「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
「違う!!」
『沖田総司』の名乗りに沖田は叫ぶ。
「僕が沖田総司だ!!」
沸き上がる恐怖を掻き消そうと必死の形相で沖田は叫ぶ。
「僕が本物だ!!
僕だけが本物なんだ!!」
死にたくないといかなる手段にも手を伸ばして此処まで来たのだ。
それを否定されたくないと叫ぶ沖田だが、霞の構えを解くこともなく『沖田総司』は一言で切り捨てる。
「だからどうした」
「っ!?」
必死の形相の沖田に比して『沖田総司』は淡々と述べる。
「お前が誰か、僕が誰かなんてどうでもいい。
薩奸を切る。
幕敵を切る。
日ノ本の敵を切る。
僕はそのための人斬り包丁だ」
そう言い捨てる『沖田総司』に沖田は気付かず一歩下がる。
「違う!!
僕は新撰組だ!!
僕だけが新撰組なんだ!!」
沖田はどうしてそこまで怯えているのか分からないまま必死に叫ぶ。
しかしそれすら『沖田総司』は切り捨てた。
「ならば、新撰組も斬るだけだ」
直後、『沖田総司』は霞の構えのまま踏み込んだ。
「しぃっ!!」
「くぅっ!?」
高速の踏み込みから放たれた突きを沖田は『騎士』の動体視力で捉え往なすも、即座に刀は翻り巌流の燕反しがごとき上段振り下ろしからの下段振り上げに繋げた二連撃が放たれた。
「っ……!!」
上段を防ぎ下段を食い止めた沖田だが、直後に鳩尾へと足の裏が叩き込まれバランスを崩される。
「ぐっ!!」
刀が引かれ突きが来ると構えた沖田が次いで目にしたのは、半棒術の突き出しで放たれた鞘の先端。
生前なら鎖骨ぐらいは簡単に砕けたろうが、悪魔の体が木の棒で殴られた程度で参るものかと鞘ごと切り捨てる積もりで晴眼から上段斬りを放つ沖田。
しかし振り下ろしたその腕は刀と鞘を手放した『沖田総司』の両手に捕まれた。
「しまっ……がはっ!!」
危険だと察した直後に視界が回転しながら背中に走った衝撃が、腕をとられて投げられたのだと理解したのはすぐ。
沖田が納めていた天然理心流は総合武術の流派。
『沖田総司』の鞘を使った半棒術や柔術なども修めた業の一つであった。
悪魔となり速さを得て使う意味もなくなった棒術や柔術に懐かしいと思う間もなく、『沖田総司』の手にした『乞食清光』の銀光に慌てて妖魔を解き放つ。
「ちっ!!」
流石にこれは堪ったものではないと『沖田総司』は妖魔を切り捨てながら沖田から距離を取り、八相に構えて警戒する。
「ありえない……」
悪魔の身となり『騎士』の恩恵を得た沖田に剣で敵うものなど存在しなくなった。
だというのに、この無様はなんだ?
相手はただの亡霊。
それも己を偽る卑怯者だ。
なのに、何故己は剣で奴に勝れない?
「認めない」
声を震わせながら沖田は平正眼に構える。
対する『沖田総司』も八相から平正眼に構えを取り直す。
切っ先はどちらも僅かに下がる独特な構え。
「認めない」
後世に曰く、沖田総司の剣は平正眼から放たれる突きが最も彼の才を顕すと。
「僕は、偽物なんかじゃない!!」
一歩の踏み込みの音のみで、三度相手を穿つ『三段突き』こそ彼の真髄と人は謂ふ。
「きぃぇぇえええぃ!!」
怪鳥がごとき甲高い叫びを上げて沖田が踏み込む。
『沖田総司』もまた同時に踏み込む。
二人の『沖田総司』は完全に同時に突きを放った。
一撃目、互いの刃が互いの刃を弾き剣が跳ね上がる。
二撃目、膂力にものを言わせた沖田の剣が先に放たれるも『沖田総司』は抗わず流れに任せて逆手に突きを放ちそれをいなす。
そして三撃目、
「殺った!!」
二度の打ち合いで完全に体勢を崩した『沖田総司』の心臓に沖田の刀は吸い込まれた。
「……かはっ!」
心臓を貫かれ、『沖田総司』は血を吐いて地に伏した。
「勝った……」
偽物が死に、自分こそが本物だと証明できて沖田は安堵の息を血と共に吐き出す。
胸に生えた乞食清光が心臓を貫いていたのだ。
「ぐ、あぁっ!!」
刃の鋭さが心臓を抉る痛みを耐えて乞食清光を抜き、出血死を免れるため体内の妖魔で傷口を埋める。
「いか、なきゃ……」
他の眷属は皆果てた。
グレイフィアとミリキャスを守れるのは自分しかいないと沖田は二人が使った逃走経路へと走り出した。
途中で何度か妖怪達に阻まれるも、多少の手傷を引き換えに全て斬り伏せ二人の許へと急ぐ。
そうしてふたりを見付けたが、そこで見たのは負傷して壁に凭れたグレイフィアを庇うミリキャスの姿だった。
「見付けた!!」
急ぐ沖田だが、ミリキャスがこちらに気付いた瞬間、驚愕で目を開いた。
「よくも母様を!!」
そうして怒りのままに『滅びの魔力』を放ち、予想だにしていなかったミリキャスからの攻撃を無防備に喰らった沖田の下半身が消し飛ばされた。
足を失い地面へと倒れ込む沖田。
「ど、どうして……」
自分の顔を見忘れてしまったのかと腕を伸ばす沖田は、そこで漸くミリキャスが勘違いをした理由に気づく。
伸ばした腕は人のものではなく、虎の腕へと変異していたのだ。
腕だけではない。
体は虎に、顔は猿になっていた。
おそらく消し飛ばされた下半身から蛇の尾が生えていたのだろう。
身に宿した鵺になっていたことに愕然とする沖田に向け、ミリキャスはありったけの『滅びの魔力』を両手に集めて沖田に向ける。
「父様の代わりに僕が母様を守るんだ!!」
決死の想いを乗せてミリキャスは『滅びの魔力』を放った。
「待っ……」
逃げようもない状況で迫る絶対の『死』。
迫り来るに連れ沖田の脳裏に走馬灯が過る。
悪魔となりサーゼクスに仕えた百年弱の日々が克明に過り、そしてサーゼクスとの出会いが再生されたところで沖田の走馬灯が叩き切られるように終わってしまった。
「え?」
どうしてと沖田は思う。
どうして新撰組の事を思い出せない?
どうして京での戦いを思い出せない?
どうして故郷のことを思い出せない?
それも致し方ない事だ。
何故なら、沖田は新撰組の事を『記録しているだけ』なのだ。
『沖田総司』が『沖田』になったのは肺を患い死を目前として外法に手を伸ばした時。
延命を望み挑もうとした『沖田総司』だが、寸でのところでそれが士道に反していると気付いたのだ。
そうして本懐を見失うことなく『沖田総司』は病と戦おうとするも呆気なく息を引き取る。
ならば『沖田』とは何者か。
その答えは誰にも解らない。
はっきりしていることは、彼が『沖田総司』本人の身体と記録を正しく持っていること。
そして、死に行く己が許せないと士道に背いてでも生きながらえようとしたこと。
その果てに、悪魔になることを了承した事。
それだけである。
「僕は、誰なんだ?」
誰にも答えられない問いの言葉は『滅びの魔力』により身体もろとも消え去った。
『沖田』が誰だったのか、私は私見をもうしません。
記憶と身体は本物とはっきりしていても、魂がどうなのかまでは判別の方法はありませんから。
魂は根の国に辿り着いていましたが、死んだら魂と魄に別れるとも申しますし、さてはて真実は如何であったのか……
因みにこれも私見ですが、妖魔妖獣が無ければ沖田総司は投げた時点で勝ってました。
序でに鵺に成っていたのは傷を埋めようと妖魔を使いすぎて支配権が入れ替わっていたからと考えていただけたら。
ミリキャスに殺させたかったから御都合だろと言われてもその通りでもあるので否定しません。
次のメニューは神の怒り、王の選択を添えてになります。