「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
あのニュースを見た後、舞沢さんは直後に部屋に籠ってしまいました。
そうしてもう丸一日部屋から出てきてくれません。
「開けてください舞沢さん!!」
天照大神の天岩戸隠れを擬似的に再現する術式を施したというドアは、仙道を駆使して全力で殴り付けてもびくともしません。
舞沢さん以外が開けるには内側から開けてもらうしか方法はありません。
部屋の中には水や保存食が備蓄されていましたが、だからといって籠り続けて良いということはありません。
「小猫ちゃん、僕たちもいかないと…」
警句に従い全員分の逃げる準備を終えたギャー君が私にそう言います。
日本神話は聖書の神の黙示録に当り、国を閉じてやり過ごすことを選びました。
黙示録の啓示の公開により、世界の信仰は大きく変わってしまいました。
いえ、変わったのではなく、信仰の有無が明確になったというのが正しいのでしょう。
ヴァチカンからの正式な発表という体で成された黙示録の開示により、元より世界人口の3分の1以上の信仰を得ていた聖書の神の力は黙示録を成すだけの力を得てしまいました。
その力は日本神話単体で抗える規模ではなくなり、他の神話体系と協調してようやく拮抗出来るけど、そうした場合地上の命を省みるだけの隙間はないとの事です。
未来視の神の観測と知恵の神の総力を挙げた計算結果は、オーフィスの助力があれば日本神話が総力を結し国を閉じることでどうにか黙示録を日本が生き残れるだろうという結果が出たため、日本神話は民を擁護するため国を閉じる決断を下しました。
しかしそれでも災害や国を閉じる弊害から少なくない犠牲は出てしまうそうです。
私達も京都か遠野の妖怪の隠里へ避難するよううーちゃんから警句を貰いましたが、舞沢さんはそれに従う気は無いと部屋に籠ってしまいました。
「ギャー君だけ先に行ってください。
私は舞沢さんを待ちます」
「そんな…」
今彼から目を放したらもう二度と私の前には現れてくれないと確信があります。
それに、怒っているのは私も同じです。
彼がほんの少しだけ私を見てくれたけど、それはまだ無関心から名前を覚えてくれたに変わっただけの事。
後少しで本当に私を見てくれるかも知れなかったのに、聖書の神のせいで台無しにされてしまい私は凄く怒っているんです。
「白音!!」
どうにか扉を壊せないかと考えていると、突然空間に切り目が入りそこから姉様が飛び出してきました。
「ひぇ…」
姉様の登場にギャー君が尻餅を付いていますがそれよりもです。
「姉様?」
「大丈夫!?
あの野郎に捨て石になれとか言われてない?」
「……はい?」
姉様?
「今すぐ天界に行くわよ。
あっちから辺獄に入れば黙示録からも逃げられるわ!!」
さあ早くと急かす姉様に、私は無言でボディーに一発打ち込みました。
「し、しろねさん……?」
「なにいってんですかねえさま?」
彼が私を捨て石に使う?
「りようかちもみてくれてないのに、そんなふうにいうわけないじゃないですか」
「し、白音ぇ……」
「それぐらいみてくれてればわたしはこんなにくろうしてないんです」
姉様が涙目で私を見てますが、苛々してる私には通じません。
というより、こんなことになったのは全部聖書が悪いんです。
「よし、まいさわさんがでてくるまえにせいしょもやしてきましょう」
「落ち着いて白音ぇ!!」
猫魃の姿を隠すのをやめた私を仙術を駆使してまでしがみついて止めてきます。
「はなしてくださいねえさますりつぶしますよ」
「恐!?」
と、さっきまでいなかった人が増えてます。
あれ? でもこの氣は……
「姉様の師匠ですか?」
知らない仙人ないし仙道使いに多少苛立ちが収まった頭でそう訊ねると、男性はニヤリと笑いました。
「似たようなもんかな?
まあ、俺ッチとしてはこう手取り足取り腰取り教えてもいいとはアウチッ!?」
その男性がイヤらしい笑いかたでそう言うと、姉様に脛を蹴飛ばされました。
「誰が私の師にゃん?
あんま調子こいてるともぐわよ美猴」
「全く嘘って訳じゃねえだろ?
いくつか術の指南はしてやったのは本当じゃねえか」
美猴と呼ばれた多分妖怪の男はそうへらへらと笑いました。
「とかいっていきなり手を出したのは何処の誰にゃ?」
「あん時ゃ体内の陰の氣が多過ぎて、黒歌の氣のバランスが崩れかけてたのを治すために俺ッチの陽氣と重ねて太極を廻したんだって何度も言ったじゃねえか。
それに、最後まではシてねえじゃん」
「乙女の柔肌触った時点で有罪にゃ」
…………これって、アレですよね?
「発ぜてしまえ馬鹿ップル」
「白音!?」
私だって彼とそんなふうにイチャイチャしたいの分かってて見せ付けて来るような姉様なんかもげてしまえばいいんです。
「で、さっきから何やってんだテメエ等?」
そんな情況を弁えないやり取りをしていたら、いつの間にか彼が戸を開けて出てきていました。
ですが彼はパンパンに膨らんだ背嚢と銃身の長い銃を肩に提げ、革製のポケットが沢山付いたジャケットを下に着込んでいる、まるでこれから戦場に出向くような出で立ちでした。
「舞沢さん」
やっぱり、行くんですね?
「私も」
連れていって。
そう言おうとするのを見向きもしないで彼は姉様を見て言いました。
「迎えに来たんだろ?
早く連れていけ」
「…っ!」
彼がきっとそう言うだろうと分かっていた。
だけど、本当にそう言われて私は悲しくて胸が苦しくなってしまいました。
「あんた、自分で何言ってるか解ってるの?」
姉様が語尾も忘れ彼に向かって怒りを向けています。
だけど彼は変わりません。
「お守りは終わりだ。
だからさっさと引き取れよ」
「……言ったわね?」
姉様の氣が部屋を圧しギチリと空気が軋んだ音が響きました。
ギャー君がそれに泡を吹き、舞沢さんも彼は彼で「準備運動代わりにやるか」と背嚢を下ろして棍を手にしました。
手を下すため隙を窺う二人に美猴が割って入りました。
「待った待った。
なんでおたくらんなに喧嘩腰なんだ?」
「すっこんでなさい美猴。
妹泣かせる屑はぶっ飛ばさなきゃ気が済まないのよ」
尻尾がびたんびたんと激しく波打ち姉様の怒りの具合をよく知らせています。
「で、お宅さんは……あ、こりゃダメだ」
一目見てから美猴は私に言いました。
「奴さん死ぬつもりだ。
いや、正確に言うなら生きるつもりが無い、か。
どっちにしろ、こいつの事は諦めた方がいいぜ」
「嫌です」
その言葉が真実だとしても、私は絶対に彼から離れるつもりはありません。
「なあお宅さあ、こんだけ言ってもらってんだから少しは省みてやんなよ」
「知るか」
棍を繋げて彼は言います。
「今から聖書の神にジンプウ決めようってイカれに何を言わせたいんだ孫行者?」
孫行者?
「それは爺だ。
俺ッチは美猴。
戦闘勝仏の孫だよ」
戦闘勝仏?
「あの、誰ですかそれ?」
「日本じゃ孫悟空の方が通りが良いか?
にしても、爺を知ってるのか?」
「棒術と仙道の基礎を学ばせてもらった事があってな」
まあ、千年以上前の話さと棍をくるりと回します。
「ああ、どうりで氣の巡りかたが。
それとさっきの話だけど、間に合わないかも知れないぜ?」
「は?」
どういうことですか?
驚く私たちに向け、美猴は言いました。
「オリュンポスのゼウスが聖書の神に仕掛けたんだよ。
それも、オリュンポスとしてじゃなくローマ神話のユピテルとして。
ギリシャなら勝ち目はないだろうが、キリスト教を弾圧してのけたローマ神話としてなら可能性はあると思わないか?」
ゼウスは日本神話を参考にワンチャン目指して事を起こしました。
実際、勝ち目はありますよ?
ただし、一番大事なことを見落としてますが。