだ。

 

「じゃあまさか、今の今まで自分が魔女だったってことも知らなかったっていうの?」

「そうよ、全部つい二週間前に知ったばかりなの」

 

 すると、パンジーは言葉を探しあぐねたように唸りを上げた。

 

「ええと、なんて言うか……さすがは秘密主義のクレイズだわ、身内にだって徹底しているのね」

「その秘密主義って言うのは何なの? 前にも一度言われたことがあるんだけど」

 

 ふうっとため息を吐いてモアは尋ねる。前に杖選びのオリバンダー老人が秘密主義と言っていたのを聞いて気になっていたのだ。

 

 パンジーは腕組みを解くと、居住まいを正して言った。

 

「クレイズはね、長いこと社交界でも家名を隠してきた一族なの。誰が一族かは一族にしか分からない。そうやって安易に擦り寄る輩を近寄らせないことで家格を守り続けてきたのよ。ここ数代はそれも止めていたみたいだけれど」

「どういうこと?」

「ここ五十年余りは積極的に家名を明かしていたのよ。あなたのお母様、それからお祖父様はホグワーツに入る時から既にクレイズ姓を名乗っていたらしいわ。特にあなたのお祖父様の時は反響がそれはもう凄かったそうよ」

「あなた、私よりも私の家について詳しいのね! 出来ることなら色々と教えてほしいわ!」

 

 モアが思わず称賛を込めてそう言うと、パンジーは得意満面になって口元を緩めた。

 

「魔法界に住む魔女として当然の知識だわ。あなたこそ、そんなに何も知らないなんて大丈夫なの?」

「どうかしら。大丈夫だと良いんだけど」

 

 それからのモアはパンジーを質問攻めにすることで大半の時間を費やした。魔法界に馴染もうとするつもりはなかったが、何も知らないことで馬鹿にされるのを避けたい気持ちの方が強かったのだ。

 

 パンジーの方も満更ではないようで、胸を張りながら様々なことを教えてくれた。

 

 ホグワーツ魔法魔術学校の創設者と四つの寮のこと、特にパンジーの所属するスリザリンとグリフィンドールの仲が悪いという話。パンジーが一年生の時に受けた不思議な魔法の授業のこと。魔法界でメジャーなクィディッチと呼ばれるスポーツのこと。子供達に大人気のいたずらグッズのこと。魔法界で有名な家名や人物のこと。

 

 お昼過ぎに車内販売が来たときは、魔法界のお菓子についても色々と教えてくれた。モアはパンジーの勧めに従って、バーティボッツの百味ビーンズ以外のお菓子を一つずつ買うことにした。膝の上が大量のお菓子で埋め尽くされたが、今すぐ全部食べずとも毎日少しずつ食べれば良いと気にしないことにした。

 

 パンジーは持参したランチを食べ終えると、身体に着いた食べかすをぱたぱたと叩き落として立ち上がった。

 

「さて、私、ちょっと他の車両に友達を探してくるわ。返したい雑誌があるの」

「そう、行ってらっしゃい。私はここでさっき買ったかぼちゃのパイを食べてるわね」

「遅くてもホグワーツに着く前には戻って来るわ。それまでゆっくりしていて」

「ええ。ありがとう、パンジー」

 

 モアは手を振ってパンジーを見送ると、かぼちゃパイの包み紙を剥がしにかかった。パイの焼き加減はモアの大好きな真っ黒焦げではなかったが、一口かじるとかぼちゃの甘さが口に広がって幸せな気分になった。

 

 それからというものの、モアは他のお菓子を食べたり、ブーティを撫でながら外を眺めることで時間を潰した。列車に乗った当初はのどかな田園風景が続いていたが、次第に景色は荒れ果てた木々が鬱蒼と生い茂るさびしいものに変わっていった。

 

 魔法学校とやらはどれほど遠いのだろう。学校にこそまだ到着はしていないが、モアの過ごしてきた日常からはもう随分と遠く離れた場所に来てしまった気がする。

 

 初めこそ以前ダイアゴン横丁でそうしたように、全てがテーマパークの出来事だと思ってやり過ごそうとも思っていたが、パンジーから話を聞いているうちに、全てが現実のものなのだという実感が湧き上がってきていた。

 

 パンジーは魔法界にやってきて出来た初めての友達だ。ちょっと得意になる所はあるけれど、親切にモアに色々と教えてくれたのは本当だ。

 

 こうやって新たに良い友達ができるなら、案外魔法界も悪くないかも知れない。そんな考えが一瞬脳裏を過って、モアは慌てて頭を振った。

 

「何を考えてるの私! 友達が一人出来たくらい何よ! 私は魔女なんかじゃないって証明しなくちゃいけないのに」

「誰が魔女なんかじゃないって?」

 

 不意にコンパートメントの扉が開き、隙間から鮮やかな赤い頭が飛び出してきた。彼は座席を一瞥すると、大げさな溜め息を吐いて見せた。

 

「おいおい、ロニー坊やはここにも居ないようだぜ」

 

 その声に応じて同じく赤い頭がその上から飛び出すと、そっくり同じ顔が縦に二つ並んだ。二人はコンパートメントを覗き込んでぐるぐると周囲を見回す。

 

「プリンセス・ハリーも見当たらないしなあ……つまり僕らを残して二人で駆け落ちしたってことかい!?」

「そんな! 我ら忠実な従者がこれほど探していると言うのに!」

「おお我らが弟め、なんと残酷な仕打ちを!」

 

 壮絶な二人芝居に釘付けになっていると、赤毛のうち後から頭を覗かせた方とモアはばっちり目が合ってしまった。

 

「おっと、こんな所に正真正銘のプリンセスが!」

「えっ!?」

 

 二人が扉を跳ね除けてコンパートメントに飛び込んでくる。その勢いにびっくりしたブーティが座席から飛び降り、扉の隙間から車内の後方へと逃げて行った。

 

「やあ、プリンセス! 突然だけど生き残った男の子を見かけていないかい?」

「生き残った男の子にはもれなく、こーんなひょろ長の赤毛の坊やが一緒のはずなんだけど」

 

 同じ顔の一人が、もう一人を指差して言った。

 

「生き残った男の子ってあれよね、ハリー・ポッター君のことよね? 見てないわ」

 

 すると、双子の片割れが近寄ってきて、首を捻りながらモアの顔を覗き込んだ。

 

「なあ、彼女、どっかで見た顔だぜブラザー」

「ああ。もしかして、フローリッシュ・アンド・ブロッツでハグリッドと一緒じゃなかったかい?」

 

 モアはきょとんとしてダイアゴン横丁での買い物を思い返す。間もなく、書店で赤毛の一団を目撃した記憶がまざまざと蘇ってきた。

 

「サイン会の時なら居たわよ。あなた達、もしかして喧嘩の……?」

 

 それを聞いて、奥にいた双子の片割れがぱちんと指を鳴らした。

 

「ジョージのご明察!」

「親父の喧嘩のことは忘れてやってくれ。本人も多分反省してるはずだからさ」

 

 ジョージと呼ばれた方が、肩を竦めながらそう言った。名前の分からないもう一人は、もう一度モアの顔を覗き込んだ。

 

「君、ホグワーツでは見かけたことない顔だけど、もしかして新入生って奴かい?」

「あー、新入生って言うより、正しくは転入生ね」

「わお、何だって!?」

「マジかよ、そいつはラッキーだ!!」

 

 二人は何故かハイタッチを決めると、それぞれモアの前と隣の座席へと滑り込んだ。

 

「何年に編入されるんだい」

「二年よ」

「ってことはロニー坊やと同い年かよ、羨ましいぜ!」

 

 名前の分からない方の少年が芝居がかった様子で拳を握り締めて悔しがった。モアは二人を交互に見比べながら、口を開く。

 

「あなたたちって双子なの?」

「そうともさ。凄いぜプリンセス、よく一発で見抜いたな」

「一発も何も、何処からどう見たって同じ顔だわ。それより、そのプリンセスって言うのを止めてくれないかしら」

「そりゃ、名前を教えてくれなきゃ無理だな。俺はジョージ」

「俺はフレッド……いや嘘だ、俺がジョージであっちがフレッドさ!」

「どっちでも良いけど、私はモアよ。モア・クレイズ」

 

 モアが名乗るとジョージが驚いて両手を上げ、フレッドが口笛を吹いた。

 

「マジかよ、クレイズってあの秘密主義のクレイズじゃないか!」

 

 秘密主義のクレイズ。またも秘密主義の語が出たことに驚いて、モアは身を乗り出した。

 

「私の家ってそんなに有名なの? さっきも知ってる子に会ったんだけど」

「ああ。なんたって秘密主義だからな。みーんなよく知ってるぜ、家名だけはな!」

 

 その時、雑誌を返しに行っていたパンジーがコンパートメントに戻ってきたのだった。

 

「ちょっと! あなたたちどきなさいよ、モアにちょっかい出さないで!」

 

 コンパートメントに入るなり、パンジーは虫でも払うように手を振り払って双子に突っかかった。さっと立ち上がった双子は二人してにやりと笑みを浮かべた。

 

「なんと、すでにパーキンソンのお手付きだったか。ずらかるぞ、ジョージ!」

「合点だ。またな、モア!」

「組分けの際は是非グリフィンドールへ!」

 

 コンパートメントの扉を出る間際、双子の一人が振り返ってウィンクを飛ばした。モアは思いがけないウィンクに面食らい、パンジーと顔を見合わせる。

 

「あの双子のことは気にしない方が良いわ、いつもふざけているみたいだから。それよりモア、もうすぐホグワーツに着くわよ。私が外を見ててあげるから、あなた着替えた方が良いわ。それとこの子、あなたの猫よね」

 

 パンジーは腕に抱えていたブーティを差し出し、キャリーバッグの中に戻すよう勧めた。聞き分けの良い黒猫はモアの腕を抜けると、それが定位置とでもいうように大人しく自らキャリーバッグの中に戻って行った。

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