コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです   作:rairaibou(風)

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4.遭遇

 自宅にて、トキワジムリーダーサカキは一つ息を吐いて状況を整理していた。

 今の所、全ては彼の思い通りに進んでいる。

 彼は燃え盛るトキワジムを目撃し、責任者として当然トキワジムに向かった、そして消防隊員に自宅に待機するように命じられ、それからずっとここにいる。

 まだ自分は、火災現場から死体が見つかったことを知らないはずだ。そして、おそらくこれからそれを知ることとなる。その時には、ある程度うろたえたほうがいいだろう、自らの管理不足によって教え子の一人が死んでしまったことに対する責任を、重く感じなければならない。

 それ以前に、警察が自分を訪ねてきたことにまずは驚くべきだろう。まだ自分は、それがただの火災ではないことを知らないはずなのだから。

 幸いなことに、警察の人間の殆どは自分と顔なじみだった。彼らの中に自分を強く疑う人間などいないだろうし、仮に居たとしても、それは多数の否定派によって潰されるはずだ。

 つながるはずがない、あのとき自分がトキワジムに居て、殺人を目撃し、更にはその殺人に大きく関係していることにつながろうはずがない。

 サカキにはほくそ笑みながら、呼び鈴の音を聞いた。

 

 

 

「いやぁ、あなたがサカキさんですか、ウチのカミさんが一度あなたをテレビで拝見してからファンになっちゃいまして……」

 そう言って握手を求めてくる中年男に、サカキは複雑な表情を浮かべながら対応する。

 サカキの思い通り、訪れた刑事のうちの一人は顔なじみのケージだった、だがもう一人のこの中年男が誰なのかさっぱりわからない、ケージが何も言わないところから浮浪者や一般人というわけではないだろうが、彼の薄汚れたレインコートは、むしろそうではないという違和感をサカキに与えていた。

「ケージさん、彼は」

 ケージが一つ咳払いをしてからそれに答える。

「彼はロサンゼルス市警のコロンボ警部です。我がカントー警察局の捜査技術を学ぶために研修にいらしたのです」

 そう言われて、サカキは再びコロンボを見やる。だがどうやっても、目の前のこの冴えない中年男が刑事だとは思えない、ロサンゼルスという都市はそんなにも人手不足なのだろうか。

「いやぁしかし……素晴らしいお屋敷ですなあ。特にあのプールはすごい。あたいスポーツクラブでしかあんなの見たことありませんよ」

 コロンボはぐるりと玄関を見回しながら言った。その言葉はお世辞でも何でも無くコロンボの本心であり、また実際に、サカキの自宅は、トキワシティで最も広大な、と言ってもいいくらいの出来であった。

「独り者には広すぎるくらいですよ」

 サカキはコロンボを取るに足らない男だと判断したのか、朗らかにそう答える。

「最も、ポケモン達に不自由ない暮らしをさせるには、少し不満もありますが」

 コロンボはその言葉にニヤリとする。

「わかりますよ、うちも犬飼ってますがね。ちょっと目を離したらあっちへゴソゴソこっちへゴソゴソで……」

 サカキはそれに軽い笑みの相槌を打ち、軽く非難の目線をケージに向けながら問う。

「ある程度状況を理解しているつもりではありますが、どうして警察の方が私を訪ねに?」

 その問いに、ケージは表情を変え、うつむきたくなる衝動をなんとかこらえながら言う。

「実は、火災現場から死体が見つかりました。まだ正確な判断はできませんが、おそらくは、ジムトレーナーのツチヤ氏ではないかと……」

「死体……」と、サカキはまずそう呟いた。そして、彼は考えをまとめるように額に手をやった後に「なんてことだ……」と、更に呟く。

「どうして、私は確かに誰も居ないことを確認してから戸締まりを……」

「申し訳ありませんが、ジムを後にした時間を正確に覚えていますか?」

 ケージの質問に、サカキは首をひねりながら答える。

「正確かと言われると自信がありませんが、そろそろ帰ろうかと準備を始めたのは深夜の十二時を回った頃です。時計を見て、流石に根を詰めすぎたと我に返ったのを覚えています」

 その言葉に「何かあったんですか?」と、コロンボが反応する。

 サカキは滞りなくそれに答えた。

「昼間に挑戦者相手のジム戦を行いまして、その中で、少し私にまずい動きがあったので、それの修正と反省をね」

「はぁなるほど、仕事熱心ですなあ」

 おほん、と、ケージが咳払いする。

「その時に、あなた以外にジムに人は居なかったと」

「ええ、一応確認してから戸締まりするようにしていますから。ただ更衣室やトイレを一つづつ開けて確認するわけじゃなく、声を掛ける程度のものでしたが」

 うーん、と、ケージは唸るように鼻を鳴らす。

「そうするとつまり、例えば悪意のある人間がわざとあなたをやり過ごそうとすれば出来たかもしれないということでしょうか」

「そんなことはない、と言いたいところですが、如何せん前例がないので何とも、ただ少なくともこれまではそんな事はありませんでした」

 その時、コロンボが「あ」と声を漏らした。見れば、コロンボは左手にメモを持って、棒立ちになっている。

「すみません、ペンを忘れちゃいまして……おかしいな、確かにここに入れたんだが」

 パタパタとレインコートをはためかすコロンボにケージはため息を吐いた。一体この男は、何なら持っているというのか。

 似たようなことをサカキも思っていたのだろうが、しかし彼はそれに対する不快感をこれっぽっちも感じさせずに「これを」と、内ポケットからボールペンを取り出して、コロンボに手渡した。

「ああこりゃどうも、へえ、こりゃあ立派なペンですなあ、素晴らしく書きやすい」

 コロンボはサラサラと何かをメモに書きなぐって笑った。

「火事の原因に、なにか心当たりは」と、ケージが質問を再開する。

 サカキは首を振ってからそれに答える。

「全くありません、私はタバコは吸いませんし、ジムトレーナーにもいなかった。火元はどこなんです?」

「ジムリーダー室です」

「私の部屋……やっぱり全く見当がつかない、あそこに火元らしい火元はないはずです」

「なるほど」と、ケージはメモを取る。

「となると、やはり放火の線で間違いないようですな」

 放火、と、ケージの言葉を一つ復唱して、サカキは首を振る。

「申し訳ありません、少し頭が混乱して……ツチヤが犠牲になっている上に放火だなんて。もう何がなんだか、もしよろしければ、もう少し詳細な情報を聞かせてもらいませんか」

 サカキは、うろたえる風を装って、今警察がどのようなことを考えているか聞き出そうとしていた。

 その策略を知る由もなく「わかりました」と、ケージは頷く。

「消火後、火元であるジムリーダー室からはツチヤ氏の死体が見つかりました。死因はゴルバットの『どくどくのキバ』による毒殺。おそらく即死だったでしょう」

「なんて恐ろしい」と、サカキは呟く。それは決してオーバーなリアクションなどではなく、ポケモンを使って人間に攻撃するという行為の倫理性の無さは、ポケモントレーナーならば誰もが恐れる。

「ジムリーダー室は荒らされ、金目のものはおおよそすべて無くなっていました。後日、正式な盗品リストを作っていただくことになるとは思いますが……あの部屋にはグリーンバッジが?」

「ありました」と、サカキはそれに答えた後に「紛失していたということですか」と続ける。

「さよう、物取りの卑劣な犯行であることは明白です。我らカントー警察局の威信にかけても、必ず犯人を捕まえ、然るべき罰を与えます」

 力強くそう言い切るケージに相反するように、サカキは弱々しく呟く。

「私の責任だ……ジムを放火されるどころか、バッジを失い、ジムトレーナーを死なせてしまうなど」

 ケージは憔悴しきっているサカキの背中に手を回すと、励ましの声を掛ける。

「決してあなたの責任などでは……ジムを襲いジムトレーナーを殺害するなんて前代未聞です」

 この辺にしておきましょう、と、ケージはサカキに背を向けて、その場を後にしようとする。彼はサカキの憔悴っぷりから、より詳しい話は先にしたほうがいいと判断した。

 コロンボもケージと同じようにそこを後にしようとしたが、ふと顔を上げて「すみません、あと一つだけ」と、指を立てる。

「火事があった時、サカキさんはどこに?」

 サカキはちらりとコロンボをみやって答えた。

「酒場にいました」

「酒場に? 火事が起きたのはずいぶんな真夜中ですよ」

「少し飲みたい気分だったんですよ、そこで盛り上がってしまいましてね」

 それはなんの問題もない行為だった。彼はその時ツチヤが死んでいることなんか知らなかったし、ジムが火事になることも知らなかったはずなのだから。

「なるほど、ありがとうございました。どうか気を落とさず……」

 二人の刑事は挨拶すると扉を締めながら玄関を後にした。

 残されたサカキはふう、と一つ息を吐いてから深呼吸する。

 概ね、彼が思っていたとおりの展開になっているといってよかった。警察は物取りの犯行だと信じて疑ってはいないようだし、自分には疑惑のかけらも持たれてはいない。

 思わず笑みがこぼれてしまいそうになるのをサカキがこらえたその時、不躾に玄関の扉が開かれ、コロンボが姿を見せた。

 サカキは一瞬表情の変化を捉えられてしまったかと焦ったが、コロンボの表情から察するにそれは無さそうだった。

「すみません、ペンを借りたままでした」

 差し出されたボールペンを、サカキは「どうも」と、言いながら受け取った。この時、サカキはこの中年男に妙な違和感を覚えた。自らを見る藪睨みのその目が、彼が纏う雰囲気とは別に、とても鋭く自身を指しているような感覚だった。

 更にコロンボは「ああ、あともう一つ」と、一歩サカキに踏み出す。

「あたしポケモンのことは全くの門外漢で、一つご教授願いたいんですがね。カントーで最も格の高いジムリーダー、あなた以上にポケモンに詳しい人間なんてそうはいないでしょうからなあ」

 サカキは妙な胸騒ぎを覚えながら「私に答えられるものであれば何でも」と、答える。

「ありがとうございます。あたしさっきからずっとわかった風に聞いていたんですがね『どくどくのキバ』というのは一体どんな技なんですか?」

「『どくどくのキバ』とはつまり、技の一つです、噛み傷から特殊な猛毒を体内に注入する大技で、この毒はある程度毒に耐性のあるポケモンすら蝕む猛毒です。人間にうてばかなり危険な状態となるでしょう」

「すると即死でも不思議ではないと」

「考えられなくはありません、ゴルバットの練度によっては十分に可能だと考えられます」

 はああ、と、コロンボはため息を付きながら額に手を付ける。

「我々の国では市民が銃を携帯できますが、カントーも危険な地域ですなあ。そのように危険な生物を、誰もが携帯できるなんて」

「いえ、それは違いますよ」と、サカキがコロンボの言葉を否定する。

「銃は誰でも携帯できるし、誰でも打つことが出来ますが、ポケモンはそうではない」

 コロンボはさらに身を乗り出す。

「と、言うと?」

「『どくどくのキバ』は誰もが簡単に打つことのできる技ではないのですよ、相当な高レベルのゴルバットでなければ使えない技な上に、高レベルのゴルバットを操るにはトレーナーにも技量が求められる」

「つまり『どくどくのキバ』で人を殺すのは誰にでもできることではないと」

 話題を誘導するようなコロンボの言葉に若干に居心地の悪さを感じながらサカキが答える。

「まあ、誰にでも出来ることではないでしょう」

「なるほど、だったらそっち方面を洗ってみるのも良さそうですなあ。ちなみにサカキさんは誰か心当たりのある人物などはおられますか?」

「さあ、しかし、毒のことならば、セキチクジムのキョウさんがスペシャリストですから、そちらで聞いてみればいいかもしれません」

「なるほど、セキチクジムね……」

 コロンボはそうつぶやいて再びメモを取り出したが、右手をゆらゆらさせながらオロオロする。

 見かねたサカキが再びペンを取り出して「どうぞ」と、手渡した。

「ああ、ありがとうございます。それではこれで失礼しますよ。何しろ刑事部長を待たせてしまっているんでね」

 今度はしっかりとペンをサカキに返して踵を返したコロンボだったが、再びカラクリ人形のようにくるりと体を反転させてサカキと向き合う。

「そうそう、最後にもう一つ……ツチヤさんやサカキさんを恨んでいるような人物に心当たりはありますか?」

 その質問に、サカキは神経を張り詰めて警戒した、それは、この殺人を物取りの犯行だと考えていれば到底出てくるはずのない質問だった。

「これは物取りの犯行なんでしょう? どうしてそんな」

 コロンボは笑って髪を掻きながら答える。

「いやぁ……刑事部長はそうおしゃっていますが、あたしはちょっと現場に違和感がありまして……まあ、この件は刑事部長の考えるとおりだとは思っていますし、門外漢のあたしが出しゃばるのは良くないんですが……念の為、ね」

 猫背から自らを見上げるコロンボの目線に、サカキはおぞましさを感じた。この男の見た目に騙されてはならない、彼はコロンボの資質、能力を高く見積もった。決して油断してはならない相手だ。

「ツチヤのことは、彼のプライベートですので何もわかりませんが、私の知る範囲では人から恨みを買うような人間ではありませんでしたよ。厳格を憎むような人間がいればわからないでしょうが」

「なるほど、あなたは?」

 サカキは声色変えること無く答える。

「自惚れのようで嫌ですが、特に思い当たりませんなあ。最も、私はジムリーダーとして、時には未熟な挑戦者を叩いて叱責することがありますので、それを恨まれることがもしかすればあるかもしれません」

 ふんふん、とそれに頷いたコロンボは、最後に右手をサカキに差し出した。

「いやぁありがとうございました。それではあたしはこれで」

 サカキもそれを握って答える。

「ええ、先程あなたは私のことを仕事熱心だとおっしゃりましたが、あなたも負けていないですよ」

 コロンボはそれに笑って玄関の扉を締める。

 サカキは今度はしっかりと玄関を背にしてから、ふう、と長い溜息をついた。

 これは少し、面倒くさいことになるかもしれない。

 ロサンゼルスからの刺客は、サカキを犯罪と言う枠の外にいる人間だという常識にとらわれていないかもしれなかった。




 刑事コロンボの記念すべき一作目『殺人処方箋』は、後のコロンボシリーズと比べても全く遜色の無い傑作です。敵役の犯人もシリーズ中最強に近い人物で、コロンボの人間性や戦略をすべて見抜きます。
 詳しいストーリーはネタバレになるので控えますが、この頃からすでに刑事コロンボシリーズのテーマの素は確立されており、犯人の精神科医(これがネタバレにならないのが素晴らしいところ)との対決も非常に見応えのあるものになっています。その後のシリーズと違うところと言えば、コロンボが小奇麗なところだけです。
 『殺人処方箋』のコロンボのセリフに、私がとても好きなものがあります。それは犯人である精神科医との会話の中に出てきます。
「殺人犯がどれだけ頭が良かろうと、彼等は素人、ところが我々にとって殺しは仕事、年に百回は経験している、これは大した修練ですよ」
 ある程度要約していますがだいたいこんな感じです。
 これこそが、刑事コロンボシリーズの最大のテーマであり、最も面白い部分だと思います。

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