コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです 作:rairaibou(風)
トキワシティ、一つの事件を乗り越えようとしていたその町は、象徴であるトキワジムの活動再開と共に、日常を取り戻そうとしていた。
修復されたトキワジム、その対戦場で、サカキはポケモン達の動きをチェックしている。活動再開初日であるにもかかわらず、彼は精力的に活動し、すでに業界の権威であるオーキド博士の孫と戦い、彼を認定していた。
何も問題はない、と、サカキは自身に言い聞かせていた、幹部はすでに消息を絶ち、捕まったのはロケット団ボスの正体など何も知らないしたっぱ構成員のみ、このまま動かず、ただ静かに表の業務をこなしていれば、誰も自分とロケット団を結びつけること無く、いずれこの事件も風化する。ロケット団の復活は、その後でも十分だ。
ふと、トキワジム自慢のギミックである回転パネルが作動している音が聞こえた、歩道式のエスカレーターのように、利用者を移動させる装置で、ジムの構造を知り尽くしているジムトレーナーたちは、それを利用しない。
ポケモンたちをボールに戻し、新たな挑戦者だろうか、とサカキは思ったが、それにしてはおかしいと思った。挑戦者ならば、ジムトレーナー達と手合わせをしなければならないはずだ、しかし、壁の向こう側からそのような様子は伺えない、しかし、回転パネルは作動し続け、自分のいる対戦場の直ぐ側にまで来ている。
嫌な予感がした。そして、それは当たっていた。
「やあどうも、サカキさん」
対戦場に現れたのは、コロンボだった。その後ろを、ケージがついてくる。
「いやあ、このジムの回転パネルは素晴らしいですなあ、ですがあたし、少し目が回ってしまいまして……そう言えば、ロケット団のアジトにもこんな仕掛けがありましたなあ」
そう言う割にはしっかりとした足取りで近づいてきたコロンボに、サカキは答える。
「海外で武者修行していた時に体験したギミックでしてね、まだカントーでは馴染んでいませんが、海外では珍しくありませんよ、ロサンゼルスにはありませんか?」
「こんなの見たことがありませんなあ、もしあればカミさんがキャッキャとはしゃぐでしょうし」
サカキは、舌打ちをしたい衝動をこらえながら、ややきつい表情を作って、コロンボに言う。
「コロンボさん、これまでは付き合ってきましたが。ジムリーダーとしての業務を邪魔されるのは困ります。見学希望ならばきちんと手続きをとった上で」
サカキがそこまで言ったところで、コロンボは右手を上げてそれを制した。
「あたし今日でロサンゼルスに帰るんです。手続きなんか取ってる暇ありませんよ。あたしゃそこのケージ刑事部長に無理言ってここに来たんだ」
コロンボの返答に、サカキはふう、とため息をつく。
「ならば、何を見学されていきますか?」
コロンボは手を振って否定する。
「あたし見学しに来たんじゃない、証明しに来たんですよ、サカキさん、あなたがロケット団のボスだということをね」
その言葉に、ケージが必要以上に背筋を伸ばしたことをサカキは確認していたが、彼自身は至極冷静に返す。
「何を馬鹿な」
コロンボは「これはあたしの推理ですがね」と、サカキの否定の言葉を無視して続ける。
「被害者は、あなたがボスだというロケット団最大の秘密を知ってしまったんでしょう。そしてそれを、あの日あなたに伝えた、脅迫か改心を諭したのかは分かりませんがね。そして、それを聞いた幹部のアポロが被害者を殺してしまったんだ。あなたにとってそれは意図していた殺人ではないからあなたは当然動揺したはずです、この殺人を、自分と、そしてロケット団と結び付けられるとまずいですからね。だからあなたは、アポロに犯行の偽装と時間差での放火を命じて、自分は居酒屋でアリバイを作ったんです」
サカキは「何を馬鹿な」と、もう一度言いながら、コロンボの後ろに佇むケージに目を向ける。ケージは一瞬サカキと目を合わせたが、すぐさま目をそらした。
「コロンボさん」と、サカキは口調を強めて言う。
「それは言いがかりにしても酷すぎるでしょう。それがカントー警察局の公式な見解だというのなら、到底私には納得できない、証拠でもあれば話は別ですが」
ある訳がない、その前提を知っているからこそ、サカキは強気に出る。
しかし、コロンボはサカキの目を見上げるように見つめながら、あっけらかんと答えた。
「証拠ありますよ」
「何だと?」と、サカキは思わず素の反応を返し、一瞬まずいと思ったが、それは自身が無実の罪を疑われているジムリーダーだとしても無理のない反応だろう。
コロンボは右手を振りながら続ける。
「あたしも証拠が無くて困ってました。物的証拠はありませんし、あなたがロケット団のボスだと知っている幹部は雲隠れしてる。ですがね、一人、たった一人だけ、証人がいたんですよ」
わからない、サカキは瞬間的に幾多もの人間の顔を浮かべては消したが、それでも、コロンボの言っている人物が誰なのかわからない。
「勇敢なトレーナーです。ロケット団のアジトで、シルフカンパニーで、二度もあなたと戦った英雄がね、覚えていたんですよ」
コロンボの言葉を黙って聞きながら、しかし心の中で馬鹿なとサカキは叫んだ。それはありえない、顔は変えていたし、使うポケモンも変えていた、ボスとして活動するときには、それを第一に考えていたはずだ、ありえない、それがありえるはずない。
「今日、来てもらってるんです」
おおい、と、コロンボは後ろを向いて叫んだ。すると、ジュンサーに連れられて、一人のトレーナーが、対戦場に現れる。
サカキは目を見開いた。赤い帽子、傍らにはピカチュウがついて歩く。それは、アジトで、シルフカンパニーで見た光景とほとんど同じだった。
「そのトレーナーです」と、コロンボはそのトレーナーの肩に手をおいて言う。
「じゃあ、教えてくれるかな。ここに、あの時戦ったロケット団のボスはいるかな?」
そのトレーナーは「この人です」と、右手でサカキを指さして言った。コロンボは満足げに頷き、ケージは大きく息を吐く。
サカキは、激しく動揺しながら、どうすればこの窮地を切り抜けられるのか考えていた。そして、そのトレーナーの指先から、その目を、その体格を、そして、傍らのピカチュウをよく見た時、それに気づいて、開放された。
ふふ、と、サカキは一つ笑いを漏らす。そして、それは次第に大きくなり、最後には「あーっはっは」と右手を顔にやりながら大きく笑い、言う。
「ケージ刑事部長! これは一体何の冗談ですか」
「見てのとおりだ」と答えたケージに、サカキは「ならばこれがカントー警察局の公式な見解だということでよろしいのですか」と、叫ぶ。
「まるで馬鹿だ、言い表しようのない!」
コロンボは、笑うサカキに動揺しながら問う。
「何がおかしいんです? 確かに年齢的に幼いかもしれないが立派な証人です、法的にも問題はないでしょう」
コロンボが大真面目にそう言うものだから、サカキは笑い半分に返す。
「下手な演技は辞めたほうがよろしい。これ以上恥を晒したくなければ、その偽物を連れて帰ったほうがいいでしょう」
偽物。
そう、偽物だった。
確かによく似ている、かつて自分を二度負かせたあのレッドという少年によくよく似ている。
だが、似ているだけ。確かによく似ているし、声などそっくりだった。だが、その目が明らかに違えば、体格は女児のものであるし、何より連れているピカチュウは肥えている上にしっぽに切れ目があり性別が違う。
つまり、これは偽装された証人なのだ。サカキがロケット団のボスであるという事実を証明するためにコロンボが作り出した窮地の策。
コロンボの焦りを、ミスを、サカキはついに引きずり出し、そして見破ったのだ。最大の窮地は、最大のチャンスとなった。
だが、最後の手段を看破されたはずのコロンボは、それでも神妙な表情を崩さなかった。それどころか、一つ二つ頷いてから、ケージの方を向く。
「今の、聞きましたね?」
コロンボの問いに、ケージは大きく息を吸い、それを鼻から勢いよく吐いてから答える。
「ああ、聞いた」
更にコロンボは、両手を口元に当てるジュンサーに問う。
「今の聞いたね?」
ジュンサーは涙ぐみながら、つらそうに一つ頷いて答える。
「はい、聞きました」
「今の、君も聞いたね?」
コロンボに問われ、レッドのフリをした少女も「うん」と、今度はその性別相応の声色で頷く。
サカキはそれらの意味がわからず「何を言っている?」と、戸惑いながらに問う。
そして、コロンボは一つ頷いて、ジュンサーにその少女を連れて帰るように指示してから言う。
「確かにあなたの言うとおり、あの子はロケット団のボスと戦ったトレーナーではありません。でもよく似ていたでしょう? あたしの友達の物まねが上手な子でね、連れていたピカチュウはジュンサーの手持ちです。彼女あまりバトルが得意じゃあないから、ピカチュウもあんなに肥えてしまって……まあ、少し肥えていたほうが可愛いと思うんですがね」
「あなた自分のしたことがわかっているんですか」と、サカキは緊張感のないコロンボに言う。
しかし、コロンボはまたもあっけらかんと答える。
「これが裁判所とかなら違法ですがね、大事なのはそこじゃないんだ」
そしてコロンボは、サカキの目を睨みつけて言う。
「大事なのはね、何故あなたが、彼女を偽物だと、見破ることができたか。ということなんです」
サカキは、コロンボの言っていることの意味が一瞬理解できなかった。しかし、時間を置いて、自身が犯したあまりにも大きなミスに気づき、額に手を当て、大きなため息をついた。
それをコロンボも感じたのだろう「そうです」と、サカキの気づきを肯定してから続ける。
「カントー警察局はその少年に関して厳しい報道規制をかけていました。あたしだって昨日会うまでその少年が何歳なのか、どんな顔をしているのか、性別だってわからなかったんです。それなのにあなた、彼女をひと目見た瞬間、偽物だと気がついた。しかし昨日あったその少年は、サカキさんと会ったことはないという。さて、どうしてなんでしょうねえ」
一瞬サカキはなにか言い逃れができないものだろうかと考えた、例えば、感覚的にそのような英雄は少年だろうと思っていた、とか、彼女の雰囲気とあのピカチュウは、とてもこのジムに挑戦できるものではないことを見抜いただとか、いくらでも言い逃れは出来るように思える。
しかし、もはやそれは無駄だろうと彼は諦めた。仮にこの場を凌ぎ、コロンボがロサンゼルスに帰ったとしても、その後ろにいるケージはもう、自分の倫理的奴隷ではない。カントー警察局に睨まれれば、もう今までのようには動けないだろう。
「ロケット団のボスとして、あなたの追求から逃れようとしていた」
彼は、目の前にいる相手を尊重し、それを認めた。
ケージは、信じられないような目で彼等を見つめ、モゴモゴとなにか言いたげに口を歪ませる。ある意味、彼がこの場で最もショックを受けた人間であるかもしれない。
「だから、トキワジムリーダーとしての私を考えることはできなかった」
あるいはもう少し精神的に落ち着いていれば、コロンボの狙いを看破することができたかもしれない。
しかし、コロンボが見せたほころびに、彼は飛びついた。
ああ、と、一つつぶやいてから、サカキがコロンボに問う。
「あともう一つだけ、質問よろしいですか?」
「ええどうぞ」
「何故、この殺人が私の指示によるものではないとお思いになられたのですか? 私がロケット団のボスだと確信しているのなら、そう考えることも、いや、そう考えることが妥当でしょう?」
そうだ、と、ケージも思った。
しかし、コロンボは手を振りながらそれを否定する。
「自室で殺人を犯すなんてヘマ、あなたは絶対にやらんでしょう……それに、あなたは素晴らしいトレーナーで、教育者だ、たった二週間だけカントーにいたあたしですらそう思った。そんなあなたが、神聖なトキワジムを血で汚すでしょうか?」
コロンボの返答に、サカキは頷いた。もはや大悪人である自分を、それでもトレーナーとして、教育者として認めているコロンボに、サカキは複雑な感情を抱いていた。
そして彼は、これまで誰にも語ることのできなかった事を、コロンボに吐露する。
「実力はあるが、職に恵まれなかったトレーナーを、評判の悪い資産家に用心棒として紹介したのが始まりだった」
それが、トキワジムリーダーとロケット団ボスとの二面生活の始まりであることを、コロンボたちは理解する。
「今ではその資産家もロケット団の傘下……裏の仕事はいくらでもあり、社会に認められないトレーナーもいくらでもいた。やがて膨らみすぎたロケット団の規模が、世界を握る寸前にまで来ていることに気づいたときには、もう、私にそれを止める意思など無かった」
ふふ、と、サカキは小さく笑い、そして、声を震わせる。それには、多くの自虐的な要素が込められていた。
「私が殺したようなものだ。私が作り上げたロケット団が、未来ある若者を殺し、そして、殺させた。殺人の罪を問われるべきは、私なんですよ」
善と悪の二面性、それらを抑え込んでいたサカキの強靭的な精神力が揺らいでいた、その責任に、ジムリーダーとしてのサカキは、常に苛まれていたのだろう。
コロンボは、サカキの懺悔を、静かに聞いていた。その時、彼等の耳に、回転パネルが作動している音が聞こえた。
「ああ」と、コロンボは呟く。
「挑戦者が、来たようですなあ」
やがて現れた赤い帽子の少年トレーナーは、対戦場にいる男たちを見て驚いた。昨日あった刑事たちと、彼が差し出した写真に写っていた男、少年は、事態を飲み込めないでいるようだった。傍らのピカチュウは、その少年の戸惑いに戸惑う。
コロンボは、サカキに目を向けて言う。
「彼はもう、バッジを七つ集めて、このジムのバッジが最後の一つだそうです。ロケット団のボスとしてではなく、トキワジムのジムリーダーとして、彼の前に」
サカキはそれに頷かなかったが、その目線は、すでに少年をとらえている。ロケット団のボスとしてではなく、最強のジムリーダーとして、それは、彼にとっても願ってもないことだった。
サカキが、少年に対して何かを語りかけたが、コロンボはそれをすべて聞くこと無く彼等に背を向ける。彼は、教育者としてのサカキを否定するつもりはなかった。
すれ違いざまに、コロンボはケージに「後のことは」と声をかけ、ケージは「もちろん」と、強く言って頷いた。
カントー警察局には、どんな手段を使ってもサカキをロケット団のボスとして逮捕するという大仕事が残っている、その際に受けるであろう世間からのバッシング、絶対的な正義であると思われていたサカキに裏切られたことによる市民の不安、それらは、これまでカントー警察局が経験したことのないものだろう。
そして、キョウやエリカ等のジムリーダー達も、サカキという絶対的な支柱と、その信頼を失うことによって、大きな窮地に立たされるかもしれない。
カントー地方は、大きく揺れるだろう。
それらを間近で見ずに済むのは幸せなことだ、と、コロンボは対戦場を後にしながら思った。
以上で『コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです』は完結となります。お付き合いいただきありがとうございました。
ミステリーを書くことがなかったので、ガバガバなところがいくつもあるでしょうが、許してさると嬉しいです。
犯人だけが知っている情報を利用する、という手法は、コロンボが使う罠の一つで、最も有名なのは27話『逆転の構図』でしょう。この作品はコロンボの魅力が詰まった作品の一つだと個人的には考えています。
この手法で私がさらに好きなのは8話の『死の方程式』です、この作品の犯人は非常に狡猾でしたが、コロンボの逆トリックによってとてもスカッとする終わり方となっています。
コロンボが海外で活躍する話には『ロンドンの傘』や『闘牛士の栄光』があり、この作品はそれらの作品を参考に書きました。また、様々な小ネタを仕込んでいるので、それに気づいていただけると幸いです