「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
正直甘く見ていた。(二回目)
人間心理を巧みに煽り喜怒哀楽をコントロールすることであらゆる施設へと誘導する施設配置。
その上で気候を含めてマーケティングを重ねた現地住民の趣味嗜好に合わせた商品を、店舗のみならず露店まで駆使し適宜提供することで財布の紐を緩めさせる商売戦略。
シビリアンパワーを背景に生み出したオリジナルネームドを一定間隔で配置することで、どの施設にも客足が途絶えないよう配慮された集客戦略。
正に此処は人に夢を見させる国だ。
そんな夢に踊らされた白音に好きにさせた結果、一日で諭吉が十枚消えていたよ。
正直、甘く見ていた。(三回目)
「夢の国とはよく言ったもんだな…」
痛くはないが、だからと言って別に捨てたいわけでもなかった金が羽を羽ばたかせて飛んでいくのを幻視し、俺は疲れたままにそう呟いた。
「今日は凄く楽しかったです」
殆ど沈んだ夕暮れの中、もうすぐ締めのパレードが始まると言うのに妙に開けた広場で、ライトアップされたシンボルタワーたる城を背後に、鼠耳を付けた白音はそう笑う。
「そいつは何よりだ」
楽しませるのが目的なら、確かに今回のチョイスは間違っていなかったらしい。
「舞沢さんはどうでしたか?」
「俺か?」
どうだろう?
別に夢の国そのものは初めてではなかったが、こうまで計算されていたと知れたのはそれなりに楽しめたと言える。
「まあ、それなりにな」
「むぅ」
正直に言えば白音は頬を膨らませる。
頭の付け耳と相俟って本気で栗鼠みたくなってる白音に、ほんの少しだけリップサービスを付けてやることにした。
「お前とじゃなきゃ、今日ほどには楽しめちゃいなかったろうさ」
「……意地悪」
そう言えば、暗がりでも分かるほどに白音は顔を赤くする。
にしてもだ。
「白音、調息は怠ってないよな?」
「え? は、はい」
戸惑いながらもそう頷く白音に俺は不愉快な気分で言う。
「残念だが、今日一日デート気分で終われねえみたいだ」
「!?」
そう言えば白音は即座に周りを見渡し、そして俺の言った意味を理解する。
「人気がない……?」
「俺もさっき気づいたが、どうやら人避けの魔術が使われたらしい」
かなり上手の使い手らしく、入念な隠匿を重ねたソレは俺でさえ気付くのに時間を取られるほどだった。
懐に忍ばせた棍を変形させ、白音と背中を合わせて警戒する。
そうしている間にパレードが始まる。
彼方には認識を誤らせる魔術が使われているようで、巨大な台車の上では誰もいない眼下に向け役者達が愛想を振っている。
「来るぞ」
氣の乱れを感知し白音に警戒を促すと、パレードの反対側に夜闇よりも暗い霧のようなものが生まれ、そこから制服の上から漢服を纏う男が槍を携え現れた。
「今日は楽しかったかい?」
俺達へそう問う言葉に、俺は自分でも引くぐらい殺気を垂れ流しながら答える。
「さっきまではな。
だが、テメエのそいつで台無しになったよ」
「舞沢さん……?」
白音の声が酷く遠い。
悪いな白音。
だがよ、あの槍は聖書陣営と並んで本気で叩き折りたいと思ってた代物なんだよ。
「テメエ、その槍を何処で手にいれた?」
「こいつか?」
問いに、男は不愉快そうに言う。
「産まれたときだよ」
「成程。神器か」
「ああ。
神滅具『黄昏の聖槍』。
俺の人生を滅茶苦茶にしてくれた忌まわしい槍だ」
だろうなぁ。
「神滅具……」
その答えに白音が半歩下がる。
それもしゃあない。
アレは他のと違い、釘、十字架、聖杯と並んで正真正銘聖書を由来とする槍だ。
しかもヨシュアの死を確定させ、更に二千年掛けて紡ぎあげた聖なる遺物の代表ともなれば、仙猫に至ってない白音では勝ち目は薄い。
「んで、何の用だ?
つうか、何処のどちら様だよ?」
そう言えば男は槍を握る手に力を籠めた。
「今は曹操を名乗っている『禍の団』の残党『英雄派』の頭目だ」
「英雄派、曹操ねぇ……」
俗に言う三國志の頃には中国に産まれてなかったから顔は知らんが、なんでまた英雄で曹操なんだか。
「随分珍しい通り名を使うじゃねえか」
「こう見えて俺の先祖は曹操なんでな。
英雄を志すに当たって借り受けさせてもらった」
「……え?」
いや、それはねえだろ?
「何か?」
「先祖って、倣うならそこは先ずは字を借りねえか?
んで、大成してから曹操を名乗る方が筋も通るし名を残せると思うんだが?」
そう言うと曹操の顔が固まった。
もしかしてこいつ、何も考えてなかったな?
「た、確かにそうだが、曹操は中国国外ではあまり有名ではないから、先ずは先祖の名を世界に知らしめることが重要と借りたんだ」
声が震えてんぞコラ。
「まあいいや。
趙雲だろうが項羽だろうがなんだって構わねえ。
で、態々デートの邪魔をしに来た理由は?」
軽いジャブを入れつつ本題を促す。
くだらないやり取りの合間に調息で練った氣はチャクラに廻しておいたから、既に硬気功を発動できるまで溜めてある。
いざとなれば白音が逃げる時間ぐらいは稼いだ上でケツ捲るぐらいは出来るだろう。
俺の問いに曹操はなんでもなさそうに言う。
「はっきり言おう。
お前に八つ当たりをしに来たんだ」
「はぁ?」
なんだそりゃ?
「俺達は人間の限界に挑みたいと、いや、英雄になりたくて聖書陣営に戦いを挑もうとしていた。
だが、聖書陣営は俺達が動く前に滅んだ」
お前が引き金になってな、と初めて殺気を顕にした。
「英雄、ね」
あんなもんになりたいなら、態々余計な寄り道なんかしなきゃいいものを。
「一つ確認だ。
お前の言う英雄ってのは、誰かの命を奪わなきゃ成れねえもんなのか?」
「……」
「はっきり言えば悪人ぶっ殺すよかNGOだ赤十字だのに参加して、飢えたガキに飯食わせてやろうって奴の方がよっぽど偉いやつに思えるがねえ」
「……ああ。今なら俺もそう思うよ。
だが!!」
曹操が怒りを表に出して吠える。
「だったら俺達のこの憤りをどこに向ければいい?
この槍が俺の故郷を奪った!!
俺だけじゃない!!
英雄派に参加するほぼ全ての者が聖書の神によって人生を滅茶苦茶にされたんだ!!
だから」
「だから復讐するは我にありってか?」
そうだ!!と叫ぶ曹操に、俺はいっそ憐れに思った。
「お前、勘違いしてんぞ」
「勘違いだと?」
「つまりさ、お前は不幸があれば必ずそれを帳消しにするだけの栄光があると思ってるわけだ。
……そんな訳ねえだろ」
視線に殺意を乗せて俺は突き立てる。
「人生ってのはな、必ずプラスマイナスがマイナスで終わるもんなんだよ。
瞬間的にどれだけプラスを得ようと、必ずどこかでそれ以上のマイナスを押し付けられるもんなんだ」
「……」
「英雄なんて正にそれだ。
先祖の名前を名乗ってんならその生涯はよく知ってるはずだ。
だからこそ聞くぞ?
曹操孟徳という男の生涯は、喪ったもの以上の栄光に満ち溢れていたのか?」
アーサー王は妻を寝取られ息子に国を裂かれた。
ヘクトール将軍は国を守れず道半ばで倒された。
ジャネットは国に見捨てられ凌辱の果てに焼き殺された。
シグルドは妻を忘れさせられその妻に刺し殺された。
ソロモンは天使の姦計に踊らされ全てを失った。
ラーマ王は取り返したシータ妃を自ら追放させられた。
ギルガメッシュは国の存続のために延命を図り寸でのところでその手段を奪われた。
後世がどれだけ賛美しようと、英雄と呼ばれた彼等の生涯は只一つの例外もなく、絶望と悲劇ばかりで積み重ねられていた。
割りに合わない人生を送る覚悟は本当にあるのかと問う俺に、曹操は口を開く。
「だとしても俺は、」
その答えを聞ききる前に視界が突如回転した。
次回からは本格バトル。
異能?そんなもん使うより殴れ!な回にしたいな。