マトリックス×GGO   作:シャタパタ

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二幕 悪神の午後

 爆音はその余韻も消えて、カテドラル・エリアは平静を取り戻した。

 爆風でもうもうと立てられた砂埃が薄まってきて、陽光が男の立ち姿をまともに照らし出す。

 奇妙なほどゆったりとした間が開き、スミスが大きく息を吸って叫んだ。

 

「非道いじゃないか、ウサギ君!」

 

「うそお!まだ生きてるの!?」

 

 背広は砂埃に塗れ、かなりのダメージを受けながらもその態度は不敵。

 

「狩りの瞬間、最も無防備になるとは、全くよく言ったものだ。だが、爪も牙もないものが蛇を狩ることはないのだよ、ウサギ君!」

 

「ふざけんな!出鱈目だあ!完璧な不意打ちだったのにい……」

 

 風が吹き始めた。爆発で巻き上げられた埃は掻き消え、石の道をこじ開けて生えている雑草が不穏に揺らめく。

 雲が太陽を隠している。陰影の濃い、廃墟の街。

 

「速くやり合おうじゃないか、ウサギ君。私は自動回復のスキルを持っている。うかうかしているとアドバンテージを失うぞ。速くしたまえ!それだけが取り柄だろう?君の自慢の、兎の脚は」

 

 怒りからか闘争心からか、スミスの口調は少し激しい。レンも、黙って煽られている器ではない。大きく可愛らしい眼はナイフのように鋭くなっている。

 

「この野郎っ……!私はウサギじゃない、レンだ!死んでから気づけ!」

 

 動き出すレン。その動きは少しの緩みもないほど疾い。

 スミスは既に、武器を取り出している。2丁のスコーピオンVz68。しかしこの男、(スコーピオン)ほど緩慢ではない。

 

 スミスの爆発的な脚力。20mほどもある距離が、一気に詰められる。

 レンの反応も速い。追いかける者ほど、直線的な軌道(ルート)の選択を余儀なくされるものだ。レンはここに勝機を見出して、正面から向かってくるスミスの右方にグレネードを投擲した。 スミスはグレネードを避けて走る。

 しかし、襲い来る軌道が知れているなら、それだけ狙いも正確になるのだ。P90をしっかりと構えて、フルオートの射撃。

 バレット・ラインも意味を成さない程目まぐるしい速さ。赤の閃光、飛来する弾丸。

 スーツに包まった人体を正確に狙う5.7×28mm弾。P90は短機関銃でありながら、ボディーアーマーを貫通する威力を持った銃だ。爆発によるダメージが残るスミスでは、1発食らっただけで戦闘不能になりかねない。

 

 P90の銃声がほんの数瞬続くが、スミスは倒れていない。

 

「なんでっ……」

 

 近距離でのフルオート射撃を避けきるなど、現実にはあり得ない。それどころか、GGOにあってもそんな芸当のできる人間はいない、筈なのだ。

 スミスの姿は正真正銘、人間の視界から消失していた。数瞬に満たない光景。音速を超えて飛ぶ鉄塊が、かすりもしていない。

「お前っ!チーターか!?なんで当たらないっ」

 

「おしゃべりの時間は無しだ」

 

 2丁のVz68を胸の前に構えて、撃つ。狙いは正確だが、当たらない。

 ピンクの影がブレる。あたかも、疾風(ゲイル)が空中を疾走(はし)るかのようなスピード。

 小柄な分、単純な速度ではレンが上手である。

 

 短機関銃の連射、その応酬。およそ人の埒外にある高速の世界で、動く影2つ。

 ピンクの悪魔と、スーツの男。黒とピンクのありがちな、強いコントラストが短い銃声の中を縦横無尽に飛び回る。

 広場から聖堂へ向けて、崩れかけた何かのモニュメントを通過する2人。

 一瞬の間断、また銃声。地に足がついていないような、例えて言えば妖精の戦い。ただし超高速の。

 

 スミスが片方のスコーピオンを捨て、動きながらリロードする。

 リロードの隙を狙って発砲するレン、また外れる銃弾。

 

「なかなか器用だろう?」

 

 スミスの軽口。

 レンも追ってリロードを行う。空の弾倉を捨てた瞬間、Vz68による銃撃。リロードを中断して回避する。

 P90を左手に持ち替え、右手でマガジンを装着、1発目を給弾。

 リロードを完了させたレンは、してやったりという顔で歯をむき出しにして、

 

「そうでもない!」

 

 P90を左手で持ったまま射撃する。ほとんど動きを止めない2人。しかし見た目に反して、戦闘は膠着している。

 レンが先に、大聖堂正面玄関へ通じる階段の一段目を踏んだ。

 

 聖堂。人の技術の粋を集めて造られたその美しい正面装飾は、見る者を引き込むような立体感を持つ。

 正面の扉を囲うようにして、迫り出して造られた石のアーチ。それを支えている、巨人の衛兵のような柱。

 レンは垂直に飛翔し、柱に彫られた装飾を掴んだ。右手を支点にして翻り、間髪入れずに次の出っ張りを掴み、上へ上へと飛び続ける。

 

 スミスは、柱を垂直に()()()

 激しく翻るスーツ、冗談のような光景。重力やその他の抵抗を振り払って大聖堂のファサードを駆け上がってゆく。

 そしてついにレンを追い越し、巨大な円花窓のすぐ下に通されている細長い出っ張りに立った。

 

「うっそお!?」

 

「もちろん、冗談じゃない」

 

 飛び跳ねるように登り続けているピンクの悪魔に向けて、スコーピオンが火を噴く。

 ぷ、ぷ、ぷ、と吐き出すように続けられるVz68の銃声。空気が続けざまに細かく爆発するような、鼓膜を激しくノックするような連射音。レンの右脚が貫かれた。

 

 被弾の瞬間、レンは円花窓の装飾格子(トレサリー)を右手で掴んでいた。

 

「うおわあ!」

 

 衝撃で体勢を崩したレンは、窓に向けて頭から突っ込んでいった。P90の銃声が数発分だけ響き、埃だらけのステンドグラスが砕け散る。赤や青、緑、黄色、神の家を彩っていた色硝子を粉々に割って、ピンクの悪魔は大聖堂の内部へと失墜した。

 

 

 

 大聖堂内部。玄関廊から入り、身廊に進む。身廊を貫くようにして、翼廊が通っている。身廊と翼廊の交差部を更に奥へ行くと聖職者達の場所、内陣が構えており、その後ろには祭壇の置かれた最も神聖な後陣(アプス)がある。内陣と後陣は、周歩廊という廊下に丸く囲まれており、そのシルエットは半円形である。

 

 玄関廊から内陣・後陣までは、西から東へ向けて一直線に造られている。ただし、身廊を南北に貫く翼廊が、聖堂の象徴的なシルエットを作り出している。

 つまり、大聖堂は十字架型に設計されているのである。

 

 身廊に並ぶ柱はとてつもなく高い。ましてや、屋根近くのところに切られた円花窓から落下したレンは、そのまま落下死の憂き目にあっても何らおかしくなかった。

 だが、"ラッキーガール"の異名は伊達ではない。内部には蔦と雑草が繁茂していて、よほど上手く受け身を取れば、衝撃の多くを緑のカーペットが受け止めてくれる。

 レンは、ゴロゴロと愛らしい様子で、だが完璧に受け身を取った。

 

 「た……助かったあ……」

 

 安堵の声を漏らすが、油断はしていない。すぐさま隠れ場所を探す。

 身廊から内陣の手前まで、木製の長椅子がずらりと並んでいる。すべてが蔦に覆われていて、雑草に隠されている上、いくつかは砕けている。

 レンはハードル走のように、長椅子を飛び越えて進む。まるで障害物など無いかのような、軽快な動き。

 

 身廊の上の方には、大きな採光窓(クリアストーリー)が切られていて多くの光を採り入れるが、身廊の左右にある側廊はアーケードになっている上、低い位置に窓があるため、すこし暗い。

 採光窓(クリアストーリー)から入る柔らかな光と、後陣に切られた巨大な窓から入る強烈な光線。2つは混じり合い、調和する。そして、側廊の陰影が、調和する2つの光の純白さ、神聖さを一層高めることで、聖堂は神の家として、神秘の空間として完成する。

 

 レンは後陣までたどり着いた。祭壇の裏、最も目立つ場所に隠れたことが、"ピンクの悪魔"の戦意が未だ衰えないことを示している。

 しかし、レンは少しの気疲れを自覚せずにはいられない。

 

 ――先日のSJ2、あの戦いだけでもどっと疲れたのに……。ピトさんには振り回されるし、第一、今日だって本気の戦いをやりに来たわけじゃない。SJ2のあの興奮、火照りを鎮めるため……ぶっちゃけていえばストレス解消だったのだ。

 それがまさか、あんなバケモノに出会うなんて想像もしてない。せめてピトさんかエムさん、フカ次郎、誰でもいいから1人居てくれるだけで心強いのに、よりにもよってソロのときには会いたくない敵だ。

 チーターにしては自然すぎる動き。でも、普通のプレイヤーにはぜえっったいにありえない動き。正直、実力勝負なら私より上だ。勝機があるとしたら、奇襲のダメージがかなり残っていること。"自動回復"のスキルは厄介だけど、この短時間ではあの爆発のダメージを全部はリカバリーできていないだろう。

 勝てる。勝機はある、はずなんだ。

 

 レンは右脚の負傷箇所に回復キットを使用し終わった。P90をリロードする。残弾数もHPも満たん。準備は万全。

 

 

 

  午後の柔らかな光、風化した石材の趣、聖堂建築家達が造り上げた光の芸術。生い茂る蔦や雑草さえも、どこか美しく見える。

  聖堂の巨大な扉は両開きになっているが、そのうち片方の留め具が一つ緩んでいて、内側へやや(かし)いでいる。

  歪んだ扉が、無理矢理に開かれた。異様な音がする。きしむ金具の音。蔦がぶちぶちと千切られ、石製の大扉と石の床が擦れてごりごりと不気味な大音声を発する。

  

  スミスはこの美しい建築、凝固した音楽の中を、ノイズのように歩いてくる。ゆっくりと。

  身廊と翼廊の交差部の中央に立ち、至聖所を不遜に凝視(みつ)めて言う。

  

「残念だが……私相手に、隠れんぼは無謀すぎる。ウサギ君。頼むよ、出てきてくれ。決着をつけようじゃないか」

 

 沈黙。

 

 「お祈り以外は受け付けないつもりか?いよいよ勘弁してくれ、ウサギ君。神も悪魔も信じちゃいないんだ、機械論者なものでね」

 

 雲は太陽を隠すのをやめたらしい。正午を回って、一層強くなる光。

 

「逃げ回っていたのは遅刻しそうだったからか? 私を不思議の国に連れていってくれるというのなら、丁重にお断りしておくよ。

 どうりで! 御伽の国のウサギ君にとっては鉄火場の恐怖なんて刺激が強すぎたか?

 怯えていないで、私と、勝負をしよう。とびきりのやつを!

 

 答えろ! ウサギ君!」

 

 祭壇からピンクの悪魔がひょこと飛び出す。後陣の窓から入る強い光を背中にして。

 濃い影になった可愛らしい顔。しかしはっきりと分かる、らんらんと輝く眼。

 

「私は――

 

 レン、だああああああ!

 

 」

 

 

 

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