コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです   作:rairaibou(風)

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12.挑戦

 ロケット団によるシルフカンパニー襲撃時間から二日後。

 タマムシシティ、タマムシドームには、トキワジムリーダーサカキと、タマムシジムリーダーエリカとのエキシビションマッチの観客が、数多く来場していた。

 トキワジムのサカキ、タマムシジムのエリカ、どちらもカントー人ならば知らぬものなどいない有名人だ。サカキはジムリーダーきっての実力者として知られ、エリカはまだ若いが落ち着きのある戦いぶりと素晴らしい人間性で知られる、強い女性の見本のような存在だった。

 観客達は、サカキがどのような戦いを見せるのか、期待と、わずかばかりの恐怖を感じていた。

 ここ数日、カントーは揺れに揺れていた。ロケット団によるシルフカンパニー襲撃に、タマムシシティのロケット団アジト壊滅、そして、それら悲劇の始まりが、トキワジムに起こった悲劇であることを、彼等は忘れていない。

 彼らの殆どは、トキワジム改修のための募金箱にそれぞれの気持ちを込めていたし、一刻も早く犯人が捕まることを望んでいる。

 そして彼等は、悲劇による責任を強く感じているであろうサカキが、それでも強くあることを望んでいた。不安定なこの世の中に、信じることの正義があることを肌で感じたかった。

 だが、その逆もありえた、この数日、サカキにかかっていたであろう精神的圧迫は並のものではなかっただろうと彼等は考える。だから、あり得るのだ、最強のジムリーダーサカキが、思わず目を覆ってしまいそうになるほど稚拙な試合運びをする可能性だって、無いわけではない。

 それでも彼等は、サカキを信じたかった。

 

 

 

 

「『タネマシンガン』!」

 対戦場では、巨大な花に体がついたようなポケモン、エリカの繰り出したラフレシアが、花から幾多もの種を打ち出す。

 その対面に立ちはだかっていたサカキのサイドンは、それを全身で受けながら、少し表情を歪ませた。岩とじめんタイプのサイドンにとって、草タイプの攻撃である『タネマシンガン』は、効果が抜群だった。

 しかも、攻撃はそれだけにとどまらない。打ち込まれた種からは、すぐさま芽が生え、意思を持ったかのようにサイドンの体を締め付け、ダメージを奪った。

 それは、草タイプの大技『ギガドレイン』だった。体力を奪い、更にその体力を攻撃者であるラフレシアに還元する、いかにも草タイプらしいクレバーさを持った技。

 じっくりと、しかし確実に体力を奪われ、サカキのサイドンは地面に膝をついた。これ以上は無理だと、サカキは彼をモンスターボールに戻す。

 満員の観客席からは悲鳴が上がった、これで、サカキの残る手持ちは一体、対してエリカには『ギガドレイン』によって体力を回復したラフレシアと、もう一体を残している。

 サカキがどれだけ強いトレーナーであろうと、エリカほどの実力を持つトレーナーが相手では、持ち得る戦力の数はそのまま勝敗に直結しかねない。

 しかし、サカキは観客のそのような不安を意に介さず。最後のポケモンを対戦場に放り込む。

 繰り出されたのは、じめんタイプの最終進化系、ニドクインだった。女王の名がつく割には小さな体格の彼女は、現れるやいなや『すなあらし』を巻き起こす。

 これによって草タイプ最大の大技『ソーラービーム』は威力が抑えられる。

 窮地に追い込まれながらも、単調にならないサカキの戦略感に、観客達は尊敬心を抱く。ニドクインはじめんタイプでありながらどくタイプも複合するために、草タイプとの相性が悪いわけではないが、それでも『ソーラービーム』を食らってしまえば、勝負の大勢が決まってしまいかねないことにようやく気づいたのだ。

「『やどりぎのタネ』」

 しかし、エリカもまた深い戦略感を持ったトレーナーである。

 指示されたラフレシアは再び花びらから幾多もの種をニドクインに撃ち出し、ニドクインの体に打ち込まれたそれは発芽し蔓状になって彼女に寄生する。

 だが、それは『ギガドレイン』のようにすぐさま効果を発揮する技ではなかった。時間をかけてじっくりと対象の体力を奪い、それを味方陣営に還元する技。つまりエリカは、この技によってラストのポケモンに保険をかけたのだ。

 状況は未だ不利だが、サカキは淀みない指示をニドクインに与える。しかし、それは驚きの技だった。

「『こごえるかぜ』」

 サカキの指示によって大きく口を開けたニドクインは、そこから凍てつく風を作り出して、ラフレシアに攻撃した。

 観客達はどよめき、そして歓声を上げた。『こごえるかぜ』は草タイプであるラフレシアが苦手とするこおりタイプの攻撃で、効果は抜群だ。

 だが、その技をニドクインが使うことが出来ることはあまり知られていない事実だった。ニドクインと言えば、角を使った『つのドリル』や、じめんタイプ最強の攻撃『じしん』などの豪快な技で知られる。良くも悪くも小回りの利く売人向けの技『こごえるかぜ』はイメージしにくい。

 しかし、ニドクインのその攻撃は、高い精度を持って、ラフレシアに大ダメージを与えた。『ギガドレイン』や『やどりぎのタネ』で体力を回復していたとは言え、ラフレシアは弱点による攻撃には耐えることができず、地面に崩れる。

 エリカは素早くそれを手持ちに戻し、最後のボールを対戦場に放り投げる。現れたのは、エリカの手持ちのエースであるウツボットだった。

 まだ勝負はわからない、と、ドームにいるサカキ以外の人間たちは思っていた。どくタイプを複合しているウツボットにはニドクインの毒攻撃は抜群にならない。この洗練された勝負は、まだまだ続くのだと。

 だが、サカキだけはそうではなかった。彼は右手を上げてニドクインに指示を出す。

「『ふぶき』」

 ニドクインは、角からまばゆい光を放ちながら、対戦場に、雪と、それらをウツボットにぶつけるための風を作り出した。

 そしてそれは、サカキの思うままにウツボットに襲いかかり、つるによる彼の抵抗をあざ笑うかのように、彼を氷漬けの彫像に仕上げる。

 その攻撃が『ふぶき』だとわかった観客達は、大歓声を上げた。それはこおりタイプ最強の大技、草タイプのウツボットに耐えられるわけがない。ニドクインが『ふぶき』を使うことが出来る驚きは、その興奮にかき消されていた。

 だがもちろん、その技には弱点もある、大きなダメージを与える大技だが、相手に命中する確率が他の技に比べて低いのだ。『れいとうビーム』ならば命中率も高いが、それではエリカのウツボットは落とせなかっただろう。

 だから彼等は、サカキがこの大一番に博打に出て、それに勝ったのだと興奮していた。その技を使うことの出来るニドクインの器用さ、それをここで使ったサカキの精神力、そのどちらにも、惜しみない賛辞が与えられるべきだった。

 対戦場に巻き上がっていた『すなあらし』が、ニドクインの『こごえるかぜ』によって凍った水分をまとい、まるで『あられ』のようになっていた事に気づいたのは、彼等の興奮が冷めて、もう少ししてからだった。

 

 

 

 

 エキシビションマッチを終え、記者会見、インタビューを終えたサカキは、控室のソファーにぐったりと体を預けながら、天井を見上げていた。

 負けるわけにはいかなかった。このエキシビションは、トキワジムリーダーとしての自分が健在であることを世間に知らしめるには十分なものであり、負けてしまえば、実質的に多くの地位を失いかねなかったのだ。

 これで、トキワジムリーダーサカキはしばらく安泰だな、とサカキはホッとしていた。

 シルフカンパニー襲撃失敗によって、ロケット団はほとんど壊滅状態になった、ロケット団のボスであるサカキは、暫くの間消えるだろう。

 だが、ロケット団が解散したわけではない。ロケット団のボスであるサカキは、トキワジムリーダーとしてのサカキとしてまだ生きている。その限り、ロケット団の解散はない。いずれ必ず復活することが出来るだろう。確かに数多くの構成員を失ったが、幹部の多くは失っていない。秘密裏に事を進めるには年月がかかるだろうが、頭数を揃えることはそう難しくないだろう。ロケット団を作ったときのように、事を進めればいいのだから。

 ロケット団を解散するなど、考えられないことだ、世界の征服まで後一歩のところまでこぎつけたのだ。あの快感を、興奮を、忘れることはできないだろう。

 サカキはソファーから身を起こし、鏡で自らの表情を確認しようとした。その時、控室の扉をノックする音が聞こえた。

「誰です」と、サカキは扉の向こうに問うた。大会関係者だろうか。

 しかし、その向こう側から聞こえてきたのは、忌々しくも聞き慣れたあの声だった。

「あたしです、ほら、コロンボですよ」

 サカキは、キッと目をすわらせた後に、この表情でコロンボを迎えるのはまずいと、鏡の中の男が表情を緩めるまで待った。そして、その表情が激闘を終えたジムリーダーのものになったのを確認してから返事をする。

「ああ、コロンボさんですか」

 予測していなかったわけではない、むしろ、これこそがコロンボの狙いだったのだろうとサカキは思っていた。このエキシビションのチケットを願ったのも、この接触のためだろう。

「開けてもよろしいですか?」

「ええどうぞ」

 サカキの返事から間髪入れず、コロンボは控室の扉を押した。そしてドアを開けっ放しにしたまま、にへらと笑いながら握手を求め、サカキがそれに応じてから言う。

「いやぁどうも。激闘でしたなあ……あたしすっかり感動しちゃって、カミさんがあなたの事をあんなに気に入っていた理由がわかりましたよ。ありゃあ素晴らしい戦いでした、席をとっていただいて本当に感謝しています」

 それは、コロンボの本心だった。

「ありがとうございます。あんなことがあった後ですから、自分自身、ちょっとナーバスになっていた所もあったので、ああいう形で結果が残せてよかったですよ」

「いやぁ本当に素晴らしかった。カミさんに伝えるのが今から楽しみですよ……しかし、ニドクインですか? あの緑色のポケモンがあんなに素晴らしい『ふぶき』を作り出したのには驚きましたなあ。一緒に来ていたジュンサーくんに聞いたんですがね、あの技はああいうポケモンには難しいらしいじゃないですか」

「ニドクインは器用なポケモンで、いくつもの素晴らしい可能性を持ったポケモンですからね。それでも『ふぶき』の習得には苦労しましたが、それが無駄な苦労ではないことは、わかるでしょう?」

「ええ全くそのとおりで」と、嬉しげに言ったコロンボは、レインコートのポケットに手を滑り込ませた。

 何かが来るか、と、サカキは気持ちを身構えたが、そこから取り出されたのは二つのモンスターボールと、一本のサインペンだった。

「実は、もう二つばかりサインをお願いしたいんですよ……昨日カミさんに国際電話でサカキさんのことを言ったらね、あたしの二人の甥っ子もサカキさんの大ファンだってんで……あんな激闘の後で失礼は承知なんですが」

 机の上に置かれたそれらのボールを、サカキは手に取る。

「構いませんよ、サインはいつでもと言いましたしね」

 言わなければよかった、と思いながらサインを書く。あの言葉のせいでコロンボにいつでも会う口実を作られている。慣れているはずなのだが少し手が震えて時間がかかった。

 コロンボはそれを待ちながら腰に手をやって少しずつ移動しながら、鏡の前に立ってクセ毛に手を入れた。

 サカキが二つ目のボールに手をかけた頃、コロンボが鏡から振り返って言う。

「一昨日は大変でしたなあ」

 来たな、とサカキが身を引き締める、この展開は予想していた、この二日、コロンボの対策は考えてある。

「恐ろしい事件でした」と、サカキはサインを書いた二つ目のボールを机に置く。

「あれほど多くの若者が、悪の道に歩みを進めていたなど、今でも信じたくありません。ですが、ロケット団の目論見が外れ、ロケット団は壊滅した、それが不幸中の幸いですよ」

「いやぁしかし、ボスはまだ捕まっていない」

 コロンボの言葉に、サカキは一切動揺せずに返す。

「らしいですね。しかし、あれだけの構成員が捕まった以上、もう復活はないでしょう」

「どうでしょうね」と、コロンボは笑いながら首を傾げ、そう言えば、と、続ける。

「実はサカキさんとミーティングをしたというアテネさんですがね、どうやらあの襲撃事件以降、連絡がつかないようなんですよ」

「彼女が?」と、サカキはこれ見よがしに首をひねった。ここでアリバイが崩れたことに反応するのは良くない。

「ええ」と、コロンボは同意して少し溜めを作り、サカキが何かを言うのを待っていたが、彼が何も返さないと続ける。

「警察では、彼女がロケット団の構成員だとして捜索を続けています」

 しばし、サカキは言葉を失ったふりをした、そして一人頷いて「なるほど、そう考えることが出来るわけですか」と、呟く。

「とてもそんなふうには見えませんでしたけどね、仕事熱心で」

「ええ、あたしもそう思いました。ですが状況が状況ですからね」

 あ、そうだ、と、コロンボが続ける。

「一昨日は、サカキさん何をされていたんで? あたしはほら、一応警察ですけどポケモンを持っていないもんで、カントー警察局に缶詰にさせられていたんですがね」

 この質問が来るのは当然だ、そして、サカキはアリバイを作る共犯になるロケット団幹部を失っている、もっともらしい理由を作ることは出来るが、アリバイを偽装はできない。

「私も同じですよ、ホテルに閉じこもっていた。この試合のプレッシャーで少しナーバスになっていてね……いつもそうなんですよ、翌日の試合にそれを持ち込みたくないから、考え込むのは二日前にしている」

「それって、証明できる人いますか?」

「いいや、いませんよ。それを証明する必要があるのですか?」

 疑問形に、しかし挑発的にサカキが問う。

「いいええそんな……少し気になっただけで」

 コロンボは首を振ってそう言った後に続ける。

「ああ、それと、トキワジムの事件ですが、重要参考人が決まりそうです」

「誰なんです?」と、サカキは問う。

「ロケット団のね、アポロって幹部ですよ。まあ、当然ご存じないかと思いますがね」

 サカキは、目の前の男の実力を低く見積もらなかった過去の自分に救われたと感じていた。

「ロケット団の幹部だって? なにか根拠でもあるんですか?」

「いやぁ、彼は高レベルのゴルバットを所持していたらしいんです。もちろんそれが直接証拠になるわけじゃないが、容疑者の一人であることに変わりはないでしょう」

「物取りという線は、完全に捨てるのですか?」

 コロンボは髪を掻きながら答える。

「刑事部長はまだ捨てていないでしょうがね、あたし個人としてはもう完全に捨てています」

 コロンボはさらに続ける。

「このアポロって幹部はね、シルフカンパニー襲撃の時には姿を確認されていないんですよ、つまりもうカントーにはいない可能性が高い、サカキさんには申し訳ありませんがすぐに逮捕って訳にはいかないでしょうなあ」

「犯人の目星がついただけでも素晴らしいことですよ」

「ですけどね、あたしこの事件にはもうひとり関係者がいると思っているんですよ」

 その言葉に沈黙したサカキに、コロンボはさらに続ける。

「その人物はね、その時殺人現場にいて、被害者が殺害されるのを見たんだ。しかもその人物は、被害者と少なくとも初対面じゃない」

「何を馬鹿な」と、サカキはコロンボの言葉を否定する。

「何を根拠に?」

「死体の状況と位置ですよ、死体は扉に足を向け背後から襲撃されうつ伏せに倒れていた。ポケモンを繰り出さずにです。被害者は犯人よりも先に現場に来ていた、しかも彼が盗みをするような人間でないことはサカキさんのお墨付きだ、そうなると、彼はなんで現場にいて、しかも扉に背を向けていたのか」

 コロンボは自身とサカキを交互に指さして言う。

「ちょうどこんな感じだったんですよ……」

 サカキは後ろを振り返り、開けっ放しの扉を確認した。そして再び前を向いて、自らを見るコロンボを見る。

「被害者とその人物はね、ジムリーダー室で何かを話していたんだ。顔なじみの相手と話すのにポケモンは繰り出さないでしょうし、被害者はその人物との会話に没入していた。だから彼は、背後から忍び寄る気配に気づけなかったんです」

 サカキは黙ってその続きを催促する。

「当然犯人は、その人物の存在を知っていたはずです。しかし犯人はその後、まるで物取りであるかのような偽装工作をして、現場を去りました。まるでこの殺人が、ロケット団とは無関係であるように見せかけるようにね。あたし考えたんです、ロケット団の幹部であるアポロにそんな事をさせることが出来る人物で、尚且この殺人とロケット団を結び付けられたくない人物、それは、正体不明とされているロケット団のボス以外にありえないでしょう?」

 サカキは、その推理をあまりにも突飛なものだとコロンボに言おうとした、実際にその権利はある。トキワジムにロケット団のボスが現れただなんて、そんな馬鹿げた話を、自分と、コロンボ以外の誰が信じるというのか。

 しかしその時、サカキの背後で「コロンボ警部!」とコロンボを呼ぶ声が不意に聞こえて、サカキはぜんまい仕掛けの人形のように後ろに振り返る。

 開けっ放しの扉の向こうにいたのは、私服姿のジュンサーだった。彼女はサカキの反応の速さとその目つきに思わず硬直して、言葉を失った。

 しかしコロンボは、あっけらかんと言う。

「ねえ? 意外と気づかないものなんですよ」

 コロンボは扉の方に向かいながらジュンサーに手を上げて挨拶すると「これ、ありがとうございました」と、二つのボールとサインペンをレインコートに戻す。

 部屋から去ろうとしていたコロンボの背中に、サカキは「コロンボさん」と声をかける。

「その人物……ロケット団のボスが誰なのか、あなたにはもう目星がついているんですか?」

 コロンボは振り返り「いいえぇ」と答え、更に続ける。

「目星どころか、あたしゃ確信していますよ。ただ……証拠がなくてね」

 サカキをしっかりと見据えながらコロンボはそう言って、ジュンサーと共に部屋を去った。

 そうさ、と、サカキは鏡を見る。

 証拠がない、このまま動かなければ、誰も自分がロケット団のボスだなんてわかりようがない。


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