「悪魔を殺して平気なの?」「天使と堕天使も殺したい」 作:サイキライカ
「
夜半の殆どを情報の精査に費やした翌日。
早朝の朝靄の中、俺は『一条戻り橋』の真ん中で手摺に寄り掛かり思考に没していた。
「悪魔のせいで生じた結界の歪みを修整するため入口を変えたとか言ってたが、どう見ても
視界の端に見える『晴明神社』。
平安最強の『陰陽師』であり、妖狐『葛の葉狐』の血を引く『半妖』であり、日本を揺るがした三妖の一角『玉藻の前』を討伐に最も貢献した結果、天皇の計らいで死後には稲荷神と集合された『上人』であり、地質学にまで通じ当時の人間が知るはずも無かった
「残念ながら晴明本人は高天原におわしておいでだ。
助けなんざ期待できねえよ」
そう吐き捨て、昨夜のうちに判明した誤算に内心頭を抱える。
(真逆葛の葉はおろか、五月の家系までが絶えていたのは予想外過ぎた。
第二次世界大戦、恨むぜ)
今の『裏京都』の総大将『八坂』は葛の葉狐とも五月とも血縁を持たない九尾狐。
第二次世界大戦のゴタゴタに紛れて流入した聖書陣営の侵攻により当時の要役だった葛の葉の血縁と予備として控えていた五月の血縁までもが死に、急遽として当時最も力のあった八坂を総大将に据え置いたそうだ。
(とはいえ、やることは変わらねえ。
さもなくば、八坂の娘に
まかり間違って八坂が総大将のままに悪魔に転生しようものなら京都は、いや、
「さて、そろそろ行きますか」
考えているだけでは何も解決しないと、寄り掛かっていた体を起こし、柏手を打つ。
「『恐み恐みも申す。
境見届ける久延毘古神。
今一時、御身が見届けし境を抜ける事を釈し給え』」
宇迦御霊神と同じ田畑の守護神であり、境界の監視者として道祖神とも同一視される事もある久延毘古神に簡易の祝詞を捧げ、一条戻り橋から身を投げる。
下に水は流れておらず、常人なら骨の一本は覚悟する高さだが、元よりその程度でどうこうという事はない。
刹那、世界の色が反転し近代化の影響を受ける京都の風景が一変した。
ばしゃりと水を跳ねさせ、硬いコンクリートとは違う湿った土の感触を靴裏に感じながら着地の衝撃を関節のクッションで受け流し逃し切ると、視界に広がるのは氾濫に備えコンクリートではなく石を積んだ川縁と、切り出した石を土台に太い木を組んで掛けられた嘗ての『一条戻り橋』がそこにあった。
「変わらねえな」
戦に災害に区画整理にと様々な理由から失われたかつての光景そのままの姿に、つい口から懐古が溢れてしまう。
「何者だ!?」
記録をほじくり返し懐かしんでいると、橋から粗末な槍を手にした人型の妖怪が俺に怒鳴りつけてきた。
頭の耳の形から狼の妖怪らしいが…いや、気にする必要はないな。
「『陰陽寮』からの要請で来た拝み屋だ。
総大将八坂との面会を求める」
一々気にする必要もないと、威嚇に取り合わず預かった呪の込められた割符を見せながらそう告げると、妖怪は警戒しながらも穂先を下げる。
「割符を検める。
こちらに渡せ」
「はいよ」
上がって来いという意味を含んでただろう言葉を、敢えて言われた通り手首のスナップを効かせ妖怪へと割符を投げ渡し、予想外だったのか飛んできた割符をおたついた様子で受け止めている間に足首の稼働で跳ね橋へと戻る。
「た、確かに本物だな。
よし、……って、あれ?」
いつまでも川の中に居るわけがなかろうに川の中を見渡す妖怪に呆れながら「こっちだ」と言う。
「いつの間に…?」
「妖相手に、体術もままならねえ素人を寄越すわけねえだろ」
「ぐっ…」
馬鹿にされたと思ったのか妖怪は俺を睨むが、しかし癇癪を起こす様子もなく「案内する。付いて来い」と先導を始めた。
「なあ、」
懐かしい光景の中を歩いている途中、前こそ見ているがこちらを警戒して耳をこちらに向けている妖怪に問う。
「なんだ?」
「お前、半妖だろ?」
ぴたりと、妖怪の脚が停まる。
「……それがどうした?」
「別に。確認しただけだ」
「……」
そう正直に告げると、妖怪はなにも答えず再び歩き出した。
そうして暫く歩き、造りのしっかりした公家屋敷に到着する。
「客人をお連れした!!
開門を求む!!」
大仰な呼び掛けに応じ、屋敷の扉がぎぃぎぃ鳴りながら両の扉を開いて招く。
「どうぞこちらに」
屋敷に通され、案内が女中の格好をした女に変わり奥へと進む。
少し歩くと、すぐに一枚の襖の前で足を止めた女中は襖越しに中へと声を掛けた。
「八坂様。
陰陽師様が参りました」
すると襖の向こうから「中へ」と返され襖が開かれる。
そこに居たのは大き過ぎるというぐらいの胸を備えた、女性らしさを煮詰めて鋳型に押し込んだような豊満な金髪の妖狐と、稲穂のような金色の髪と顔立ちから血縁だろうと想像させる幼い娘が待っていた。
「ようこそお出で下さいました陰陽師殿。
お初にお目に掛かります。
『裏京都』の総大将『八坂』に御座います」
「娘の九重です」
二人揃って丁寧な挨拶をすると、八坂と名乗った妖狐は口を開く。
「ささ、まずはお座りください。
茶の湯も飲みやすい良い具合に冷めておりましょうから」
「茶番はそこまでにしておけ」
そう促す八坂に対し、俺は吐き捨てると三画ルーンを刻んで炎を生み出し、それを二人へと叩き付け燃やす。
「随分な歓迎だ。
中々気が利くと思うぜ」
途端、燃えた八坂親子諸共屋敷がぐにゃりと歪み、術によって構成された屋敷が消え去り手入れのされていない畑というその正体を顕にする。
「いつからお気付きでした?」
ただ一人、消えずに残った女中の問に「最初からだ」と切り捨て、俺は半ば呆れの目をやる。
「見鬼を試したか、それともただあしらいたかっただけか。
どちらにしろ、この程度の見抜けない間抜けならこれで十分と思ったのは間違いないようだな? なあ、『八坂』?」
途端、女中の身体が風船のように膨らみ、肢体はスラリと伸び、胸は豊かに膨らみ、纏められた黒い髪は鮮やかな金色となって背中へと広がる。
「ふふ、陰陽師とお逢いするのは初めて故、少々悪戯心が疼いてしまいましてな。
お許し召されよ」
「ふん。妖の
どうやら未だ見定めている最中らしく、こちらを誂うような態度を見せる八坂に俺は冷徹な態度を続行する。
「まあいいさ。
んじゃあ、まあ、話をしようか」
「此処で宜しいのか?
誂いこそしたが、ちゃんとした饗しも用意しておりますが」
「なれ合う必要はねえ。
特に、」
「悪魔に縋るような奴とはな」と、そう口にすると八坂の眉はピクリと跳ねた。
「はて?
おかしな事を申されますな?」
「八坂、お前は『裏京都』の現状に危機感を覚え、宇迦御霊神から
「何を根拠にその様な」
「セラフォルー・レヴァイアタン」
「っ」
今度こそ、八坂は言葉に詰まる。
「実はさ俺、本職は聖書陣営を中心に狩る禍狩りなんだよ」
懐に仕込んだルーンストーンをいくつか握りそれを見せるように腕を抜きながら淡々と語る。
「だからな。事、聖書陣営の情報は細かく調べてんだよ。
故に、セラフォルー・レヴァイアタンが京都入りしたのも把握しているし、その目的が『裏京都』との接触だってのも知り得てんだわ」
掴んでいる情報をベラベラと開示してやると、八坂の履物がざりっと砂を噛む音を発てる。
その足音を意に介していない体を装いつつ、気づかれないよう細心の注意を払いながらチャクラの回転を高め俺は薄く口元を釣り上げる。
「あまり人間を舐めるなよ?」
直後、上空に影が差した。
甘い。
最初から気付いていた奇襲を最低限の体捌きで往なすと、さっきの妖怪が八坂を庇いながら穂先を下に向ける構えで間に割り込んだ。
「お下り下さい八坂様!!」
「芳赤!!」
名前を口にする八坂を一瞥する事なく、妖怪は俺を睨み続ける。
そんな様子に
「視線を切らないのは悪くない。
業は宝蔵院流の薙刀術をアレンジ…いや、見取りで齧ったのを下地にした我流って何処か」
「っ!?」
ざっと推察を並べてみると、見事に当たりだったらしく妖怪は露骨に肩を跳ねさせ目を開く。
「一つ忠告しておく。
宝蔵院流を真似るなら肩幅より短く握るのは間違いだ。
引き戻しが遅くなる」
「貴様…」
なんのつもりだと睨みつける妖怪に肩を竦めて見せながら、俺は八坂に向け問いを投げる。
「『裏京都』総大将八坂。
お前に先ずは問う。
『裏京都』に於ける総大将の役割とはなんぞや?」
「なにを…?」
「問に答えよ。
訝しむ八坂に『言霊』を織り交ぜて答えを催促する。
そうして漸く八坂は答えを口にした。
「…総大将は『裏京都』の要。
『結界』の柱としてその成り立ちを支える大黒柱である」
……っち、
「否。総大将の役割はそれだけに非ず。
総大将が担う要『裏京都』のみならず、地の龍の腰骨、即ち中部地方そのものを支える屋台骨である」
嘗て安倍晴明が京の都に妖怪の住まう隠世を
京の都を陽、『裏京都』を陰として太極を描き、京都そのものを
代償として京の都は妖怪の住処を受け入れざるを選なくなったが、しかし当時を含む後世の陰陽師に安倍晴明が生み出した『京都』という結界を凌ぐ代物は追ぞ生み出すことが叶わず、現在までそれは維持されていた。
「なんだそれは…?」
俺の言葉に動揺した妖怪の槍が揺れる。
戯け。精神の揺らぎを槍に乗せるなんて素人か。
内心未熟を叱咤していると、後ろから八坂の戸惑いを含んだ声が漏れる。
「知らぬ…。
そんな話、誰も言いはしなかったぞ!?」
悲鳴に近い八坂の声に俺は淡々と事実を述べる。
「当然だ。
この秘密は安倍晴明が自ら『裏京都』総大将ならびに陰陽寮の総領にのみ口伝にて語り継ぐとした秘伝中の秘伝。
俺が知っていたのは聞くにあたって態々造化三神に『必要に能わぬ限り他言しない』と誓約を結んだからだ」
実際のところ、そうするまでも無くとある一件で五月から教えられていたんだが、一々言う必要もない事だ。
「疑うなら陰陽寮の総領に聞いてみな。
すぐにっつうなら携帯貸してやるぜ?」
こうなる事を予想して事前に預かっていた番号を呼び出してみせると、八坂は「いや、よい」と言った。
「いずれにしろ、最早手遅れよ。
京の都の地脈は悪魔達に奪われて久しく、綻びかけた『裏京都』を存えるには悪魔との取引は必要なのだ」
そう告げる八坂の顔は諦めの色が見えた。
「戯け」
しかし、俺はそんな
「お前が掴もうと手を伸ばしているのは泥舟だ。
奴等は所詮
「…はぁ?」
俺の物言いが理解出来ないという様に間の抜けた声を漏らす八坂に俺は言ってやる。
「『妖怪』とは人の鏡面存在、人の影法師。
人が人たらんと歩むその背中に寄り添う『人の鏡』。
故にお前たちの終焉は人の終焉。
人の営みが在る限りお前たちに滅亡は無いんだよ」
これだから若い奴はと呆れ混じりに頭を掻くと、二人はぽかんと口を開けて呆けていた。
「だ、だがだ!?
現に『裏京都』は衰退しておるのだぞ!!??」
混乱の極みとでも言いたくなるような態度に事実を述べる。
「聖書陣営のお陰で人類は絶賛大損害を被り続けているからな。
特にここ百年は『悪魔の駒』のお陰で有望株が青田刈りされてんだから弱る一方だったろう。
人類が衰退してんのに、その影のお前達が平穏無事に済むわきゃねえだろうが?」
そんな事にも気付けない程世間知らずな点については、仕方が無いと言えなくもない。
帝が関東に居を変えたとはいえ、京都は国の中心だった事実は変わらない。
古都へと名を変えたにしろ未だに由緒正しきと銘打たれる都で、楔役において置かれているだけの妖怪の跳梁跋扈する事を許すほど陰陽寮は生温くはない。
そんな状況で妖怪達に時勢を知れというのも酷な話だ。
そうして、自らの役割や有様を失した上に時勢さえ知る機会を限られていた『裏京都』は、目に映る限られた情報だけが頼りとなり、その末に総大将は今現在最も勢いがある聖書陣営への提携に走ろうとしたのだ。
つまるところ、諸悪の全ては人間による自業自得が招いただけの
「ならば人間。
貴様はどうするつもりだ?」
構えをそのままに、殺気を満たしながら俺を睨む妖怪に問いに偽りなく答えてやる。
「今回の某は『裏京都』並びに陰陽寮両者が連携不足を起こした事による過失。
少なくとも俺が手を降す必要はないな。
特別報告することも無いし、最低限、頭同士だけでも情報交換は密にやれって釘を刺すだけだな」
「…俺達を退治しないのか?」
「人の話をちゃんと聞け。
今お前達をどうこうしたらこっちが首を絞めるだけだ。
セラフォルー・レヴァイアタンとの談合にしたって、今更取り止めたところで後に響くだけだろうし、だったら陰陽寮からも人を寄越させてなあなあにさせるのが無難だろうな」
そう結露を口にすると、八坂は訝しがりながら俺に問う。
「お主、何故にそこまで私達の肩を持つのだ?」
「別に妖怪の肩なんざ持っちゃいねえよ。
聖書陣営がイキっていられるのも精々あと百年かそこら。
なら、その百年の間にどれだけ聖書陣営に流れるの利益を堰き止められるかが最終的な分水嶺だと考えているだけだ」
白音から兵藤の間抜けが馬鹿げた無茶をした挙げ句、1万年という本当にあるかどうかもわからない長さの寿命を百年程度にまで縮めたと聞いた。
この『茶番劇』の主役である兵藤が生きている限り聖書陣営に勝てる術は無いが、逆に言えば兵藤が死んだ後なら
故にいま打つべき手は
竜舌蘭が育つのを待つように自然な形を装い、気が付いた時には致命的な
「んじゃまあ、用は済んだし帰らせてもらうわ」
やるべき事はほぼやりきったと判断し、徐ろに背を向け『裏京都』の出口へと足を向けたところで、ふと気になった事があったと首だけを向ける。
「そういや『芳赤』だったか。
お袋さんは元気にしてんのか?」
そう尋ねると、妖怪は槍を握る手に力を込め睨みながら答えた。
「…随分昔に、俺がガキの頃に死んだよ」
「…そいつは悪かったな」
一言謝罪を口にして、今度こそ俺は『裏京都』を後にした。
本作の安倍晴明はリゼヴィムとズッ友になれるぐらいのマザコンという裏設定があったりなかったり。
次回はお待ちかねの、英雄派()弄りに入れる筈。
最新話の位置について
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このままアナザールートの後でいい
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以前の状態に戻したほうがいい