「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」   作:サイキライカ

32 / 79
主人公とミリキャスサイドは長くなったので分割しました


誰にとって、この世界は平和なんだか

「なんなのよ、これ……?」

 

 日本神話が宣戦布告を出してから五日後、ソーナを庇い重症を負ったセラフォルーがソーナとその眷属と共に冥界に戻って見た光景は、悪夢というしかない光景であった。

 

「酷い……」

「あんまりじゃないか!!」

 

 街は尽く瓦礫の山と腐敗を始めた死体の悪臭で満ち、死と静寂のみが彼等を歓迎する地獄だった。

 そこに命の息吹は感じられない。

 その光景が、冥界は、悪魔は滅んだのだと嫌と言うほど彼等に理解させた。

 だが、はいそうですかとセラフォルー達はそれを受け入れることは出来ず、手分けをして生き残りがいないか探すことにした。

 

「そっちはどうです椿姫?」

『駄目です。

 皆、死んでいます……』

 

 繰り返せど変わらぬ報告に折れそうになりながらも、ソーナは主として気丈に振る舞い眷属達を励まして捜索を続けるよう指示を出す。

 そうして数日を掛けて彼等が得た結論は、どう足掻いても悪魔の終焉は変わらぬというものであった。

 

「私達はどうしたら……」

「諦めないでソーナちゃん」

 

 夢であったレーティング・ゲームの学校はおろか、明日の展望さえ見えない状況にさしものソーナも心が折れようとするも、セラフォルーは可能性は消えていないと励ます。

 

「堕天使領に行きましょう。

 もしかしたら、生き残りがそっちに避難しているかもしれないわ」

 

 この状況で期待も出来ない言葉だが、そうでも言わなければ本当に心が折れてしまうと堕天使領を目指す。

 そうして彼等を待ち受けていたのは、何者の侵入も拒むように展開された異様なほど強固な結界であった。

 

「あいつらぁ……」

 

 結界を挟んだ先に見える光景は、以前見たままであり、どう楽観的に見ようと堕天使が悪魔を見捨てたのは明白であった。

 

「和平を訴えておきながらよくも悪魔を見捨てたわね!!」

 

 最早取り繕うこともなく抑えきれぬ怒りを魔力と共にセラフォルーは結界に叩き付けた。

 しかし渾身の魔力を以てしても結界はびくともせず、幾ら騒ぎ立てようと堕天使の一人さえ彼女達の前に現れようとしなかった。

 

「俺達、どうなっちまうんだ……?」

 

 立つ瀬も寄る辺もない状況に不安の声を漏らす匙の言葉に、どう言えばと言い淀むソーナ。

 

「皆は心配しないで大丈夫よ!」

 

 そんな絶望など知ったことかと言わんばかりにあまりにも唐突に以前のノリで笑顔を向けるセラフォルー。

 

「こう見えても私には余所の陣営にもお友達がたくさんいるわ!

 私がお願いすれば必ず助けてくれるんだから☆」

 

 軽いノリでそう語るセラフォルーだが、燃え滓にも満たない自分達を助けるような勢力が、果たして本当に居るのだろうか?

 

「皆は心配しないで私に着いてきなさい☆」

 

 絶望で狂ってしまったのかと言いたくなるほどハイテンションで飛び出すセラフォルー。

 慌てて追い掛けるソーナ達を背後に、セラフォルーは笑顔の裏で決意していた。

 

(なんとしてでもソーナちゃんだけは守って見せるわ)

 

 セラフォルーは正気だ。

 だからこそ、生き残るためには何をしてでもという覚悟でやるしかないと理解していた。

 それこそ、夜鷹のような浅ましい行為に身をやつしてでも。

 悲壮なまでに覚悟を決め、冥界を後にしたセラフォルー一行。

 その後、セラフォルーはオリュンポス陣営に保護を求め、其れを了承してもらう。

 代償として、自らをポセイドンの愛妾と言う名の奴隷に身を落とすことを条件に。

 

 

~~~~

 

 

「迎えに来たでやんすよ」

「わふん!」

 

 戦争が終わり、地下に在ると言う日本の死者が最期に辿り着く根の国で静養しているケルベロスを迎えに来たベンニーアと父オルクス。

 久し振りの再会にケルベロスは普通の犬のように鳴いてベンニーアを迎えた。

 

「今回はうちの子を保護してもらって本当にありがとうございました。

 あ、これハーデス様から御礼の冥府名産の石榴の詰め合わせです」

「これはどうも御丁寧に」

 

 久方ぶりの再会に喜ぶベンニーアとケルベロスに内心ほっこりしながら日本式で礼を払うオルクス。

 伊邪那美命こと黄泉津大神はラッピングされた果物籠を受け取ると穏やかに微笑む。

 

「本当はハーデス様が御自身で御挨拶に来るはずだったんですが、いかんせん死の国はルールが厳しいのでおいそれと参るわけにもいかず、失礼とは思いましたが私が代理として御礼を申し上げさせていただきます」

 

 そう頭を下げるオルクスに、いえいえと黄泉津大神は頭を上げさせる。

 

「こちらも可愛い犬と触れ合わせていただけましたので、そう畏まらずともいいですよ」

 

 地上での冷酷さが嘘であったかのように穏和にそう言うと、ポンと手を叩く。

 

「そうそう。

 今回の冥界終了のお祝いにエレシュキガル女史から死の神だけで集まらないかとお話があったのだけど、宜しければハーデス氏から男神の方にお誘いをおねがいできないかしら?」

「そんな話が上がってたんですか?」

「ええ。

 でも私、逸話的に殿方に声を掛けるのは色々よろしくなくて、エレシュキガル女史もあまり人と話すのは得意でない方ですからどういたしましょうかと悩んでいたのですよ」

 

 聖書陣営に最も被害を被っていた死者の国の神にとって、此度の騒ぎは降って湧いた吉報以外の何物でもなかった。

 

「分かりました。

 ハーデス様にお伺いして各神話に打診を打っておきましょう」

「宜しくお願いします」

 

 諸手を上げて賛同するプルートに頭を下げる黄泉津大神。

 その後ろで、お気に入りのオモチャとばかりに振り回されている頭だけのコカビエルが涎まみれにされながら悲鳴を上げていた。

 

「助けてくれえええ!!」

「コラ、そんなバッチイもんくわえちゃダメでやんすよ!!」

「ギャアアアアアア!!」

 

 コカビエルの悲鳴をBGMに、今日も根の国は平穏であった。

 

 

~~~~

 

 

 戦争終結から二週間後、身嗜みはしっかりしているものの憔悴しきった様子で高天ヶ原を訪れたアザゼルは倒れそうになる己を律し、手にした布にくるまれた棒状の何かを差し出した。

 

「約束のもんだ。

 確かめてくれ」

 

 それは悪魔を見捨ててまで完成させた術式で抜き出した鳶雄の神器から、更に混ぜ合わされていた余分なものを全て削ぎ落として本来の形へと戻された『天之尾羽張』であった。

 

「失礼」

 

 差し出された剣を剣神が預かり、ためつすがめつ確かめてから其れが本物であると確認され、漸く天照は口を開く。

 

「これで主らは放免である。

 何処となりとも行くがよい」

 

 そう言うもアザゼルはいいやと首を振る。

 

「そうもいかねえ。

 堕天使はインド神話に吸収されることが決まった。

 俺は服従の証として、あんたらに首を持っていってもらわなきゃなんねえ」

 

 日本神話がどう思おうと、堕天使もまた聖書の一角。

 それが丸々無傷と言うわけにはいかなかったようだ。

 

「それを言うたは梵天か?」

「ヴィシュヌ神だ」

「なんとまぁ」

 

 ヒンドゥーの維持神にして数多の側面を持つヴィシュヌの沙汰とあって、日本神話もそう無視をするわけにもいかなくなった。

 

「汚れ仕事はきっちりやれと申すか」

「向こうは手柄ぐらいはきちんと受け取るべきだと言ってやがったよ」

「方便をまぁ」

 

 実際、アザゼルというカリスマが残っていてはインド神話もおちおち背中を向けていられぬと考えたのだろう。

 であればこそ、手柄を名目にいざとなった際のヘイトを予め日本神話に全て押し付ける心算なのだと容易に察せた。

 だからと言って向こうの思うままと言うのも面白くない。

 

「高天ヶ原に穢れを撒く気はない。

 お前は同じ名の生け贄の山羊と同じように野に降りて放浪せよ。

 其れが我等日本神話の沙汰である」

 

 見逃したとも命をとる価値もないとも取れる決定を下す。

 

「いいのか?

 世界を乱したと復讐に走るかも知れねえぞ?」

「なればこそ、それを己が目で確めるがいい」

 

 天照は袖で口を隠し笑う。

 

「神はなくとも世は回る。

 例え聖書陣営が消えた影響で神魔のバランスが狂い今の世界が滅びようと、人はそこから這い上がり新しき世界を生き続ける弱く強い者達ぞ。

 それを見届けなお復讐に走るならば、その時こそ我等日本神話はお前の首を取ってやろう」

 

 自分達がやって来たことが正しかったのか、これから変わるだろう世界を自分で確かめろと嘯く天照に、アザゼルは息を吐き立ち上がる。

 

「なんて残酷な連中だ」

「我等は自然故致し方無し」

「ふん」

 

 鼻を鳴らしアザゼルは一人神話の表舞台から姿を消した。

 その後、彼が姿を見せた記録は存在しない。




次回は残りの二つ。

…二つだよな?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。