Noisy Nose Knows   作:komit

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(3)宴の後

「だが、それに対して真っ向から立ち向おうとする勇気はある意味において称賛に値する。ならば君が与するべきは――グリフィンドール!」

 

 大広間に並んだテーブルの一つからわあっと歓声が上がった。マクゴナガル先生は巻紙を纏めるとそれを教職員席に置き、急ぎ足で大広間を出ていった。鉤鼻の男性はにやりと笑うと、マクゴナガル先生に続いて大広間の扉を潜った。

 

 モアは帽子を脱いで立ち上がると、憤懣やるかたないとばかりに座っていたスツールの上に帽子を叩き付けた。

 

 それから大きな足音を立ててグリフィンドールのテーブルまで移動すると、苛立ちを尻に込めてどすんと腰を下ろした。すると、すかさず隣に座っていた体格の良い男子生徒が、モアの前のゴブレットになみなみと冷製かぼちゃジュースを注ぎながら言った。

 

「グリフィンドールへようこそ、転入生。なんだよ、機嫌が悪そうじゃないか」

「おい、ウッド。もうクィディッチチームへの勧誘の目星を付けたのかい」

「そんなんじゃないよ。なあ、君は他の寮が良かったのかも知れないが、グリフィンドールは良い寮だよ。去年は念願の優勝杯もスリザリンから取り返した。僕は自分の寮に誇りを持っているんだ」

 

 モアはかぼちゃジュースを受け取りながら、大きな溜め息をこぼした。

 

「慰めてくれてありがとう、でも悪いけど見当違いなのよ。ああ、なんでこうなっちゃったのかしら! 私は魔女なんかじゃないのに!」

「魔女じゃないだって? 魔女じゃないならどうしてホグワーツにいるって言うのさ」

 

 近くに腰かけていたドレッドヘアの男の子が身を乗り出して聞いた。

 

「私にだって分からないわよ、でも何かの手違いには違いないわ。だからそれを確かめるために来たのよ」

「僕知ってるよ、スクイブはホグワーツには入れないんだ」

 

 丸顔のおどおどした男の子がテーブルの向こうから口を挟んだ。モアは聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

「スクイブって何かしら、マグルとは違うの?」

 

 すると二席向こうに座っていた黒髪のエキゾチックな女の子が説明してくれた。

 

「スクイブっていうのは魔法族に生まれながら、魔力を持たない人のことを言うのよ。例えばそこのネビルは純血の生まれで、魔法はとっても下手だけど、下手なだけでは別にスクイブとは言わないわ」

 

 丸顔の男の子は引き合いに出されて恥ずかしそうに首を竦めた。

 

 教職員席の真ん中に座っていた白髭の老人が立ち上がり、ぱんぱんと両手を打ち合わせた。

 

「えー、話が盛り上がっとるようじゃが、一言言わせていただきたい」

 

 みんなはおしゃべりを止めて老人の方を向いた。

 

「新入生、おめでとう! ホグワーツでの最初のディナーを是非楽しんでいただきたい、以上!」

 

 それだけ言い残すと老人は足早に教職員席から降り、帽子の歌の時よりも盛大な拍手に見送られながら、テーブルの間を抜けて大広間から出ていった。モアはきょとんとした表情で疎らに手を打ち合わせた。

 

「今のご挨拶をなさったお爺さまはどなたなのかしら、お偉い先生とか?」

 

 隣のウッドが驚いて答えた。

 

「ホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアだよ。君、本当にクレイズかい? 魔法界のことを全然知らないんだな」

「悪いけど、自分が魔女だなんて馬鹿げた話を聞かされたのが二週間前なのよ。全然知らないどころじゃないわ」

「本当かい? 冗談じゃなくて?」

「これが冗談ならどんなに良いか! そもそも私はこの転校にだって納得してないんだから!」

 

 するとウッドは明るく笑ってモアの背中を叩いた。

 

「はははっ、難儀してるんだな! まあそのうち慣れるさ。さっきも言ったけどグリフィンドールは良い寮だからな、きっと気に入るよ。まずはダンブルドアの言う通りディナーを楽しむ所からだな」

 

 その時、モアは目の前の大皿にぱっと食べ物が現れるところを目撃したのだった。

 

 先程まで空っぽだった金の大皿の上にはローストビーフやラムチョップ、ソーセージ、マッシュポテトなどが所狭しと盛り付けられている。モアにはやや肉料理の種類が多めに感じられたが、若者の多い学校のことだ、周りを見れば育ち盛りらしく喜んで皿に取り分けている皆の様子が見受けられた。

 

 料理はどれも美味しそうだったのだが、旺盛に食べる気にはなれず、モアは先程注いでもらったかぼちゃジュースをちびちびと啜ることで食事の時間を過ごすことにした。皆の話題は専ら、空飛ぶ車で登校したポッターの話題で持ち切りだった。

 

「しっかし、暴れ柳に突っ込むとかよくやるよな」

「ポッターはスネイプに睨まれてるからな。あの嬉しそうな顔見ただろ、退学にされるんじゃないか」

 

 暇つぶしに皆の食事風景を眺めていたモアは、自分と同じように食が進んでいない女の子を見つけた。ぼさぼさ頭の彼女は、先程からフォークで茹でた人参を転がしながら憂鬱そうに頬杖を突いている。モアはジュース片手に席を立つと、その女の子の隣にそっと腰を下ろした。

 

「ねえ、あなたは食べないの?」

「ええ、ちょっと。あなたこそ、さっきからジュースばかり啜っているわ」

「私はいいのよ。それよりあなた、顔色が悪いわ、大丈夫?」

 

 女の子はそこで深々と溜め息を吐いた。

 

「ええ、平気よ。さっきのスネイプ……先生の言葉、聞いたでしょう? 空飛ぶ車で登校したって話。友達が退学させられるって噂が立っていて心配で」

 

 モアは小首を傾げた。

 

「ごめんなさい、よく分からないんだけど、車を魔法で飛ばしたらいけない決まりでもあるのかしら」

「いいえ、違うわ。魔法使いは、魔法を使っているところをマグルに見られちゃいけないの。……ねえ、あなた、彼女に新聞を見せてあげて」

 

 ぼさぼさ頭の女の子に頼まれて、近くに座っていた少年が新聞を差し出してくる。そこには大々的な見出しで「空飛ぶフォード・アングリア、いぶかるマグル」と書かれており、雲間に浮かぶ車の写真――それも静止画でなく空中でぷかぷか揺れている――が映し出されていた。

 

「まあ、今回のことはちょっと軽率だったけど、空飛ぶ車を運転だなんて真似したくても真似出来ないよな! 実にクールだ!」

「そうね……見せてくれてありがとう」

 

 モアは新聞を少年に返すと、ぼさぼさ頭の女の子の方に向き直った。

 

「例のポッターって、生き残った男の子ことハリー・ポッター君のこと? 彼っていつもこう……その、目立ちたがるところがあるのかしら」

「どうかしら。少なくとも周りが放っておかないってのはあるわね。ハリーはクイディッチでも優秀なシーカーだし、常に目立つところにいるってことは確かだわ。それにしたって今回のことはあんまりだと思うの!」

「そうなの。残念だけどポッター君とはあんまり仲良くできそうにないわね。大事な友達に心配をかけてまでこういうことをするなんて、ちょっとどうかしてるわ」

 

 ぼさぼさ頭の女の子は、ちょっとだけ眉尻を下げると弱々しく微笑んだ。

 

「私のことを心配してくれてありがとう。でもハリーもロンもあなたが思ってるより良い奴なのよ。私はハーマイオニー・グレンジャー。宜しくね、モア」

「私の名前を覚えていてくれたのね」

「ええ、同じ学年だったから。勉強のことで分からないことがあったらきっと力になれると思うわ」

「ありがとう、ハーマイオニー」

 

 その時、半透明の何かがモアの視界を横切って、モアはゴブレットを取り落としそうになった。半透明の何かは、一度通り過ぎてから戻ってくると、モアの向かいに浮かんで止まった。おっかなびっくりよく見れば人の形をしており、仄かに真珠色をしている。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。私はグリフィンドールの寮付きゴースト、ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿です」

 

 ニコラス卿はそう言うと、丁寧にお辞儀をして見せた。その姿は紳士そのものだったが、モアは彼の全身を見回し、ニコラス卿の脚が透けているのを見付けてしまった。

 

「ゴースト!? ゴーストってもしかして、やだ、本当にゴーストじゃない!」

 

 モアがほとんど半狂乱になって叫ぶと、ハーマイオニーが宥めるようにモアの腕を掴んだ。

 

「大丈夫よ、モア。ゴーストといっても何か悪さをするわけじゃないから」

「待ってよ、だってゴーストなのよ!? まさかとは思うけど、こんなのが他にもたくさん居るわけ!?」

「お嬢さんは我々がお気に召さないようですね」

 

 ニコラス卿はひだ襟を摘まみながら悲しげに言った。

 

「私からゴーストの皆に呼び掛けて、あなたを極力驚かさないよう気を付けましょう。特に血みどろ男爵などは刺激が強いでしょうから……それで宜しいですかな?」

 

 モアはおずおずと頷くと、それから気分を鎮めるように長い溜め息を吐いた。

 

「気を遣わせてしまって、その……ごめんなさい」

「お気になさらず。毎年居るのですよ、我々のようなゴーストを苦手とする生徒が」

 

 ニコラス卿はそう言うと、もう一度お辞儀をしてふわふわと他の生徒の所へ飛んで行った。

 

 モアが騒いでいる間に、いつの間にかテーブルの上の皿はデザートでいっぱいになっていた。ゼリーに、糖蜜パイ、フェアリーケーキ、カスタード・タルト、サマープディング、トライフル、キャロットケーキ、他にも色々。アイスクリームは様々な味が取り揃えてあったし、フルーツの盛り合わせもあって、モアは少しだけ食欲をそそられる気がした。

 

 モアがサマープディングを一切れ取り分けて突くと、パンに染み込んだベリーの瑞々しい果汁が口いっぱいに広がって幸せな気分になった。

 

 しばらくして皿の上のデザートがすっかり消えると、いつの間にか教職員席に戻っていたダンブルドアが立ち上がって話を始めた。

 

「そろそろお開きにしなくてはならんのじゃが、全員よく食べたかのう。よろしい、では最後に二言三言。毎年の注意になるが、構内にある森には入ってはいけません。ちょっとしたスリルを味わうには危険すぎる森なので、一年生も上級生も心しておくように」

 

 ダンブルドアは集まった全員に目を配りながら言った。

 

「それから、校内での悪戯グッズの使用はほどほどにするように。毎度後始末をする管理人のフィルチさんのことも考えてやってほしい」

 

 それからダンブルドアは、校内クイディッチリーグの予選について案内をし、選手として参加したいものはマダム・フーチに申し出るようにと言い添えた。

 

「では最後になるが、皆で校歌を歌いましょう!」

 

 ダンブルドアが杖を振ると、杖の先端から金色のリボンが流れ出してきて、空中に文字を描き始めた。モアが目を凝らして読んでみたところによると、どうやらこれは校歌の歌詞を描いたものらしかった。

 

 リボンを自在に操って全ての歌詞を書き終えたダンブルドアは、杖を指揮棒のように構えた。

 

「各人好きなメロディで――さん、はい!」

 

 途端、大広間は見事な不協和音に満たされた。

 

 面食らったモアは歌うことも忘れてきょろきょろと周りを見回した。モアの隣ではハーマイオニーが大真面目な顔をして唱歌風のメロディを歌っているし、先ほど新聞を貸してくれた少年は行進曲風に歌っているようだった。

 

 すっかり歌い出しを逃したモアは、適当に口をぱくぱくさせながら歌っている風を装うことにした。好きなメロディで歌えと言われても、然程音楽に興味のないモアにとってはそれはとても難しいことに思えた。

 

 全員がばらばらに歌い終えた所で、ダンブルドアは大きな拍手を送った。

 

「今年も実に素晴らしい歌じゃった。では、全員就寝、駆け足!」

 

 それを合図に皆は席を立ち、大広間の扉の方へと流れていった。モアも人の流れに沿って大広間を出た。

 

 グリフィンドール生の一団は大理石の階段を上がり、動く廊下を抜けると、何度かタペストリー裏の隠し扉を抜けて進んだ。壁に掛けてある肖像画が動いて、中に描かれた人物がこちらを指差したり囁き合ったりしているのを見て、モアは何となく落ち着きのない気分になった。

 

 更に何度か方向の変わる階段を上った後、一団は廊下の突き当たりに一枚の大きな絵が掛けられているところに差し掛かった。モアが辿り着いた時にはもうすでに大きな絵が扉のように開いた後で、皆が順番に絵の裏にある丸い穴によじ登っているところだった。

 

 穴によじ登る順番を待ちながら、モアはブルネットの上級生が黒人の友達に何か話しかけているのを聞き留めた。

 

「寮に入る時の新しい合言葉を聞いていたかしら。ミミダレミツスイよ」

 

 どうやら寮に入るには合言葉が必要らしい。モアがハーマイオニーと顔を見合わせると、ハーマイオニーは人波に逆らう方向を向いて四苦八苦し始めた。

 

「私、ハリーとロンを探してくるわ。彼らきっと合言葉を知らないはずよ。モアは先に寮に戻っていて、あの穴を上ったら談話室だから」

「分かったわ、道中気を付けてね」

 

 モアに手を振ると、ハーマイオニーは人の間を縫って来た道を遡り始めた。一体どういう状況で合言葉が必要になるのか今のモアには見当も付かなかったが、取り敢えず記憶に留め置いてモアも丸い穴によじ登ることにした。

 

 やっと辿り着いたグリフィンドールの談話室は温かな空気に満ちていた。ふかふかとした絨毯の敷き詰められた円形の部屋で、壁に大きな暖炉が備え付けられていた。組み分け帽子の歌っていた“勇気の暖炉”とはこれのことなのだろうとモアは思った。

 

 周りを見れば、多くの生徒が談話室に残っているようだった。聞こえた話が暴れ柳に突っ込んだ車の話で持ち切りだったことから、ここに残っている誰もが英雄の帰還を待っているのだということが分かった。

 

 これから何年も語り草になるだろう大事件に然程興味のなかったモアは、ぐるりと談話室を見回した後、手近な女子生徒に声をかけた。

 

「ねえ、あなた、女子寮はどっちにあるのかしら」

「女子寮なら右の扉の向こうよ。螺旋階段を上った先に各部屋があるわ。扉に看板が掛かっているはずだから、それで自分の部屋を探して」

「ありがとう、そうするわ」

 

 部屋の場所はすぐにわかった。扉には二年生と書かれた小さなプレートが掛かっていた。

 

 モアは二年生の部屋に上がると、すぐさまブーティの入ったキャリーバッグを探した。キャリーバッグはすぐに見つかった。トランクと一緒に二段ベッドの脇に置かれていた。

 

 自分の荷物を解くより先に、モアはブーティをバッグから出してやることにした。

 

「何だか随分と長い間離れていた気がするわ」

 

 モアは可愛い子猫を抱き上げながら呟く。

 

 それもそのはずだ。夏休みの間、ほとんど何処にも出かけずに家に篭っていたモアは、その間ずっとブーティと一緒に家に居たのだ。ホグワーツ特急を降りてから歓迎会を終えるまでの数時間でさえ、こんなに長い間離れていたことはなかったという訳だ。

 

「お腹空いたでしょう。待っててね、今ご飯の用意をするから」

 

 モアはブーティを床に下ろすと、自分のトランクを開けて餌皿を探し始めた。床に降りたブーティは大きく伸びをすると、部屋の中をゆったりと散策し、フンフンと辺りの匂いを嗅ぎ始めた。

 

 その時、談話室で歓声が上がるのが遠くに聞こえた。暴れ柳なる古木に突っ込んだという二名が寮に帰ってきたのだろう。喧騒を遠くに感じながら、モアは自分がこれまでの日常からかけ離れた所に来てしまったことを思った。

 

 明日からはいよいよ魔法使いになるための授業が始まってしまう。一体何を学ぶのかなど見当も付かなかったし、自分に魔法が使えるなどと言われたところで、モアには全く自覚がなかった。組み分けが済んでしまった今でさえ、これは何かの間違いに違いないと思っている。

 

 今、モアの心の中には不安が暗雲のように立ち込めていた。

 

 ブーティはしばらくして部屋を一周して戻ってくると、ちょうど用意の出来た皿に頭を突っ込んでウェットフードをぺろぺろ食べ始めた。

 

 モアにとっては、このまだ小さな子猫だけが唯一の味方だった。いくら自分が魔女じゃないと訴えた所で、モアの望むように取り合ってくれる者は誰一人としていなかった。

 

「このまま流されるように魔女になるのだけは絶対に嫌だわ。何としてでも前の学校に戻れる方法を見つけなくちゃ」

 

 全ては明日からが勝負だ。明日から始まる授業を通じて、この転校が間違いだったことを証明しなければならない。

 

「よし、やってやるわ! まずは魔女なんかじゃないって絶対に証明して見せる!」

 

 気持ちを奮い立たせるように声を上げると、呼応するようにブーティも鳴き声を上げた。モアは可愛い子猫の頭を思いっきり撫でてから立ち上がり、気持ちの整理も兼ねて解きかけだった荷物の片付けを始めることにした。

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