「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
神様は人間達を救いたいと思っていた。
だから手を差し出した。
だけどその度に人間達はその手を振り払ってしまった。
神様は困惑した。
人間達は滅びることを由とするのかと。
それでも人間達を救いたかった神様は決めました。
神様の手を振り払うものは全て殺してしまおうと。
そう決意した神様は、だけどひとつだけどうしても解りません。
人間達は何故、自らの滅びを拒みながらも自ら滅びへと向かうのか、と。
神様は問いました。
だけど、誰も答えを返しません。
蛇に唆され約束を破った男と妻も
怒りから弟を殺した兄も
自分との約束を守れなかった父も
自らに従い悪を洗い流した大地を踏んだ家族も
友と袂を分かち囚われた信徒を開放した指導者も
役目を終え帰ってきた息子も
誰も、誰も答えてはくれませんでした。
〜〜〜〜
次元の狭間にて地上の混乱を眺めていたリゼヴィムは、ふと思い付き隣で微笑ましそうに地上を眺めている『狐』に提案した。
「あのさぁ、今からエルサレムにトライヘキサを落としてみない?」
聖四文字による大粛清。
それによって起こる結末はさして
しかし『狐』はいんやぁとにちゃりと嗤う。
「確かにぃとらいへきさぁを今からやったればぁ、聖書の神さんのぉ計画をぶっ壊してぇくだはりますでしょうけどぉ、どうせひっくり返すぅやったらもぉっとおもろい機会がありますぅ」
「へぇぇ?」
あえて放置する意味を思い付かず首を傾げるリゼヴィムに、『狐』は邪悪に笑いながら嘯く。
「とらいへきさぁは、聖書の神さんのぉ千年王国が出来たぁ直後に放るんや。
聖書の神さんのぉ絶対秩序のお国が完成してすぅぐ崩壊したら、聖書の神さんとぉ神さんの羊ぃはさぁぞ良い声で啼いてくれはると思いません?」
嗤う『狐』の案にリゼヴィムはゾクリと背筋を震わせる法悦を覚えた。
「君さぁ、本当に良いね」
悪魔より邪悪で、人がどうしたら最も不幸になるのかを知っていてそれを愉しそうに実行する悪辣さに、リゼヴィムは『狐』に心から敬意を抱いていた。
いや、敬意など生温い。
それは最早畏敬であり、敬愛であり、いっそ愛とさえ言えるほどに惹かれていた。
「君は自分を妖怪だと言うけど、本当に妖怪なのかい?」
「…さてなぁ?」
リゼヴィムの問いに『狐』は戯けるように嘯く。
「そぉれ言うならぁ、あんさんはほんまぁに悪魔なんどすかぁ?」
「勿論さ。
真なる魔王ルシファーと原初の悪魔リリスの間に産まれた唯一無二の子。
由緒正しき本物の悪魔が俺だ」
そう胸を張るリゼヴィムだが、『狐』はにちゃりと嗤った。
「せやけどそれはおかしくあらへんかぁ?」
「…?」
「聖書が正しぃ言う前提やけどぉ、ルシファーは天より堕落したぁ天使でぇ、リリスはアダムの最初の番の人間やないんですかぁ?」
「…」
そう言われリゼヴィムは僅かに瞠目する。
「まあ、聖書は大夫都合よぉあちこちの神さんのお話取り込んでますから、どこまでもホントか分かりませんけどぉ?
でもぉ、ルシファーとリリスの話が本当だとしたらや、あんさんは堕天使とぉ人間の混ざり子言う事になりますねぇ?」
「違う!!」
『狐』の言葉を怒りさえ込めてリゼヴィムは否定する。
「ルシファーは悪魔だ!!
ママンは悪魔だ!!
そして二人の子である俺は悪魔だ!!
例え聖四文字だろうと絶対に否定させるか!!」
そう感情のままに吠えたリゼヴィムに、『狐』はせやと言う。
「誰が何と言うたかてぇ、自分が何者か決めるんは己どすぅ。
あんさんは悪魔やぁて自分で名乗るから悪魔なんや。
そしてうちもぉ、誰がどないにぃほざこうがぁうちはぁ『妖怪』やぁて言い張りますぅ」
コーギトー・エルゴー・スム。
真実が如何なるものであろうと、自分を何者だと本当に定義出来るのは己だけだと『狐』は嘯く。
「…ぷっ」
と、突然リゼヴィムは哄笑した。
「確かにその通りだ!!
俺は自分を悪魔と定義したから悪たれと在る!!
父が悪魔だから、ママンが悪魔だから!!
だけどなにより俺が俺を悪魔だと思うから悪魔なんだ!!
誰かに否定されたら悪魔じゃなくなる?
否だ!!
誰かから認められる必要なんてない!!
俺は、俺こそが悪魔なんだ!!
アハハハハハハハハハハハ!!」
そうして目が覚めたように楽しそうに笑い倒すリゼヴィムを横に『狐』は熱の籠もった視線を地上に遣る。
「それにぃ、あんさんはほんまにこのまま聖書の神さんのぉ一人勝ちになると思いますぅ?」
そう嘯く狐にリゼヴィムは笑いを潜め、そうだなと言う。
「聖四文字がエルサレムに籠もった時点で奴の勝ちは確定だろうさ」
仮に拠点に選ばれたのが日本であれば、ないしインドであれば答えは違うだろう。
世界中に信仰を持っていようと、日本は神道の、インドはヒンドゥー神話のホームグラウンドである。
その根が土着神である彼等が信仰を捧げる国の中で戦うならば、現在最強を争える二教のその力は根差す天地からの恩恵も合わさり聖四文字をも優に勝るだろう。
逆に彼等が地の利を失えばその力は大幅に制限されてしまう。
そしてエルサレムはユダヤ、イスラム、キリストの三教が聖地と崇める地である。
当然地の利はその三教が共に頂く聖四文字のものであり、日本神話とヒンドゥー神話のどちらも不利にならざるを得ない。
だからこそ殆どの神々は打って出ることを諦め、黙示録に対し守りを固める道を選んだ。
唯一、エルサレム侵略の歴史を持つローマが崇めたユピテルならば勝ち目もあったが、しかしそれも最悪の形で敗北した。
妥当な結論を言うリゼヴィムに、しかし『狐』はそうとは限らないと嘯く。
「何処にでも居りますやろ?
勝ち目がない言うて、だからどうしたんやって牙剥くど阿呆ってモンは。
そないな奴に限ってぇ、とんでもない真似しはるもんやぁ」
『狐』は思い出す。
絶望的な実力差を見せ付けられ、血河屍山を築こうと「だからどうした」と弓を張り槍を構え刀を握った侍達を。
そうして『狐』に負けていいと思わせた彼らの強さを。
その眩しさは今も『狐』を魅了し続ける。
「今回は見せてくれはるかなぁ?
世界をやり直すぅて言いはる神さんを、死んだぐらいで諦めずに殺してみせる人間ってもんを」
そう愉しそうに嘯く『狐』の横顔を、リゼヴィムは自分でもわからないほど面白くないと思った。
〜〜〜〜
数多のシャボン玉を掻い潜り空を翔る白音は、暫くして違和感を感じた。
(誘導されている…?)
シャボン玉の群れの中にあらかさまに層の薄い箇所が幾つもあり、最初は罠と警戒したが暫くする内に罠とは違う『意』を感じ取ったのだ。
敢えて気づかぬ降りを続けていた白音だが、それがエルサレムの外へと向かうのではなく中心部の『方舟』に向かうよう誘っていることに至り、どうするかと迷う。
(このまま逃げ続けても何れ狩られるだけ。
ならば、)
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
このまま八方を塞がれるのを指をくわえて待つより敢えて誘いに乗り期を見計らう。
(舞沢さん)
愛しい人の事を想い、それを振り切るように白音は空を蹴り『方舟』の正面に着地した。
そうして待ち構えていたのは王冠のような飾りの付いた髑髏を模した兜を被る白い鎧姿の騎士であった。
『声からして若いとは思っていたが、よもやこんなに幼い娘が悪魔とは……』
兜越しにくぐもった声がそう嘆くかのように溢れたが、ついで放たれた声は怒気が含まれたものだった。
『よくも神の身元たるこの聖都で同胞を殺して回ってくれたな。
その報いを受けろ!』
そう言い放った瞬間、白音は背中を走る悪寒に本能的に左へと跳んだ。
直後、白音が居た場所に白音をまるごと覆い尽くす巨大な氷柱が発生した。
『避けた?
だが、そう何度も続く筈がない!』
閉じ込めるつもりで発した攻撃をかわした白音に今度は落雷を落とす。
立て続けに飛来する雷撃をしかし白音は紙一重で避け続け前へと走る。
(どういうことだ?)
一度目は偶然でも、音速の三倍にも達する雷撃をこうまで避け続ける白音にデュリオは違和感を感じていた。
一方回避を続ける白音もまた、デュリオの言葉に疑念を抱いていた。
(殺した?
私が?)
潜入してから今日まで、白音は某蛇のごとく身を隠すことに注視し続け、交戦と呼べるものは匙を救出した一度のみ。
疑念を抱いた白音は、しかしすぐにその誤解の原因に思い至る。
(舞沢さん、貴方もエルサレムに来ているんですね)
ならば、猶予は無い。
大気の『氣』の歪みに合わせ地を蹴って雷撃を躱し、一気呵成に白い騎士へと駆ける。
『くっ!?』
鋭い踏み込みに神器では間に合わないと牽制のジャブを放つデュリオ。
ジャブとはいえ聖四文字より与えられた『四騎士』の加護と二天龍の鎧に匹敵する鎧そのものの性能により、並の者なら気付く間さえなく頭蓋を砕く程の威力を込められた拳が白音に迫る。
しかし相手が悪かった。
「覇ぁっ!!」
バンッ!!
拳が当たる刹那、白音は震脚を踏んでデュリオの腕を真下に打ち落とす。
そのまま衝撃で体勢が崩れたデュリオの兜越しに掌打を打ち込んだ。
『くっ、がぁっ!?』
加護が無ければ兜ごと頭を砕かれていたと錯覚する程の衝撃にデュリオの身体は仰け反り、たたらを踏もうとした身体はしかし打ち落とされた腕を掴んでいた白音によりぐいっと引っ張られ無理矢理直される。
この機を逃せば次は無い!!
そう白音は守りを捨て注ぎ込めれるだけの氣を四肢に廻し、肘を、掌を、習い修めた八極拳を叩き込む。
「セイッ!! タァッ!!」
肘打、掌打、拳打、靠撃、それらが鎧を通してデュリオの身体に突き刺さる。
その衝撃は鎧の防御を抜いて悲鳴さえ上げられないデュリオを打ち据え、突き抜けたダメージが内蔵を傷付け決して無視はできない痛みを覚えさせた。
『ブフッ!!』
スリットから吹き出した喀血が白音に掛かりその白い髪を血に染め、そして偶然眼に入り堪らず白音は開拳を打って間合いを開かせた。
打ち飛ばされたデュリオは立ち上がる事ができないまま、えづき激しくむせ返る。
『グエッ、ゴホッ!!』
兜が脱げ落ち、吐いた血で顔を赤く染めたデュリオが喘ぐ前で、白音もまた苦痛に膝を付いていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、」
酸欠に喘ぐように短い呼吸を繰り返す白音。
(無理を、し過ぎた、かな?)
エルサレムを覆う聖四文字のオーラから身を守る氣さえ攻撃に回したツケは高く、肺から焼かれるような痛みを全身を駆け回らせていた。
しかしいつまでもそうしてはいられない。
まだ追い込んだだけで、完全にトドメを刺した訳では無いのだ。
「…っぐ!」
喉を鳴らして痛みを食いしばり顔を上げた白音。
そして彼女が見たのは、濁流のように自身へと迫るシャボン玉の津波だった。
立ち上がろうと身を震わせていたデュリオは、藻掻きながら思考の片隅で走馬灯を走らせていた。
「主よ!!
何故、何故皆の命を召し上げたのですか!!??」
それはデュリオが『四騎士』に指名された直後の事だ。
曹操の身体を器として復活した聖四文字は、神器を宿しながらもその負荷により苦しんでいた子供達を集め、その魂ごと神器を回収したのだ。
当然子供達は一人残らず息絶えた。
それが耐えられず真意を問いたださんとしたデュリオだが、先じて『四騎士』に指名されたストラーダによりその意志は阻まれた。
「落ち着きたまえデュリオよ。
主は何も皆を軽んじた訳ではない。
彼等の苦痛を取り除く為自ら御身の傍に連れて行かれたのだ」
「ですが!」
「デュリオ。
デュリオ・ジェズアルドよ。
お前は何か勘違いをしていないか?」
尚も食い下がるデュリオに剣呑な気配を纏うストラーダ。
その威圧は怒りに呑まれかけたデュリオに冷水をかける程の強烈な気配であった。
「彼等は主自ら殉教を許されたのだ。
それをお前は間違いだと言うつもりか?」
「それは、」
「ああ。デュリオよ。
お前の嘆きは分からなくは無い。
確かに共に在った者達の殉教を悲しいと感じる気持ちは私にも経験がある。
だが、デュリオよ。
彼等は肉体を失いはしたが、それはほんの僅かな間に過ぎないのだ」
そう語るストラーダの目は法悦に満ち、感極まったのか涙を流していた。
「主は仰られた。
間もなく黙示録を経て地上に真なる千年王国が開かれると。
その暁には自ら召し上げた仔羊達を、千年王国の民として遣わすことを告げられたのだ」
そう語るストラーダの目には正気の光は無い。
神の威光に焼かれ、盲目に付き従う狂信者と成り果てていた。
「千年王国が完成すれば皆が生き返る…」
「そうだデュリオ。
一時の別れとて辛いと思うだろうが、これは試練なのだ。
『騎士』の役割を果たし、再会の喜びを分かち合うための尊い痛みなのだ」
分かったな?
そう言うストラーダに、デュリオはハイと頷くことしか出来なかった。
「負け、られない、んだ…」
ストラーダの言葉が狂気の妄言でないとは言い切れない。
しかし、もうそれに縋るしか道は無いのだ。
神の言葉を信じ、再会の可能性を信じて『騎士』として千年王国建国の礎に邁進し続けねば、デュリオは立ち上がることさえ叶わない。
「僕は、絶対に、負けられないんだ!!」
震える脚を叱咤し、血を吐きながらデュリオは魂の叫ぶままに咆哮した。
一番の被害者はストラーダ。
敬虔な信者を狂信者にしてしまうなんて聖四文字はなんてひどいやつなんだ。
余談だけど聖四文字は本気で子供達を救ったつもりです。
千年王国建国後に生き返らせるのも本気。
にしても、トライヘキサというか愉悦部の意向を書くだけだったはずなのにリゼヴィムが変な方向に進み始めてんな。