「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
アナザールート【グランギニョル】前
「気に入らねぇ…」
さっき響いた振動に俺は開いていた携帯をしまい万感の思いを込めて吐き捨てた。
ここ暫くの間に起きた自分らしからぬ振る舞いに漸く合点がいったからだ。
始まりはおそらく、あの日、兵藤の屑を見捨てた頃だろう。
隣に居たのが堕天使だと気付いていたが、気が乗らなかったのと面倒臭いのとで無視した翌日、野郎は悪魔に転生していやがった。
何もかもがおかしくなったのはそこからだ。
はぐれ悪魔狩りで偶々グレモリーとブッキングした俺は、興が乗ったままに奴等を適当に痛め付けてやった。
そして翌日、今日が最後と登校したら奴等に包囲されるも、自分の所属を明かし今日までに駒王町で狩ったはぐれ悪魔の数と被害者の総数を盾に詰問してやれば、グレモリーは己の非を認め俺はあっさりと解放された。
性根を入れ換えて土地の管理を徹底するとほざいたグレモリーの心胆を確かめるため、数日狩りを控えていたらグレモリーに新たな眷族が増えていたが経緯を聞き放置することにした。
そうして今は白音の懇願に応え仙道の師事をやっている。
まったく、どれもこれもあり得ねえ。
今までなら堕天使は見つけた時点で最優先で殺しに掛かっていたし、ブッキングしたならその時点で誰かしらを殺して手駒を削っていた筈なのにただ適当に痛め付けるだけで終わらせた。
そうなったなら翌日の登校なんてする筈もねえし、詰問にしたってやるならもっと徹底的にやっていた筈。
それに、白音の師事もそうだ。
何の対価も無しに仙道を教えろとほざく人を舐め腐ったら悪魔なんざ、指導に託つけてレイプとリンチを繰り返して路地裏に転がる肉塊にしてやっていただろうに、何をトチ狂ったか手取り足取り懇切丁寧に太極を通して基礎から教え込んでいる。
そうしてらしくないことを繰り返していた事に漸く気づいた。
「どうしたんですか?」
川の中ほどで氣の体感を高めていた白音が俺にそう訊ねる。
無視してもいいが……いや、この流れはもうどうにもならねえんだし、やるだけやっておこうか。
「別に。
「ぐらん、ぎにょる?」
首を傾げる白音に俺は吐き捨てる。
「白音、世の中には神様さえ巻き込む無駄に大層で、それでいてあんまりにも杜撰で御都合主義ばっか蔓延る茶番劇っつうもんが度々起きるもんなんだよ」
例えば、同じ女の腹から産まれたそれぞれ違う神の血を引く六人の兄弟を中心に起きた、法と自由の天秤を掲げた悪なき争いの物語。
例えば、大神が画策する人類淘汰の大戦争の引き金を引いた王子による英雄殺しの物語。
例えば、神の啓示を受けたただの村娘が魔女として火炙りにされる悲劇の物語。
例えば、隠された王の後継者が選定の剣を抜いて国を統一し滅びていった騎士の物語。
例えば、兄殺しの王子が神剣を手に孤独な遠征を成し遂げる英雄の物語。
「あるんだよ。
どんなに有り得ないことも起きて、端から見たらふざけるなと叫びたくなる御都合主義に守られて大成する
「それが、起きていると?」
「多分な」
そうであるなら、おそらくこの『茶番劇』の主役は兵藤なのだろう。
「白音。永く生きたいなら兵藤の糞野郎には反発すんなよ。
そうすりゃ、ちょいとはいい思いをするだろうからさ」
そう言うと白音はよくわかりませんと言った。
「まあ、その時になれば分かるだろうよ」
これが何かを変える一石になるかもしれないし、ならないかもしれない。
だが、さっき見た携帯の番号から日本神話に纏わる一切が消えていた事から、遠からず俺も退場させられるのだろうと確信していた。
今出来るのは、せめてあのパリスさえもが聖人に見える
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それは唐突な別れでした。
「がぁっ!!」
コカビエルとの決戦の最中、私を狙って放たれた光の槍を舞沢さんが庇い胸に受けました。
「舞沢さん!!」
崩れ落ちる身体を支えるも、治療する間もなく舞沢さんの氣はどんどん小さくなっていきます。
「ちっ、此処までか」
「喋らないでください!」
消えていく舞沢さんの温もりに恐怖のままに叫んでも舞沢さんは聞く耳を持たず私に言いました。
「白音、俺のことなんかさっさと忘れちまえよ」
「嫌です!!」
どうして、どうしてそんなこと言うんですか!?
「チッ、……まあ、いい……。
次は……上手く…やら、……ねぇ……と…………」
そう言いかけ、舞沢さんの命は消えてしまいました。
「舞沢……さん……?」
嘘、嘘ですよね?
だって、舞沢さんは、私達の誰よりも強かったのに、そんな、どうして?
「危ない!!」
突然視界がブレ、私が居た場所を、舞沢さんの身体を爆発が掻き消してしまいました。
「チッ、足手纏いを消してやろうというのに」
「テメエ!!
よくも小猫ちゃんを!!」
周りの叫び声が酷く遠くに聞こえていますが、だけど私はそんなことよりもコカビエルの攻撃が舞沢さんの身体を塵も残さず消した事が受け入れられずにいました。
これでもう彼は悪魔になることさえ出来なくなってしまった。
それはつまり、本当に舞沢さんは何処にもいなくなってしまったのだと。
私はその事が受け入れられるようになるまでとても時間を必要としました。
だけど、私を置いて時間は進んでいきます。
さっきまでの窮地は、あの人の死はなんだったのかと思うほど呆気なくコカビエルは追い詰められ、その後白い竜の氣を持った何者かに倒されてしまいました。
その後冥界は堕天使と天使との和平を結び、その会談でテロリストが襲撃を掛けました。
その時コカビエルを倒した白い竜はテロリストに荷担して、でもそれを兵藤先輩は倒しました。
気持ち悪い。
私はそれがとても気持ち悪い。
どうして舞沢さんに手も足も出なかった兵藤先輩がコカビエルを降したヴァーリと善戦できたんですか?
どうして神滅具を持っているからといってただの悪魔に竜殺しの剣を天使長が自ら預けるのですか?
どうして家族の命より部長の胸で強くなるんですか?
どうして皆彼が変質者だというのに好意を示すんですか?
どうして、誰も気付かないんですか?
あの男にとって
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
もう嫌だ。
こんな気持ち悪い世界で生きなければならないなんて耐えられない。
舞沢さん、私は貴方が恨めしい。
世界がこんなにも気持ち悪いだなんて気づかせた貴方が、もう何処にも居ないなんて赦せない。
だからせめて、貴方に教えて貰った仙道の教えと八極拳を完全に修める事が貴方が居た事の証なのだと自分を鼓舞して私は復習を続けます。
「小猫ちゃん?」
唐突に兵藤先輩が私に声を掛けてきました。
「……なんですか?」
正直視界に入れることも苦痛ですが、一応同僚なので八極拳の型を続けながら返事をします。
「いや、さ、最近落ち込んでるから心配でさ」
「……貴方には関係ありません」
その鼻っ柱に寸勁を叩き込みたい衝動を捩じ伏せそう拒絶しても兵藤先輩は私に絡んできます。
そして言いました。
「見てらんないんだよ。
「………」
抑えろ。
何を言われたって我慢するべきです。
例え…
「部長を散々馬鹿にした上に、悪魔になるぐらいなら餓鬼になったほうがマシだなんて言った揚げ句、何より部長のおっぱいの魅力を全く理解しなかった最低のお"ぉ"!?」
あまりもに耳障りだったので貼山靠で屋上から追い出しておきます。
部長には先輩が汗の匂いを嗅いでいる姿が気持ち悪かったから追い出したと言っておきましょう。
「軸がブレておるな。
それでは威力が分散してしまうぞ」
「っ!?」
構えからやり直そうとした直後に背後から耳朶へと滑り込んだ指摘に、私は振り向き様に全力で掌打を撃ち込んでいました。
本能の底から沸き上がる手加減してはならないという警告に従って放たれた掌は、しかし相手の掌をパシンと慣らすだけで受け止められてしまいました。
「功夫が足りんな。
…いや、迷いがあると見るが如何に?」
そう口にしたのは老齢の人間……いえ、
「仙…人…?」
膨大な氣を身に宿しているのにそれが周囲に一切のゆらぎを与えぬ様に私は思わず口にしました。
「なんの。
儂はただの
私の漏らした声に仙人は可可と笑いました。
「太極に至りながら未練と我欲のままに外れた老い耄れぞ。
仙人など烏滸がましい。
言うて精々が邪仙止まりよ」
彼はそう笑い、そして私を鷹のような鋭い目線で見遣りました。
「して、これも何かの縁だろう。
折角の才が陰るのは忍びない。
その悩み、儂に話してみぬか?」
「……」
そう言われ、私は話すべきか迷いました。
突っぱねてしまうのは簡単です。
だけど、どうしてか私はこの人を信じられるような気がしていました。
だから、意を決して口を開きました。
「……信じてもらえませんかもしれませんが、私は悪魔に転生した猫魈です」
「ほう」
「私は昔の事で仙術を扱うことを恐れていました。
最近になってある人から仙道を習い、拳もその人に師事しました。
ですが……その人は私を庇って死んでしまいました」
思い出すだけで辛い。
胸に秘めていた憎悪を言葉にする度、私の胸の奥で燻っていた感情が明確になっていくのが分かりました。
「私は悔しいんです。
あの男を奉り上げるのに邪魔だから、ただそれだけの理由であの人が殺されたことが、悔しくて、憎くて、なのに我が身可愛さに何も出来ない自分が憎くて憎くて堪らないんです!!」
私が抱いていたのは、誰でもない自分への怒りだったんです。
「私は悪魔で居ることが恥ずかしい!!
あんな破廉恥な男を英雄に奉り上げる悪魔の仲間で居ることが恥ずかしい!!
なのに、私は死ぬことさえ出来ない!!」
私は結局、臆病者なのだ。
初恋に殉ずることも出来ず、恐怖に震え、立ち竦んで蹲る事しか出来ない誰よりも恥知らずなのだ。
だから、そんな自分が誰よりも嫌いなんだ。
裡から溢れだす激情が涙となって溢れるのを抑えられず私は幼子みたいに泣きじゃくってしまいました。
「ならば、変えてみるか?」
そうして私の感情が少しだけ落ち着いた頃、彼はなんともなしにそう言いました。
「儂はかつて、ある弟子より太極への道を示された。
そうして太極に至り、己の裡に辿り着き答えを得た。
これも何かの縁。
お主が本当に己を変えたいと願うなら、儂が太極に至る道を示してやろう」
「……どうして?
偶々知り合っただけの私に、どうして?」
そう尋ねると彼は莞爾と笑いました。
「道に迷う幼子に手を差しのべるは老木の愉しみよ。
それに、主は筋がよい。
儂の拳を握ろうという才在る者に、指導の一つもやれんで開祖は名乗れぬわ」
……開祖?
「え?
じゃ、じゃあ貴方は……」
「応とも」
彼は真っ直ぐ拳を構え、堂々と名乗りました。
「李氏八極拳開祖、李書文。
時には『神槍』とも呼ばれた武術家よ」
その瞬間、私は巨大な歯車が狂う音を聞いた気がしました。
ちなみに白音はBまでしかしてなくて処女です。