「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」   作:サイキライカ

62 / 79
ぶっちゃけ、こいつも死ぬ筈だったんだけどね


アナザールート【グランギニョル】終4

 神滅具『黒刃の狗神』を宿し、運命に翻弄されながらも必死に生きてきた幾瀬鳶雄は、その日、その運命の終幕に立たされた。

 

「初めまして。というべきなんでしょうね」

 

 任務を終え仲間達と別れて行動していたところ、唐突に呼ばれたような気がし抗うことなく赴いた鳶雄は、そこで一柱の神と出会った。

 それはまるで温かい日差しの中で満開に咲いた花のような、冬の訪れを前に今にも風に吹かれて散ってしまいそうな儚げな花のような、真夏の日差しに負けぬよう大輪を咲かせる花のような、身を刺すような冷たい空気の中でも力強く咲く花のような、そんなどれにも当て嵌まるような花としか表せない女神だった。

 女神は鳶雄に語り掛ける。

 

「ご足労を掛けましたね。

 ですが、この度はどうしてもそなたに願わねばならない話がありました」

「い、いえ、大丈夫です」

 

 自分を慈しむ目を向ける神の言葉に鳶雄はやや吃りながらもそう答え、その内心では己の裡から湧き上がる感情に戸惑っていた。

 彼女を前にして最初に思ったのは、畏れ多いという畏敬とまるで行方しれずとなった母と再会できたかのような安堵であった。

 勿論彼女とは初対面だ。

 なのに、最初から識っているような懐かしさを、逢えたことへの無常の歓びを感じていた。

 今すぐにでも抱きしめたいという想いを、しかし鳶雄は蓋をして抑えつける。

 

「それで、俺に何を?」

 

 問う声に女神は嬉しそうに目を細めてからやや目を伏せると申し訳なさそうに口を開く。

 

「そなたの魂に宿りし神の呪縛に囚われた、在りし形を歪められた私達の父神の剣を返して頂きたいのです」

「魂に囚われた?」

 

 そう言われすぐには思い付かなかった鳶雄だが、さして間をおかず思い当たるものに気付く。

 

「もしかして、クロのことですか?」

 

 クロこと『黒刃の狗神』は戦う際に身から刃を生み出している。

 それが尋常ならざる力を発揮することが常であり、名前こそ知らないが彼女の言う剣の事ではないかと思い至ったのだ。

 飛雄の言葉に首肯を返す女神。

 

「ですがどうやって?」

 

 応じるにしろ断るにしろ、魂と繋がった神器を取り出す手段は無い。

 いや、あるにはあるが飛雄の知るそれは死を意味する。

 

「方法は三つ。

 一つは自然と剥がれるようそなたを黄泉路に送る事。

 もう一つは魂との接続を力で断ち抜き取る事。

 一つはそなたに人としての生を捨ててもらわねばならず、もう一つの方法もそなたの身と御霊に深い傷を残す故に抜いた後のそなたの生は約束できません」

 

 今すぐ死ぬか、死ぬ可能性が高い方法を口にされ鳶雄は当然拒否したいと思う。

 

「そしてもう一つは、そなたを一時の鞘としすべての縁を捨てその生を終えるまで高天ヶ原で過ごす事です」

「高天ヶ原…」

 

 その言葉に飛雄は言葉を無くす。

 その言葉の意味を突き詰めれば、つまりだ

 

「俺に『神の子を見張るもの』を裏切れと?」

「そう、受け取って構いません」

「そんな…」

 

 女神の言葉に鳶雄は否を口にしようとしたが、しかし思いに反し喉は震えるだけで言葉にはならなかった。

 女神が何かしたわけではない。

 魂とも違う、鳶雄の『血』ともいうべき何かが鳶雄を留めたのだ。

 『血』は鳶雄の意思とは裏腹に女神への恭順を望む。

 

「そなたの苦難に何もしなかった私達が今更手を伸ばす事を不快と思うは当然です。

 ですが、それでも私はそなたにこれ以上傷ついて欲しくはないのです。

 どうか、私と共に高天ヶ原に来てはくれませんか?」

 

 自らも勝手な願いと自覚し、それでもと望む女神の言葉に抗い難い望郷の念を懐き頷きそうになる。

 しかしだ。しかし、

 

「…出来ません」

 

 鳶雄は全てを振り切りその願いを拒絶した。

 女神が一切の悪意なく、自分を想っている事は疑うまでもない。

 だけれども、だけれどもだ。

 

「俺は、みんなを裏切りたくはないんだ」

 

 『神の子を見張るもの』の一員としての生活は決して平坦では無かった。

 辛い事も、逃げ出したい事も、膝を折って蹲りたい事も、ふざけるなと投げ出したくなる事も沢山あった。

 それでも、仲間との日々は楽しかった。

 最初は巻き込まれただけで、押し付けられた運命だったかも知れないが、それでも逃げ出さず今日まで来た。

 それを投げ捨ててしまえば、決して鳶雄は自分を許せなくなる。

  鳶雄の答えを聞いた女神の反応は、意外なものだった。

 

「…ありがとう」

 

 断られたというのに、口から溢れたのは感謝の言葉だった。

 聞き間違いかと問おうとする鳶雄より先に女神は微笑みと共に言う。

 

「私達が貴方達の手を離したことは間違いじゃなかった。

 貴方はもう、私達が手を差し伸べなくてもちゃんと生きていける。

 それを示してくれてありがとう」

 

 目尻に雫を湛えながら哀しそうに、だけれどそれ以上に嬉しそうに女神は言う。

 その感謝の言葉に胸をかきむしりたくなる衝動に駆られるも、それをする資格は自分には無いと只管に必死に拳を握る。

 

「それが答えだな」

 

 重い空気を裂いて新たな声が二人を割って入る。

 ワインレッドのレディーススーツを着込んだ、まるで燦々と輝く真夏の太陽のような印象を与える女神であった。

 

「お前の答えは確かに聞き届けた。我らの末の人の子よ」

「大神様」

 

 ハッと気付き慌てて傅く女神。

 そして鳶雄もまた、言われるでもなく姿勢を正して平伏していた。

 

「面を上げろ。と言うのは些かならず酷な話だな」

 

 鳶雄の態度に少しだけ困った様子でそう嘯く女神。

 さもありなん。

 彼女は天照大御神。

 この国の主神にして太陽の擬人化した存在。

 太陽を直視するなど只の人間には、それも『日本人』ならば尚更無理な話だ。

 尊顔を閲するだけで魂が否応なしに恭順してしまう。

 それ故に鳶雄は本能的に平伏してしまったのだ。

 

「人の子、いや、幾瀬鳶雄と言ったな?」

「…はい」

 

 名を呼ばれただけで感激に打ち震える己を縛して声を発する。

 

「お前の覚悟は確かに受け取った。

 だが、それでもとと様の剣は返してもらわねばならぬ。

 故にだ、お前には私達を恨む事を赦す」

 

 その言葉と同時に鳶雄の手綱を引き千切って『黒刃の狗神』が暴走した。

 

「やめろクロ!!」

 

 鳶雄の静止も聴かず『黒刃の狗神』は全身から刃を伸ばし針鼠のようになって天照大御神へと飛び掛かる。

 

「宿主を護ると謳われながら主にさえ牙を向くか駄犬が!!」

 

 轟!!

 

 天照大御神の怒りを受け睨まれた『黒刃の狗神』が一瞬で炎に包まれる。

 如何程の熱量か想像もつかない業火に焼かれ一瞬で原型を失う『黒刃の狗神』。

 

「ガッ、ァァアァアアアアアアアア!?」

 

 『黒刃の狗神』を焼く炎は宿主である鳶雄の魂にまで延焼し、魂を炙られる未知の痛みに鳶雄が悲鳴をあげた。

 炎は『黒刃の狗神』を一振りの剣を残して焼き尽くしすぐに消えたが、魂を燃やされた鳶雄は耐えられず意識を失い倒れる。

 

「大神様!?」

「狼狽えるな咲耶姫」

 

 伏した鳶雄に声を上げた木花咲耶姫神を制し天照大御神は倒れた鳶雄を優しく抱き上げる。

 そして熱に浮かされて苦しそうではあるが、意外にしっかりとした呼吸をしていることを確かめ、僅かに口許を綻ばせた。

 

「ああ、強い子だなお前は」

 

 『黒刃の狗神』に組み込まれた天之尾羽張は旱魃の神格である家具土を殺した故に、同じ太陽神である天照大御神も殺してしまう可能性があった。

 そのため鳶雄への手心を掛けることはしてやれず、『黒刃の狗神』を焼き尽くした際に鳶雄の魂も諸共に焼き尽くす事も承知で『黒刃の狗神』を炎に焚べた。

 しかし鳶雄の魂は天照大御神の炎に耐えて生き残った。

 おそらく『黒刃の狗神』の中にあった天之尾羽張の力により天照大御神の炎が効きづらくなっていたからだろう。

 しかしそれでも鳶雄の魂が脆弱なままだったなら魂は燃え尽きていた。

 天照大御神は鳶雄を木花咲耶姫神に預ける。

 

「この子を頼むぞ咲耶姫」

「畏まりました」

 

 慈しみ鳶雄を抱く木花咲耶姫神を僅かに羨ましそうに見てから天照大御神はキッと眦を吊り上げ、そしてポケットから糸を取り出し自らの髪を角髪に結い上げ始める。

 

「咲耶姫。

 今一度だけ、私は自らの禁を破る」

「はい」

 

 それは太陽神として在るべきと自らに定めた誓い。

 

「聖書に連なる人ならざるものを滅す。

 呪うなどという遠回りはしない。

 私自ら滅す」

 

 長として決して戦場に出ないという誓いを破り、天照大御神は重ねに重ねた我慢の紐を解く。

 元より天照大御神は後ろで見ているだけで我慢できるような性分ではない。

 事あれば自ら戦装束に身を包み先頭に立ってしまう苛烈な神なのだ。

 ワインレッドのスーツはいつの間にか戦装束へと変わっており、手には背丈を超える大弓を携えていた。

 本気の姿に木花咲耶姫神は述べる。

 

「どうぞ御意のままに。

 我等が長よ」

 

 木花咲耶姫神の言葉を背に天照大御神は天之狭霧神を呼び冥界の天へと移動する。

 

「須佐之男尊」

「ここに」

 

 天照大御神の呼び掛けに国之狭霧神を介して参上すると、須佐之男尊は臣下の礼を払い宙に膝を着く。

 

「私の名代として天界へ赴き、お前の剣を返してもらえ」

 

 天照大御神の言に須佐之男尊は一切の問を発さず短く「御意」と応えその場を退く。

 

「さて、終わらせようか」

 

 そう口にし、天照大御神は弓を構える。

 

「我、天照大御神はここに告げる。

 今から放ちし矢は葦原中國の、否、大地に住まう神より独り立ちを成さんと足掻く者たちの足を掴みし邪悪を穿つだろう」

 

 宣誓と共に莫大な神気を凝縮させ一本の矢を生み出すと、天照大御神はそれを番え全霊を籠めて弓を引き絞りながらその矢を天に向ける。

 そして、天照大御神は矢羽を掴む指を離した。

 放たれた矢はひゅうと風を切って真っ直ぐ天へと昇り、そのまま冥界の空を射抜くかと思われた刹那、まるで意志があるかのようにピタリと静止した。

 静止した矢は僅かに迷うように揺れた後、鏃の先端を真下へと向け、そして真っ直ぐ大地へ向かうとそのまま冥界を穿った。

 

 直後、冥界に新たな『太陽』が生まれた。

 

 天照大御神の神気により生み出された太陽は()()()()()()を基に天体の太陽同様核融合を開始する。

 そして太陽から放たれる100万度を優に超える熱風が秒速450キロで冥界を駆け抜けた。

 

 その結果は言うまでもない。

 

「呆気ないものだ」

 

 冥界は一切の例外もなく灰さえ残らず燃え尽きた。

 悪魔、堕天使、龍。

 それら全てが熱風に焼かれ塵と化してどこにあるかも分からない冥界の果てに追いやられていった。

 天照大御神の神気により生み出された太陽の光は悪魔が見れば目が焼け爛れ、吹き荒れた太陽風はそれが微風であったとしても触れただけで溶け落ちる猛毒であった。

 それが如何なる金属をも溶かす熱を孕みながら音さえ置き去りにする速度で駆け抜けたのだ。

 もし仮に、奇跡が起きて生き残りがいたとしてもどうにもなりはしないだろう。

 

「残るは地上に残るモノのみ」

 

 自分の分は果たしたと天照大御神は感傷を抱く事もなく天を見上げた。

 

 

〜〜〜〜  

 

 

 天照大御神の名を受けて天界へと赴いた須佐之男尊はゆっくりと天界を見物しながら一人最上部を目指し歩いていた。

 

「情けない奴らだ」

 

 多くの天使が居る筈の天界は完全な伽藍堂と化していた。

 あまりに静かすぎてつい独り言が溢れてしまう。

 

「天照大御神の名代として相応しいよう()()()()()()と言うのに誰も出てこないとはな」

 

 そうごちる須佐之男尊の髪の隙間から、一匹の百足が這い出てくる。

 天使達は出て来ないのではない。

 天照大御神の命に従い名代に足るよう()()()()()()()としての姿で天界へと赴いた須佐之男尊が無尽蔵に撒き散らす穢れに触れ、天使達は誰一人逃れることも出来ないまま消滅してしまったのだ。

 そこに下級上級の区別は無く、転生天使どころかセラフすら穢れから逃れられず無へと消えた。

 そうして誰も居なくなった天界を歩きながら須佐之男尊はごちる。

 

「しかし参ったな。

 こう無駄に広いと俺の剣が何処に有るかサッパリわからん」

 

 誰か道案内をしてくれないものかと、須佐之男尊は困りながら天界を彷徨うのだった。




姉「ツァーリ・ボンバ!!」
冥界「ギャアアアアアア!?」
弟「毒ガスバラ撒いたる」
天界「グェぇぇぇぇ!?」

そんな感じで無価値にさっくり天界&冥界お掃除完了。

そしてようやく次で終わり。

食後のコーヒーという名の最後の愉悦をどうぞお待ち下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。