「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」   作:サイキライカ

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 メインデッシュの肉料理。
 なお、グロ注意です。


アナザールート【グランギニョル】終2

 

 二つの剣線が白音へと迫る。

 片やギリシャの綺羅星の如く並ぶ英雄英傑の中にて轟く勇将の手に在り、よりその死後フランスの英雄の手に渡り数多くの勲功をもたらした不壊の聖剣。

 片やイギリスの英雄譚に始まりその後数多の聖剣の代名詞ともなった騎士王の聖剣。

 使い手さえ確かなら無双を約束するだろう二振りだが、今の白音を相手にするには使い手はあまりにも力不足であった。

 高速で幾度も振るわれるデュランダルを白音は最小限の動きでいなし、躱しきれないと判断すれば刃の腹に腕を叩き付け軌道を逸らして受け流す。

 その隙間を縫い『擬態の聖剣』が股下の死角から白音の急所を刺し貫こうとするも、白音はまるで見えている様に危なげなく躱してしまう。

 

「今のも避けるの!?」

 

 驚愕するイリナ。

 そもそも仙道を修め圏境という視覚に頼らぬ知覚圏を手に入れた白音に死角など存在しない。

 それに、イリナの剣の変幻自在など李書文の槍に比べたら赤子の棒遊び程の脅威にさえ及ばない。

 状況は白音の有利。

 しかしながら白音は白音で攻めあぐねてもいた。

 

(長拳無しで得物持ちを二人同時に相手するのはまだ手子摺りますね)

 

 八極拳の最大の弱点である射程の短さ、それが二人を生かしていた。

 そもそも八極拳は至近にて不利を被る槍術の難点を補うべく発達した武術である。

 故に八極拳は長拳や武器技術を同時に修めねば、今の白音がそうであるように相手に態勢を整える猶予を与えてしまう。

 ならば李や白音が悪いのかと言えばそうではない。

 忘れているかもしれないが白音が武を磨き始めたのは半年程前からだ。

 そんな状態の白音に今日までに八極拳のみならず長拳にまで手を伸ばし極めろというのはあんまりではないか。

 一応、李からは蟷螂拳と形意拳の型は習っているが、実戦に用いられる程修めてはいない。

 故に最も信頼する八極拳のみで戦う事を決めたのだ。

 先にゼノヴィアから仕留めようと攻め手に移ろうとした白音は、しかし氣の流れから一誠の復活を感じて内心舌打ちを打つ。

 

(アーシアさんが面倒過ぎる)

 

 どれだけ追い詰めようと、とどめを刺しきれねばアーシアが回復させられるため決定打に至らない。

 改めて彼女の厄介さを体験し白音は打開の為切り札を使うべきかと考えるも、しかしそれを拒否する。

 

(アレは先生も認めてくれたけど、だけど制御に意識を割かれ過ぎる。

 扱い切れない力なんて相手の思う壺です)

 

 そう考えていた白音は、そのほんの僅かな戦場からの意識の乖離の間に、一誠がすぐ近くまで迫っていたことに気付かなかった。

 

(やられた!?)

 

 茶番劇の掌から逃れられない事に怒りを抱く間も無く一誠は右手に宿る神器を白音へと翳し、龍のオーラを放った。

 

「喰らえ!!」

 

 『洋服崩壊』かと咄嗟に身を捻るも、しかし一誠は白音の服に触れる事なくその場に留まる。

 

「何「『乳語翻訳』!!」…はい?」

 

 今、なんと行ったコイツは?

 パイリンガルと巫山戯た台詞に耳を疑った白音は、しかし突然の異変に見舞われる。

 

『会いたいよ』

「な…!?」

 

 以前より確実に育った自分の胸から突如自身の声が聞こえたのだ。

 

「言わないって言うなら、君のおっぱいから聞かせてもらうぜ小猫ちゃん!!」

「はぁっ!?」 

 

 一誠の言葉に訳がわからないと悲鳴を上げる白音。

 同じく一誠の篭手から『また俺の力をくだらない事に使われた!!』とドライグの悲嘆の声がし、白音の混乱を余所に白音の胸は文字通り胸の内を曝け出していく。

 

『おいて行かないで』

「っ!! 黙れ!!」

 

 これ以上言うなと胸を抑え付けるも白音の胸は無慈悲に語る。

 

『ねえ、何処に居るの?

 私、貴方が教えてくれた事、全部出来るようになったんだよ?』

「止めて…やめてぇ…」

 

 聞かれたくない、誰にも明かしたくない胸の内を暴かれ戦いの最中にあっても耐えられず白音は蹲ってしまう。

 

『どうして?

 お願い、置いていかないで。

 私を貴方の側に居させて』

「嫌ぁ…やだぁ……」

 

 身一つで太極に至った時にこの気持ちを抱えていた事は白音自身自覚はしていたし、それを飲み込む事もできた。

 しかしだからといって、それを無理矢理曝け出されて耐えられるかは別だ。

 

『舞沢さん、貴方に会いたいよ』

 

 嘘偽りを許さない白音の願いを暴かれ白音は崩れ落ちた。

 崩れ落ち、顔を覆って嗚咽を零す白音を前に一誠達は混乱に見舞われていた。

 何故なら、『乳語翻訳』によって開明した彼女の胸の内からは主であるリアスへの想いは全く存在していなかったからだ。

 『乳語翻訳』により今だに吐露を続ける言葉から、確かに彼女が塔城小猫であったことは確信できたのに、にも関わらず自分達への感情は全くといって存在しない。

 

 兵藤一誠は、致命的な性欲さえ除けば『主人公』として一応妥協できる存在だ。

 

 仁義を大事にする気持ちは持っているし、仲間に対しても情深く大事と考えている。

 しかし、同時に年若い者特有の独善的な感情の押し付けや先走った自意識からの他者への配慮の無さも人並みに持っている。

 事、性欲が絡めばそれは更に酷くなり、下手をしなくても並の性犯罪者のそれよりもタチが悪かった。

 そんなある意味で普通な少年は、それ故に致命的に誤ってしまった。

 

「舞沢って、誰だよ?」

 

 3ヶ月前、戦いの最中に命を落とした知己の存在を、さして相手を知る機会もなかったからと記憶から忘却してしまっていた。

 

 

 バキン

 

 

 その呟きと同時に何処かで歯車が砕ける音がした。

 同時に空気から温度が消え、一誠が『乳語翻訳』を解除した訳でもないのに白音の胸の声が途切れる。

 

『相棒』

 

 さっきまで泣いていたとは思えない程警戒心を露わにしたドライグの声が響く。

 

「ドライグ?」

『お前、龍の逆鱗に触れたようだぞ』

 

 その言葉を証明するように先程まで蹲っていた白音が幽鬼のようにゆらりと起き上がる。

 

「…今、なんて言いました?」

 

 僅かに首を傾け表情が抜け落ちた貌を向ける白音。

 

「こ、小猫ちゃ‥」

「今、なんて言いました?」

 

 怯えるアーシアの呼び掛けに応じず、猫のように縦に割れた瞳孔で四人を睨めつけながら再び同じ問を投げ掛ける白音。

 同時に、何かが崩壊しているような得体の知れない感覚が四人を襲うも、しかし白音の問いがそれに構わせない。

 

「今、なんて言いましたと、聞いているんですよ!!」

 

 直後、白音を中心に膨大な氣が荒れ狂った。

 

 

〜〜〜

 

 

「……ほう?」

 

 同時刻、大陸行きの船を求め大阪へと赴いていた李は、突然大気中の氣が京都へと流れを変えたことに気付き、そして思い当たる原因に向け僅かに口角を吊り上げた。

 

「羽化するか白音よ。

 ならばこそ、望むままに存分に励め」

 

 

〜〜〜

 

 

「一体何が!?」

 

 突然の変容に理解が追いつかない一誠達は渦巻く氣の中心で吠える白音をただ見続けていた。

 

「ァァあぁああ嗚呼ああア!!」

 

 吠える白音の顔に悲哀と赫怒と憎悪がない混ぜになった混沌が刻まれ、見る者に恐怖を刻む恐ろしい貌となっていた。

 

「ふざけるな」

『ゆるさない』

 

 頭部から隠していた耳が生え、下穿きを貫き伸びた二本の尾がゆらりと揺れる。

 

「ふざけるな!」

『ゆるさない!』

 

 荒れ狂う氣の奔流は白音へと吸い込まれて行く。

 それに伴い白音の身体にも変化が起きた。

 髪の色が白から透き通った翡翠色の輝きを放つものへと変化し、その整った顔立ちと合わせて天女のような美しさを醸し出す。

 

 此れこそが白音が羽化登仙に至った在るべき姿。

 

 転生悪魔から仙人へと至り、『仙貍』へと進化した白音の本当の姿である。

 

「なんて‥綺麗なの…」

 

 翡翠色のオーラを纏う白音は基督教徒であるイリナをして美しいと褒め称えさせる。

 

 しかし、

 

「ふざけるな!!」

『ゆるさない!!』

 

 白音は怒りを、嘆きを、絶望を、それら全てを齎した『茶番劇』へと全ての感情を叩き付ける。

 その怒りのままに、白音は自ら禁じていた更なる羽化登仙へと踏み込む。

 そもそも白音が常に羽化を成していないのはその姿で居続ける事が非常に困難だからだ。

 羽化を成している間、白音は平時とは比べるのも馬鹿らしいほどその力を増すが、代償に世界との繋がりをより深くし、ほぼ無制限に大気と大地から氣を吸い上げ取り込んでしまう状態になってしまう。

 それは嘗て仙術の扱いにしくじり暴走した、姉の惨劇を再来させる危険な状態でもあったのだ。

 故に李は白音に武を磨くよう師事した。

 武を磨き、心身をさらなる高みに至らせる事が羽化を自在に扱い熟す最短の道だと自らの経験から導き出していたからだ。

 白音はそれを是とし羽化を封印して自らを鍛え続けていた。

 そうして是としながらも白音は知っていた。

 

 自らの羽化登仙には更にもう一つの形が存在することを。

 

 同時にそれが羽化とは真逆の魔境であることも理解していた。

 一度成せばもう戻れない。

 正しき姿を捨て自ら外道へと堕ちる者に救いは無いのだと本能で理解していた。

 だが、

 

「舞沢さんがいない世界に」

『舞沢さんがいない世界なんか』

 

 白音は魂から咆哮する。

 

「いたくなんてない!!!!」

『全部壊れてしまえ!!!!』 

 

 白音の叫びに応じたかのように翡翠の輝きが血のようなドス黒い紅へと染まり、更に尾が同じ色の炎を纏い地獄の業火のように揺らめかせる。

 

 同時に髪の色も血を浴びたように赤黒く染まり全身を炎の様な黒い紋様が這い回る。

 それは白音が仙人から魔性へと自ら堕ちた証。

 邪仙、否、人食いの妖猫『火車』へと生まれ変わった白音の新たな姿であった。

 

「小猫……ちゃん………?」

 

 美しく変身したかと思った矢先に変わり果てた白音に戸惑い思わず一歩下がる一誠。

 その真横をゼノヴィアが駆ける。

 

「ゼノヴィア!?」

「こいつは最早塔城ではない!!

 今此処で倒さねば間違いなく私達の災いとなる!!」

 

 白音から感じる恐怖を振り払うため、ゼノヴィアはデュランダルを振りかぶる。

 

「ハァァァァアアアアアア!!」

 

 裂帛の気合と共にデュランダルを振り下ろした。

 だが、振り下ろされたデュランダルを白音はすり抜けるように躱すと白音の手がゼノヴィアの顔を掴み、そして、

 

「邪魔」

 

 まるでトマトを握り潰すように、なんの労力も見せずゼノヴィアの頭を握り潰した。

 

「ゼノ‥ヴィア?」

 

 さっきまで生きていた仲間があっさり殺された事が理解できず呆ける一誠。

 一誠達に構う様子もなく白音は手に着いたゼノヴィアの血肉を眺め、徐ろにそれを舐め取り、そして、馳走を口にしたようにチシャ猫の様な顔で嗤った。

 

「ウワアアアアアアア!!」

 

 ゼノヴィアの死を、相方であったイリナが真っ先に現実を理解し狂ったような叫びを上げて『擬態の聖剣』を振るう。

 

「よくもよくもよくもゼノヴィアを!!」

 

 『擬態の聖剣』を糸のように細く何重にも重ねて白の周囲を包囲する。

 しかし白音はそんなイリナに構うことなく手に着いたゼノヴィアの血肉を舐り指の隙間までしゃぶる。

 

「やめろイリナ!!」

「切り刻まれて死ね!!」

 

 嫌な予感から制止の声を上げる一誠の声も虚しく激情のままイリナは柄を引いた。

 今の白音に『擬態の聖剣』による全方位同時斬撃を躱す術はない。

 そもそも、そんな必要はない。

 

 カキィィィイン!!

 

 白音の身体に触れた瞬間、『擬態の聖剣』は甲高い音を起てて砕け散った。

 

「そんな…っ!?」

 

 避ける素振り処か気づいてさえいたかも怪しい白音に『擬態の聖剣』を砕かれ絶望を過ぎらせたイリナだが、いつの間にか右手を鈎状に構えた白音の姿に浸る暇は与えられなかった。

 

「お腹空きました」

 

 そんな場違いな台詞と共に右手がイリナの右胸を貫き、その心臓をもぎ獲られイリナは絶命した。

 

「イリナァァァァアアア!!」

「いやぁぁあああああ!!」

 

 一誠とアーシアの悲鳴を背後に白音は旨そうにイリナの心臓を貪る。

 

「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

 昨日まで普通に笑い合っていた自慢の仲間が無価値に殺され食い散らかされる様に、一誠はこれが夢なんだと現実を否定しようとする。

 それをドライグが引き戻す。

 

『正気にもどれ一誠!!

 そうでないと全員死ぬぞ!!』

 

 ドラゴン故に敵を生きたまま喰らう事も然して珍しいモノではないドライグは逸早く冷静さを取り戻し激を飛ばす。

 

「済まないドライグ」

 

 激を受け多少持ち直した一誠は、覚悟を決め顔を上げ、そして瞠目する。

 

「元聖女のお肉、美味しいかな?」

 

 視界の中に、目の前で口元を血糊で真っ赤に染めた白音がアーシアへと飛びがかっている光景が飛び込んで来た。

 

「ひっ!?」

 

 恐怖に引き攣った悲鳴を上げるアーシア目掛け腕を振り上げる白音。

 

「やらせるか!!」

 

 アーシアだけでも守ってみせるとその身を盾とする一誠。

 振り下ろされた五指に防御すらおぼつかず二人は吹き飛ばされた。

 

「キャアアアア!?」

「がぁっ!!??」

 

 想像を絶する衝撃に二人纏めて大きく吹き飛ばされた。

 一瞬で気絶と覚醒を幾度も繰り返しながら何度もバウンドを繰り返して地面を削り、ようやく静止がかなったのは300メートル以上吹き飛んでからの事だった。

 

「一誠さん!! 一誠さん!!」

『しっかりしてくれ相棒!!』

 

 アーシアとドライグの必死の呼びかけに朦朧とした意識を必死に繋ぎ止める一誠。

 そのまま立ち上がろうとするが、下半身が言うことを聞かず上手く行かない。

 

「どう…」

 

 何度やってもうまく行かず流石におかしいと視線を下げた一誠は、その理由をようやく理解した。

 

「あ、ああ、ああああ…」

 

 視界の先、そこにある筈の自分の足は、腹からまるまる引き裂かれ泣き別れになっていた。

 

 

 

 




 作中の羽化登仙は例えるなら某野菜人の超化に直せば理解しやすいかと。

 通常羽化登仙→超野菜人
 邪仙火車化→伝説の超野菜人

 因みに李書文は常に羽化登仙してます。
 状態的には精神と時の部屋から出てきた平常状態で超野菜人化してた○空親子状態。
 そして李の全力は完全制御された身勝手状態。

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