雨のち晴れ   作:やま茸

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 誰が一番、帰れる場所を探していたのか

 
 川上穣のことば


俄日和

 

 

 ●

 

 

 駆逐艦・時雨。

 一般の認知度はさておき、ミリオタ界隈では名の通った軍艦だ。『呉の雪風佐世保の時雨』と並び称されるほどの幸運艦で、多くの戦場を駆け抜けた軍艦の一つ。中でもスリガオ海峡海戦で西村艦隊の唯一生き残りというエピソードが有名である。

 故に、艦娘として成って果てた今でもそこそこに知名度のある艦娘だ。

 それこそ、艦娘について調べることを日課にしているような熱心なミリオタからすれば、多少身格好を変えようとも分かる程度にはメディアの露出がある艦娘だ。

 

 つまるところ、時雨のことが六樹にバレるのは時間の問題だったわけだ。

 

 そんな今聞いた情報を脳内で咀嚼して、対面テーブルを挟んでソファータイプの座席に腰掛ける件の少女───時雨の姿を眺める。

 時雨の右隣には六樹が、そして自分の右隣には煽る花十が掛けている。テーブルの上にはそれぞれ料理の乗った白の皿が幾枚かある。

 よくあるチェーン店のファミレスのボックス席に俺たちはいた。

 あのあと、六樹からの追及を一旦避けるために昼飯も兼ねて近場のファミレスに駆り出した。お値段がリーズナブルで学生ウケのいいチェーン店『砕・ゼリャアッ!』だ。名前がクソダサい以外はいい店だ。名前はクソだが。

 閑話休題。

 

「それで」

 

 右斜め前の六樹が食べ終えた食器を整えて、言葉を置いた。

 六樹は右手で時雨を指しながら、

 

「時雨ちゃんとタッさんはどういう間柄なの?」

 

 半ジト目で言った。

 ここまで追及を一切スルーしていたが故にやや不機嫌気味だ。右隣、バカが修羅場か? ん? ん? と目を輝かせているのはスルー。

 なお、話題の中心である時雨自身は無言でハンバーグセットを咀嚼しており、会話に混じる気配がない。故に、俺が説明するしか無くなっていた。面倒だ、とは思うがある意味自業自得なので仕方がない。

 ため息を置いて、

 

「別に、そんなに込み入った話じゃない」

 

 お冷やで喉を潤して、言葉を作る。

 

「捨て駒みたいに使い潰されてたコイツを拾って、見捨てるのも寝覚めが悪いからウチで匿ってるだけだ」

 

「ふぅん……」

 

 頬を膨らませた、明らかに不機嫌アピールをしながら六樹は相槌を打った。

 なんで不機嫌なんだよ。そんな風に釈然としないものを胸中に浮かべていると隣、バカがにやにやと笑みで六樹をフォークで指して、

 

「頼って貰えなくて寂しかったみたいだぜ、コイツ」

 

「ちょっ!? なんで言っちゃうのかなぁ! このバカはっ!」

 

 身を乗り出した半ギレで六樹がバカを糾弾するが、バカはげらげら笑うだけでまったく反省する気配を見せない。

 糾弾しても無駄だと悟ったからか、六樹はバカを視界から外してこちらへと向き直す。そして六樹は一呼吸入れて、

 

「…………正直、もっと頼って欲しかった。というのが本音かな。艦娘関連なら私だって少しは役に立てたかもしれないし」

 

 頬を朱にし、やや斜め上へ視線を向けてそう言った。

 別に頼りなかったから言わなかった訳ではないのだが、しかし、今さらそんなことを言っても仕方がない。

 仕方がないので、

 

「露見した以上、これからは存分に頼らせて貰うよ。正直、男所帯で勝手がよく解っていなかったのが本音だからな」

 

 諦めた風に言う。

 迷惑が増えるというのに、何故か六樹は嬉しそうに表情を笑みにした。バカもバカで、にやにやと笑みを浮かべているがコイツが笑っているのはいつものことなのでスルー。

 なお、時雨は無言、無表情で我関せずとハンバーグセット付属の味噌汁を啜っていた。……今、アンタを発端とした話をしているんだが、解ってるか?

 そんな風に思っていると、六樹は、ところで、と言葉を置いた。その上でこちらへと右手指を立てて、

 

「時雨ちゃんの格好について、どう思う?」

 

「どうって……」

 

 言葉を得て、改めて時雨の格好を見る。

 前の開いた薄手の濃紺の作業着に下は無地のシャツ。ここにトップフレームの伊達眼鏡を合わせ、髪は結うことなく降ろしている。

 元々着用していた黒のセーラー服はボロボロになっていたので、時雨に違う服装を用意する必要があった。しかし、それ以上にこの服装はイメチェンを狙ったもの。駆逐艦娘・時雨の特徴を消すことを目的としたものだ。

 外見的特徴の六割も変えれば初見で気付かれないだろうと判断したからだ。

 理想を言えば髪色を染めたりカラコンで目の色を変えたりもしたかったのだが、あまり手を入れ過ぎるとバレた場合に言い訳が効かなくなるので、服装や髪型の変更といったイメチェン程度で済ましている。

 そういった事情を鑑みて時雨の格好を改めて見る。

 

 ───どこからどう見ても、下っ端作業員だな。

 

 つまり、一見して艦娘には見えない。と内心で結論付ける。

 その上で六樹の質問、時雨の格好についてどう思うかと云うと、

 

「似合ってるだろ」

 

「正直、ないな……」

 

 こちらの言葉を被せるように、バカが否定した。

 刹那、真顔のバカと視線が合う。その上でバカは数瞬の黙考を置いてから憐れみの視線を向けてきた。ぶん殴ってやろうか、と握り拳を作っていると、しかし向こう側の六樹は、

 

「そう! 折角かわいい見た目なのに普段着が作業着って、なんて勿体ない……!」

 

 右手で拳の握りを作りながら半身をテーブルに乗り上げて、そう力説した。

 そのうえで、なので、と前置いて、

 

「これから時雨ちゃんの私服を買いに行くことを宣言します!」

 

「は?」

 

 時雨を片手で抱き寄せて、六樹は宣言した。

 隣、爆笑するバカと目を輝かせる六樹に視線を交互にしてから、

 

「は?」

 

 再度疑問の音を溢す。

 なお、時雨は抱き寄せられながらも、無表情に無言を貫徹していた。あの……いまアンタの話をしてるんだが……?

 

 

 ●

 

 

 深海棲艦の襲撃が日常化した現代において、高層の建造物はあまり推奨されなくなっていた。当たり前なのだが、高さがある建造物ほど目立ち、狙われやすくなるからだ。

 故に、高層デパートのような複合型の施設は衰退し、代わるように平作りの商店が栄えるようになった。商店街文化の復活である。

 

 そんなわけで、地元の商店街の一角にある衣服店に来ていた。六樹が時雨の私服を購入するのに選んだ店だ。

 店先に両手を組んで一人待機する。

 女性向けの服飾を専門とする店舗なので、中に入るには居心地の悪さを覚えて離脱させて貰った。そもそも事の発端は俺のセンスの無さが発端だったので、妥当と言えば妥当なのだが。なお、バカは隣の店舗のCDショップに時間を潰しに行っていた。

 一瞬、六樹(ミリオタ)の服装センスに疑問を覚えたが、しかしよくよく考えれば、アイツと私服で遊びに行く際にあまり違和を覚えなかったので、突飛なセンスをしている訳ではないだろう。と納得しておく。

 そんなわけで、店先で一人『女の買い物は長い』という格言を実感していると、

 

「なーに一人黄昏てんだ? ファッションセンス最底辺の八田くぅん?」

 

 背後から声を掛けられた。

 初手、煽りだ。

 言うまでもないが、CDショップの袋を片手にしたバカの声音だ。こちらが無視していると、バカは反復横跳びをしながら、

 

「そうだよねぇ? 八田くんは衣服センスマイナスカンストだから戦力外通知受けたんだよね! いやぁ、憐れだなぁ!!」

 

「その言葉、宣戦布告と受け取った」

 

 反復横跳びのまま煽りを連打してきたバカにノータイムで腹パンをぶち込む。

 バカが蹲り、片手の指を全て立てる。五秒待て、というハンドサインだ。

 故に待っていると、バカは深呼吸を幾度か置いて、きっちり五秒後に勢いよく上身を持ち上げて、

 

「よし! 我復活した! 手の早い腐れチンピラなんかがなんぼのモンじゃい!」

 

「…………煽らなきゃ会話できないのか、お前は」

 

 満面の笑みでサムズアップを向けられた。無視する。

 無視されたからか、バカはため息とともに手を降ろし、で? と前置いてから疑問を作る。

 

「あの子どーすんの?」

 

「…………」

 

 軽い声音で、そう言った。

 無言でいるこちらを気にすることなくバカは言を続ける。

 

「いつまでもこんな日々が続くわけじゃないって解ってるんだろ?」

 

「…………解ってるよ、そんなことは」

 

 いつになく真面目な口調のバカに、とりあえずで答える。

 このバカは確かにバカで煽り魔でウザったいが、しかし、決して愚鈍ではない。ということを思い出させられた。

 好き好んでバカはバカをやっているのだと云うことも、だ。

 故に、バカの真摯な問い掛けに明確な答えを出せない自分自身に苛立ちを覚える。しかし、バカはなぜか表情を破顔させて、

 

「ま、耕嬉はお人好しだからな。放っておけないのは予想できたけどよ」

 

「待て」

 

 ノータイムで静止するが、しかし、バカは頭上に疑問符を浮かべて、

 

「え? 耕嬉って、クールぶって厭世家気取ってるけど、結局は甘いところが捨てられなくて人の良いところを見せるテンプレタイプの不良だろ?」

 

「人をよくあるやれやれ系みたいに分析するのはやめろ……やめろ……!」

 

 こちらの反言に、しかしバカはけらけら笑うだけで撤回はしない。マジで許さんからなお前。

 撤回しろお前、とバカの両肩を掴んで前後に揺らす。

 暫く揺らしていると、

 

「何やってんの……?」

 

 呆れ混じりの声が、衣服店側から聞こえた。バカを解放して、振り向いてみれば二つの姿が眼前にある。

 一つは両手に衣服店の紙袋を提げた呆れ顔の女学生、六樹灯歌。

 もう一つは、当然時雨の姿なのだが、

 

「…………!」

 

「へぇ」

 

「どやっ」

 

「………………」

 

 視線の先、装いを変えた時雨の姿に、意図せず息を飲んだ。

 正面から時雨の装いを見る。

 基調は白地の膝上丈のワンピース。所々に青のラインが入った大人しめのデザインだが、腰に巻いた武骨なデザインのベルトがアンバランスさを引き立てながら、奇妙な調和を生じている。

 ワンピースの上は紺の薄手のアロハシャツ。

 足元は青のライン入りの黒のハイソックスに紺に白ラインのハイカットスニーカー。

 首もとにはアクセントとして赤のバンダナを緩く巻いている。トップフレームの伊達眼鏡はそのままに、髪型は左に纏めたサイドテール。その上に黒のキャスケット帽を被っている。

 現役女子中学生によってコーデされた時雨の姿だった。

 

「どうよ!」

 

 時雨の隣、六樹がドヤ顔で胸を張る。

 

「驚いたな……」

 

「ああ……」

 

 驚愕の表情を浮かべたバカに、並んで同意する。

 ドヤ顔の六樹を他所に、バカは驚愕のまま言葉を繋げた。

 

「まさか、ミリオタにまともなファッションセンスがあるとは……」

 

「いや待て、これは店員に勧められたものを勧められままに着せた結果であって、ミリオタは実は外野だったのでは?」

 

「……お前ら、私を実は挑発しているな? ん?」

 

 対面、六樹が笑みで拳を上げて怒りを込める。それをバカと並んでサムズアップを向けて、さらに煽る。

 六樹は一瞬真顔でこちらを見、ため息を置いて視線を横の時雨へと向けた。そのうえで荷物をこちらへと押し付けてから時雨へとハグして膨れっ面で、

 

「いいもん! バカ二人からの評価なんてどうでもいいもん! ね、時雨ちゃん、こんな頭の可笑しいヤツらなんて放っといて遊びに行こ!」

 

 拗ね気味に言って、時雨の背を押して歩き始めた。

 その背中をバカと並んで観察し、二人で一度軽く手を打ち合う。そして、バカは笑顔で、

 

「いやぁ、やっぱりトーカはおちょくると可愛いなぁ!」

 

「……いい加減、愛想尽かされるぞ」

 

 半ばドン引きしながら呆れていると、バカは一際大きな笑いを置いてから、

 

「さて、行こうぜ耕嬉。ジョカノ、取られちまうぜ?」

 

「……そういうのじゃねーよ」

 

 こちらの言を聞いてか聞かずか、合流するためにバカは笑みで六樹らの背中を追いかける。バカに倣って、しかし無表情で先頭二人を追いかける。

 

 時雨を放っておくと、面倒なことになるかもしれない。という保身からの動機はもちろん内心にある。

 しかし、純粋にコイツらと遊んでいる時間が楽しかった。

 

 

 ●

 

 

「はー、遊んだ遊んだ」

 

「はっちゃけ過ぎだよ、キヨ」

 

 橙色の夕日を背中に、四人二列に並んで歩く。先頭はバカと六樹で後列を俺と時雨が歩いていた。

 あの後、六樹たちと合流した俺たちはバカの発案で近場のゲーセンへと駆り出した。そこで音ゲーやら格ゲーやらレースゲーやらをプレイして、宴竹縄となった。その帰路を俺たちは歩いている。

 話題を作るのは主に先頭二人。

 何時も通りバカが煽り混じりにふざけて、それを六樹が時に打撃を混じえたツッコミを入れる。

 そんな二人の背中を、時雨と並んで眺める。

 

「おっと」

 

 ふと、バカが声を漏らした。

 気付けば、バカたちの家と我が家との岐路に辿り着いていた。故に、二人は振り返り、時雨へと視線を向けて、

 

「俺らはこっちだから、さよならだな」

 

「時雨ちゃん、こんなチンピラと同居だなんて本当に大丈夫? 今からでも私の家で暮らす?」

 

 六樹が心配の声音でそう言う。

 いや、本人の目の前なんだが……。という表情で訴えるが、六樹は無言のスルー。バカはげらげら笑っていた。平常通り。

 しかし、時雨は六樹の提案に首を横に振って、

 

「……大丈夫、問題ない」

 

 短く、そう拒否した。

 拒否に六樹は、何故か一度こちらを見てから目を弓にして、

 

「ん、そっか。じゃあ、困ったことがあったらいつでも頼ってね? 私はこの二人とは違って常識人だからね!」

 

「ん? 変人筆頭がなんか言ってるな」

 

「シッ、アイツは自分が常識人だと思い込んでる精神異常者なんだ。そっとしてやろう」

 

「全部聞こえてるよ……!」

 

 半ギレで六樹が言うのを、バカと二人並んでげらげら笑う。

 いよいよ拗ねた六樹が時雨に一言だけ挨拶して、背を翻して帰路を行ってしまった。それをバカが笑みで追いかける。

 残ったのは、俺と時雨の二人だけだ。

 二人して、自分たちの家へ向かって歩く。間にあるのは、先ほどまでとはうって変わった無言。

 ちらっと、隣を歩く時雨の横顔を眺める。

 いつもとは装いを変えた時雨は、しかし表情は変わらず無表情のままで、感情が読めない。読めないから、知りたければ言葉で聞くしかない。

 

「なあ」

 

 呼び掛けは 短い言葉。

 しかし、時雨は言葉にこちらへと視線を向けた。反応を示しても変わらない無表情に、思ったままの問いを投げる。

 

「今日、楽しかったか?」

 

 こちらからの問いに時雨は少し悩み、視線を再び前方へと戻して、

 

「…………よく、わからない」

 

「そうか」

 

 時雨の変わらない感情の乗らない声音に、少し重いものを内心に得る。

 

 別に、買い物やらゲーセンやらで貢いでやったのだから喜べよ。みたいな、マウントを取って感謝を強要したりする気はない。そもそも、俺たちが勝手にやっただけなのだから、そこに感謝を強要する方が可笑しい。

 しかし、思うところがない訳ではない。

 自分を気にかけ、仲良くしようとしてくれるヤツらと一緒に遊んでも、感情が動くことがないというのは、少し寂しいと、そう感じた。

 悲しい少女だ。と素直に、そう思った。

 

 

<第四話 俄日和 了>




さてさて、そろそろ展開させていきますよ──!
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