「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
目が覚めてみれば外が騒がしいことになっていた。
「何があった?」
目覚めるまでに半日、うーちゃんが態々用意してくれた粥をゆっくり流し込みながら尋ねると、うーちゃんはそれよりと口を開く。
「猫達がお主が戸を開けねば出ぬと申しておる。
粥が冷める前にはよう出して参れ」
そう言われうーちゃんの粥で回復した身体を更に無理矢理代謝を加速させて立ち上がれるようにしてから部屋の戸を開ける。
「悪い、遅くなっぶふぉ!?」
開幕ボディーブローが突き刺さり、俺は一瞬エリシュオンでヘクトール将軍が腹を抱えて爆笑している幻影を見た。
「遅いです。
それに美味しそうな匂いとか許せません」
「こっちはさっきまで半分死にかけてたんだよ…」
芯まで響く一打に膝が笑い立てないままそう弁明するも、白音はぷいっとそっぽ向く。
「確かめたら戻るって言いました」
「うーちゃんが殺されそうだったんだから仕方ねえだろ」
うーちゃんこと宇迦之御魂神は日本の穀物全般を加護する神だ。
彼女に万が一があれば、最悪日本人の狂気ともいえる米が実らなくなる。
そうなればタケさんまで怒り、大地は荒れ嵐が止まぬ果てに日本は大惨事どころでは済まなかったろう。
「何をしておる!
妾の粥を冷ます気か!」
「ごめんなさいうーちゃん」
うーちゃんの怒りの声に俺を放置して慌ててリビングに向かう白音。
「あ、あにょ……」
「とりあえず行け」
「はい……」
心配してくるヴラディを一蹴し、去るのを確認してから改めて身体が弱っているのを自覚する。
「ガワは兎も角体力がな……」
うーちゃんの権能入りの粥で見た目だけは白音が気付かない程度に回復したが、第三の騎士により奪われた体力は回復に最低二日は擁するか?
とはいえ、二日も休んではいられねえよな。
第三の騎士は何とかしたが、奴が現れたって事は既に第一の騎士と第二の騎士が顕現していると見るべきだ。
それに、第四の騎士も現れていないという保証はない。
なによりもヨシュアは封印を解することを拒み、天使は最低でも封印を解放した上でラッパを吹く資格のある天使は一人残らず日本神話が殺し尽くしたはず。
だとするなら、それを成したのは……
「本当に蘇りやがったな『』」
72の神霊の呪で名を消され存在を歪められた全ての元凶。
いかなる呼び名も奴の本名足り得ず『聖四文字』としてのみ存在を記す俺の憎悪の起源。
しかし、そこまでだ。
奴の所在が判らねえ以上今は備える以上の出来ることはない。
ゆっくりはしてらんねえが、だからこそ備えを出来る限りやっておかねえと。
リビングに戻ると欠食児童みたいな勢いで粥を食う白音達とそれを嬉しそうに見るうーちゃんの姿があった。
「で、表の騒がしさは何なんだ?」
漸く本題に入ればうーちゃんは無言でテレビを付けた。
映し出された画面に昼のニュース番組が表示され、その番組内で緊急速報が報じられていた。
これがどうしたと言いかけた俺だが、画面の上の端に記された一文に文句を飲み込む。
そこには、『神の降誕? 神話の再来!?』という一文が書かれていたのだ。
『では、もう一度御覧ください』
固まる俺を知らずニュースキャスターが重要らしい録画を再生する。
再生された映像はヴァチカンの広場らしい。
そこには、白、赤、灰色のフルプレートを装着した男達がドクロを模した兜を携え壇上に立つ姿が撮されていた。
その中の一人、灰色の甲冑を着込む老人、ヴァスコ・ストラーダが語る。
『皆の者よ、備えるのです。
主は語られました。
ヨハネに記させた終末が始まると。
然る後に千年王国は始まるとも仰せになられました』
演説はそこで切られスタジオに画面は戻ってしまったが、そんなことはどうでもよかった。
何故なら、画面の中に一人だけ絶対見るはずのない顔見知りが居たからだ。
「フリード。
テメエ、何があった?」
赤い甲冑を着込んだ『フリード・セルゼン』の姿に、俺はそう呟いていた。
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「浮かない顔ですねジュリオ」
主の言葉を伝える演説を終え、来る終焉から選ばれし子羊を守るための『方舟』へと入ったジュリオ・ジェズアルドにヴァスコ・ストラーダが声をかけた。
「……すみませんストラーダ枢機卿。
やはり私には荷が重すぎます」
ジュリオは神より拝命した白い鎧と己が与えられた役割に、己をより相応しい者が居るとそう首を振る。
その言葉にストラーダはふむと理解を示す。
「『第一の騎士』。
確かにその役割は私たちより大きなもの。
君がそれを苦に思うのも仕方ないでしょう」
ですが、とストラーダは諭す。
「貴方にその役割を望んだのは主の御意志。
であればこそ、貴方はそれを為さねばならぬのです」
「……はい」
死したと聞かされた主の復活。
それに伴い始まる黙示録。
命の書に名前を記すことを許された選ばれし子羊達が方舟へと集い終えた時、主は世界を終わらせ、ジュリオは己に宿った神器を用いて大洪水を起こし過去の人類史を洗い流す。
そうして人類を千年王国へと進むと、そう聞かされた。
「テオドロも君ならば必ずや千年王国の到来を成してくれると信じて送り出したのです。
重く辛いでしょうが、それこそ貴方が越えるべき試練だと思いなさい」
「……分かりました」
千年王国へは自分が救いたいと願っていた孤児院の仲間達の名も記されている。
彼らを救うためにも、自分の役割を放棄するわけにはいかないとジュリオは決意を新たにした。
そうしているとガシャリと金属を擦り合わせる音を発てながら外に向かおうとするフリードが通りがかる。
「出陣ですかな『第二の騎士』?」
「ああ」
白髪に隠された貌はよく見えない。
「ソマリアからアフリカを一周して戻る」
「何日程掛かりますかな?」
ストラーダの問いにさあなとフリードは言う。
「一日掛からねえだろ。
全員自滅するんだ」
そう言い、顔の左側を憎悪に歪めた歪な顔を隠すように赤いドクロの兜を被り『方舟』から出ていった。