コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです   作:rairaibou(風)

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5.捜査

 トキワシティの名物居酒屋の大将は、開店前の来客にも、自慢の通る声を少しも遠慮すること無く出迎えた。

 その来客が警察の二人組であったとしても、彼はそれに怯まない、そりゃあヤンチャだった少年時代だったならば、多少の動揺や得も言えぬ恐怖感を覚えたかもしれないが、今の彼は居酒屋の店主という自分自身に大きな自信を持っているし、警察の厄介になるような、お天道様に顔向けできないようなことをやっていないという絶対の自信があるからだ。

「サカキさんのことだろう?」と、大将はがなっているのによく通る不思議な声で彼等に問うた。

「ええ、そうです」と、コロンボは反射的に返事をしてしまってから、気まずい表情でケージを見る。

 彼は、コロンボのそのような態度に半ば諦めのような感情を抱いていた、サカキへの聞き取り後、今日一日は行動をともにしたいと言うのを承諾したときから、覚悟していたことではある。

 ケージは一つ咳払いをしてから、一歩進んで大将に質問しようとしたが、それに被せるような大将の嘆きが先にくる。

「世の中ってのは、どうしてこうも残酷に出来てるんだろうかねえ。礼儀の一つも知らねえ若者はのうのうと生きているのに、ジムで頑張ってる若えのは殺されてしまう。サカキさんだってそうさ、あんなにも礼儀正しくて、素晴らしい人なのに、教え子は殺されるわジムは燃やされるわでろくなもんじゃねえ」

 大将の言葉にコロンボが目ざとく反応する。

「あれ、どうして殺しのことを?」

 大将は豚肉を縛りながら答える。

「もう街中の噂さ、ジムトレーナーが殺されてジムは放火されたってな。あんたらが来たってことはあながち間違いってわけじゃないんだろう。最も、サカキさんのことを思えばそれがただの悪い噂であってくれたほうが俺はいいがね」

 ケージは頭を抱えた。あまりにも大きな事件でマスコミの関心が高い、いつかこうなるとは思っていたが、思っていたよりも早かった。

「で?」と、大将は両手を机についてケージ等に問う。

「何が聞きたいんで?」

 ケージは頭を振って気持ちを切り替えてから問おうとしたが、それもまたコロンボの「すいません、灰皿あります?」と言う声に遮られた。

「ああ、それ使っとくれ」と、大将が指さした灰皿にコロンボが葉巻の灰を落としたのをしっかりと確認してから、ケージが問う。

「まずは、昨日サカキさんがこの店に来た時間を知りたいのだが」

「詳しく覚えちゃいねえが、深夜十二時半から一時までの間ってところかなあ」

「なるほど、それから火事までずっと店に」

「ああそれで間違いねえ、俺の目の前の席にずっと居たんだ」

「そして、火事を目撃した」

「ああ……見てるこっちが辛くなるほどに狼狽えてたよ。その後すぐにジムに向かって、それからさ。実は勘定をもらってねえんだが、まあそんなこたあ小さなことさ、その時の客全員の勘定を取りそこねてるから、あまり小さな問題でもないんだけどねえ」

「客全員の?」

 コロンボが首をひねる。

「まさか客全員が、ジムに向かったってわけじゃないでしょうに」

「いやぁ、サカキさんが全員分奢ると言ったからよ、別の客から取る訳にはいかないでしょう」

 コロンボは感嘆の声をあげる。

「へぇ、全員分奢るなんて随分と気前のいい。あたしゃそんなの映画やドラマの中でしか見たことありませんよ。いつもそんな豪快な飲み方をする人なんで?」

「いや、どちらかと言えば静かに飲むのが好きな人だったよ。だからあのときは驚いたねえ」

 へえ、と呟くコロンボを傍目に、ゲージが大将に問う。

「最近、不審な人物の噂などを聞いたことは?」

「いやあ、無いねえ。俺達よりもあんたらのほうが詳しいだろう」

 確かのそのとおりだな、と、ケージは頷いてメモをポケットに戻した。

「ご協力、感謝します」

 大将は目線を豚肉に向けながら答える。

「ああ、さっさと犯人を逮捕してくれや」

 

 

 

 

 名物居酒屋の外でケージとコロンボを待ち構えていたのは、ジュンサーの運転する小型自動車だった。小型のそれは路肩に止めても対して交通の便を妨害すること無く、それでいて手頃なスペースを確保している。

 ジュンサーは彼等を後部座席に乗せると、運転席から体を捻って「検死の結果、不可解なことが」と、彼等と顔を合わせる。

「不可解?」と、コロンボは身を乗り出した。

「ええ、実は、被害者が殺害された時間と、放火の時間に、一時間から三時間ほどの空きがあると……」

「そんなに?」

 素早くメモ帳を開いていたケージがそれに続いて言う。

「放火の通報があったのが深夜三時弱……すると被害者が殺されたのは十二時から二時までの間となる」

「すると犯人は被害者を殺害した後、少なくとも一時間、あの現場に居続けたということですか」

 コロンボが手のひらをはためかせながら言った。

「物取りにしちゃあ、いささか大胆すぎますなあ」

 ふん、と、ケージが鼻を鳴らす。

「被害者を殺した後にゆっくりと仕事をしたんだろう。そして、目的のものを見つけて、証拠隠滅を図ろうと火を放った」

 コロンボはゆっくりと首を横に振って返す。

「まあそれもありえますが、あたしは被害者の周りを少し洗ったほうがいいんじゃないかと思います」

「被害者の?」

 何を言っているんだ、といったふうなイントネーションを返したケージに、更にコロンボが続ける。

「ええ、やっぱりあたしはこの殺人が物取りのついでとは思えないんです。さっきサカキさんから聞きましたが『どくどくのキバ』を扱えるゴルバットはとても高レベルで、優れたトレーナーでないと扱えないと言っていました。サカキさんが言うならそうなんでしょう」

 コロンボはそこで一拍置き、ケージやジュンサーが何も発しない事を確認してから続ける。

「それほど優れたトレーナーが、どうして物取りをする必要があるんです? それに、殺害された時刻と放火の時間のズレ、確かにケージさんの考え方もできますが、あたしには犯人が被害者を殺して目的を達成した後に、現場を荒らして物取りの犯行に見せかけたように思えます」

 ううむ、と、ケージは唸った。

「確かに、物取りと断定するには引っかかる箇所もある……よし、被害者の周りも少し探ってみよう」

「素晴らしいお考えで」

「そうと決まれば、私は捜査本部に戻ろう。コロンボ警部、残念だがここでお別れだ、明日からはジュンサーくんと一緒に、研修に戻ってもらう」

 コロンボは右手を上げて答えた。

「はいわかりました……あのー実はセキチクジムに行ってみたいんですが、よろしいでしょうか?」

 コロンボがすんなりと言うことを聞いたのがよほど嬉しかったのだろう。ケージは笑って答える。

「研修と言っても、スカスカのスケジュールで実質旅行みたいなものです。自由にやってくれて結構、周りの世話はすべてジュンサーが行います」

「はい! よろしくおねがいします!」と、運転席から上半身を反転させたままのジュンサーが意味のない敬礼をする。

「ええ、ありがとうございます」

 コロンボは右手を振ってケージを見送った。

 

 

 

 セキチクシティへとつながる大きな道路を、ジュンサーが運転する軽自動車が走っていた。

 助手席のコロンボは、途中購入したインスタントカメラで路肩に寝そべるポケモンたちや、バトルに勤しむトレーナーたちを取り続けていた。ジーコ、ジーコというインスタントカメラ特有の巻き上げ音が、車内に響いていた。

「フィルムが無くなってしまいますよ」と、ハンドルを握るジュンサーは、特にそれに悪感情を持つこと無く、微笑んで言った。例えばそこにいるのがケージのような多少気難しい男であればあるいは険悪なムードになっていたかもしれなかったが、幸いなことに、ジュンサーはコロンボに対しておおらかであった。

「また買えばいいんです」

 コロンボは海を跳ねた何らかのポケモンを写真に収めながらそう言った後、満足したのか車の窓を締め、カメラをポケットに収めながら、背もたれに体重を預ける。

「そんなに珍しいものはありませんでしたよ」

「いやぁ、あたしからすれば何もかもが珍しい……あ、ほら、今あそこを飛んでったのはなんてポケモンなんです?」

 ジュンサーは運転に支障が出ない程度にちらりとコロンボが指さしたほうを見て答える。

「あれは、オニドリルですね」

「へぇ、なんであんなところを飛んでいるんだろう」

「オニドリルは魚を食べることがあるので、それを狙っているんでしょう」

「はあ、なるほど」

 コロンボは再び窓を開け、ポケットから取り出したインスタントカメラを空を旋回しているオニドリルに向けてシャッターを切る。

 コロンボが満足げにカメラをポケットに戻し、窓を閉めたタイミングで、ちょうど交差点に差し掛かった小型車は、赤信号に従って停止した。それを待っていたかのように、ジュンサーが声を上げる。

「先程のコロンボ警部の推理は、お見事でした。私、とても感動しました」

 コロンボはにやけて頬をかいた。そして言う。

「ああ、そうだ……一つ聞きたいんだけど、いい?」

「はいどうぞ!」

「トキワジムリーダーのサカキさんって、どんな人なの?」

 コロンボの質問に、ジュンサーは間髪入れずに答える。

「私はトキワの生まれですからよく知っています、素晴らしい人格者です!」

「ああそう……ジムトレーナーの人たちの悪い噂とかは聞いたことある?」

「いえ、全く聞いたことがありません、皆さんサカキさんのように素晴らしいトレーナーたちです」

「そう」と一言答えて、コロンボは座席に座り直す。そして、一つ息を吐き「これはケージさんの前では言わなかったけどね」と言って続ける。

「あたしはこの殺人に、トキワジムの人間が関係していると思ってる」

 コロンボの推測に、ジュンサーは驚きの声を上げるが。すぐさまその推理の矛盾に気づいて指摘する。

「しかしコロンボ警部、トキワジムはサカキさんを中心にじめんタイプのエキスパートが集まるジムです。ゴルバットを扱うトレーナーはいません」

「いや、あたしもそれはわかってる。ジムの関係者にゴルバットを扱えるトレーナーが居たならば、状況関係なく最有力容疑者だろうからね」

 ジュンサーは首をひねった。発言があまりにも矛盾しているからだ。ちょうどその時に、信号が青に変わったので、アクセルを踏む。

 コロンボもジュンサーの疑問を理解しているのだろう、小型自動車のスピードが交通の流れに乗ったあたりで続ける。

「死体の状況から、あの時、ジムリーダー室には被害者でも犯人でもない第三者が居たと、あたしゃ考えています」

「死体の位置のことですね」

「ええそうです。被害者はジムリーダー室のドアに足を向け、うつ伏せに倒れていた。そして背後から襲われている。だとすると、ジムリーダー室に先に居たのは被害者ということになる」

「二人組の物取りであったという可能性は?」

「そうすると、被害者が無抵抗であったことが気になります。被害者の実力を疑うよりも、被害者がジムリーダー室で、顔なじみと向かい合っていたところに、背後から襲われた、と考えるほうが自然でしょう」

「なるほど」と、ジュンサーは頷いた、確かにそれならば、すべての説明がつく。

 だが、それはあくまで現場の状況のことであって、一つ、あまりにも不可解な点があった。

「しかし……一体何のために?」

 ジュンサーの疑問はもっともなものであった、死体の状況から逆算したその状況は、反面その意味合いという点からは、てんで不可解。

 コロンボも額を掻いて答える。

「そう……それがさっぱりわからない」

 ジュンサーの運転する小型自動車は、疑惑を乗せたまま、セキチクシティに入ろうとしていた。




『古畑任三郎シリーズ』や『相棒シリーズ』など、とぼけた変人刑事には相棒がつきものですが、刑事コロンボシリーズでは固定された相棒というものは存在しません。
 ですが全くいないというわけではなく、六話ほどに出演したクレーマー刑事など、我々の心の中に残る名脇役も存在します。
 特に私が好きなのはウィルソン刑事で、彼はコロンボシリーズ全六十九話中二話にしか登場していませんが、明確な個性で強烈な印象を与えてくれます。言い方は悪いですが、コロンボのしたっぱとしてあそこまで完璧なキャラクターは彼以外いないでしょう。
 彼の素晴らしいところは、若くエネルギッシュで科学捜査に強く、論理的思考も出来る。それでいてコロンボを慕っている。
 コロンボは彼に対して犯人などにするように愛想良くはしません、むしろ冷たいようにも見えます。
 コレは私見ですがコロンボの強みはその風貌で敵味方関係なく相手を油断させることです。ところが心の底からコロンボを慕っているウィルソン刑事相手にそんな事をしても意味がない、だから少し冷たくなるのだろうと思います。
 初登場の『悪の温室』では若さからの空回り故に犯人とコロンボに利用されて赤っ恥をかきますが、二度目の登場となる『魔術師の幻想』では得意の最新技術への強さから事件を解決に導く大活躍をします。ところがその大活躍に本人はいまいちピンときていない、そのようなところが愛すべき脇役となるポイントのひとつなのでしょう

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