コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです 作:rairaibou(風)
カントー地方で最も栄えているタマムシシティには、当然ながらそれにふさわしい料理を提供するレストランも存在している。大食い大会で街を賑やかにする大衆食堂だけがタマムシの味ではない。
レストラン『アルコバレーノ!!!』は、海外の評論家からの評価も高い、カントーのみならず、他地方からのリピーターも多数。カロス地方の大女優カルネがカントーに訪れたときも、女優仲間を引き連れて来店した実績を持つ。
トキワジムリーダーのサカキは、『アルコバレーノ!!!』で優雅な昼食を楽しんでいた。食に対して狂人のようなこだわりがあるわけではないが、少なくともこの店に来れば舌に合わないものを食べることはないし、満足の行く酒もある。
特にあんなことがあった後だ、食事くらい、冒険のない選択をしたかった。
「お客様! 困ります!」
レストラン『アルコバレーノ!!!』のフロントスタッフは、不意に現れた中年男に辟易していた。
とてもではないが、店内に入れていい存在ではない、ボサボサのクセ毛に、薄汚れたレインコート。ドレスコードの知識がない人間でも、星付きのレストランにふさわしくない男だと思うだろうし、本人だってそれを自覚してそうなものだ。
しかし、その男は執拗に店内に入ることを望んでいた。
「あたしゃここで飯を食おうってんじゃないんだ、中にいる人に二、三質問できればそれでいいんですよ?」
困り果てたスタッフは、ついに総支配人に助けを求めた。
しばらくしてから現れた年配の支配人は、コロンボを一目見るなり表情を引き締めながら問う。
「お客様、いかがしましたか?」
コロンボはやや高圧的に言う。
「いやね、あたしサカキさんに少し聞きたいことがあってきたんだ。ロス市警のコロンボってものなんですがね……まあここでロス市警の名前出しても何の意味もないことはわかってるんですが……まあ、もしサカキさんがいるならちょっと通してもらえるように聞いてもらえないですかねえ」
ロス市警、という言葉に支配人は一瞬戸惑いを見せたが、すぐさま「少々お待ちを」とコロンボに背を向ける。しかし、あんな男が警察官とは、ロサンゼルスは何という街なのだろうかと、彼はロサンゼルスに対する偏見を持った。
「サカキさま」
デザートを待っていたサカキは、顔なじみの支配人にそう呼ばれ、顔を上げる。
「ロス市警のコロンボと名乗るお方が、二、三サカキさまにお話を伺いたいと」
その名前を聞いて、サカキが小さくため息を吐いたのを、支配人は見逃さない。
「追い返しましょうか?」
「いや、一旦席を外そう。中に入れる服装じゃないだろう?」
サカキの気遣いに支配人は感服しながら「もうしわけありません」と頭を下げる。
「いや何、厄介なファンに気に入られてね」と、サカキはスーツを着直しながら席を後にした。
「コロンボさん」
レストランのフロント、葉巻を燻らせながら突っ立っていたコロンボを発見し、サカキは彼の名を呼びながら距離を詰める。
「ああ、サカキさん、どうも」
ニヘラと笑いながら手を上げるコロンボに、サカキは苦い顔をしながら言う。
「コロンボさん、流石に困りますよ」
「ええ申し訳ありません、あたしも失礼だとは自覚しています……ですがね、どうしてもお耳に入れておいたほうがいいことがありまして」
コロンボは、思い出したかのように唐突にフロントスタッフに「すいませんね、席外してくれる?」と詫びを入れ、サカキに促される形で彼がその場から一旦消えるのを確認してから言う。
「実はですね、昨日、ロケット団のアジトがあるトレーナーに襲撃されまして、ほとんど壊滅したんですよ」
あまりにも古い、古すぎる情報に、サカキは乾いた笑いを交えながら答える。
「知っていますよそんな事、今はタマムシ中、おそらくはカントー中でその話題でもちきりでしょうな、まさかそれだけを言うためにここに?」
「いやね、あたしが聞きたいのは、サカキさんはね、ロケット団のボスが誰か知っているんじゃないかと思いましてね」
サカキは背筋を凍らせながら、それでいてそれを表情に出すことはなく「どういうことです?」と、不意の質問に驚いたように言う。
コロンボは葉巻の煙を踊らせながら答える。
「あたしロケット団のアジトを見てきたんですよ、そりゃあ素晴らしいもんでした。ゴミひとつ無く、床はきれいに磨かれ、本革のソファーの手入れも行き届いてた」
サカキがそれに何も返さないのを確認してから続ける。
「あたし見てのとおりイタリア系でね、知り合いを辿っていけば、マフィアのボスにも行き着くんですよ。だからあたしにはわかるんだ、組織が強ければ強いほど、大きければ大きいほど、それを束ねるボスってのは、相当なカリスマ性がないといけないんですよ……血の気が多くて、跳ねっ返りの強い若者をまとめるのは、あたしらみたいな大人をまとめるよりも遥かに難しいでしょう?」
なるほど、と、サカキは頷く。
「道徳的に賛同はしにくいですが、言っていることの意味がわからないわけではない」
コロンボもそれに頷いて続ける。
「カリスマってのはね、隠そうと思って隠せるもんじゃないんだ。生きていく上で誰もが必要としている能力で、皆それを求めてる。だからね、マフィアのボスってのは、時として信じられないような表の顔を持っていることもある。彼がマフィアのボスだと知らなければ、素晴らしい人格者だと思ってしまうほどにね」
なるほど、と相槌を打ちながら、サカキは居づらさを感じた。それは間接的にロケット団のボスである自分を褒め称えているのだが、それに対する反応をするわけにはいかず、むしろここでは、ある程度それを嫌悪するような表情を作らなければならないからだ。
しかしそれでも、主張したいことはある。特に、ロケット団というものを深く理解しつつあるコロンボに対して、どうしても主張したいことが。
「ジムリーダーもね、似たようなものですよ」
「と、いうと?」
「ポケモントレーナー、特にジムバッジを集めるような若者はね、大抵の場合は、才能があって、ただ強いだけ。倫理観や人格はまだまだとてもとても。彼等を導く我々ジムリーダーも、強烈に彼等を引きつける人間性が無いと成り立ちはしませんよ、従うべきカリスマが倫理と人格を求めれば、自然と彼等も、それらを持つようになる」
「はぁ、なるほど……キョウさんも同じようなことを言っていましたなあ」
「そういう意味では、ジムリーダーという職と、マフィアのボスというのは、共通点が多いのかもしれません。もちろんそこには、倫理観の溝がありますが」
「ええ、あたしもそう思いますよ」と、サカキに同意してから、コロンボが続ける。
「だからあたし思ったんだ、もしかしたらサカキさんの知っている誰かが、ロケット団のボスかもしれないとね……だから心あたりがあるかどうか聞きに来たんです。あなたのほうが、そういう人間と付き合いがありそうですからね」
サカキはコロンボの言葉を鼻で笑う。
「わかりませんなあ、大体、それほどの組織をまとめ上げ、未だにその正体がバレていない人間が、私相手にそれを見せるとは思えない」
コロンボは笑って答える。
「おっしゃる通りで。まあ、万が一ということがありますからな。あたしら警察ってのはね、万が一をひとつずつ潰していくのが仕事なんです。それでは、これで失礼します、まだお食事の途中でしょう?」
「ええ、これからデザートですよ」
「デザートですか、それはいい……あ、デザートワインにはモンテフィアスコーネがおすすめですよ。アレは最高のデザートワインだ」
そう言ってサカキに背を向けたコロンボは、やはりサカキの想像通りにレインコートを翻し、指を一つ立てる。
「ああ、すいません、後一つだけよろしいですか?」
サカキは笑いの表情を作って答える。
「一つだけじゃないんじゃないですか?」
コロンボは照れながら言う。
「いやぁ何もかも見抜かれているようで、実は二つほど……」
「まあいいでしょう、どうぞ」
「はい、一つはですね、今度開かれるエキシビションマッチについてなんですが……あたし色々調べたり聞いたりしたんですが、どうやらサカキさんとエリカさんの対戦はとても人気のあるものなんですなあ」
「ええまあ、お互いにジムリーダーですからね。普段対戦することがないので」
「それで、出過ぎたお願いなんですが、チケットを何とか手配しては貰えないですかねえ……あなたが戦っている姿を生で見たとカミさんに言えば、あたし夫としての尊厳を回復できるというものでして」
随分と図々しい願いだな、とサカキは思ったが、それは叶えられない願いではない。
「まあ、いいでしょう。関係者席にご招待しますよ、お付きのジュンサーさんも一緒にね」
コロンボはぱっと表情を明るくさせる。
「本当ですか!? いやぁ嬉しいですねえ、彼女も喜ぶでしょう」
「あなたが来るとなると、私も気が抜けないですなあ」と、サカキはおどけてみせてから「それで、もう一つは?」と問う。
「ああ、そうそう……昨日は素晴らしい晴天でしたなあ」
サカキは首を傾げながら「ええ、そうでしたね」と答える。一瞬なにかの引掛けかと疑ったが、昨日が晴天であったことには何の間違いもない。
「あたしこのタマムシって街を気に入りましてねえ、もう少し観光をしてみたいんですが。サカキさんは、例えば昨日はどこで何をしてらしたんで?」
これか、と、サカキは身構えた。そして、このコロンボという男が、自分をロケット団のボスだと疑っていることを確信する。
そして、自分がこの知恵比べに勝利したことに内心ほくそ笑みながら、それでいて一瞬だけ何かを思い出すように頭をひねるのも忘れずに答える。
「昨日はシルフカンパニーの研究員の方とディスカッションをしたんですよ、少し白熱してしまって、一日の殆どを使ってしまいましたが」
ほう、と、コロンボは感心したように頷き、灰皿を葉巻で叩く。それが動揺の動きであることを、サカキは見抜き、畳み掛ける。
「興味がお有りなら、彼女の名刺をお渡ししましょうか? 面白い話が聞けると思いますよ」
「ああ、お願いできますか」と、どこか神妙な顔で答えたコロンボに、サカキは手際よくスーツから名刺入れを取り出し、その中にある一枚を手渡す。
「サカキがよろしく言っていたと伝えておいてください」
☆
ヤマブキシティの中心に巨大なビルを構えるシルフカンパニー本社。
カントー地方で最も大きな企業と言っても差し支えないその会社は、主にポケモンとの生活に関連する商品をいくつも開発し、販売している。
「こちらが、戦闘中にポケモンの集中力を高める道具になっています。集中することで技の精度がまし、相手の急所を狙いやすくなります」
アテネ、と名乗ったシルフカンパニーの研究員は、応接室のソファーに座り込んだコロンボとジュンサー相手に、シルフカンパニーの商品を並べて、それらを手に取りながら解説していた。白衣のよく似合う美人であったが、スラスラと商品に対する説明が出てくるのは流石といったところだ。
「もちろん公式のバトルでは使用できませんが。野生のポケモン相手の戦いを有利にするための使用が考えられています」
コロンボの横に座るジュンサーは、それらの商品の説明に表情豊かな反応を見せているが、対するコロンボは難しい顔でウンウンとうなずくだけ。
もう暫くの間、商品の説明を受けていた。確かにサカキの名刺を出して見学に来たといったのはコロンボの方であるが、まさかここまでペースを握られるとは思っていなかった。
アテネが白衣から取り出した次の商品の説明に入るより先に、コロンボが先手を取って問う。
「あの、すみません。実は一昨日のことを聞きたいんですが……よろしいですか?」
アテネは商品を机に並べながら答える。
「あら、まるで警察のようなことを仰るのね」
「ええまあ……一応警察なもんでね」
「あら本当ですの!? サカキさんのお知り合いだとは聞いていましたけどまさか本当に警察だなんて……でも海外からいらしたのでしょう?」
「ええまあ、あたしロス市警のコロンボって言うんですがね……一応殺人課の刑事やってます」
「まあ殺人課だなんて、私そんな人には初めてお会いしますわ」
「ええまあ、この国での捜査権は無いんですんがね……一つどうしても聞きたいことがあって」
「プライベートのこと以外なら何でもお答えしますわ。なんと言ってもロス市警の刑事さんですもの」
手を合わせて嬉しそうに言うアテネに、コロンボは脱力的に笑いながら問う。
「実は一昨日のことなんですがね……あなたサカキさんとディスカッションしてました?」
アテネはその質問に「はい!」と即答したものの、念のために懐から手帳を取り出し、確認してから更に答える。
「ええ、間違いありませんわ。確かにおととい、サカキさんと少しお話を」
コロンボは懐からメモ帳を取り出し、それに記入しようとしたが「あれ」と、立ち上がってレインコートのポケットを叩いて、難しい表情でジュンサーの方を見る。
すぐさま事態を察したジュンサーは「どうぞ!」と、胸ポケットに挿していたボールペンをコロンボに差し出した。
コロンボは再びソファーに座って言う。
「少しですか? 一日中とサカキさんは言っていましたが」
「いえ、少しというのは議題の内容の話ですわ。お恥ずかしいお話ですけれど、私もサカキさんも白熱してしまって……暗くなるあたりにようやく解散しましたの」
何やらメモしながら、更にコロンボが問う。
「差し支えなければ、白熱の理由を確認したいんですが」
「申し訳ありませんが、それは企業秘密ですので……強いて言うなら、今新しく開発しているボールについての倫理観について、と言うことしか」
「はぁ、なるほど」と、コロンボはそれをメモして「いやぁ、今日は本当に、ありがとうございました」と、席を立つ。
「あら、まだたくさん商品がありますのに」
アテネの笑顔に、コロンボは手を振る。
「いやぁ、あたしもう頭がこんがらがっちゃって、申し訳ないですが、ここで失礼することにします」
そう言ってそそくさと応接室を去るコロンボと、それを追いかけるジュンサーの背中に、アテネはこれまでとはニュアンスの違う笑みを投げかけていたが、誰もそれに気づくことはなかった。
コロンボシリーズの中で私が最も好きな作品の一つが『殺しの序曲』です。この作品の犯人役は会計事務所経営者ですが、その社会的地位よりも、彼が高IQが集まる『シグマクラブ』(どう考えてもモデルはメンサ)の会員であることの方が敵としての魅力を引き立てます。
彼のアリバイトリックの複雑怪奇さはもはやピタゴラスイッチのようで、人殺すのにわざわざこんなことまでするかねと言いたくなります。
そして最後はコロンボにプライドをくすぐられ自ら罠にはまるように敗北します。
しかし犯人の顔には、認められた嬉しさのようなものがありました。