雨のち晴れ   作:やま茸

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 間違った知識に注意せよ。
 それは無知よりも危険である。
 
 ジョージ・バーナード・ショーのことば


雨催い

 

 ●

 

 

「いやー、タッさんが一人で遊びに来るなんて珍しいねー」

 

「バカとは来たことあるだろ」

 

「一人では初めてじゃん」

 

 言って眼前、回転椅子に腰かけた六樹灯歌はけらけらと笑った。場所は六樹家の六樹灯歌の部屋。

 女子っ気が全然ない部屋だと思う。そもそも、物が全然置いてない。机椅子ベッド以外では部屋の隅に鎮座した三段積みのショーラックが個性らしい個性なのだろうが、そこに飾られているのも艦船模型なため、女子力は欠片も感じられない。

 そんな部屋なので、六樹は回転椅子に、俺はベッドに腰掛けて話している。

 お互い制服姿だ。というのも、そもそもは俺が放課後に二人で話したい。と誘ったら、そのまま六樹の家で話すことになったからなのだが、端的に言って、こいつの脳には警戒心という言葉はないのかと戦慄を内心に覚えている。まぁ、それはさておき、

 

「さぁ、なにをして遊ぼうか……! KOF? メルブラ? 東方とかしてみる?」

 

 目を輝かせて六樹は言うのを、半目で眺めつつ苦言を告げる。

 

「遊びに来たわけじゃねーよ。わかってんだろ?」

 

 言うと、六樹は頬を膨らませながら、

 

「はいはい、時雨ちゃんのことでしょ」

 

 言って、机上のノートPCを起動させる。鈍い音と共に立ち上げをしているPCを横に、六樹は、でも、と前置いた。

 

「ただのオタクに過ぎない私じゃ、知れる情報なんてタカが知れてるよ?」

 

「お前にわからん情報なら俺にもわからん」

 

「嬉しいこと言ってくれるね」

 

 笑みで六樹は言いPCのパスを入力。認識の後、五秒ほどの間を置いてデスクトップ画面へと表示を移した。

 それを確認し、六樹はこちらへと向き直し、

 

「で? 具体的には何が知りたいの? 流石に向こうも公にして時雨ちゃんのことを探してるとは思えないけど」

 

 六樹の言葉に理解の頷きを打つ。

 深海棲艦との戦争は従来の人対人の戦争とは異なり、情報が流れることはない。なので、完全に情報の封鎖が行われているわけではないが、それでも俺たち一般市民へ全ての情報が開示される訳ではない。

 不要な情報を開示することによる市民の不安を煽らないため、という建前だが、実際は艦娘技術を始めとした企業技術の漏洩や、某国を始めとした敵性国家、艦娘否定派による作戦の妨害を避けるというのが本来の目的だ。また、他国から輸入してきた食料品を始めとした物資を米騒動よろしく襲撃されないようにする目的もある。

 そういった事情があるので、海軍は作戦行動に関するログを基本的に一般へ開示しない。せいぜい、輸入された品目を後にして知らせる程度だ。

 基本的に開示されている情報は、海軍にとって都合のいい情報だ。

 そういった情報を前提として考えたのは、

 

「この間の台風の進路から、このルート上の海域で戦闘が有ったハズなんだが、その場合はどの鎮守府が隊を出すと思う?」

 

 予め台風のルートを記入しておいた地図を六樹へ差し出す。

 受け取った六樹は難しい顔で地図を見て、唸りを置いて疑問を返した。

 

「……範囲が多いから絞りきれないよ?」

 

 問題ない。

 

「大体の数が絞れればいい。……話によれば、そこそこの数の艦娘が沈んだらしいからな。もしそれが本当なら、鎮守府運営に影響が出るハズ。つまり───」

 

 意図に気付いた六樹は、被せるように手指を鳴らして続きを言う。

 

「つまり、その中からなんら運営に支障を出してる鎮守府を探せばいいわけか」

 

「特に一般企業向けの輸入、輸出の申請が滞ってるところだな。現在の艦娘配置の仕様上、どうしても輸送護衛よりも領海防衛に比重を置かざるを得ない。だから艦娘に大幅な欠員が出た場合、その補填分の戦力を護衛戦力から割かざるを得ない。……と、思う」

 

「なるほど。面白い読みだね」

 

 口端を上げて、六樹は言った。

 そのまま、くるりとパソコンへと向き直り、打鍵を始める。キーの押下音を聞きながら、器用にキーボードを左右する六樹の手指を何をするでもなく見ていると、六樹が画面へ視線を向けたまま言葉を作った。

 

「こんな面倒なことせずに時雨ちゃんに直接聞いた方が早いんじゃない?」

 

 問われた疑問に、顔が渋くなるのを自覚しながら、

 

「アイツに探ってることはバレたくない」

 

「気を遣ってるんだ。相変わらずやっさしいなぁタッさんは!」

 

「やめろ、人をツンデレみたく表現するのはやめろ……!」

 

 言うが、六樹は笑みの音を立てるだけで訂正せずに、そのまま打鍵を続けている。

 一間置いて、六樹は視線をそのままに口を開いた。

 

「とはいえ、時雨ちゃんに変な影響を与えたくないのは同意かな」

 

 告げられた言葉の真意は計れない。なので、無言で続きを促す。

 六樹は続ける。

 

「まず前提として、時雨ちゃんはかなり危うい立ち位置にいる。その理由は解る?」

 

「事実上の脱走兵だから?」

 

 返した答えに六樹は首を横にして、

 

「それだけじゃ足りないなぁ」

 

 いい?

 

「一番の問題は、時雨ちゃんが捨て艦被害者でありながら、その事実を私やタッさんに話しているってところなの」

 

 そこで六樹は、一旦言葉を切った。そして、椅子をこちらへと回転させ向き直し、言葉を続ける。

 

「現在、海軍では艦娘の戦死を極端に嫌う傾向にある。……もちろん戦争をやってる以上、戦死者が出るのは仕方がないし、絶対の安全保証。なんてものはこの世にはないんだけど、死んでまで敵を倒せ! みたいな風潮はほとんど少数派になったみたい」

 

 一間置いて、

 

「これは『全国同時強襲』の後当時の艦娘の八割が戦死したことが原因なんだけど、まあそれはさておき、よっぽどのことが無いかぎりは艦娘に死んでこい、って命令できないのが現状なの」

 

「そういうもんか」

 

 理解できていない部分もあるが、取り敢えずの納得を置く。

 対し、六樹は手指を立てて問いかけを作った。

 

「さてここで問題。世論的には許されない、捨て艦戦法の被害者である時雨がそのことを世間へ吹聴した場合、海軍はどう対処するでしょうか?(配点:弾圧って怖いね)」

 

 問われた言葉に、ようやく六樹が懸念していることが理解できた。

 故に、こちらも眉を詰めて、

 

「それ以上いらんことを言わないように始末しに来る、か」

 

「それだけじゃないよ? 時雨ちゃんは逆賊扱いされるだろうし、時雨ちゃんが関わった人は全員始末されるだろうね。……当然、私たちも」

 

「……胸糞悪いな」

 

「それぐらいこの国は切羽詰まっているのさ。もう内乱に対処する力もないから内乱の芽は問答無用で刈り取りに来るよ」

 

 そこまで言われ、背に鈍い汗が浮かぶのを自覚する。

 同時に、何も考えていなかった自分の行動の浅慮さに後悔を覚える。しかし、それでも今から時雨を追い出そうと思えないのは、甘さなのだろうか? それとも、男のつまらない意地なのだろうか?

 わからない。

 わからないから、取り敢えずは横に置いて、今の問題に意識を向ける。

 

「今のところ時雨ちゃんは必要以上に身の上をゲロったりしていないし、私たちも言いふらしたりしていないから、そんなに警戒しなくていいかもしれないけどね」

 

「脅すだけ脅して、オチはそれか」

 

「ぶっちゃけ、こういう事案の情報って全然ないから、しっかりとしたこと言えないんよ。目撃者も当事者も大抵は消されてるし」

 

「そらそうだな」

 

 言うと、六樹は苦笑を浮かべた。

 苦言を言ったが、六樹の言わんとしていることは解る。下手なことを時雨に話させると大変なことになるぞ、という釘を打っているのだ。主体性が殆どない時雨の手綱をしっかりと握ってやれ、と暗に告げているのだ。

 六樹の忠告を内心に置いていると、六樹が手招きを寄越してきた。どうやら、目当ての情報を得られたらしい。

 ベッドから立ち上がり、六樹の肩越しにPCを覗き込む。画面上には海上を示した上空地図が表示されており、地図の中央には一つの島が写っていた。

 名は、

 

「雨観大島か」

 

「そ。タッさんの言うとおり、ここ最近の運営が滞っている場所をメインに考えると、九割九分ここだと思う。…………思うんだけど」

 

 言葉を切って、六樹が言い淀む。

 珍しい、と直感した。

 六樹は自分で理解していることしか口にしない性格だ。問いかけにしても、予め自分の中で答えがある前提で聞いてくる傾向にある。つまり、言葉尻が淀むことは滅多とない。

 だからこそ、珍しいと直感した。

 故に、視線で先を促すと六樹は眉尻を下げ、言葉を選んで、

 

「……うん、九割九分ここのハズだし、ここ以外にはあり得ないと断言できるんだけど」

 

 だけど、

 

「予想よりも大規模に運営縮小されてるというか……」

 

「ふむ?」

 

「ぶっちゃけ、鎮守府としては事実上活動停止してるっぽい」

 

「ん???」

 

 告げられた言葉の意味が理解できず、頭に疑問符を浮かべる。

 いや、意味自体は理解できる。つまり、時雨がいたであろう鎮守府が何らかの理由で機能できない状態に陥っているのだ。それは解る。解るが、

 

「俺、よく解らないんだけどよ。こういうことってあるモンなのか?」

 

「まさか。こんな事例はそうそうないよ。私の記憶にあるのは一回だけだし……」

 

 訝しみを表情にして六樹は数秒悩み、思い出しながら言葉を作る。

 

「二年ぐらい前に離島鎮守府関係者全員で結託してヤクの密売をやらかした件ぐらいかな。記憶にある鎮守府停止例は」

 

 そんなことがあったのか……! と内心で震えつつも、今回の件とは無関係なので、脇に置いておく。

 当然、時雨の件には無関係な事例だ。なので、別に理由を探す。例えば、

 

「……そこの鎮守府が深海棲艦に襲撃されて運営できない状態になった、とかは?」

 

「それはないね。結構しっかりと調べないと解らない停止の仕方してるよ、これ。もし鎮守府が壊滅してるなら、メンツに拘ってられない海軍は公表してるハズ」

 

「なら艦娘が全滅してる可能性も無し、か」

 

 六樹が頷く。

 外敵によるものではない。というのはほぼ確定だ。となると、要因は鎮守府内のこととなる。

 そうなると門外漢には全く解らないが、取り敢えず思い付いたことを問う。

 

「よく解らないんだけどよ。時雨の轟沈と関係あることだよな? これ」

 

 確認に近い疑問に、六樹は頷きを置いて、悩み顔のままに言う。

 

「時系列から考えるに確実に時雨ちゃんの件が関係あるハズなんだけど、その割には規模が大き過ぎるんだよね。普通なら、該当司令部に特警の査察が入る程度のハズなんだけど……」

 

「特警?」

 

 聞き慣れない単語が出たので口にする。

 思考を表情のままに、六樹は答えた。

 

「海軍特別警察隊の略だね。元々は太平洋戦争中、海軍将兵の犯罪行為を捜査、取り締まりや防諜をしていた部署の一つだったんだけど、今ではもっぱら鎮守府内での重犯罪を取り締まる組織として使われてるかな」

 

「話に聞く憲兵とは違うのか?」

 

「んー、説明がめんどくさいから誤解を恐れないで言うけど、憲兵は両津勘吉で特警は銭形警部」

 

「その例えでいいのかミリオタ……」

 

「相手に伝わればいいの。伝わらない話をしても仕方ないでしょ?」

 

 ド正論。

 それはさておき、と六樹は思考を溢す。

 

「しっかし、全然解んないなあ。

 時雨ちゃんを初めとした轟沈者が出る。

 その轟沈が妥当なものだったのか調査する必要がある。

 だから特警が鎮守府へ査察に来る。

 ……ここまでは理解できるんだけど、ここから鎮守府停止まで行く理由が見えないなぁ」

 

「時雨がいた司令部が鎮守府の代表みたいな部署だから、とかは?」

 

「んー、多分関係ないかな。特警が噂通りの所なら、鎮守府内の事情にはフラットな視線で監査するハズ。極端な話、新人艦娘だろうとベテラン艦娘だろうと関係なく監査すると思う。だから時雨ちゃん自身の立ち位置はあまり関係ない、と思う」

 

 六樹の口調に伝聞調や推測が多くなる。公にされていない情報が話の軸となっている以上、仕方のないことだと思うが、六樹自身は悔しそうだ。

 とはいえ、そこは俺にどうすることもできないことなので、主題の掘り下げに集中する。

 俺の予想としては、

 

「鎮守府内でなんかやらかした、ってのが妥当か?」

 

「元々、鎮守府内で悪いことしてて、時雨ちゃんの轟沈を切っ掛けに鎮守府に査察の目が入る。結果、悪いことが特警にバレたので、特警が鎮守府停止させて捜査なう。まぁ、話の筋としては通ってはいる、かな?」

 

 悩みながら六樹は、そう纏めた。

 正直、自分で振っといてナンだが、ガバガバ推理も極まれり。という風だ。とはいえ、これ以上に推理を詰めようにも、そもそもの元手となる情報が足りない。

 

 ───時雨に聞くのが一発なのだろうが……

 

 それをするのは最終手段だ。

 そもそも、時雨にバレないようにこそこそと身辺を探っているのに、ここで聞いたら今までの時間はなんだったんだ。という話になる。藪をつついて蛇を出す気もない。

 当初の目的である時雨の所属していた鎮守府は解ったのだ。あとはそこの動向に気を配りつつ、今まで通りに警戒を続けていればいい。……と思う。いいハズだ。

 故に、話題を一旦切り上げる意図を込めて、息を吐く。

 こちらの意図を読んだのか、六樹もネットのウィンドウを落として、笑みで、

 

「それはそうと、最近時雨ちゃんはどんな感じ?」

 

「俺よりもお前のがよく知ってるだろ……」

 

 半ば呆れ気味に、そう答える。

 時雨のことをバレて以来、俺がバイトで家を空けている日は六樹が時雨と遊んでいる。もう、俺よりも六樹の方が時雨と過ごした時間が多いと思っているし、実際、時雨の口から何度か六樹の話題が上ったことがある。

 しかし、六樹はしたり顔で右の人差し指を顔前で左右にして、

 

「解ってない、解ってないなぁ、タッさんは。女心がまるで解ってない。へたっぴさ……!」

 

 ムカつく表情のまま、六樹がご高説を始めるのを半目で眺める。

 正直、知りたい情報は得られたし、もう帰ってもいいのだが、六樹には情報を探って貰った恩がある。なので、それぐらいの漫才には付き合うことにする。本音を言うと、めんどくさいが。

 こちらの本心を無視して、六樹は続ける。

 いい?

 

「年若い男女が一つ屋根の下で共同生活してるんだよ? 普通、いやんあはんな展開になるでしょ! ラノベ的に考えて!」

 

「いや現実なんだが、これ……」

 

「そうなると若いリビドーが抑えられないでしょ! 常識的に考えて……!」

 

「いや別に時雨にそういう考え抱いたことはないが……」

 

「えっ?」

 

 六樹は急に素に戻り、ふむ、と思惑を表情にする。そしてきっかり三秒悩んでから真顔で、

 

「やっぱりタッさんはホモだったのか……。前々からそうじゃないかと……!」

 

「その噂をクラスで流したのお前か───!」

 

 六樹の両肩を掴んでガタガタ前後に揺らす。

 割と全力で揺らしているが、六樹はガハハ笑いを上げるだけだ。クッソ、マジで帰ればよかった……!

 そんな後悔を内心でしていると、六樹は笑みのまま、話を聞くことを促してくる。

 取り敢えずは聞いてやろう、と解放すると、六樹は手指を前に立てた。

 いい?

 

「基本的にタッさんが家に帰ると時雨ちゃんが待っててくれるよね?」

 

「まあ、そうだな」

 

「御飯はどっちが作ってる?」

 

「基本的に俺だな。欠食爺と違って時雨は好き嫌いがなくて助かる」

 

「時雨ちゃんの性格からして、色々無頓着そうだからラッキースケベな展開もあったでしょ?」

 

「まぁ、無くはなかったな」

 

「三阪おじさんは今も泊まりで、実質二人暮らしよね?」

 

「そうだな」

 

「時雨ちゃん、かわいいよね?」

 

「……………………まあ、外見は否定できんな」

 

「誘ったら抵抗しなさそうだよね?」

 

「否定できないな」

 

「で、ヤッたの?」

 

「ヤるわけないだろ……」

 

「じゃあ、ホモじゃん!!」

 

「理論が飛躍しすぎだろ……!」

 

 半ギレで入れたツッコミに、しかし、六樹も何故か喧嘩腰で、

 

「そもそも、タッさんは女の子で欲情できんの? ん? んん?」

 

「ケンカ売ってんのかお前は……!」

 

 いよいよ暴力を解禁しようか……! と拳を震わせるが、六樹は舐め腐った煽りの表情を急に淑らしいものへと変え、なら、と前置いて涙目上目遣いで、

 

「私とかどう、かな?」

 

 声音を震わせて、そんなことを聞いてきた。

 ハッキリ言ってめちゃくちゃ可愛いと思う。普段の印象が吹き飛ぶぐらいに庇護欲をそそられるし、勢いで頷いてしまいそうになる。なるが、しかし、だ。

 

「パスで」

 

「な"ん"でだよ"ぉ"!!」

 

「そういうところだよ!」

 

 六樹が地下迷宮で強制労働させられそうな叫び声を上げながら、こちらの襟首を掴んで揺らしてくる。

 一通りキレ散らかして疲れたのか、六樹は肩で息を荒らしてのクールを置き、

 

「実際、時雨ちゃんの何が不満なのさ? おっぱいか? やっぱり男はみんなおっぱい県民なのか? ん? んん?」

 

「おい、花の十代の女子だろお前、おい」

 

 頭が悪い会話してるな、と思いつつも、答えに迷う。もちろん胸囲の話ではない。……関係ないっつってんだろぶっ殺すぞ……!

 時雨の話だ。

 

「ぶっちゃけ、タッさんって時雨ちゃんのことどう思ってるの? 恋愛とか無しにして」

 

「……………………」

 

 問われた疑問に、答えを迷う。

 実際、時雨に対してどういう感情を抱いているのか、自分でも悩んでいる部分は、ある。

 初めは義務感だった。拾ったが故の責任感で、それが一緒に暮らすうちに薄れて行った。だから、義務や責任ではない。なのに一緒にいる、それが自然だと思っている。

 焦がれるような、熱のある恋愛感情などではない。

 氷のように、互いに無関心な冷めた関係でもない。

 ただただぬるま湯の様な常温の関係、この関係をなんと呼べばいいのか?

 故に、なんと答えるか迷っていると、六樹は言葉を投げ掛けてきた。

 もしも、と前置いた仮定の問いかけだった。

 

「もしも、時雨ちゃんが軍に戻りたいって言ったら、タッさんはどうするよ?」

 

「そりゃあ……」

 

 考えるまでもない。そのまま見送る一択だ。

 なぜなら、俺には引き留める義務も理由も必要もないからだ。時雨が去ったところで、何も変わらない。元の日常へと戻るだけだ。変わったものと言えば精々、ここ二週間ほど時雨のために使った幾らかの浪費ぐらいで、それとて二月もバイトに勤しめば回収できる程度の金銭だ。

 だから、時雨が去ったところで関係ない。むしろ、せいぜいする。と言っても良いハズだ。良いハズなのに、そう言葉にするのに躊躇いを覚える。

 これが何ゆえの感情なのか、自分でも解らない。

 解らないから答えに窮する。そうしていると、対面、六樹が息を落とした。

 そのうえで六樹は呆れを表情に言う。

 

「タッさんがバカなのは知ってたけど、ここまでバカだったとはね……」

 

「うるせぇ、お前には言われたくねえ」

 

 自分ごとながら、反論に力はない。

 合理的な判断が出来ていないことは解っている。そのクセに、愛だの情だのを理由にできない。

 滑稽だ。と自分で自分をそう判断する。これはバカ扱いされても仕方ないな、とも。

 だから、六樹は煽りの笑を投げてくると思っていた。マウントを取って、げらげら笑うものだと、そう予想していたが、しかし、予想は外れた。

 対面、六樹は今までの煽りの含むものではなく、見たことのない柔らかい笑みを表情にして、

 

「タッさん」

 

 名の呼び掛けを置いてから、六樹は言う。

 それは、

 

「時雨ちゃんとデートしてみない?」

 

 そんな、提案の言葉だった。

 

 

 ●

 

 

 何を思って、六樹がそんな提案をしたのか、俺には解らない。

 けれど、この提案が俺の未来を分けたのだと、後になって思う。

 けれど、それは後になっての話だ。

 あの頃の俺には、全く意味が解らなかった。

 友の意図が解らなかった。

 時雨のことも解ってなかった。

 自分のことすら解ってなかった。

 

 だから、なにも解ってなかった。

 解っていなかった。

 

 




ヒロイン不在回。説明回とも云う。
特警や憲兵など、旧日本軍で使われていた単語が幾つか出てますが、実在していたそれと作中のそれは違う組織なので悪しからず。
次回デート回。
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