コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです 作:rairaibou(風)
カントー警察局、刑事部長室。
コロンボはガチャガチャとノブを回してから扉を開き、顔をしかめるケージにはにかみながら「いや……ロスでは内開きなもんでね……」と照れを隠す。
更にその後ろから「失礼します」と敬礼してからジュンサーが続き、彼女は丁寧に扉を締めた。
「なにか事件に進展がありましたか?」
コロンボはケージへの挨拶もそこそこに神妙な顔でそう言った。朝早くから呼び出された理由は、それくらいしか考えられないだろうと思っていたのだ。
だがケージは笑いながら首を振って答える。
「いいや、実は、これが見つかりましてね」
そういったケージは机の物陰から赤いスーツケースを引っ張り上げて机の上に置く。それはコロンボが空港で探していた女物のスーツケースだった。
「まあ、明日にはロサンゼルスにお帰りになられるから、あまり意味がないかもしれませんが」
コロンボはそのスーツケースの取っ手を少し強く握って、それがグラグラと緩んでいることを確認してから「ああ、確かにカミさんのですね……」と呟いた。
「あたしゃてっきり捜査に進展があったのかと……」
その言葉にケージは難しい顔をする。
「私もそれを願ってはいますが、おそらくカントーを出ているであろうアポロを探すのは時間がかかります。ロケット団の残党を狩りながら、じっくりとやらなければ」
ケージはコロンボの目を見ながら続ける。
「この事件に関して、コロンボ警部には本当に助けていただいた。あなたがいなければ、我々はあの事件を物取りによる放火殺人事件だと片付けていたでしょう。感謝しています」
「まだ終わっちゃいませんよ」と、コロンボは呟いた。
「あの事件も、ロケット団も、まだ終わっちゃいない」
「さよう、我々も気を抜かずじっくりと捜査を続けなければ」
コロンボはその言葉に髪を掻きながら答える。
「事によっちゃあ、そのどちらも今すぐに解決できるかもしれませんよ」
ケージやジュンサーは、その言葉に背筋を伸ばす。
「なんですって!? それは一体どういう」
「彼女には言っていたんですがね、あたしあの事件が起きた時、現場には第三者がいたと考えているんです」
言われたジュンサーはケージの視線から逃れるように、宙に目線を上げた後に答える。
「はい確かに、そのようにお考えでした。たしか、トキワジムの関係者がいたと」
「何を馬鹿な」と、ケージは叫びかけたが、目の前の中年男が優れた推理力を持った敏腕刑事であることを思い出し、無言を持って説明を求める。
「現場の状況から言って、少なくとも被害者と初対面ではない人間がジムリーダー室にいたことは間違いありませんよ、だから被害者はジムリーダー室にいたし、扉に背を向けていた」
ケージはそれを頭に入れ、ゆっくりと咀嚼した後に、一旦それに頷く。
コロンボはそれを確認してから更に続ける。
「そこで被害者をロケット団のアポロが殺害します。しかし、アポロはこの第三者には手を出していません、殺害を見られたのにですよ? つまりこの第三者は、トキワジムの関係者でありながら、ロケット団との関係者でもある」
ケージは神妙な顔で、ジュンサーは少し抜けたような表情で宙を見ながら頷く。それが真実だと言い切れるわけではないが、荒唐無稽とも言い切れない。
「犯人はその後、この犯行を物取りのものによるものと偽装しました、これは、この殺人と、ロケット団との関係を絶ちたかったからです。この殺人には、ロケット団にとって隠したかった何かが関係していたんです。さて、秘密主義の組織であるロケット団が最も隠したい事、それは」
「ロケット団のボスの正体につながること……というわけか」
ケージの返答に、コロンボは「そうです」と答える。
「でも」と、勘のいいジュンサーが声を震わせながらコロンボに問う。
「コロンボ警部の推理だと、その第三者って」
「はい、トキワジムリーダーのサカキさんだと、あたしは確信しています」
コロンボの言葉に、今度こそケージは「馬鹿な!」と立ち上がって叫ぶ。
「サカキさんがロケット団のボスだって!? ありえない! いくらコロンボ警部とはいえ、その推理には無茶がある」
ジュンサーは両手で口元を抑え、目を潤ませている。地元トキワの英雄であるサカキが、殺人に関与しており、なおかつロケット団のボスだなんて、彼女にはとても考えられない。
それらの感情をコロンボも理解しているのだろう。彼は目を伏せながら手を降って答える。
「お気持はわかります……ですがね、あたしなりに考えるとこの答えしか無いんだ」
「そもそも、彼はトキワジムの火事を居酒屋から目撃しているだろう」
「被害者が殺されてからジムに火を放たれるまでには短くても一時間以上空きがあるんですよ? 部下のアポロにそう命じて自分は居酒屋に行って顔を覚えられてアリバイを作ることなんて簡単にできますよ」
それでもコロンボの推理を信じたくなかったケージはまだ何かを考えるが、それ以上のものが出てこない、トキワジムリーダーがトレーナーとして、教育者として、人間として優れているから、その倫理観も優れているに違いないという先入観から来るもの以外、何も。
それに追い打ちをかけるようにコロンボが言う。
「サカキさんがロケット団アジト壊滅の日に会っていたと言っていたシルフカンパニーの研究者は、おそらくロケット団の構成員、信用できないアリバイです。そして、シルフカンパニー襲撃の日のアリバイは無いんです」
「しかし」と、狼狽えながらケージが返す。
「それは確信の持てる証拠ではない」
ケージの言葉に、コロンボは髪を掻いた。
「はい、確かにそのとおりです……サカキさんがロケット団のボスであるという証拠はありません」
そしてコロンボはしばらく沈黙した後に、ケージに向かってつぶやく。
「刑事部長、ロケット団のボスと二度戦ったトレーナーと、会わせてくれませんか? あなたなら居場所を知っているでしょう?」
コロンボの提案にケージはううむと唸ったが、黙りこくって考えてしまう。そのトレーナーの情報は、警察内部でも限られた人間しか知らない、それを、敏腕刑事であるとはいえ部外者に伝えることは、間違いなく推奨される行為ではないだろう。
「あたし明日にはロサンゼルスに帰るんですよ?」と、コロンボはケージに言い、更にダメ押しするように続ける。
「ロケット団のボスに繋がるかもしれない手がかりを、みすみす逃すんですか?」
☆
グレンタウン、カントー地方唯一のジムを持っている島は、海底火山の噴火によってできた小さな島だ。
その孤立性から、かつてはポケモン研究のメッカとして知られ、今でもその名残として、化石復元などの最新研究所が存在している。
そのグレンタウンのポケモンセンター、少年トレーナーのレッドは、ロビーに置かれたソファーに腰掛けながら、傷ついた手持ちの回復を待っていた。
膝の上でお菓子を貪るピカチュウの頭をなでながら、レッドはグレンジムでの戦いを思い出す。
難しい試合ではなかった、グレンジムリーダーのカツラはほのおタイプのエキスパートだったが、レッドの手持ちにはそれらに対して強いみずタイプやじめんタイプのポケモンが控えていた。特に危ないと感じた場面もなく、エースのピカチュウもこうして温存できた。
それよりも、ジムリーダーとの戦いの前に出されたクイズに引っ掛けのような問題があって未だにそれが不正解だったことに納得がいっていない。キャタピーが進化したらトランセルになるのであって、断じてバタフリーにはならないだろう。
ピカチュウの耳をくすぐりながら彼がそう考えていた時、ポケモンセンターの自動ドアが開いた。平日の午後一時、ポケモンセンターへの来客はそこまで多くない、レッドは何の気なしにその方を見た。
彼の視界に入ってきたのは、二人の中年男だった。片方は少年の彼ですらわかるほどきっちりとスーツを着こなし、表情に険しさがあったが、もう片方の方はヨレヨレのレインコートにボサボサのクセ毛のいかにもさえ無さそうな中年男、右手に持っていた葉巻をジョーイに指摘されて、名残惜しそうにそれを携帯灰皿に仕舞っていた。
レッドは、きっちりとした方の男には見覚えがあった。タマムシシティのロケット団アジト、更にはシルフカンパニーで自分に良くしてくれたケージと言う刑事だ。彼のおかげで自分は今でも静かに旅を続けることができている。
「こんにちは、いい旅を続けているようだね」と、ケージはレッドのもとに一直線に向かって右手を差し出した。レッドは立ち上がってそれに返す。膝の上からソファに飛び降りたピカチュウも嬉しげな声を上げ、ケージに頭を撫でられた。
もうひとりの中年男は、何が珍しいのかキョロキョロとポケモンセンターを見回しながら、トボトボとケージの後に続いている。
「紹介しよう、ロサンゼルス市警のコロンボ警部だ」
「はいどうもよろしく」
ケージにそう紹介され、コロンボはレッドに右手を差し出し、レッドもそれを握った。それを見ていたピカチュウが再び嬉しげな鳴き声を上げながら得意げに短い右手を差し出したので、コロンボは腰をかがめてそれを握る。
「あれ? 君本当にピカチュウ? ジュンサーくんが持っていたピカチュウに比べてとてもスリムだし、尻尾の形も違うね」
コロンボの不意な質問にレッドが戸惑うより先に、ケージがそれに答える。
「彼女の鍛えようが足りんのでしょう。それに尻尾の形が違うのは性別の違いですよ。彼女が連れているのはメスで、この子はオスだ」
へえ、と感心したように抜けた声を上げ、コロンボはレッドに言う。
「ごめんね、あたし外国から来てるから、ポケモンのことよくわからないんだ」
にへらと笑うコロンボに、ケージが話題を急かす。
「彼も暇じゃないんだ、早く本題に入りましょう」
「ああ、そうしましょうね」と、コロンボはレインコートのポケットを探り、一枚の写真を取り出す。
「君、この人に見覚えはないかな? 似ている人をどこかで見たとかでもいいんだけど、例えばタマムシシティとか、ヤマブキシティとかでね」
その二つの町名に、レッドはコロンボの言葉の意味するところを理解し、その写真を手にとって見た。しかし、写真の中の精悍な顔つきの男、サカキに、彼は見覚えがなかった。サカキと、彼の部下による変装は、完璧だった。
首を横に振ったレッドに、ケージはどこかホッとしたように鼻を鳴らし、コロンボは笑顔を崩さず何度も頷きながらその写真を受取る。
「そう……見覚えがないか」
コロンボはその写真をレインコートに再び戻し、レッドに問う。
「そうだ、君はジムバッジを集めて回っているんだろう? どのくらいまで集まったのかおじさんに見せてはくれないかな」
絶対に答える必要がある問いではなかったが、レッドは誇らしげに懐からトレーナーカードを取り出して、その裏に付けられている七つのバッジをコロンボに見せる。
ほお、と息を吐くように感心しながら、コロンボは言う。
「もう七つも集めているのかい、すごいねえ。カミさんに君のことを教えたらさぞ喜ぶだろうねえ、ウチのカミさんは若くて頑張ってる子が大好きだから。ありがとう」
大人に褒められて、レッドは少し嬉しげに笑いながらそれを再び懐に戻した。
そして、コロンボが更に言う。
「残るバッジは、トキワジムのグリーンバッジだね、君はトキワジムリーダーのサカキさんを知っているかな?」
レッドは首を横に振ってそれを否定した。
「知らないの? 会ったこともない?」
レッドは首を縦に振ってそれを肯定する。
「そう、あたしは会ったことがあるけど、あの人は素晴らしいジムリーダーだ、最も、君が素晴らしいトレーナーであることも間違いないと思うけどね」
最後にコロンボは、レッドの頭を赤いキャップ越しに撫で、更にピカチュウの顎の下と頭をくすぐった後に、ケージを引き連れてポケモンセンターを去った。
次回完結です