コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです 作:rairaibou(風)
ロケット団のボス、サカキは、その光景を、未だに信じることが出来ないでいた。
確かに、ロケット団のボスとして戦うときには、使い慣れているじめんタイプのポケモン以外のポケモンを使うこともある。だが、だからといって戦力として困ったことなど一度も無いし、勝たなければならない戦いには必ず勝利してきた。
だからこそ、この光景が信じられない。
初めて戦う相手ではない、むしろその相手は、警戒しなければならない相手として認識していたはずだ。
ならばどうして負ける。どうして負けなければならない。
すべてを失い、気絶したポケモンをボールに戻したサカキは、自分と向き合う赤い帽子の少年を見た。彼の傍らに立つピカチュウは、まだ気を抜かずに頬袋に電気をためている。
見誤っていた、と、彼は後悔していた。
その少年の実力を、見誤っていた。
ロケット団のボスとしてではなく、世界最高のトレーナーの一人、トキワジムリーダーのサカキとしてその少年に向き合い、叩き潰し、正体を知られるより先に消すべきであったのかもれない。
だが、それしか正解がないと知っていても、自身が、その選択をできたかどうかはわからない。
その少年が見せる輝きは、失わせるのにはあまりにも惜しいと、世界最高のトレーナーは思うだろう。
あるいは、と、サカキは思う。
あるいはアポロがこの場にいれば。
しかし、その後悔はもう遅い。戦力を失い、目の前のトレーナーに為す術のないロケット団の象徴は、その場を取り繕い、相手の良心に身を任せて、その場から逃げることしか出来なかった。
☆
ロケット団によるヤマブキシティ占拠、そしてシルフカンパニー乗っ取り、それは、ロケット団の全てをかけた、おそらく悪の組織と考えられる存在がなし得ることが出来る、最も大きな悪巧みだっただろう。目当ては世界企業シルフカンパニーの経済力だけではない、彼らが持つ世界最先端の技術力、それこそがサカキの狙い。
シルフカンパニーが開発を進めているマスターボール、ポケモンの意志など関係無く、必ずそのポケモンを捕らえることが可能な、科学という悪魔が作り上げた結晶こそが、彼の狙いだった。
かつて、愚かな科学者が作り上げた人造のポケモン、シルフカンパニーが作ったポリゴンとは比べ物にならないほどの傑作、強すぎるがゆえに、人の元に降らなかった最強のポケモン、ミュウツーと呼ばれるそのポケモン、彼はそれを捕らえ、世界最強のトレーナーになると共に、世界で最も影響力のある人間の一人にならんとしていた。
完璧な作戦だった、ロケット団は一夜にしてヤマブキシティを事実上占拠し、シルフカンパニーも落とした。この作戦は、後にカントー警察局のテロ対策マニュアルの中で、最も重要な事件の一つとして掲載されることになる。
しかし、結果から言えばその作戦は失敗に終わった。ロケット団幹部の一人、アポロの部隊が担当するはずだった西口ゲートから二人のトレーナーの侵入を許し、彼等の手によってシルフカンパニー内の構成員が全滅、トレーナーのうち一人は幹部が撃退したものの、もう一人が幹部をも撃破し社長室に侵入。会談を進めていたロケット団ボスとの一対一に勝利し、ロケット団を撤退させた。
奇しくもそのトレーナーは、ロケット団アジトを壊滅させたトレーナーと同一人物だった。
ロケット団のボスと、多数幹部は警察の包囲網を突破したものの、力もなく、逃げるアジトも失っていた大多数のロケット団構成員はその大半が検挙され、事実上、ロケット団は瓦解した。
☆
シルフカンパニー十一階、社長室。
ソファーに座る社長と向き合うケージは、ロケット団アジトを訪れた時に考えた彼らの脅威について、更に考え直す必要があると考えていた。
「つまり」と、ケージは一旦呼吸を置いてから言う。
「ロケット団は、数年前からシルフカンパニーと事実上の提携関係にあったと?」
社長は、額の脂汗をハンカチで拭いながら答える。
「結果的には、そういうことになります。しかし、我々もはじめから彼らをロケット団だと知っていたわけではない。彼らの持っていた技術と人材を知れば、どの会社だって飛びついたでしょう」
ロケット団襲撃についての事情聴取中に、社長の口から語られたのは、とんでもない真実だった。
ポリゴン、というポケモンがいる。シルフカンパニーが作り出した人工のポケモンで、際立った強さがあるわけではないが、パソコンとパソコンの間を電子として移動することの出来る強みのあるポケモンだ。
そのポケモンを開発するチームに、ロケット団の息がかかった団体があったと、社長は語った。
「その団体がロケット団の管轄下にあると気づいたのは?」
「マスターボールの開発が始まったあたりで、ロケット団のボスと幹部達が我々と接触を求めてきた、その意味に気づく頃にはもう遅く、我々の技術は、ロケット団の手中にあったんです」
「どうしてその時に、我々警察に協力を求めなかったんです?」
憤りながら、しかしそれを上手く隠そうとしながらケージは問う、しかし、体をビクつかせた秘書の動きを見るに、隠しきれてはいないようだった。
社長は目を伏せながら答える。
「ロケット団は、マスターボールの完成をもってシルフから手を引くと……彼らを信じた我々が愚かだということは理解していますが、社の信用と、技術を人質に取られ、同意することしか出来なかった」
ケージは背もたれに体重を預けながら天を仰いだ。社長の気持ちが理解できないわけではないが、ロケット団よりも信頼されていなかったという点で、腑に落ちないところはある。
次は、何を質問すればいいのだろうか、できれば、感情を揺さぶられることのない答えが返ってくると確信できる質問がいいのだが、果たしてそんな物があるだろうか、と考えていた時「刑事部長」と、もう聞き慣れた声が彼を呼んだ。
ジュンサーを連れて社長室に入ってきたコロンボは「いまお時間よろしいですか?」と、ケージに問う。
ケージは少し難しい顔をしながら「彼はロス市警から研修に来たコロンボ警部です。訳あって、トキワジムでの放火殺人事件の捜査に協力してもらっています」と、社長に彼を紹介する。
立ち上がって右手を出した社長に「はいどうも」と適当に握手を返し、ケージに言う。
「ケージさん、捕まえたロケット団構成員の中に『どくどくのキバ』を覚えたゴルバットを使えるトレーナーが居るかどうか調べてはくれませんかね? あたしどうしても、あの事件がロケット団員によるものだと思えて仕方がないんですよ」
ケージは「失礼」と、社長に言ってから立ち上がって言う。
「そんなことはもうとっくにやっているよ、今の所、捕まった構成員に高レベルのゴルバットを所持しているものはいなかった。ズバットならば何人か居たんだがな」
「さすが刑事部長ですなあ、判断がお早い。しかし、これだけ捕まえた構成員の中にも居ないと言うのは、肩透かしですなあ」
ケージも似たようなことを思っていのだろう。コロンボの言葉に力なく頷く。
しかしその時、思わぬところから「あの」と、声が上がった。その方に二人とジュンサーが目を向けると、社長の傍らに立つ秘書が、恐る恐る彼らを見る。
「私、心当たりがあります」
「心当たりとは?」
「その……ロケット団のゴルバットにです」
「そうだ」と、社長も声を上げる。
「私にも見覚えがある」
コロンボはメモを取り出し、ジュンサーから素早く差し出されたボールペンを手にとった。
「どこで見たんで?」
「アポロ、と呼ばれていた幹部の少年が、いつも傍らに連れていたんです」
秘書はそう答え、それを思い出して身震いしながら続ける。
「とても怖いポケモンだったんです……今にも私達を襲ってきそうで……私、怖くて……」
コロンボがケージに問う。
「幹部となれば『どくどくのキバ』を使える可能性はありますよね?」
「ああ、大いにある」
「そのアポロってトレーナーは、捕まってないんで?」
「リストには無かったな、上手く逃げられたか」
「いや、それが、今日はその人、居なかったんです」
秘書の言葉に、コロンボとケージは再び彼女を見る。
「居なかった?」
「はい、いつもはボスの傍らにいたんですけど、今日はボス一人でした」
「妙な話ですなあ」と、コロンボは首をひねり「ああ」と、ケージも同意する。
「だが、トキワジムの事件の重要参考人であることは変わりないだろうな」
「その通りで」
ニヤリと笑ったコロンボは「ああ、すみません、あっちの方で二人でお話できませんか?」と、部屋の隅を指さしながらケージに問う。
「ああ、構わないよ」と、ケージはそれを承諾し、ジュンサーに二、三言指示を出してからコロンボの後を追う。
部屋の隅に移動したコロンボは、ケージに問う。
「あのですね、今回の事件を解決したのも、ロケット団のアジトを潰したトレーナーだってのは、本当なんですか? あたしゃどうしても信じられなくて」
その話題に、ケージは声を潜めて答える。
「私も信じられないが、間違いなく真実だ。会った私が言うんだから間違いない」
「今回も報道規制を?」
「ああ、要請した。そのトレーナーに対する情報は何一つ漏らしておらん、もっとも、そのトレーナー自身が名声を欲しがれば我々に止めるすべはないが」
「今回もボスの似顔絵は取ったんで?」
「取った、だが期待薄だな、アジト襲撃のときとは顔を変えているし、社長の話によると、会うたびに少しづつ顔を変えていたようだ。相当腕の立つメイク師が裏についてるらしいな」
コロンボはうーんと唸った後に「わかりました」と答え、更に言う。
「あたし下の方に用事があるんでお先に失礼します」
「ああ、わかった。今日は長い日になる」
「違いありませんな」と、コロンボは答え、手を振ってジュンサーを呼び、その場を後にした。
☆
シルフカンパニー四階、研究室を訪れたコロンボとジュンサーは、担当の刑事に軽く挨拶をしてから問う。
「実はね、アテネって研究員の方と話をしたいんだけどね」
その階と二階五階では、ロケット団に占拠された際に拘束されていたシルフカンパニーの社員の大半が事情聴取を受けていた。刑事は「わかりました」とコロンボを疑うこと無く答え、一旦その場から消える。
「やっぱり昨日の今日ですから不安ですよね」と、ジュンサーは心配そうに言うが、コロンボは「そうね」と、そっけない。
やがて担当の刑事が駆け足で戻ってくる。
「アテネと言う研究員ですが、今日は姿を見せておらず、連絡も取れないようです」
ジュンサーは「え」と声を上げて取り乱すが、コロンボは至極冷静に「そうだと思った」と返す。
「まだ何人かそういう人間がいるだろう?」
刑事は頷いて答える。
「はい、数人ほど」
はあ、と、コロンボは深い溜め息をつき。ジュンサーもその様子から「まさか」と、気づく。これまでシルフカンパニーの研究員として働いていた人間が、ロケット団襲撃の日に示し合わせたように会社を休み、消息を絶つ。それの意味するところは。
「アテネさんもロケット団の人間だったなんて……」
コロンボは頭を抱えながらそれに答える。
「研究員を構成員として組み込んだのか、それとも構成員を研究員として潜り込ませたのかはわからないが、用意周到な組織だね」
そしてさらにコロンボは刑事を指さして言う。
「それ、刑事部長には報告してるよね?」
「はい」と、刑事が返したのを確認してから、コロンボは唸る。
「さて、こうなると振り出しに戻るというわけだ、あたしも、あの人もね」
あの人、が誰を意味するものかわからず、ジュンサーは首を傾げた。
この作品は、十四話完結を予定しています。
あとがきのネタが尽きました。