手がつけられない程の雑踏。
人々の話し声と足音、衣擦れの音、レインコートの裏に吊るした銃が立てる音。そして、激しい雨音。
雨は朝に降り出し、昼前になって勢いを強めていた。
ガンゲイル・オンライン最大の街SBCグロッケン、その大通り。無数のプレイヤーとNPCたちが各々の目的でひしめき合い、雨霧を人いきれで一層深めている。
『初心者から上級者まで! GGOきっての人気店、「オーソドックス・ビークル・レンタル」がただいま雨天セール開催中! グロッケン西区の店舗にぜひお越しください!』
空中に投影された巨大なホログラム広告の大音量が、雨声の中にわんわんと響き渡る。ビークルショップの広告が終われば、また別の広告。
大通りの左右に並ぶ建物は、思い思いの色の電灯を点けていて、ネオン街じみた悪趣味な色彩を作り出す。曇天の下、雨霧の灰色、ホログラム広告と、ネオンのような光の群れ、雑踏。
遠くの方、遠景から、それらの騒音が雨音に滲んで聞こえてくる。
大通りの喧騒を遠い背景に、激しい雨を受け止めて雨水が浅く満ちている高速道路。雨滴の弾けた欠片が狭霧を作りだして視界を曇らせている。
自立走行の四輪車や二輪車が、プレイヤー達を載せて高速で駆け抜けていた。
中型のオートバイに乗っている男が1人。
彼は運転を機械に任せていない。霧の中でサングラスを掛けてオートバイを運転するなど危険極まる筈だが、彼は迷いなく二輪車を操っていた。
男の名前は、スミスという。フードを被っていないためその仏頂面には矢のように雨滴が降りつけていたが、少しも表情を揺るがさない。
曇天の鬱陶しさは雨の冷たさではなくて、小揺るぎもしない灰色の大気にあると彼は思っていた。
雨霧が底意地の悪い幽霊のように纏わりついてくるグロッケンの街から逃れるように、道路を疾走っている。
彼の行き先は、決まっていた。カテドラル・エリア。石造の民家が立ち並んでいた街の廃墟で、唯一原型をとどめている大聖堂をランドマークとする場所。
退廃的で美しい風景は人気があり、観光目的のプレイヤーと彼らを獲物とするPK、更にPKKが集うという隠れた激戦区。
雨を厭んで陰鬱な廃墟の街に逃れて行くとは。何処か皮肉めいた自身の嗜好を、スミスは自嘲した。
このもつれた感情を快刀のように断ち切るのは、とびきりの銃撃戦だけだ、とふと思った。
雨天下の重々しい倦怠から逃げるように、強くハンドルを握り締める。
胸の中では闘争心が鎌首をもたげ始めた。スミスは、くだらなさを殺すような闘争を、血と硝煙と火を、勝利と敗北を欲して一層強くエンジンを噴かせた――