秋霜烈日の桜   作:千火チロル

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初弾―3

 明らかに様子のおかしくなったタトゥーの男が行動を起こす直前、どうにか俺はタトゥーの男と菊代の間に体を割り込ませることに成功する。

 そして、タトゥーの男が行動を起こす--

 「ウゥゥゥ……アァァァッ!!」 

 まるで知性を感じない呻きとも叫びとも取れる声を上げながら、タトゥーの男は手錠で拘束していた両腕を下から勢いよく振り上げた。

 その行動によって引き起こされたのは、尋常では無い速度で--おそらく音速に近い--俺達に向けて飛来する手錠だった。

 「ッ……!」

 菊代を庇う様に体を割り込ませた俺は、迎撃の姿勢が完全には取れていなかったものの、飛来する手錠を、大蛇を装備した左手でどうにか白刃取りすることに成功する。

 しかし、これはあくまで目眩ましだったのだろう。

 けたたましい破壊音がすると同時に、タトゥーの男は先ほどまでは見せなかった俊敏さで、自信の背後、廃工場の壁を何らかの手段で破壊し、そこから飛び降りていった。

 「しまった……!」

 タトゥーの男が手榴弾などの装備を所持していなかったことで、俺は僅かに油断していたらしい。

 あの案件に絡んでいたのなら、こういった状況も想定しておくべきだったのに……

 それにしたって、まさかこれほど手際良く逃走されるとは……。

 だが後悔をするのはまだ早い。

 今からでも追いつくことは可能なはずだ。

 俺はすぐさま破壊された壁から飛び降り、タトゥーの男を追いかけようとするが--

 そこで、意表を突いた相手によって阻まれてしまう。

 「……遠山……」

 俺を阻んだのは、俺の背後で事の成り行きを見ていた菊代だった。

 菊代は先ほどまでのサディスティックな様子を完全に潜ませ、いじらしい少女の様に俺のスーツの裾を握っていたのだ。

 「菊代、悪いが俺は今から奴を追いかける。手を--」

 そこまで言ったところで、俺は二の句を告げなくなってしまった。

 なぜなら、まさに俺が話しかけていた菊代が、唐突に俺の唇を、自身の唇で塞いだのだから。

 「んっ……」

 菊代は、接触した俺の唇に自身の舌を入れ、必死に、健気に俺の舌に絡ませている…。

 僅かに頬を染め、俺より低い身長のせいか少し背伸びするような姿勢で、熱烈なフレンチ・キスをしてきた菊代を、間近で堪能した俺は--

 最早慣れしたんだあの血流が、瞬時に固まってくるのを感じた。

 「ありがとう。もう充分だよ、菊代」

 先ほどまでよりも、格段に目つきの鋭くなった俺は、菊代の肩を優しく抑えながら二人の距離を離す。

 「あっ……」

 少し名残惜しそうに、しかし抵抗することなく距離を離された菊代と俺の間には、二人の唾液が糸を引き、月明かりに照らされ、艶めかしく光っている。

 「仕事中に菊代とこんなことをするのはスリリングで、もっと堪能していたいのは俺も同じ。……だけど今はやらなきゃいけないことがある。わかるね?」

 「んっ……そんなこと……これは別に、必要だと思ったからしただけで」

 HSS――ヒステリアモードを発現させた俺は、暗に菊代の物足りないという感情を敢えて指摘し、菊代の反応を楽しんでいる。

 おいおい俺よ、早く追いかけろよ--と思うが、残念なことに未だに完璧にはヒステリアモードを御し切れていない俺は、なおも菊代への追撃を止めない。

 「そうすると菊代としたい、と思ってるのは俺だけだったのかな。それは少しだけ悲しいよ」

 「ち、違うよ遠山。私だって、その……したい、よ」

 照れながら、なんとか言葉を紡いだ菊代の可愛らしさから更にヒステリアモードを強化した俺は、自分から距離を離した菊代の肩を抱き、耳元で語りかける

 「菊代の気持ちを聞かせて貰えて嬉しいよ……やっぱり菊代は悪い子、だったみたいだね」

 「う、うん。私は遠山の前では良い子で悪い子なの……その、だから」

 「だけど、続きは後でのお楽しみだよ。やらなきゃいけない仕事が残ってるからね」

 何かを俺に求めようとした菊代を遮りながら、俺はようやくやるべきことをやると宣言した。

 「後でのお楽しみの為にも、野暮用はすぐに済ませてしまうとしよう。……ここに残った七人はもう警察に身柄を引き渡しておいて欲しい。できるかな?」

 後でのお楽しみ、と言う言葉に、俺の腕の中に居る菊代が俄に期待するのがわかる。

 ヒステリアモードの俺よ、またアリアに風穴シリーズ最新作を喰らうハメになるぞ--と思うも、自分の意思で止まれ無いものは仕方ない。

 「わかったよ!ちゃんと仕事するから、後でちゃんと、悪い子に……菊代に、オシオキ……してよ?遠山ぁ……」

 完全にこの後の楽しみに期待を深めた菊代がやる気をだしている。

 しかし菊代。悪い子にオシオキとは何を意味してるのかな?

 普段は大人の魅力を感じさせ、あまつさえサディスティックにすら見える菊代だが、こうなった俺の前では、ある種逆に見えてしまうことがあるよ。

 だが俺は、あえてこれには触れず

 「それじゃ、任せたよ」

 菊代に短く挨拶を行い、穴の開いた廃工場から飛び降りていくのだった……

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