コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです   作:rairaibou(風)

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6.教育

 ヤマブキシティ、タマムシシティにイメージを奪われてはいるが、セキチクシティはカントーで最も栄えている都市の一つと言っても良かった。世界初の大規模ポケモンサファリパーク、ポケモン園、西にはサイクリングロードがあり、海に面して海水浴も楽しめる一大レジャー都市であり、何よりポケモンジムがある。

 セキチクジムもまた、カントーでも有数のジムの一つであり、ジムリーダーのキョウは忍者の末裔としても有名で、毒タイプを中心としたポケモンの運用には、彼らが先祖代々に受け継いできた忍術が生かされているとも言われ、彼の戦いを見るためにセキチクシティを訪れる観光客もいるほどだ。

 ケージ刑事部長から連絡を受けていたのだろう。手品師の様に奇抜な格好をしたセキチクジムトレーナーは、コロンボ達を快くジムに通した。

 ジュンサーは認定されていないジムに足を踏み入れることに緊張していたのか、少し表情をこわばらせながらジムに足を踏み入れる。対してコロンボは、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら足を踏み入れる。彼は一度ポケットに手を突っ込み、インスタントカメラはポケモン園でフィルムをすべて使い切ってしまったことを思い出してそれを引っ込めた。

「あちらが、セキチクジムリーダーのキョウです」

 ジムトレーナーが指した先、板張りの対戦場の中央には、黒装束の男が鎮座していた。コロンボほどの観察力を持っていなくとも、彼がキョウであることは明白だ。

「やぁ、これはこれは」と、コロンボはその方向に一歩踏み出した。ジムトレーナーとジュンサーが声を上げてそれを止めようとしたのと、コロンボが額を強かに打ち付けたのはほぼ同時だった。

「あたた……あれ、何かがここに」

 コロンボは右手で額を擦りながら、左手で自らがぶつかった何かをさすった。ちょうどそれは上手なパントマイムのようだった。

「申し訳ありません、言い忘れていました」と、ジムトレーナーが言う。

「このジムでは、いたるところに見えない壁が張り巡らされています」

 大丈夫ですか、と、ソロリソロリと慎重にコロンボに近づくジュンサーに礼を言いながら、コロンボがそれに返す。

「一体どうして」

「精神を鍛えるためです。目に見えるものだけが真実ではないと言うことを、体に染み付かせるためだと、ジムリーダーは言っていました」

「そりゃ良いけれど、あたし達は別に精神を鍛える必要はないんだ、悪いけど、ジムリーダーさんと直接話すことが出来る距離まで、案内してくれない?」

 コロンボは、見えない壁に両手をつけながら、その向こう側にいるキョウを見た。

 心なしか、彼は笑いを噛み殺しているようにも見えた。

 

 

「はじめましてコロンボ警部、私がセキチクジムリーダー、キョウです」

 その男は、服装を抜きにして考えれば、おおよそ忍者らしくはなかった。

 オールバックで整えられた髪、精悍な顔つき、少ししわのある表情は、むしろ彼の人生の深さを象徴しているように見える。

 だが、彼がまとっている衣服が、あまりにもステレオ的な、見るものすべてに彼は忍者だと力づくで言わせてしまうほどに忍者的であったために、それらの要素に気づくものは少ない。

 差し出された右手を、コロンボはよく観察しながら恐る恐る両手で握った。

「いやぁどうも……ごめんなさいね、あんなことがあったから怖くて……いやあしかし、本物のニンジャに出会えるとは思わなかったなあ。カミさんが聞いたらとても喜ぶことでしょう」

 キョウは同じようにジュンサーとも握手を交わし、その場に腰を下ろす。

「さて、ロサンゼルスからの客人が来ることは聞いていましたが、何を望んでいるのかは聞いていませんでした。何がお望みですかな? ポケモンバトルを見てみたいだとか、バトルの指南をしてほしいとか、ああ、それとも忍者としての能力をご所望ですかな? 例えばどこかに忍び込んだり、重要な書類を狙ったりも出来ますよ」

「いやぁ、あまりからかわんでください」

 コロンボは笑いながら自身も腰を落とす、それに釣られるようにジュンサーも、少しスカートに気をやりながら正座した。

「実は、どくポケモンのことで少し聞きたいことがありまして……いやね、お恥ずかしながらあたしはポケモンに関しては全くの門外漢なもので」

「なに、何も恥ずかしいことではないでしょう。私だってロサンゼルスに行けばただの無知な一人の男だ」

「そうおっしゃっていただくと気持ちが楽になりますなあ……それで、聞きたいことというのは、ゴルバットの『どくどくのキバ』と言う技についてなんですが……」

「ほう」と、キョウはそれに反応して、すぐさま腰のモンスターボールを跳ね上げるように投げた。さすが忍者というべきか、その動きは素早く、それを見慣れぬコロンボは、一体どの様にそれを投げたのかもわからない始末だ。

 跳ね上げられたボールからは、こうもりポケモンのゴルバットが姿を現す。それに目を奪われているコロンボとジュンサーをよそに、彼はスイと彼らの周りを旋回してから、主であるキョウの肩に止まった。

「はあ、それがゴルバットですか、確かにコウモリみたいだ……あたしも触ってみたいもんですが、毒があるのでしょう」

「ははっ、なあに、誰にも彼にも撒き散らすわけじゃありませんよ。そら、行って来い」

 キョウがそう言うと、ゴルバットは音もなく飛び立ち、コロンボの膝の上に止まる。

「頭をなでてやってください」

 コロンボはゴルバットの巨大な口から見えるキバにおっかなびっくりに震えながら、恐る恐るその頭を撫でる。するとゴルバットは目をつむってその右手に体を預け、嬉しそうに鳴き声を上げる。

 コロンボは一点笑顔になって言う。

「なんとまあ、可愛らしいもんですなあ」

「そうでしょう、ほら、ジュンサーさんも」

 キョウに誘われ同じようにゴルバットを撫でるジュンサーを見てから、キョウは言う。

「一口にどくタイプだの何だのと恐れても、ポケモンは高い知性を持つ心ある生物なのです。たとえ私達人間に毒を打ち込む能力があったとしても、それを愛するものには使わんでしょう。まあ、意図せず体中から毒が染み出してしまうポケモンがいないわけではありませんが、ゴルバットはそうではない」

「なるほど愛情ですか、確かに我々も銃を撃つことが出来ますが、愛する人には撃ちませんねえ」

「さよう、どくポケモンに対する大きな誤解がとけたところで、本題に入りましょう。『どくどくのキバ』について聞きたいのですね?」

 キョウが一つ指を振ると、ゴルバットはコロンボの膝から飛び立ってキョウの肩に戻った。

「はい、実はですね……これは仮の話ですよ……ある殺人事件にですね。ゴルバットの『どくどくのキバ』が使われた場合に」

 コロンボは気まずそうに更に続けようとしていたが、そこにキョウの声が割って入る。

「なるほど、トキワジムの事件についてですな」

「はあ……まあ……そういうことです、決して他意があるわけではありませんので」

「なに、構いませんよ。あの事件には私も心を痛めているし、状況が状況だけに、我々に考えが及ぶのも無理はない」

 キョウは笑って続ける。

「確かに、私を含め、私の門下生たちのごくごく優秀な一部の者達は『どくどくのキバ』を扱えるゴルバットを仲間としています。ポケモンは基本的に人間を攻撃しませんが、我々がその気になれば、それを人に向けることも出来るでしょう」

 ジュンサーは、その言葉に反応してキョウの肩に目を向けた。そのゴルバットは彼女に見られていることに気づき、気まずそうにふいと目をそらす。

「しかし、もし私の門下生たちが、人を殺めるようなことしたならば、私も腹を切らなければならんでしょうなあ」

「どうしてです?」

「ありえてはならないことだからですよ。ポケモンを扱え、その力を磨くということは、人より強く、強くなっていくということです。人より強いということと、社会性を持つことは、本来ならば相反する要素。力を持てば持つほど、振れるワガママは大きくなるでしょう」

 コロンボはそれに頷いた。キョウは更に続ける。

「その相反する要素を、一人の人間に宿らせることこそが、我々ジムリーダーの、教育者としての務め。その我々の直接の息がかかっている門下生が、殺人などという、最も社会性から隔離した行為をとったとなれば、その責任は、我々にある」

「なるほど、素晴らしいお考えをお持ちですなあ」

「さよう、ロケット団のような存在が現れ始めた以上、我々が気を引き締めなければ」

「ロケット団?」

 その言葉に、コロンボは興味を示す。

「なんです? それは」

「ポケモンの力を背景に持つ暴力組織です」と、コロンボの傍らに座るジュンサーが説明する。

「数年前から台頭してきた組織で、今では潜在的な団員トレーナーが数多くいると考えられています」

「なるほど、マフィアみたいなものですね」

「はい、ポケモンマフィアと称することもあります」

 その話題を嫌うように、キョウが首を振る。

「落伍者の集まりです。トレーナーと言っても、その殆どは初歩的な技術もない」

「しかし、大きな組織となっている以上、中には実力者もいるということでしょう? マフィアなどはそうですからねえ」

「それが、まだよくわかっていないんです」

 ジュンサーは目を伏せて続ける。

「組織そのものが極端な秘密主義に覆われていて、いくらしたっぱの構成員を問いただしても、幹部はおろかボスの身元もまだわかっていません」

「ボスの身元も割れていないだって!」

 コロンボは大きく背を反らして驚きを表現する。

「そりゃとんでもない組織だ。どこにでも多少似たようなことはあるとはいえ。ロサンゼルスのマフィアよりも進んでる」

「申し訳ありません、コロンボ警部にはお恥ずかしいところばかりをお見せして」

「いやいや、君が謝ることじゃない。憎むべきは殺人だよ」

 暫くの間、三人は沈黙していたが、やがてキョウが切り出す。

「さて、それでは、我々の中で『どくどくのキバ』を扱えるトレーナーのリストでも作りましょう。もちろん私も含めてですがね」

 しかし、コロンボは両手を振ってそれを拒否する。

「いえいえ結構。あたしちょっとした疑問を聞くために来たのであって、決して捜査しに来たわけじゃありません。そもそもあたしは外部の人間だから、そんな権限もないですからね。いやはや、おかげさまで今日は楽しいものを見ることが出来ました。ご協力、感謝します」

 彼ら三人は立ち上がり、コロンボが差し出した右手をキョウが握る。

「いえいえこちらこそ、コロンボ警部が柔軟な考えをお持ちの方でよかった。また何かあったらいつでもお越し下さい。まだバッジを集めている途中の、君もね」

 不意に話題を向けられ、ジュンサーは少し顔を赤くしながら礼を言って、キョウの手を握る。

 笑ってそれを眺めていたコロンボだったが、やがて何かを思い出したかのように声を上げる。

「あ、そうだ、もう一つだけよろしいですか?」

「一つと言わず、いくつでも」

「ありがとうございます……ええと、トキワジムリーダーのサカキさんって、どのような人物で?」

 キョウは少し真面目な顔になって答える。

「彼は素晴らしいトレーナーであるだけではなく、素晴らしい人物でもある。我々の中でもかなり古くからこの業界に貢献しているし、彼の世話になったトレーナーは数多いだろう」

 そしてキョウはこころ苦しげに息を呑んでから続ける。

「彼の無念は痛いほどによく分かる。彼が築き上げた倫理の城で、こともあろうがジムトレーナーが殺害されるだなんて、私ならばとても耐えることは出来ないだろう」

 コロンボ警部、と彼の名を呼んでさらに続ける。

「この事件の責任者の方に、必ず事件を解決してほしいとお伝えください。我々は協力を惜しみません」

「はい、必ず」と、コロンボはまっすぐにキョウを見て答えた。




 私が『刑事コロンボシリーズ』の中で最もおすすめする作品の一つに『忘れられたスター』があります。
 これは六十以上に及ぶコロンボシリーズの中で唯一と言っていい、コロンボが敗北する話です(正確には敗北というわけではないのですが、犯人を逮捕できませんでした)
 この作品の犯人は、コロンボの絶対の捜査手法が全くと言っていいほど通用しない、シリーズの中で最強の犯人の一人でした。犯人の反応に、コロンボが一瞬自分の推理を疑ってしまうような間があったほどです。
 犯人を逮捕できない、という刑事モノにあるまじきなラストになっていますが。作品そのものの質が悪いわけではなく、むしろ最高に美しく、そして最高に虚しい作品だと私は思います。
 しかし、コロンボの主流からは少し外れる作品だと個人的には思っているので、この作品を見るよりも先に『指輪の爪痕』『二枚のドガの絵』『死の方程式』『野望の果て』等の典型的コロンボの名作を見てからのほうがより楽しめると思います

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