「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」   作:サイキライカ

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今回から何度か時間が前後することを了承願います。

まずは最近空気というか、死んだはずの主人公から。


お久しぶりですっていうには大分時間が経ってますね。

 意識が浮上し、また新しい生が始まるのかと溜め息を吐きそうになったのだが、

 

「よお、久しぶりだな」

 

 軽く手を上げて挨拶する嘗ての上司に俺は目を疑った。

 

「ヘクトール将軍?」

 

 どういうことだ。

 今まで死んだ知り合いと逢うことなんて、どういう形であってもなかったってのに。

 疑問で頭を一杯にする俺に将軍は苦笑する。

 

「相変わらずお前は硬いな。

 そんなんだからアマゾネス達に喰われちまうんだろ」

「本気でやめてください」

 

 強さは並だけど鹿っぽくて可愛いとか言って逆レされたのは本気でトラウマの一つなんだから。

 

「と、言ってもだ。

 俺はお前の知っているヘクトール本人じゃない。

 ドゥリンダナに残されたヘクトールの残留思念をドゥリンダナが形作った、この対話のためだけに作られた存在だ」

「だったら」

「だからって偽物扱いするなよ?

 俺はヘクトールという男が残したお前への無念なんだから」

 

 俺への?

 困惑する俺に対しヘクトール将軍は頭を下げた。

 

「済まなかった」

「え?」

「あの時のただの軽口を、お前はずっと本気で守ってくれてたんだろ?

 だが、もういいんだ。

 俺達のことをこんなに長く覚え続けたんだ。

 もう十分だ。俺達のことは忘れちまえ」

「……違う」

 

 忘れられないから覚えていたんじゃない。

 

「俺は、忘れたくなくて覚え続けているんだ」

 

 トロイアでの日々を俺は忘れたくなかった。

 ガキの頃にバカをやったこと。

 兵士に志願して筋が良いと将軍に目をかけて貰ったこと。

 パリスの馬鹿が目先の欲望に走って毎回酷い目に遭ったこと。

 そして、最後まで勇敢に戦ったヘクトール将軍の事を、俺は忘れたくなかったんだ。

 

「……そうか」

 

 そう言うと将軍は困ったように笑う。

 

「そうまで言うなら仕方ない。

 だがな、真面目すぎて惚れてくれた女を泣かせるのはどうなんだ?」

「惚れている? 誰が?」  

 

 人付き合いを避けるためあまりいい人間とは思えない振る舞いを続けてきた。

 そんな俺に誰かが惚れているなんてありえない。

 

「お前さん……昔からそういうところあったよな」

 

 首を傾げていると将軍は何故か心底可哀想なモノを見る目で溜め息を吐いた。

 

「あの娘だよ。

 ほら、猫耳の白いやつ」

「白音の事ですか?」

 

 いや、あいつは俺の事が好きなんじゃなくて依存してるだけだ。

 否定しようとしたら将軍はますます可哀想なモノを見る目を深くした。

 

「ああ、お前さん。

 経験重ね過ぎたせいで僅かでも勘違いを含んでたら対象と見なせなくなってるのか……」

 

 難儀な奴めと嘆を吐く将軍に待ったを言う。

 

「いや、純然たる愛情ほど怖いもん無いっすよ?」

 

 オリオンとかシグルドとかの末路を知ってるだけに、愛情には多少の混ざりものがあった方が安心できる。

 

「そもそも、俺はもう死んだんです。

 前回の感情を引きずることほど惨めなもんは少ないっすよ」

 

 下世話な話のせいでかなり砕けた言い様をする俺に将軍はニヤリと笑う。

 

「前回じゃなきゃいいんだな?」

「え? いや、だから」

「よしきた。

 お前さんの魂が離れないよう繋いでるだけだったが、今の話を聞いた以上本気で繋いでやろうじゃねえか」

 

 なんか、えらく不味い空気が……

 

「くくく……後悔するなよ?

 愛憎劇においちゃあ神話一の悪名は伊達じゃないことを見せてやる」

「いや、それ主にゼウスの糞が原因じゃないっすか!?」

 

 悪名をひけらかすとか何をする気だこの人!?

 ヤバイ。

 経験を掘り返すまでもなく大惨事が始まるのが見える。

 というかコレ、本当に本人じゃないのか?

 もうエリュシオン辺りからやってきたけど気まずくて残留思念と偽ってるだけと言われても納得しちまうぞ。

 

「……って、え?」

 

 引き揚げられるような異様な浮遊感を感じ、俺は間抜けの声を漏らしてしまう。

 

「ちっ、もう時間か」

「なんで残念そうなんだよ!?」

 

 本当に何がしたいんだ?

 

「とにかくこれだけは言っておく。

 もっと人生楽しめ!!

 お前にはその権利と、それ以上に漸く平和な時代にたどり着いた者としての義務があるんだってことを忘れるな!!」

「将軍!!」

 

 あんた、やっぱり…

 

「そして七転八倒して俺達を愉しませろ!!」

「今『達』って言わなかったか!?」

 

 一体どんだけの数の存在がおれを見てるんだよ!?

 本気で感動した俺の気持ちを返せ!!

 そう叫ぶ前にヘクトール将軍の姿は小さくなり、俺の視界は白く塗りつぶされた。

 

 

~~~~

 

 

 そして次に視界が開いた先にあったのは、一度目にした天井だった。

 

「……あの部屋か?」

 

 白音に仙道の初歩を身体に叩き込むのに使った部屋と一致する天井に、俺はゆっくりと首を捻り辺りを見回す。

 

「痛っ」

 

 僅かに首を捻った際に筋肉が悲鳴を上げ、それが暫く動かしていなかったことに起因するものだと察した。

 

「数週……いや、一月以上動かしてないなコレ」

 

 だとすればかなり筋肉が落ちてしまっているだろう。

 取り戻すのに相当掛かるなこれ。

 部屋はやはり白音と三日ほど過ごしたあの部屋だった。

 

「起きたかにゃ?」

 

 聞き覚えのある声に痛みを無視して顔を向ければ、そこに居たのは知り合いだった。

 

「……黒歌か?」

「とりあえず記憶ははっきりしてるみたいにゃね」

「唯一の取り柄なんでな」

 

 リハビリがてら軽口を叩いてから俺は状況を尋ねる。

 

「何がどうしてこうなった?」

 

 大周天を使い肉体が崩壊しかけていたところで、更に白音を庇って致命傷を受けた事までは覚えているが、そこから先は真っ更なのだ。

 俺の問いに黒歌は肩を竦める。

 

「残念だけど私もあんまり知らないの。

 フリードって覚えてる?

 あいつの持ってたエクスカリバーを同行していた禍の団の同僚が買い取りに行くのに着いていって、その時あんたが死んだって聞いたから確かめに来たのが今さっきにゃ」

「……そうかい」

 

 奴は無事に逃げ切ったらしいな。

 

「フリードはどうした?」 

「買い取りに応じてエクスカリバーを渡して代金の小切手受け取った直後に、突然遊び足りないって言い出して仕掛けてきたから他の同僚と一緒に袋叩きにしてやったにゃ。

 止めを刺そうとしたら逃げられたけど、その時は大分ピンピンしてたから多分生きてるにゃ」

「ふうん」

 

 ああいう手合いは引き際をよく弁えてるし、何処かで元気にやってんだろ。

 

「……まいさわさん?」

 

 他に何か聞き出せないかと問いを向けようとしたところで、白音の声が部屋に響いた。




ヘクトール将軍が本物かどうかはご想像にお任せで。

段々と外堀が埋められていく主人公ぇ……

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