「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
冥界の各地を戦禍が飲み込む中、アガレス領の空中都市アグレアスを警護するため配された悪魔シーグヴァイラ・アガレスは今、冷徹な面とは裏腹に自ら相対する敵に興奮していた。
「戦艦ね。……ふふふ」
信じがたい事に、彼女の敵として現れたのは空を航海する軍艦であった。
悪魔でも想像だにしていなかった敵を前に薄く笑みを浮かべるシーグヴァイラに、眷属達はその聡明な頭脳が既に勝ち筋を完成させたものと安心していた。
が、その内心は全く違うものであった。
(戦艦!! 日本の戦艦よ!!
戦争中に不謹慎だけど、きっとあの戦艦も日本の戦闘機みたいに変形してロボットになるに違いないわ!!)
彼女は日本のサブカルチャーに骨の髄まで沈み込んだ、間違った日本を信じる典型的な外国人のような女だった。
故に軍艦が空を飛ぶ不条理な光景を前にして、シーグヴァイラはただ期待に胸を膨らませていた。
「分かっているわね?
なんとしてもあの三隻の軍艦を捕らえるわよ」
主の言葉にそれが意趣返しを含めた報復だと思い闘志をたぎらせる眷属だが、本人はアニメに夢見た合体ロボットに違いないと必ず手にいれようとしているだけだった。
「……不愉快な気配がするな」
そんなシーグヴァイラの思惑を察してか、空母と呼称される艦種の平たい甲板に立ち、攻撃目標を眺めていた略式軍装を着た軍人は、タバコを燻らせながらそう不快げにごちた。
「おい山本、何時になったら待機命令を解くつもりだ?」
開戦から12時間が経過し、しかし帝国海軍は目標を捕捉してからその動きを止めていた。
「ああ、そろそろ良い頃だろう」
将校の言葉に山本と呼ばれた軍人は懐中時計を確認してそう答える。
「戦争が開始して12時間待ったんだ。
今度は真珠湾のような事にはならないだろう」
かつての悔いを晴らすため無理を言って侵攻を待たせていた『山本五十六』はそう言った。
「山口君、もういいよ。
待ちくたびれているだろう鷺達を飛ばしてくれ」
山本の言葉に『山口多聞』はおうと応じると艦内に指示を飛ばす。
「全機発艦準備始め!!」
『人殺し多聞丸』と恐れられたかの将の言葉に続き、艦内は直ぐ様あわだたしくなる。
「一番、二番回せー!!」
甲板に設置されたエレベータが稼働し、下から『九七式艦上攻撃機』並びに『九九式艦上爆撃機』を載せたリフトが競り上がり、即座に作業員が取りつくとクランクを回してエンジンに火を着ける。
「感無量と、言うべきかな?」
プロペラを回し暖気を行う艦載機を眺めながら山本は呟く。
「複葉機の運用を前提として設計された故に、当時海軍が主力としていた飛行機の運用に大きく制限を受けていた鳳翔が、何の問題もなく九七式を発艦させようとしている姿が見れたことは嬉しいような、それが当時可能であったならと悔しいような」
山本のその言葉に山口は特に感慨も無さそうに言う。
「それもこれも全部『鳥之石楠船神』様のお陰なんだ。
喜べることはないだろう」
アグレアスの破壊のため、天津神であり船神でもある鳥之石楠船神はかつて海軍の運用していた軍艦の船霊を分霊に降ろし、空を飛ぶ軍艦として彼等に預けた。
そうして鳥之石楠船神が降ろしたのは中でも強い想いを受けていた空母『鳳翔』、駆逐艦『雪風』そして戦艦『長門』。
帝国海軍が誇る世界初の空母に、数多くの地獄が生温く思えるような戦場を生き抜いた古兵と、震災にあって国民のために駆け帝国海軍の最後の意地を身を以てアメリカに示した国民の英雄。
艦隊と言うには物足りないが、しかし嘗てを生き抜いてくれた彼女達を率いる以上、
嘗ての心残りを払うため、山本は口頭にて引き金を引いた。
「さあ、今度は勝ちにいこう」
山本の言葉に続き、アグレアスを目指して
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一方、地上に残った天照は急遽来日の許可を取り付けてきた北欧のオーディンと須弥山の帝釈天ことインドラを相手に会談を行っていた。
「誠に申し訳ないが、現在我等は貴殿方に時間を割く余裕はありません。
観光でしたら、民に害を及ぼさぬ範囲で御自由にどうぞ」
暗に厭らしいタイミングで横槍入れてくるなとにっこりと笑顔を添えて告げる天照に、オーディンは顎髭を撫でながら浅く笑う。
「その割りに忙しそうには見えんがな?」
「客人の前でばたつくような、行儀の悪さは許していないだけですよ」
互いに上っ面を滑らすだけの会話に、珍しく仏天としての正装を身に纏った帝釈天は咳払いをして話を始める。
「正直俺は機を見るべきとは思ったんだが、日本神話がよりにもよって『システム』を破壊したと聞いてな。
他の連中が騒ぐ前に腹積もりを確認しておきたかったんだ」
聖書陣営が今日まで破滅しなかった理由のひとつを、あっさり壊したと聞いた時は思わず腰が抜けるかと思ったほど驚いてしまった。
一手間違えなくても、この先日本神話は世界を相手取らねばならぬ危険を犯していた。
しかし天照は帝釈天の問いに笑顔を返す。
「帝釈天殿。御確認致しますが、亜細亜圏は日本とどのような関係を望んでおいででしょうか?」
「……」
笑みの意図が読めず押し黙る帝釈天に天照は言う。
「我等日本神話はこれ迄と同様神話世界の覇権に興味はなく、とと様とかか様がお産みになられた葦原中国の行く末を見守ることを目的としております」
「見守るのぅ……」
天照の言葉にオーディンは瞳を鋭くする。
「『システム』を破壊したせいで最早それも叶わんと言うによくも言うわい」
聖書の神が生み出した『システム』は、聖書の神が奪い取った他神話の神の秘宝を神器として改造し世界にばら蒔き世界を混沌に突き落とした代償に、全ての神話に恩恵をもたらしもしていた。
信仰に依らない神々の存在の保証
これにより聖書陣営に信仰を断絶されたヨーロッパは当然として、信仰を残しているアジア圏においても地上への干渉には『システム』が必要であった。
事実上自ら自爆スイッチを押したに等しい日本神話を批難するオーディンに対し、天照は笑みを更に深くする。
「神は人に関わることなかれ。
我等の意思は常に人の世に示されているのですから」
神が姿を顕さずとも日は照り風は吹き月は満ち欠ける。
人が想う神の形を態々大地に降ろす必要など最初から無いのだ。
「それはお主らが信仰を保っておるから言えることであろう」
「そうじゃねえよオーディン」
勝者の傲慢と口にするオーディンに帝釈天は否と言う。
「こいつらは最初からイカれてんだ。
信仰を失って構わねえ。
滅びて構わねえ。
選ばれたら生きる、選ばれなかったら死ぬ。
徹頭徹尾、
人に祈られ求められ、それを欲し求めるのが神であるが、日本神話は例え欲しても一切求めない。
「見ているだけでいいんだ。
栄えるか滅びるか、伝えるのか忘れるのか、その選択は大地に生きる命が選んで決める。
その答えの果てが日本神話の滅亡なら、それを好しと笑って受け入れる。
自然の触覚として生まれた神さえ理解できない、意思を持たぬ自然が人の形に収まった存在。
それが日本神話というものなんだよ」
だからこそ、その逆鱗に触れることはどれだけ恐ろしい事か、天照の背後の座敷牢の中でのたうち回るアジュカ・ベルゼブブが雄弁に語っていた。
全身に鱗のように見えるアザを浮かべたアジュカは、声を漏らすことさえ許されないのか苦悶の表情で何かから逃れようと身をよじらせる。
「あやつのアレは?」
「我等に退くよう要求したので、厄神が流す予定の厄を壷毒で煮詰めたものを解呪して見せたら呑んでやろうと言ったところ、ああして見事に自爆したのですよ」
袖で口許を隠しくつくつと笑いながら天照は嘯く。
「厄の中に『悪魔の駒』に纏わる恨みや大蛇の呪いがたいそう混じっていたようで。いかにも憐れなので解呪が叶うまでああして保護してやっておるのですよ」
保護とは言うが、注連縄で四方を封じたその様子は封印としか思えない。
しかし須弥山も北欧も『悪魔の駒』には恨み辛みは山のごとくであり、その制作者であるアジュカがああしている様は実に溜飲の下がる光景である。
「して、主等が本当に世界がどうあろうとそれで良いと言うなら納得してやるが、『システム』を破壊した責任はどうしてくれる?」
「では、逆に問いましょう。
『システム』を残していたとして、誰がそれを管理するのですか?」
「む……」
実際『システム』を破壊しなかったとして、それを管理する勢力は他陣営に対し優位に立てる事は言うまでもない。
仮に全勢力が合同でと言ったところで、ハイそうですかと行きはしないだろう。
「いさかいの種になるなら、いっそなくなってしまえば良い。
『システム』が無くなっても百年二百年は効果は消えません。
それとも、北欧の知恵の神はそれだけの時間があっても聖書の神が作った物に並ぶ代物は作れないと仰りますか?」
本当に滅びたくないと言うなら、誰かに頼らず自分で足掻いてみせろと暗に挑発する天照に、オーディンは反論を失い口をつぐむ。
「なるほど。
日本神話は他所の神話にも厳しくあると」
「あるがまま。
変化が受け入れがたいなら抗えばいい。
変わるというなら自ら倣え。
それは人も神も等しく変わらぬと申しているのですよ」
笑顔でそう言い切る天照に、完敗だと帝釈天は両手を上げる。
「お前達は相変わらず理解できん」
「お褒めに預かり光栄です」
世界から異端と距離を取られる神話の主神はにっこりと微笑んだ。
選ばれた艦は趣味もありますが三隻ともそれだけの想いを受けているからと思います。
次回は皆さま期待のあの男の愉悦タイム。
いつものごとく独自解釈全開で。
ファルビウムをさっくりも予定。
セラフォルーとソーナはもうちょい先で