「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
「私のことは忘れてください」
それを言われた瞬間珍しく固まった。
それが不味かった。
「がっ!?」
呆けた次の瞬間には白音の掌が水月に押し付けられ、白音の氣が丹田から全身に流し込まれていた。
「て…め……」
氣が全身を滅茶苦茶に掻き回したせいで回らぬ舌で怒りを発しようとするが、白音は泣きそうな顔で笑いながら言った。
「ずっと貴方の側に居たかった。
だけど、貴方は私が側にいても辛いだけだから、せめて、貴方の迷惑にならないようにします」
「待…」
「さよなら」
氣を洗い流し殴り倒せと冷静な判断が訴えるが、それをやる前にとにかく白音をぶん殴ると思考が滅茶苦茶に荒れ狂い、しかし白音はそれに気付かないまま夜の闇に消えた。
「ふ…ざ……け………るな……!!」
頭が沸騰する。
何が迷惑になりたくないだ?
てめえ、俺が、置いていかれるのが嫌いだって知ってんだろうが!!
「がぁっ!!」
上手く回らないチャクラに怒りは更に荒れ狂い、俺は滅茶苦茶に掻き回された身体に鞭打ってなんとか言うことを聞いた右腕で、自分の鳩尾をぶん殴った。
「ごぇっ!?」
無理な体勢からの殴打は威力は大して出せなかったが、横隔膜を突き上げられ生理現象で身体が勝手にえずく。
そしてその反動で空気を押し出された肺が酸素を求め空気を吸い上げ、ほんの僅かだが調息が行えた。
「ひゅぅ……」
産まれたてで練った程度のあるだけマシな氣を喉のチャクラへと注ぎ込み、無理繰り回転させ調息に必須な肺と横隔膜の支配を取り戻す。
そうして器官を正常に機能させ、白音が経絡に流し込んだ氣を洗い流し終えたのは一時間も要した頃だった。
「く、くく…」
漸く立ち上がれるようになった俺の口の端が勝手に釣り上がり、とうの昔に動かなくなった感情がギリギリと唸りを上げる。
「しろねぇ……」
最後にこの感情が本当の意味で起きたのは何時だったか、なにもかも忘れない俺でさえ定かじゃねえが、それでもだ、
「俺を怒らせて、逃げられると思うなよ?」
血管が切れるほどにぶちギレさせた事を骨身に刻み込んでやる。
「ちょっといいっすか?」
脚に氣を溜め飛び出そうとしたところにそう水を差された。
「あ"あ"?」
人の邪魔し腐った某の首を引き抜いてやろうかと睨み付けてみれば、そこに居たのはドクロの仮面にドクロの意匠をあしらった鎌を携えた人と冥府の死神の氣が混じった異様な小娘だった。
一目でこいつがオリュンポスの死者の国冥府の死神だと理解した。
「ひぇぇ…」
殺気をだだ漏れにしたまま叩きつけたせいか小娘は今にも漏らしそうな様子でビビってやがる。
こいつの事はどうでもいいが、エリシュオンは冥府の管轄。
部下の不始末とヘクトール将軍に責が向くのは腹の座りが宜しくねえ。
「なんの用だ砂利ん子」
殺気を収めて訊ねると小娘はしょっぱい顔をしながら口を開く。
「いきなり砂利って酷いっすよ…」
「こっちは急いでんだ。
ナンパってなら死んでからにしろ」
「いやいやいや。
死んだらデートもなんも出来ないじゃないっすか」
「死神なら魂だけでもヤれんだろ」
「魂だけに欲情する死神なんて上級者っすよ!!」
空気を混ぜっ返すために下ネタをぶちこめば面白いぐらい小娘は反応を見せる。
「で、改めて冥府の死神が何の用だ?
迎えってならもう少ししたら逝くから待ってろや」
適当を見計らって用向きを訊ねると小娘は「なんなんすかこの人……?」と脱力しながらも片手に握っていた麻袋を差し出しながら目的を口にした。
「ヘクトールからあんたに届けもんっす」
「将軍から?」
タイミングがタイミングなだけに微妙に嫌な予感を覚えながら麻袋を受け取ってみれば、中には禍々しい色の液体の入った小瓶と古めかしい兜が一つ入っていた。
「これは?」
将軍の兜とは意匠が違いすぎると問うて見れば、その答えは耳を疑うものだった。
「それは『ハデスの隠れ兜』っす。
瓶の中身はサマエルから抽出した毒って聞いてるっす」
……マジでか?
「なんでそんなもんを?」
正直頭が回らなくなりそう聞くも、小娘は知らないっすよとぶったぎる。
「あ、でもハーデス様から言付けはあるっす。
『居なくても困らんが、その気があったら愚兄を解放してやってくれ』って言ってたっす。
どういう事っすかね?」
「…………」
つまりアレか?
前に将軍が言ってた俺の七転八倒を楽しんでる面子にハーデス様まで入ってると?
で、取って付けたように今必要なもんを持ってきたって事は、
「くくく……」
なんつうか、もう笑うしかない状況だと今更になって理解した俺は、さっきとは別の意味で込み上げる笑いを必死に堪える。
「な、なんすか急に?」
「いや、ハーデス様に言っといてくれ。
『ゼウスは粗末なモンをきっちりもいでから帰してやる』ってな」
「え? え?」
訳がわからないと困惑する小娘を放置し麻袋を肩に担いで俺は歩き出す。
「ちょっ、せめて説明するっす!!」
後ろでなんか喚いてるが知ったことか。
漸く理解した。
つまるところ、全員グルになって俺と白音をくっつけたがってるって訳なんだな?
だからこの展開が面白くなくてちょっかい出してきたと。
ああ、いいぜ。
そんなにバカ躍りがさせてえってなら、何もかんも巻き込んで滅茶苦茶にしてやるよ。
「お望みのラブロマンスなんざ知ったことか。
白音に抱いたのと同じか、下手しなくてもそれ以上に据えかねる怒りを燃やしながら俺は
自重を捨てて何もかもぶち壊しに掛かる主人公。
こいつ最早主人公じゃねえ…