「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」   作:サイキライカ

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漸くここまで来れた


私は決めたんです

 最終日とあって、夢の国は人でごった返していました。

 

「面倒だから忍び込むか」

 

 夜通しで待っている人も含めれば十万以上の来客の姿に舞沢さんはそう言い、圏境を使って視認も危ういほどに気配を消すとするりと人混みを縫って中へと入っていってしまいました。

 

「ま、待ってください!?」

 

 誘ったのに置いていくなんて酷すぎます!

 私も彼に倣い圏境を使い追い掛けると、舞沢さんは僅かに人気の無い場所で待っていました。

 

「遅いじゃねえか。

 見る時間無くなっちまうぞ?」

「むぅ」

 

 他の人たちに失礼極りないことを悪びれた様子もなく言う舞沢さんに、私は頬を膨らませ抗議しますが彼はからからと笑い飛ばしました。

 

「猫がハムスターの真似か?

 下手に似合う分お勧めしねえぞ」

 

 ……この人は私を喜ばせたいのか怒らせたいのか時々分からなくなります。

 

「ほらさっさと行こうぜ。

 パレードまで10時間しかねえんだからな」

 

 そう言って歩き出した彼を私は急いで追い掛けます。

 

「とりあえずポップコーンでも買うか。

 何味にするよ?」

 

 決めました。

 今日はこの人の財布を空にしてやります。

 

「全部」

「マジか?

 それってかなり歩き回る羽目になるぜ?」

「構いません。

 一緒に歩けるだけで十分ですから」

「……まあいいか。

 ジャンクで腹を満たすのもここの醍醐味だしな」

 

 私の密かな目論見を気付かない様子でそう言うと、地図を一瞥して最初の露店へと舞沢さんは向かい始めました。

 そうして私達は夢の国で食べ歩き続けました。

 

「新作だっていうが、チェロスの海苔塩味は斬新すぎねえか?」

「美味しいけど夢の国で食べるものじゃないです」

 

 終末前最後とあって少しでも見て回ろうと走るギリギリの急ぎ足で動く観客を尻目に私達はゆっくり歩きます。

 時折ぶつかりそうになりますが、氣で周囲の流れを読みぶつからぬよう先じて位置をずらしているのでそんなことは一度も起こりません。

 

「皆凄いですね。

 こんなになっても秩序を保ってるなんて」

「神様が見てるのを実感したからな。

 血に刻まれた信仰が表に出てる内は悪いことはそうは出来ねえさ」

 

 まるで川を遡る鮭のような光景に舞沢さんはそう言いました。

 そんなふうに私達はいき急ぐように夢の国を駆け抜ける彼らを眺め、そうして日が傾くまでこうしていました。

 

「今度は素直に見れそうだな」

 

 警備員が道を確保する様を横に舞沢さんはそう言いました。

 

「そうですね」

 

 あの時は邪魔が入ったけど、今度こそ最後まで見ていこうと私は決めていました。

 と、不意に舞沢さんは回りの喧騒にも遮らせず静かに語り出しました。

 

「なあ白音。

 お前、『百万回生きた猫』って話を知ってるか?」

「……いいえ」

 

 唐突にどうしたのかと思いながらも私は正直に言いました。

 すると舞沢さんは語り始めました。

 

「ある猫が居た。

 そいつは百万回の前世を覚えたまま生きていた。

 良い主人が居た。

 悪い主人が居た。

 沢山の飼い主が猫には居たが、猫はそのどれもを嫌っていた」

 

 そう語る彼の顔は見えません。

 

「ある時猫は主人を持たない野良猫だった。

 猫は自尊心を満たすため過去の記憶を牝猫達に吹聴して注目を集めていたが、一匹の白い牝はその猫の話に全く興味を示さなかった」

 

 夕暮れにパレードが始まりますが、私は彼の話に必死に耳を傾け続けました。

 

「猫はその牝猫を振り向かせようと必死になって、いつの間にか本気でその白猫に惚れてしまった。

 そうして本気で想いを告げると白猫は猫を受け入れ番になった」

 

 だけどと彼は言います。

 

「猫は妻と子に囲まれて幸せだった。

 だけどある日、白猫は眠ったまま息を引き取った」

 

 それは悲しい結末。

 

「白猫を喪った猫は悲しみに暮れたまま暫くして息を引き取った。

 そうしてもう二度と生まれ変わることはなかったそうだ」

 

 そう語り終えた舞沢さんに私は思ったまま言いました。

 

「いい話、と思いました」

 

 結末は悲しかったですが、それでも二人はきっと、死んだ後もずっと一緒に居られたと思ったからそう思いました。

 

「俺はこの話が嫌いだ」

「……どうしてですか?」

「猫が嘘つきだからだ」

 

 それは以前彼が口にした言葉。

 

「何もかも忘れたくないくせに、それを嫌いだと嘯いて、そうした挙げ句本気で欲しいものを手に入れて、その果てに勝手に死んだ猫が嫌いだ」

 

 それはまるで、羨むようでした。

 

「本当に嫌いなら覚えてなんかいられないんだよ。

 俺みたいな呪いでも無い限り、どんな大事なことでさえ忘れるってことが正しい生物の在り方だからだ。

 猫はどんな主人だって好きだった癖に、新しい主人のために嫌いになっていくのが気に入らない。

 そうまでした癖に、最期の最期まで嘘を貫けなかった猫が嫌いだ」

 

 そう語る彼に、私は自然と問いを投げていました。

 

「……どうして、私にそれを?」

「さあな」

 

 パレードの最後尾を眺めながら彼は言います。

 

「ただの気紛れ。

 きっと、そんなもんだ」

 

 ……嗚呼。

 私は、漸く自分が勘違いしていたことに気付きました。

 私は今までずっと舞沢さんは強い人なんだと思っていたけど、本当はほんの少しも強くなんかなかったんだ。

 何処にも逃げる場所がないから、ただ前に走り続けるしか選べなかっただけの、何処にでもいる普通の人だったんだ。

 

「舞沢さん」

 

 最後のパレードが終わり、夢の国が一時の微睡みに沈もうとする中、私は胸に宿った想いを舌に乗せて彼へと差し出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【一緒に連れていってください】

 

【私のことは忘れてください】




選べる未来はトゥルーとノーマル。

さあ白音、貴方はどちらの未来へ向かいますか?

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