「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
後、後書きにおまけ載せます。
『ええかぁ?
あんさんが復讐したい言うんやったら、大きく二つ足りへんもんを補うところから始めなぁあかん』
狐は言った。
『一つは縁や。
日ノ本の神ぃ相手に切った張ったで最後の最後まで屍になぁてもあんさんに着いていこうって、そんな頭おかしゅうぐらいの奴を仰山味方に揃えなぁ内に日本神話とやりあおうなんて、そんなん臍ぉで茶ぁ沸かすぐらい夢のまた夢や』
狐の言うことは尤もだ。
日本神話は古くから地に居着き、長く民から信仰を得て、その号令があれば死の国からさえ日本神話の為に戦いに来る者達を沢山抱えている。
それに対抗しようと思うなら、彼等と同じぐらいの忠誠心を持った仲間を集め、日本神話以外からの信用を勝ち得なければ父様のように他の勢力から見放され孤立してしまうばかりか、最悪は彼等にも日本神話に協力されてしまうだろう。
『そしてもう一つはあんさん自身の地力や。
最低でも野分はんとサシで渡り合うぅぐらいの力を持てへんなら、はっきり言ぃますが素直に諦めぇ』
ああ。全くその通りだ。
弱ければ話にならない。
あの、父様を簡単に殺した神を僕一人で倒せるぐらい強くならないと僕の復讐は果たせない。
『まあ、焦る必要はありませんよって。
戦には知恵も必要やしぃ、さっき言うた人の縁も時間掛けてゆっくり繋がなぁあかんもんどす。
あんさんは万年生きるんやろ?
妖怪だって何千年も生きれますぅ。
ゆぅっくりと、じぃっくりと、必要なもんを時間を掛けて集めればよろしいどす』
そう笑った狐の声は、僕の胸の奥にしっかり刻まれた。
そう、刻まれたんですが……
「ミリキャス!
今日は私のおすすめの団子屋に連れてってやるからな!!」
「それは楽しみです」
そう、僕に笑い掛けてくれる許嫁の笑顔に、固く誓った筈の復讐心が溶けそうで辛いです。
正直言います。
僕は裏京都の管理者の娘、九重に一目惚れをしてしまいました。
彼女を一目見た瞬間、胸の奥が復讐の物とは別の熱で燃え上がり、ただ婿という立場を利用するだけの関係だった九重が僕に笑いかけてくれるだけで、幸せで世界が輝いて見えるようになってしまいました。
そんな彼女と許嫁となり、九重も嫌ではないというのだから何を文句がありましょうか。
ええ。きっと、父様も母様と初めて逢った時はこんな気分だったのでしょう。
今では九重に笑ってもらうためにならあらゆる不可能さえも越えて何でもしてあげたいと思うほどになり、九重を泣かせるような輩は『滅びの魔力』を以てこの世から塵さえ残さず消し去ってやろうと、そう思うほど僕は九重を愛してしまったのです。
これはきっと、父様から受け継いだグレモリーの血がそうさせているのでしょう。
……大丈夫。うん。
時間はたっぷりあるんです。
九重を幸せにすることは牽いては裏京都の妖怪の信頼を勝ち取ることに繋がるんです。
これは必要な事なんです。
ええ。ええ。
決して愛情に現を抜かして復讐を疎かにしている訳じゃないんです。
それはそれとして九重は今日も可愛いです。
そう己に言い聞かせ与えられた幸福を享受する様を、九尾の狐とリゼヴィム・リヴァン・ルシファーは嗤いながら眺めていた。
「ぶひゃひゃひゃひゃ!!
復讐とか言いながら何あの様?
ヤッバ、チョー笑え過ぎて腹筋捩れる!?」
冥界終焉直後は日本神話への腹いせに確保したトライヘキサをけしかけようとしたが、そこに現れた狐の言葉に興味を持ち、そして今に至る。
そのまま笑いすぎて死ぬんじゃないかと思うほどゲラゲラ笑い転げるリゼヴィムを横に、人型に変化した狐はきゅうと唇を弧に歪めて嘯く。
「まぁさか、こうまで見事ぉに堕ちるとは思わへんかったでぇ?」
狐の思惑に、復讐の手伝いなど最初から存在しない。
狐が求めたのは、ミリキャスが復讐と愛情の狭間でのたうち回り足掻き苦しむ様であり、その為に根回しを行ったにすぎない。
九重にしてもそう。
ミリキャスが九重に溺れてもらっては面白くないが、かといってただ利用するだけというのも味気ないと、互いへ好意を向けるようほんの少し背中を押しはしたが、ああも見事に惚れ込むようにはしていない。
最も、ミリキャスの懊悩はそれはそれで楽しめているため狐としては十分見応えがあると思っていた。
「ぷぷぷ……
あんまりにも可哀想だし、ちょっとお手伝いしちゃおうかな?」
関係を拗らせ滅茶苦茶にしたいと口にするリゼヴィムに、狐は液体窒素をぶっかけるような殺意を向ける。
「アホ抜かしぃな。
今はだまぁて見ときぃ」
団子を幸せそうに頬張る九重を蕩けた顔で眺めるミリキャスに視線を戻し狐は嘯く。
「こないやったら、もっともぉっと嵌まらせたほうがおもろぉなるぅ。
にっちもさっちもあかんぐらい惚れ込ませぇて、ほんでやや子が今ぁの年頃になった頃ぉ、その幸せをぷちぃっと潰すんや」
そうなった頃を見計らい再び復讐の火を燃やしてやれば、きっと愉しい結末へ転がり落ちていくだろうと嘯く狐。
ミリキャスの子の前で九重を殺すのも良いだろう。
逆にミリキャスをサーゼクスの立場に追い込んで裏京都をもろともにのっぴきならない状態にするのもいい。
破滅への道程は幾らでもあると嘯く狐にリゼヴィムは愉悦を想像し涎を溢す。
「いいなぁ。
そんなこと言われちゃったら我慢するしかないじゃん」
ミリキャスはどんな風に狂ってくれるだろうか?
もしかしたら復讐を捨て幸福を享受する選択を選ぶかもしれない。
そしてそれを壊してやれば……
そう想像するだけでリゼヴィムは堪らなく愉しいと嗤う。
「あんじょう幸せになるとええ。
うちらは、あんさんらが美味しゅうなったら頂くよって」
世は全て我等の掌の上。
その果てに自分達が滅びを迎えても、きっとそれさえ愉しいのだろうと狐は暗い愉悦ににちゃりと嗤う。
そんなろくでもない主人とその友人の背後でリゼヴィムに仕えるユーグリッドは息を荒くしながら別の光景を眺めていた。
「姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上姉上…」
ユーグリッドの視界の先では夫の死にうちひしがれ儚くなった姉グレイフィアが映し出されていた。
「姉上の未亡人臭……ああ、もう姉上が更に美しくなって……」
元より重度のシスコンであったユーグリッドだが、裏京都に引き取られてからの彼女の姿はユーグリッドの琴線をヤバイ方向に弾いてしまった。
そうしたのは憎んでも憎み足りないサーゼクスが原因だが、その嫉妬さえユーグリッドは悦として姉の美しさに見悶えていた。
主従はよく似るというが、この二人に関しては方向性は違えど医者が匙を投げる辺りはよく似ているようだ。
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「それで、悪魔はもう残っていないんですか?」
ことの顛末を教えに来ていただいたタケさんの話を聞き終え、私はそう尋ねた。
御祓の影響で女性の姿になっているタケさんはいやと否定します。
「向こうから自慢げに言われた限りでだが、エジプト神話がフェニックス家の末娘をホルス神の嫁に迎えたそうだ。
それと北欧がディハウザー・べリアルをエインヘリヤルに迎えたとも言っていたな」
そう言うタケさんですが、表情からはなんとも思っていなさそうに見えます。
「それよりお前だよ。
いい加減修行云々抜きに睦言の一つも交わしたのか?」
タケさんにそう言われ私の顔が真っ赤になるのを自覚しました。
「い、いえ。
まだ、その、相手にしてもらってません…」
言葉にしてみて、改めてあの人に私を見てもらってないなと悲しくなりました。
そう言うとタケさんは頭をガシガシと掻きました。
「全くあの野郎は…。
忘れじの呪いがあるからって、据え膳を無下にし過ぎだろうが」
「うぅ……」
お願いですからそう言うのはもっと言葉を選んでください。
じゃないとその、自分がすごくエッチな女に思えてしまうんです……。
「まあ、男と女の色恋沙汰ばっかりは神でも縁を結んだ先まではお手上げだからな。
諦めないで頑張れとしか言わんぞ」
「勿論です」
あの人が部長を殺したと本人から聞いた今も私の気持ちは変わりませんでした。
あの人に部長の最期を聞いた限り、どう考えても悪いのは部長でした。
ものすごく焦っていたからといって、堕天使を倒せる敵か味方かも分からない相手だから甘く見られないよう意地を張ったあげく、自分の失態は簡単に覆せると見せ付けようとするなんて、そんなの怒らせるに決まってるじゃないですか。
私があの人の立場だったら、きっとあの人と同じように殺すまでいかなくても仲良くしようだなんて思わなかったでしょう。
それで私は分かりました。
私はまだ、あの人の『特別』になれていないと。
部長の事を話したのも、私に嫌われたり殺されてもなんとも思わなかったからに違いありません。
私にはまだちゃんとは分かりませんが、あの人の『特別』になるにはもっとあの人のいろんな事を知らなければならないのでしょう。
決意を新たにしていると、タケさんは満足そうに笑いました。
「うーちゃんが見込んだだけはあるな。
神として助けてやることは無いだろうが、本気の泣き言ぐらいは聞いてやるよ」
そう言うとタケさんは用は済んだと帰っていきました。
タケさんを見送り私も帰ります。
今はあの人の寝泊まりに使っている4LDKのマンションの部屋の一つを借りています。
色々あってギャー君も一緒です。
治療のときに色々見せたせいか、最近ギャー君と距離を感じています。
木場先輩は精神病院に入院したと聞きましたが、面会謝絶と言われ今日まで会えていません。
朱乃先輩は会議の後に行方を眩ましてしまい今も行方不明です。
姉様は任務に戻ってしまいました。
行く時にあの人にまた余計なことを言ったので、今度あったらお話しようと思います。
マンションに戻るとあの人がリビングでリハビリをしていました。
「ただいま戻りました舞沢さん」
「おう」
声を掛けてもこちらを見ずに舞沢さんはゆっくりと太極拳を続けています。
結構な時間やっていたのでしょうか、汗が浮かび彼の匂いで部屋の中がいっぱいでした。
正直、ちょっと興奮してます。
吸血鬼のハーフのギャー君も嗅覚は鋭いはずですが気にならないのでしょうか?
そんなことを考えていると舞沢さんが太極拳を終えて汗を拭ってました。
後でそのタオルは貰っときましょう。
と、舞沢さんは部屋に行くと教科書みたいな薄い本を持ってすぐに出てきました。
「戻ったんなら丁度いい。
勉強始めるぞ」
「はい?」
彼はいったい何を言ってるのでしょうか?
「うーちゃんからのお達しだ。
タケさん達が大暴れしたせいで駒王学園が廃校になったから、このままだとお前の学歴が高校中退になる。それは可哀想だから教鞭奮ってくれって頼まれたんだよ」
「え~と」
「教えられるか心配だってなら問題ねえ。
教会寺子屋師範学校全部経験済みだ」
「いえ、そうではなくて」
「先ずは一番成績の悪い数学から行くぞ。
言っとくが、終わるまで全員飯抜きだからな」
どうやら恋の前に学業と言う強敵が待っていた私の前途は、物凄く多難みたいです。
これにて神と悪魔は壇上より下りて、残るは神に翻弄された人間達の悪足掻き。
。
以下はおまけ。
タケさん「戻ったぞうーちゃん」
うーちゃん「お帰りなさいとと様」
???「おかえり」
タケさん「何でそいつが居るんだ?」
うーちゃん「正体に気付かず神饌を分けてしまったら神仕になりたいと言われてしまったのじゃ…」
???「我、うーちゃんのご飯好き。
次元の狭間、うーちゃんのご飯ない。
我、うーちゃんに仕える」
タケさん「切り札手に入れたと喜ぶべきか、厄介事引き込んだと嘆くべきか…」