コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです   作:rairaibou(風)

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3.推理

 朝、と言っていい時間だった。

 トキワシティ、トキワジムの周りは、不意に現れた非日常に興奮しながら、なんとか自分もそれを享受したいという気持ちでいっぱいの野次馬でごった返していた。

 町の誇りであったトキワジムは、すっかりと景観を変えてしまっている。壁は焦げ、窓ガラスが割れ、外から中を確認できてしまう部分すらあった。

 彼ら野次馬、または仕事熱心なマスコミ関係者などは、一秒でも早くジム内に入ってしまいたいと考えてはいたが、ジムを囲うように張り巡らされた黄色のテープがそれを防いでいる。すでにその現場は警察の監視下に置かれている。

 それは、それがただの火事ではない事を間接的に彼等に表現していた。パトカーに並ぶ救急車の存在も、彼等の好奇心を掻き立てる。

 しかし、その中でも善良な市民の一人は、ジムリーダーであるサカキの安否を心配していた。流石にそんなことはありえないだろうと思いながらも、その救急車で運ばれたのがサカキではないという確証はなかった。

 

 

 

 カントー警察局のケージは、半焼したトキワジム、ジムリーダー室の中で、冷静さを取り戻そうと努力していた。

 全焼、というわけではない、トキワシティの消防局の懸命な努力により、現場は半焼にとどまっている。

 だが、それよりも問題なのはこれだ、と、ケージは足元に転がる死体をちらりと見やって唸った。

 大事件、と言っていい案件だった。カントーの中でも指折りの格を持つトキワジムを襲撃、ジムトレーナーに手を出した挙げ句に放火など、あまりにも大それている。

 トキワジムリーダーのサカキは、警察とも関係の深い人物だった。ポケモンの強さに対するその見識の深さは、カントー地方でも有数のものであり、一時期は警察官のポケモンバトルを指導していたこともある。警察のメンツを保つためにも、必ず解決しなければならない。

 ジムの周りには、数多くのマスコミ関係者と、それを遥かに超える野次馬がひしめいている、これだけの事件だ、世間の関心も当然高い。

 現場の状況を再度確認しようと、ケージは鑑識の人間を探した。その時、彼は警察関係者の中に、一人、見慣れぬ不審な男が紛れていることに気づいた。ヨレヨレのボロ布のようなレインコートを羽織ったその中年男は、さもそれが当たり前のようにあるき回り、しげしげと現場を眺めている。

 ケージは今ここにいる警察関係者すべての容姿を把握しているわけではないが、そのヨレヨレの男がそれではないことくらいは容易に理解が出来た。

 大方スクープの欲しい記者が、食い詰め者を安く雇って詮索させているのだろうと彼は判断し、身近にいた警察官に、その男をつまみ出すように指示しようとした。

 だがその時、「コロンボ警部!」と叫ぶ声と共に、空港に送ったはずのジュンサーが警官達の間をなんとかすり抜けながら現れた。中年男もまた、彼女に視線を送る。

 ロンドン市警から研修に来る刑事の世話役を頼んだジュンサー、コロンボと呼ばれた事件現場に妙に慣れている中年男、聡明なケージは、その男の風貌に多少動揺しつつも、その状況について理解した。

 だが、だからといってそれが認められるわけではない、たとえその男がロンドン市警の刑事であろうと、カントーの殺人現場になんの許可もなく入って良いわけがない。

「何をしている!」と、ケージはジュンサーを一喝した。現場は一瞬静まり、彼女は恐れていたその声に体を跳ね上げて背筋を伸ばす。一方コロンボは、のそりと振り向いてジュンサーとケージを交互に見やった。

「現場に部外者を入れるなど!」

 ケージは直立不動のジュンサーを叱責するが、やはりのそりと、コロンボが割って入る。

「ああ、すみません。あたしがどうしても現場を見たいとわがままを言ったんです……どうか彼女を怒らんでやってください。あたしロス警察のコロンボです」

 差し出された右手を、ケージはひとまず握る。思いの外強い力に彼は驚いた。

「カントー警察局刑事部長のケージです。コロンボ警部、見ての通りの状況で、あなたに手を回せなかったことは申し訳なく思っていますが、突然このようなことをされると」

「いや本当に申し訳ない、出過ぎた真似でした、今すぐに失礼しますから……」

 そう言ってその場を後にしようとしたコロンボを、ケージは引き止める。コロンボの振る舞いが敬意にかけていることは間違いなかったが、その男はロサンゼルスからの客人でもある。

「いや何、私もカッとなりすぎたようです。どうでしょう、一つ警部の見解をお伺いしたい」

「あたしの見解を?」

「ええ、見ての通りこの事件は強盗放火殺人で間違いはありませんが、事件が事件ですので一つでも多くの考えが欲しい」

 ケージはぐるりと焼け焦げた室内を見回す。室内が荒らされ、かろうじて形を保っている長机の引き出しは全て引き抜かれていた。

「正確な被害はまだ判明してないが、グリーンバッジが見当たらないところを見ると、犯人はそれを狙った可能性が高い」

「バッジを?」

「闇に流すんです」

 コロンボの疑問には、ジュンサーが答えた。

「カントー最難関ジムのグリーンバッジは、持っているだけでトップクラスのトレーナーであることの証になります。それだけに、表沙汰にされない市場では非常に高価でやり取りされているんです」

「しっかりと調べれば正規ルートで手に入れたものではないことはわかるんだが、なかなかそこまですることはない」

「はあ、なるほどねえ。そこで被害者と鉢合わせて、殺したと」

 コロンボは額を掻いて少し唸った後に、懐から葉巻を取り出した。

「あの、葉巻、よござんすか?」

「ああ、構わないよ、現場検証はもう終わっている」

 コロンボはそれを咥えた後にレインコートのポケットを探った。更にその後にレインコートをバサバサと揺らし、情けない声でジュンサーに話しかける。

「君、マッチ持ってない?」

 首を横に振ったジュンサーに、コロンボは今度はちらりとケージの方を見る。

「すみません……火、あります?」

 ケージは半ば呆れながら、ポケットからライターを取り出してコロンボに手渡した。果たして本当にこの男がロサンゼルス市警きっての敏腕刑事なのだろうか、とてもそうは思えない、それどころか、刑事であることから疑わなければならないような気すらする。

 コロンボはそれで葉巻に火をつけると、全くの無意識にそれをレインコートのポケットにしまう。「あ」というジュンサーの声と、ケージのこれみよがしな咳払いさえなければ、それはそのままロサンゼルスに向かっていただろう。

「あ、すいませんね」

 特に悪びれる風もなくケージにライターを返したコロンボは、今度は葉巻を持った手で額を掻いきながら、白い布を書けられた死体を見る。

「死因は何なんです?」

「まだ正確な報告があるわけではないが、ゴルバットの『どくどくのキバ』によるものではないかと考えられている。おそらく、死ぬまでにそう時間はかからなかったはずだ」

「ゴルバット?」

 再びコロンボの疑問にジュンサーが答える。

「ポケモンです、コウモリのような」

「はあ、なるほど、ポケモンによる殺人ですか……」

「滅多に起こるものではない」

「あたしも昔犬を使った殺人を担当したことがありましてねえ……しかし、噛まれたくらいですぐに死ぬってことはないでしょう?」

「ゴルバットはどくを使うことのできるポケモンで、おそらくはその毒を注入されたと思われます」

 再びのジュンサーに、ケージはじろりと彼女を睨む。聡明な彼女はその理由をすぐに理解し「失礼しました」と、一歩下がった。

「ある意味拳銃よりも厄介でしょうなあ、被害者はポケモンを持っていなかったんで?」

「いや、三体ほど所持していた。だが、彼等は皆ボールの中に取り残され、火事による酸欠で全て死んでいる。多少のダメージならば回復させることができるが、根本から死んでしまうとな」

「ポケモンを持っていた……?」

 コロンボが葉巻をくゆらせながら呟く。

「つまり被害者もトレーナーだったということですか?」

「さよう、被害者のツチヤ氏はトキワジムでジムリーダーの補佐をするトレーナーだった」

 コロンボはさらに疑問を続ける。

「トキワジムというのはカントー中で最も格の高いジムの一つなんでしょう? 実力も高いはずだ」

「当然、ツチヤ氏はカントー全体で見てもかなり上位のトレーナーだ」

「だったらおかしいでしょう。どうしてそれほどの実力者が、全くの無抵抗でやられるのか、拘束された痕はないんでしょう?」

 コロンボの指摘に、ジュンサーははっとした表情を見せ、ケージは押し黙った。確かにその意見は、的を射ているのだ。

「確かに、少し妙な状況ではある」

 ケージは少し考え、現場の状況を思い出しながらそれに答える。

「不意を打たれたとすれば、辻褄が合う。事実、ツチヤ氏はここにうつ伏せに倒れており、ゴルバットのキバの痕も、背後からつけられたものだった」

「うつ伏せに?」

 コロンボはまたもやつぶやきながら腰を落とし、死体を覆っている布を剥ぎ取る。それは確かにうつ伏せで、足は扉に、両手は長机の方に向かっていた。

 立ち上がりながら、彼は再び額を掻く。

「そりゃあおかしいでしょう、まるで逆だ」

 その言葉に、ケージは若干の不快感を覚えはしたものの、「逆、とは?」と、冷静に問う。

「いやね、もし犯人が『仕事』をしている最中に被害者と鉢合わせ、口封じのために殺したのなら、普通は正面から攻撃を仕掛けて、被害者は仰向けに倒れるでしょう? なのに被害者は背後から襲われて、うつ伏せに倒れてる」

 あの、と、ケージの方を恐る恐る見ながらジュンサーが手を挙げる。

「背を向けて、逃げようとした、とは考えられないでしょうか?」

 いやあ、と、コロンボは首を横に振る。

「だとすると、この死体の位置がおかしい。逃げようとする時にわざわざ出口から離れたところに行こうとはしないでしょう」

 ううむ、と、ケージは唸った。そして、目の前の冴えない中年の男が、ロサンゼルス市警きっての腕利きと評判であるということをようやく思い出し、認識を改める。

「コロンボ警部は、どのようにお考えで?」

「これはあたしの第一感ですがね」と、コロンボは煙を吐いて一拍おいてから答える。

「物取りが被害者と鉢合わせて、って線は無いと考えてます。この状況を考えると、どう考えてもこの部屋に最初にいたのは被害者の方だ、犯人じゃない」

「ツチヤ氏はこのジムの関係者だ、ジムリーダー室にいても不思議ではない」

「あたしゃロサンゼルス一の空き巣と話したことがありますがね、彼等は人並み以上に臆病なんだ。狙った場所にまだ人がいるとわかれば諦めて帰りますよ」

「ということは」と、ケージが少し大きな声で呟く。

「犯人の目的は最初から殺人だったと!」

「ええ……あたしはそう考えています」

 あの、と、ここで再びジュンサーが手を挙げる。

「犯人が二人組だった。ということは考えられないでしょうか?」

 ジュンサーの考えに、ケージははっとした。確かにそれならば、物取りの犯行だとしても辻褄が合うのだ。

「そうだ! 確かに二人組ならば説明がつく、この部屋を物色していた一人目をツチヤ氏が発見し、そのスキに二人目が後ろから」

 いやぁ、と、コロンボが首をひねる。

「確かにそう考えることも出来ます……ですがやはりポケモンを出していない、無抵抗であったということが引っかかりますなあ。あたしどうしてもね、こういう小さなことが気になって仕方がないんですよ」

 ああ、そうだ、と、コロンボは続ける。

「被害者の金は取られてたんですか?」

「わからないが、財布は持っていない」

 ふうん、と、コロンボは再び腰をかがめ、死体と床の隙間に手を突っ込んで胸元を探る。そして彼は、手のひらにいくつかの感触を感じた。

「何かありますよ」

 それを聞き、ケージも同じく腰を落として、コロンボと同じ箇所を探る。手のひらの感触に、ケージは覚えがあった。

「バッジだ」

 ケージは近くにいた警察官を呼びつけ、二人で死体を仰向けに裏返す。そして死体のジャケットをめくると、そこにはトレーナーのあこがれである八つのきらめきがあった。

「それ、バッジでしょう?」と、コロンボが葉巻の手で指差す。

「ああ」と、ケージは神妙な顔で呟いた。

「妙だな、グリーンバッジを盗難しているのに目の前に転がっているバッジは無視している」

「殺人に動揺してしまったとか……死体を触るのが怖かったか」

 彼等を覗き込んでそう予測したジュンサーに、ケージは首を振る。

「無くはないが、少し弱いな。犯人は殺しをやった上に放火までするような奴らだ、今更そんなことを躊躇するとは考えにくい。予想外の殺人に足がすくんですぐさま逃走したとも考えられるかもしれないが、そうするとわざわざ火を放つ余裕がわからない。普通の感覚ではないからこんな事をすると言えばそれだけだが……」

 三人はしばらく沈黙していたが、やがてコロンボが口を開く。

「この施設の責任者は今どこにいらっしゃるんで?」

 ケージはそれに答える。

「ジムリーダーのサカキさんは今自宅に待機してもらっている。これから私が話を聞きに行くところだ」

 コロンボは葉巻を挟んだ手を上げて言う。

「それ、あたしもついて行っていいですかね……いやあ、野次馬根性と言ってしまえばそれまでですが、ウチのカミさんがいつかテレビ番組で見た時にえらく気に入ってて、本物と会ったと自慢してやりたいんです」

 にへら、と笑うコロンボにケージは一瞬顔をしかめたが「まあ、構わないでしょう」と、それを了承した。




 刑事コロンボの大きな特徴として、犯人の社会的地位の高さにあります。
 著名な精神科医、英雄と称される退役軍人、弁護士、公認会計士、ミステリー作家×2、ワイン製造会社社長など、刑事であるコロンボよりも社会的地位の高い犯人が多いです。
 これはストーリーの中で非常に重要な部分で、犯人はその地位故に、通り魔のように逃げ出すことが出来ず、また、厄介なコロンボを始末することも出来ません。彼等はコロンボから逃げ出すことが出来ず、コロンボも一度犯人に食らいついたら離しません。
 またプロフェッショナルとしての一面もある犯人たちは、時としてそのプライド故に、自らを窮地に追い込むこともあります。それが、見ていてとても面白いです。

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