盾の栄誉を求めて   作:罠ビー

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 おハナさんアマさんのタイマン追い込み許してるならスズカの大逃げも許せたのでは?

『知らない人のためのオフサイドさん(史実)』
1991年生まれのナリタブライアンと同期。母方の血統は地味だが父はトニービン(ウイニングチケットやエアグルーヴと同じ)。三冠戦線は若葉ステークスから名乗りを上げるもブライアンの前に惨敗。その後は計3度も屈腱炎(フジキセキやナリタブライアンほか数々の競走馬を引退に追いやった病)を発症しながらもそのたびに復活し掲示板をキープする某キンイロリョテイさんじみた活躍をする。
1998年、三度目の屈腱炎から帰ってくれば夏から重賞を連勝し秋の天皇賞の舞台へ。アマゾンもサクラローレルもターフを去りブライアンはこの世を去った年、クラシック以来のG1レース。
不死鳥のごとくターフに戻ってきた彼は悲劇の裏で栄冠を手にする。
その後の有馬記念は特に見せ場なく引退。

実績も走りも一線級とは呼べないかもしれない。しかし数々の名馬を苦しめた怪我と戦い続けつかんだ栄光は素晴らしいものだと思います。


エルコンドルパサーはダービーに出走するのか

 

 

 私がタイムスリップのようなものを経験してから数日。直近のレース情報を軽く調べては見たが今のところ私の知ってる結果とあまり変わらない。どうやら私の成績も屈腱炎明けのOP特別を2回2着したところと私の覚えてる半年前、皐月賞後の時期くらいと変わらない。三冠路線は皐月賞をセイウンスカイが勝ち、天皇賞に向けても大阪杯をエアグルーヴが制していた。

 

 そして気になるスズカの方だが、

 

 

『サイレンススズカ、サイレンススズカが一着でゴールイン。強い強い、これは強い』

 

 

「まるであの日と同じように大差逃げで楽勝と」

 

 

 重賞である小倉大賞典で悠々の勝利を上げていた。私なんて今はまだ重賞勝ちすらないんだけれど。でも私はこの逃亡者に勝たなければいけない。

 

 

「何やってんの?トラップ。パソコンなんか見て」

 

「対戦相手の研究です。チケ先輩」

 

 

 そんな私の気持ちなど知らないだろうのんきな声がかかる。私と同室の先輩であるウイニングチケット先輩だ。かなり能天気な……げふんげふん、素直で純朴な先輩だが実はけっこうすごいウマ娘である。

 

 私たちのひとつ前の学年の日本ダービー。その時は三強対決と世間もトレセン学園も盛り上がっていた。すでに学園内では次代の怪物と騒がれ始めていたブライアンの兄で抜群の安定感を誇っていたビワハヤヒデ先輩。そのハヤヒデ先輩を皐月賞で電撃の差し脚で差し切ったナリタタイシン先輩。そしてチケ先輩である。

 

 そして世紀の決戦と言われたダービーを制したのはなんと普段の柔和な雰囲気からはあまり想像がつかないがチケ先輩だった。

 

 

「ふーん。ねえねえ誰の映像なの?あ、スズカだ」

 

「先輩には関係ないですよ……って勝手に持ってかないでくれ」

 

 

 チケ先輩は私の見ているパソコンをひょいと取り上げるとそこに映っていたウマ娘を見て反応する。まあ私とは違い人懐っこく顔の広い相手のことだ。別段知り合いだろうと不思議ではない。

 

 

「あれ、でもトラップってまだ重賞勝ちないよね」

 

「……それがどうかしました?」

 

 

 ずけずけと痛いことをおっしゃる。五月蠅いなあ。ハヤヒデ先輩やタイシン先輩もよくこんな気持ちなのだろう。チケ先輩はなんというか空気を読むということを知らない。こういうところはこの前にあったスペシャルウィークの方が思慮があるだろう。

 

 

「チケ先輩はスズカの事を何か知ってますか?」

 

「速いよねースズカ」

 

 

 そんなことは知っている。……やっぱりこの人に聞いたのは間違いだっただろうか。そんな考えを知ってか知らずかチケ先輩はもう一度考えるそぶりを見せてからアッと声を上げた。

 

 

「前から速いと思ってたけどチーム移籍してから走り方変わったなあ」

 

 

 チーム移籍?そんなことがあったのだろうか。確かに私はあの日、正確には夏以降のスズカの動向は知っているが春先の彼女の動向は知らない。自分に手いっぱいだったし対戦相手になると思ってなかったからだ。

 

 

「スズカはスピカ所属ですよね、チケ先輩」

 

「そだよー。でも2月ごろまではリギルにいたんだよ」

 

 

 学園最強のリギルに?それは初耳だった。でもなんで学園最強のチームを抜けてから彼女は大成しだしたのだろうか。ブライアンもアマゾンもリギル所属だが東条トレーナーの悪いうわさなどは聞かない。

 

 

「ありがとうございました、チケ先輩」

 

「どういたしましてー。ところでトラップはさ、なんで急にスズカの事を調べてるの」

 

「なんでって、戦う相手の研究くらいいつもと変わらないですよ」

 

 

 私がチケ先輩に一言礼を告げてから練習に行こうとした際チケ先輩から聞かれた言葉にさも当たり前のようにそういうとチケ先輩は不思議そうな顔をした後もう一度口を開いた。

 

 

「やっぱりちょっと変だよ。だっていつものトラップなら怖いほどの顔で次に走るはずの新潟大賞典の事を気にするはずだもん。熱でもあるの?」

 

「ないから、ないですから。暑苦しいから引っ付かないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私を休ませようとするチケ先輩を説き伏せるのに小時間(残念ながら私はチケ先輩を巻けるほど早くはない)を要しようやく練習場に向かえばゆっくりと柔軟から始める。屈腱炎は一度なると癖になるらしくもう三度目だ。よく私も私のトレーナーもあきらめなかったと思う。

 

 

「先輩」

 

「エルか。どうした?」

 

 

 声をかけてきたのはエルコンドルパサー。今年のクラシック世代で一番の才能とも名高い彼女だが服の色彩センスは私と似ておりウマ娘用用品店で同じものを手に取ったのがなれそめだったか。でも悔しいが彼女の方が格はすでに上である。しかし練習場で話しかけてくるのは珍しい。いつもは生意気なことに

 

 

『先輩なんかより私の方がこれを活躍させられマース』

 

 

 とか言いやがるはずなのに今日はいつもと何となく違うことが察せられた。

 

 

「先輩、私ダービーに出るのデスが」

 

「ん、ちょっと待て。おまえマイルカップ出てたよな」

 

 

 それも初耳だった。いや、あの時のダービーにエルは出てないはずだ。じゃなければあの年のダービーウマ娘はスペシャルウィークではなくエルだっただろう。ということは何かが違うということだろうか。いや、エルが調整に失敗してダービーに出れなかったという可能性もある。もう少し話を聞くか。

 

 

「はい、マイルカップは勝ちましたが……」

 

「それじゃ物足りないと」

 

「はい」

 

 

 エルの表情からそう読み取る。マイルカップの対戦相手には失礼だろうがおそらく相手にならなかったのだろう。だがなぜそれを私に言いに来たのだろうか。たまに会話ぐらいはするがチームも違うしそこまで極端に親密な間柄でもないはずだ。

 

 

「クラシックに望む心構えなら私なんかよりもリギルにいくらでも聞ける相手がいるだろう」

 

「いえそうじゃなくてデスね、少し悩んでいるんデスよ」

 

「東条トレーナーには言えない悩みなのか」

 

 

 どうやらそうなのだろう。らしくもなくうなづいた。そういうことなら先輩として聞いてあげるべきだろう。それに実力のあるウマ娘から相談を受けるというのは心なしか気分がいい。

 

 

「おハナさんに言ったらたぶんダービーは回避するデース」

 

「私はダービーには全力で走りたいデース。スぺちゃんと全力で勝負したいデスがマイルカップからダービーまでは時間がないデース」

 

 

 マイルカップからダービーまでは中2週。相応のタフネスが要求されるスケジュールになる。そして半マイルの距離延長だ。過酷な挑戦であろうことには変わりない。回避をした方が無難だ。エルの気持ちが傾いてるなら東条トレーナーならそういう判断を下すだろう。

 

 言葉に出す前にふと少し考える。それは大まかに同じ道筋をたどってこそいるがところどころある私の経験との差異についてだ。

 

 私の知るスペシャルウィークはスピカ所属ではなかったしエルはダービーに出ていない。今のところの差異はこれだけであるが、

 

 もしかしてこれは歴史を変えるキーポイントなんじゃないだろうか?重賞未勝利(暫定)の私よりもエルほどのウマ娘がダービーを走るということは。それだけの影響力があるのではないだろうか?

 

 

 ああ、いけない。口角が上がりそうになる。もしもの可能性にすがりたくなる。

 

 

「なあエル、お前ダービー走りたいか?」

 

 

 もちろんだとエルはうなづく。その力強い瞳にあの日ブライアンに食い下がろうとした自分が重なった。そんな相手に対して、私は悪い先輩だ。

 

 

「調整に付き合おう。私じゃ大いに不足だろうが経験だけは積んでいるつもりだからな」

 

「お願いします」

 

 

 

 ああ、そんな目で見ないでくれ。私は私のエゴのためにお前を使おうとしているんだから。そんな純粋な目で私を見ないでくれ。

 

 

 

 

 

 余談だが次の週の新潟大賞典は私の経験と変わらず2着であった。




・オフサイドトラップとウイニングチケット
同父(トニービン)。あとあの時に乗っていたY先生とチケットの主戦は親戚

・オフサイドトラップたエルコンドルパサー
馬主が一緒。だからアニメではエルが天皇賞勝ちウマ娘になっている。オフサイドさんだとぽっと出になっちゃうから仕方ないね

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