Noisy Nose Knows   作:komit

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(4)吼えメール

 次の朝、モアの目覚めは最悪だった。

 

 何より、見た夢の内容が良くなかった。モアが見た夢は、親友のアレイヤに魔女だということがばれて絶縁を切り出された挙句、火刑にされるというものだった。怒ると怖いアレイヤがモアを糾弾するさまは壮絶で、炎に巻かれる息苦しさに目を開けると、モアの胸の上でブーティが丸くなっていたというわけだ。

 

 すやすやと寝息を立てる子猫にちょっと心が癒されたのはともかく、すぐさま胸の上から降ろすと、モアは天蓋付きベッドのカーテンを捲った。視界の端ではぼさぼさの後ろ頭が机の前に座り込んでいた。

 

「ようやく起きたわね。おはよう、モア」

 

 カーテンの開く音で気が付いたのだろう。ハーマイオニーはこちらに背中を向けたまま朝の挨拶を述べた。モアがベッドの上から覗き込むと、ハーマイオニーは机の上に頬杖を突きながら本を読んでいるところだった。

 

「朝食は昨日の歓迎会があった大広間で食べるのよ。昨日の今日じゃあまだ道を覚えてないだろうと思って待ってたの」

「ごめんなさい、待っててくれてありがとう。すぐに支度するわね」

 

 ベッドから降りながらきょろきょろと室内を見回してみるが、ハーマイオニーの他に人の姿はない。同室になったパーバティ・パチルやラベンダー・ブラウンはもう既に朝食を食べに出てしまったようだった。

 

 急いでパジャマから制服に着替えて髪を梳かしたモアは、ロックハートの教科書を小脇に抱えたハーマイオニーを伴ってグリフィンドール寮を出た。

 

 モアが大広間に辿り着いた時には、半数近くの生徒がすでに席に着き、朝食を食べているところだった。手近な席に収まると、すぐさまモアは皿の上で山積みになっているきつね色に仕上がったトーストに手を伸ばした。

 

「ここの学校の料理は焼き加減が甘いものばっかりね。パンもベーコンももっとこんがりさせないと」

「そう? 普通じゃないかしら」

 

 ハーマイオニーは近くにあったミルクピッチャーを引き寄せると、持って来た教科書を立てかけて読み始めた。タイトルは『バンパイアとばっちり船旅』だが、ふざけたタイトルからして、モアにはそんなに真剣な顔で読むような本には思えなかった。

 

「ねえ、ハーマイオニー。食事時くらい本を読むのを止したらどうかしら」

「でもモア、私達今日から授業なのよ。少しでも多く頭に入れないと」

 

 その時、大広間の入り口の方から黒髪眼鏡と赤毛の男の子が連れ立ってやってきた。二人は立てかけた本の向こうに栗色のぼさぼさ頭を見つけると、まっすぐにこちらへと歩いてきた。

 

「嘘だろ、ハーマイオニーが女の子の友達を連れてる!」

 

 赤毛の男の子はモアの姿を認めると、朝の挨拶も忘れてハーマイオニーに問いかけた。

 

「それも見たことない顔だ、どういうこと?」

 

 ハーマイオニーは本から視線だけを上げると、ちょっと棘のある口調で紹介した。

 

「昨日の歓迎会に居なかったあなたたちは知らないでしょうけど、彼女、転入生のモアよ」

 

 歓迎会に居なかったという話から察するに、彼らが空飛ぶ自動車の二人組らしい。

 

 言われて見れば、黒髪の方はフローリッシュ・アンド・ブロッツで見たのと同じハリー少年だし、赤毛の方もどこかで見覚えのある顔をしていた。モアは二人の姿を見比べながら、出来るだけ淡々とした調子で挨拶することにした。

 

「モア・クレイズよ、よろしくね」

 

 すると、驚いた赤毛の男の子が席に着くなりオートミールの皿に思いっ切り肘を突っ込んだ。

 

「クレイズって、おいマジかよ。秘密主義のクレイズだ!」

「ロン、秘密主義ってどういうこと?」

 

 椅子に座るタイミングを逃したハリー少年が赤毛のロンに問いかけた。

 

「クレイズは代々純血主義で有名な家だったんだけど、社交界にもクレイズの名では出て来ないし、誰が家の一員かは家の人間にしか知られていないんだ。でも、ここ五十年くらいは名前を明かすようになったって聞いてたけど、本当だったんだ!」

「たっぷり驚いていただいたみたいで光栄だわ」

 

 モアはちょっとうんざりしながらそう言った。ロンは興味津々といった様子を押し隠しもせずにモアの顔をじろじろ見回した。

 

「で、そのクレイズがどうして転入を?」

「今まで普通の――つまり、マグルの学校に通っていたんだけど、今年の春先、急にこっちに転校しろって言われたのよ。私は出来れば前の学校に戻りたいんだけど」

「マグルで居たいだなんて、君、相当変わってるね!」

 

 ロンは珍しい物を見たとばかりに目を丸くしてトーストにかぶりつく。傍で話を聞いていたハリーは、ようやく席に腰かけながら左右に首を振った。

 

「僕はマグルの間で育ったけど、今じゃ魔法のない生活に戻りたいだなんて微塵も思わないよ」

「私は普通の人間なのよ。魔法なんて使えないし、使いたいとも思わないわ」

 

 ハリーはモアの言葉に深く頷いて答えた。

 

「僕も最初はそう思ってた、自分に魔法なんて使えるわけないって。でも違ったんだ。ホグワーツで授業を受けて、僕にもちゃんと魔法が使えるって分かった。今は自分は魔法使いなんだ、僕の居場所はここなんだって思ってる」

「残念だけど、私には分かりかねるわ。魔法なんてなくても十分豊かな生活は遅れるし、何より、私は前の学校で築いた居場所をこの転校で奪われたんだもの! 考えてみてよ、あなただって今すぐこの学校から転校しろだなんて言われたら嫌でしょう?」

 

 ハリーは不意打ちを喰らったようにちょっと言葉を詰まらせた。

 

「それは……絶対に嫌だけど、でも多分転校したって皆との繋がりがなくなるわけじゃないよ。ふくろうを使えば手紙のやり取りだってできるし、居場所だってまた新しい学校で作れるかも知れない」

 

 モアは耳を疑うとばかりに目を見開くと、テーブルに拳を振り下ろした。

 

「あのね、自分が魔法使いだなんて馬鹿げた話、親友にだって言えないわ! ねえモア、最近何してるの? ええ、小鳩をシャワーヘッドに変える練習をしてるわ! だなんて、こんな馬鹿な話がある!? それに居場所は作れるだなんて、簡単に言わないで!」

 

 ハリーは慌ててしどろもどろになると、弁解するように再び首を振るった。

 

「ごめん、君を怒らせるつもりはなかったんだ」

「ふん。別にいいわ、あなた達に理解を求めた私が間違ってたのよ!」

 

 失望を口にしたモアは、手にしていたきつね色のトーストの端っこをかじった。

 

「ああ、やっぱり生焼けだわ! もっとこんがり真っ黒にならないと全然香ばしくないじゃない」

 

 すかさずハリーが口を挟んだ。

 

「真っ黒になったトーストなんて、食べられた物じゃないよ」

「うるさいわね、放っておいてよ」

 

 ハリーはロンと顔を見合わせてちょっとだけ肩を竦めると、オートミールの皿に向かった。

 

 その時、大広間の扉から大量のふくろうが広間に舞い込んできたのだった。モアは飛び散る羽毛から片手でトーストを庇うと、何事かとばかりに頭上を見上げた。

 

「一体全体何が起きてるの!?」

「郵便配達の時間だよ。ふくろうが皆に手紙を運んでくるんだ」

 

 ハリーは戯れるように頭上に手を伸ばした。次の瞬間、ハーマイオニーが本を立てかけていたミルクピッチャーの中に大きな灰色の塊が落ち、辺りにミルクと羽毛が飛び散った。ハーマイオニーと共にもろにミルクの飛沫を浴びたモアは、苛立ち交じりに足をむんずと掴むと、ピッチャーの中からびしょ濡れになったふくろうを引っ張り出した。

 

「もう! 一体何なのよ!」

 

 モアが気絶したふくろうをゆっくりとテーブルの上に降ろすと、ロンが覗き込んで息を呑んだ。

 

「大変だ――」

「大丈夫よ。エロールはまだ生きてるわ」

 

 ハーマイオニーがふくろうを指先で軽く突きながら言った。

 

「そうじゃなくて――あっち」

 

 ロンが指差したのはふくろうの嘴に咥えられた赤い封筒だった。ミルクを吸ってぐっしょりと濡れた封筒は水気でてらりと輝いている。斜向かいに座っていた丸顔のネビルが、何か気の毒な物を見る目で赤い封筒を眺めていた。

 

「どうしたの?」

 

 ハリーが聞いた。モアも分からないとばかりに赤い封筒を見詰めた。

 

「これの一体何が問題なのかしら?」

「ママが――ママったら僕に『吼えメール』を寄越した」

 

 ロンが絶望的なものに直面したかのように封筒を凝視して項垂れた。ネビルが心配そうに身を乗り出してきた。

 

「ロン、開けた方がいいよ。というより、開けないともっと酷いことになるよ」

 

 怖ず怖ずと言ったネビルは、過去に祖母から吼えメールを受け取ったことがあるのだと明かした。思い出したくないかのように深くは語らないネビルに対して、煮え切らないとばかりにハリーは語気を強めた。

 

「『吼えメール』って何?」

 

 ロンはハリーの質問など耳に入らない様子で、赤い封筒を一心に見詰めていた。濡れそぼった封筒の四隅から煙が上がり始めると、ネビルが慌てた様子でロンの腕に取り縋った。

 

「開けて! ほんの数分で終わるから……」

 

 ロンは意を決したように嘴から封筒を取り外すと、封筒を開きにかかった。訳知り顔のネビルがすぐさま指を耳に突っ込んだのを見て、モアも右に倣った。すぐさま女性の声が爆発のように封筒から溢れ出し、大広間の空気を目一杯震わせた。

 

「……車を盗み出すなんて、退校処分になっても当たり前です! 首を洗って待ってらっしゃい、承知しませんからね! 車がなくなっているのを見て、私とお父さんがどんな思いだったか、お前はちょっとでも考えたんですか……!」

 

 それは、酷く傍迷惑な手紙だった。どうやら吼えメールとは大音量の怒鳴り声を封じ込めて届けるための代物らしい。

 

 モアは鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの大声をやり過ごしながら、少しでも音から逃れようとテーブルの下に避難した。手紙をもらったロンは顔を真っ赤にして、椅子の上で縮こまっていた。

 

 余りにも過ぎる大声で正確に聞き取れたかモアには自信がなかったが、吼えメールの内容をまとめるとこうだった。こんな危険なことをする子供に育てた覚えはないということ、ロンの父親が役所で尋問を受けたこと、次に規則を破ったらすぐにロンを家に連れ帰るということ。

 

 手紙はそれだけ言い残すと、有り余る怒りを燃やすかのように燃え上がり、灰になって掻き消えた。耳の奥に止まない残響だけが残り、モアは深い息を吐くとテーブルの下から這い出した。

 

 ハリーとロンは、手紙がもたらした衝撃に椅子の上で放心状態になっていた。凄絶な音声に静まり返っていた室内は、次第におしゃべりの声を取り戻していった。ハーマイオニーは集中できないとばかりに教科書を閉じると、ロンの頭の天辺に向かって声をかけた。

 

「ま、あなたが何を予想していたかは知りませんけど、ロン、あなたは……」

「当然の報いを受けたって言いたいんだろ」

 

 ロンはうんざりしたように言った。

 

 大広間に居た誰もが今の衝撃的な出来事を囁き合っており、ホグワーツ史に残る英雄だった男の子達は、一瞬でただの恥晒し者に変わってしまったようだった。先程の言い合いで機嫌を損ねていたモアは、ちょっとだけ小気味良い気分になった。

 

「やあウィーズリー、良い気味だね」

 

 吼えメールの出来事から落ち着く間もなく、頬の青白い、顎の尖った男の子がスリザリンのテーブルから歩いてきた。左右には体の大きな男の子二人を従えており、三人はニヤニヤと笑みを浮かべながら今だ不貞腐れているロンを見下ろした。

 

「グリフィンドールのテーブルに一体何の用だ、マルフォイ」

 

 ハリーが突っかかった。

 

「ふん、お前達に用はない」

 

 そこで言葉を区切ると、マルフォイと呼ばれたスリザリンの男の子は丁寧な物腰でモアに向かい合った。

 

「初めまして、ミス・クレイズ。僕はドラコ・マルフォイと言います」

 

 男の子は紳士的な態度で会釈をした。モアは食べかけのトーストを皿に降ろすと、きょとんとしながら会釈を返した。

 

 ドラコはモアと一緒に座っている面々の顔を見回すと、気に食わないというように鼻を鳴らした。

 

「訳あってマグルの間で育った所為で、魔法界の事柄には疎いとパーキンソンから聞いたよ。なら仕方がないのかも知れないが、ミス・クレイズ、付き合う友達は選んだ方が良い。そこのポッターと忠実なご学友のウィーズリーは規則破りの常習犯だし、頭でっかちのグレンジャーときたらマグルの生まれだ。ロングボトムに至ってはスクイブすれすれだし、こんな連中と付き合っていたら君の家名に傷が付く」

 

 一人一人を指差しながら、ドラコは小馬鹿にしたように理由を述べていく。モアは皆の顔を見回しながら、納得したように頷いた。

 

「そうね、家名に傷が付くかどうかはともかく、その意見には少なからず賛同するわ」

 

 すると、ドラコは拍子抜けしたように瞠目した。

 

「君、話が分かるじゃないか」

「ハーマイオニーはともかく、そこの二人とはちょっと分かり合えそうもないと思っていたところよ。そう、規則破りの常習犯なのね」

 

 モアが横眼を向けると、ハリーは反論するかのように口を開きかけたが、思い当たる節があるのかすぐさま口を噤んだ。ドラコはこの展開に満足したようで、嬉しそうな笑みを浮かべると一歩モアに詰め寄った。

 

「クレイズ家は噂では優秀な魔法使いを何名も輩出していると聞く。だから、ミス・クレイズ、君もさぞかし優秀な魔法使いなんだろうと期待しているよ」

 

 これが気に食わなかったのはモアの方だった。

 

「ちょっと待って! パンジーから話を聞いているなら分かってると思うけど、私は魔法使いなんかじゃないのよ!」

「おっと、可哀想に。パーキンソンの言う通り、マグル界での洗脳がまだ抜けないらしい」

 

 微かに冷笑を浮かべながら、ドラコは後ろの二人に視線を送った。図体の大きい後ろの二人も同調するように薄ら笑いを浮かべた。

 

「ホグワーツに招かれた以上、君は間違いなく魔法族だ。そのことがきっと分かる日が来るはずさ」

「お生憎様だけど、そんな日は来ないわ! 絶対にね!」

 

 その時、マクゴナガル先生がテーブルを回って時間割表を配り始めたのが見えた。ドラコはマクゴナガル先生を視界に収めるとスリザリンのテーブルを振り返り、鉤鼻のスネイプ先生が同じように時間割を配り始めているのを確認した。

 

「機嫌を損ねてしまったようだね。今日の所は失礼するよ。君がスリザリン生になれなかったこと、非常に残念に思うよ」

「そうね、私も残念に思うわ! パンジーに宜しく伝えてちょうだい」

 

 ドラコはモアに向かって片手をあげると、お供を引き連れてスリザリンのテーブルへと戻っていった。ロンは自分の皿に玉子を取り分けながら、ドラコ達の背中を気味の悪いものでも見るような眼で見送った。

 

「うえー。モア、君ってやっぱり変わってるよ。あんな嫌味な奴らとも普通にやれるなんて」

「あなた達の場合は嫌味というより事実を指摘されただけなんじゃなくって? それと言っておきますけどね、あなた達魔法使いの方がよっぽど変わってるわよ!」

 

 ロンは全く分からないとでも言いたげに首を傾げると、玉子を口一杯に詰め込んだ。

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