コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです   作:rairaibou(風)

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7.展開

 カントー地方の中心街、タマムシシティ。

 カントー文化のすべてが集結すると言っても過言ではないこの街は、良くも悪くも、人々の活気に満ち溢れている。

 その中でも一等地に場所を構えるタマムシデパートは、世界で最もポケモンに関する商品が並べられている場所の一つだろう。戦闘補助用の器具、肉体を強化するプロテインに近い薬品、豊富なわざマシン、かと思えば田舎の雑貨屋で扱うような小物も豊富に取扱い、そのラインナップにスキはない。

 その日の視察を終えたコロンボは、世話係のジュンサーを引き連れてタマムシデパートに足を運んでいた。ポケモン文化に馴染みのないロサンゼルスから来た彼にとってタマムシデパートにあるものはすべて目に新鮮であり、彼はほう、とか、はあ、とか言って、横にいるジュンサーにそれらの商品についていろいろと聞きながら、先程までの視察とは大違いの満面の笑みを浮かべて散策していた。

 

 

 

「この階は土産物屋ですね」

 タマムシデパートの四階に、エレベーターから降り立ったコロンボは、そばにいるジュンサーからそう説明された。コロンボが目につく者すべてに説明を求めるものだから、ジュンサーは彼がそれを言う前にすべてを説明してしまう。

「へえぇ、土産物……そうだ、あたしもカミさんになんか買って帰らないとね。ロンドンに行ったときには何も買わなかったからえらくへそ曲げられたんだ」

 コロンボはそう言ってフラフラとショーケースに近づく。

「これは何だい?」

 コロンボはショーケースに並べられた石を指さしながら言った。それらは宝石のような輝きを見せていたが、宝石のように美しく、そして小さくカットされているわけではなく、まるで土から掘り出されてそのままここに入れられたような、商品に似合わぬアンバランスな無骨さを持っている。

「ああ、それは、進化の石ですね」と、ジュンサーも同じくショーケースを覗き込みながら答える。

「不思議な力を持つ石で、ポケモンに与えると進化することがあります」

 その説明に、コロンボはへえ、と、素っ頓狂な声を上げた。進化についてはすでにジュンサーから説明を受けていたが、それが石を起点に起こることもあることは知らなかった。

「私のピカチュウもこのかみなりのいしで進化するんですよ」

 ジュンサーが腰のボールに手をやり、ショーケースの中にある琥珀色の石を指差しながら言う。

「へえすごい。でも、それならどうして君は買わないの? 進化したほうがずっと強くなるんでしょう?」

 コロンボがそれを不思議に思うのは無理もない、ショーケースに飾られるかみなりのいしは、その輝きこそ宝石のようだが、値段自体はとてもリーズナブルで、したっぱとはいえ警察官の手が届かないものには思えなかった。

 うーん、と、ジュンサーは恥じらいから少し顔を赤くして答える。

「今でさえ私の言うことは話半分なのに、ライチュウに進化してしまうと、言うことを聞かなくなってしまうかもしれませんし……それに、今以上にご飯を食べられると、私が食べられなくなってしまいます」

 その返答に、コロンボは「なるほどねえ」と、微笑む。

「しかし、これをカミさんに買っても仕方がないな、さて、他のものを」

 ショーケースの周りを確認したコロンボは、一つだけ店に残っているぬいぐるみを見つけた。

 それはピンク色で丸っこいポケモンをかたどったぬいぐるみらしく、その可愛らしさは、とても女性ウケが良さそうに見える。

「あ、あれにしよう」

 コロンボは足早にそれに近寄り腕に抱えた。

「それはピッピの人形ですね。可愛らしいですし、奥さんもとても喜ぶと思いますよ」

 ピッピというポケモンについてはまた聞けばいい、と、コロンボはそれを抱えたままレジに向かった。猫背で小さく見えるコロンボが大きなぬいぐるみを両手に抱えているのを見て、ジュンサーは笑いを噛み殺した。

「いやぁ、カミさんにぬいぐるみをプレゼントするなんて初めてですよ。果たして気に入られるかどうか」

「絶対に喜ばれますよ!」

 コロンボが財布からくしゃくしゃの札を取り出し、プレゼント用のラッピングを頼もうかとしていたその時「あ」という女児の声が聞こえ、コロンボとジュンサーはそれに振り返る。

 見れば、十歳ほどの少女が、泣きそうな顔をして、レジにあるピッピ人形を眺めている。

 その視線の意味するものを素晴らしい洞察力で読み取ったコロンボとジュンサーは、同じく素晴らしい洞察力を以てして気まずそうにレジの手を止めている店員に問う。

「これ、在庫とか無いんですか?」

「申し訳ありません。これが最後の一つで……」

「ピッピ人形は人気の商品ですからね」

 少女に負けないくらい泣きそうな表情をするジュンサーを見て、コロンボは猫背をさらに曲げて彼女と目線を合わせる。

「お嬢ちゃん、あの人形が欲しいんだね」

 少女はコクコクと頷く。見れば、手にはコロンボが出したものと同じくらいくしゃくしゃの札が握られていた。

 はあ、と、コロンボはため息を吐きながら、店員に振り返って言った。

「悪いけど、返品ってことにしてくれない?」

 その言葉を待っていたかのように、店員は手早く作業を再開し、くしゃくしゃの札をコロンボに返した。

「はいどうぞ」と、コロンボは少女に道を譲る。彼女は跳ね上がりながらレジ前に駆け、くしゃくしゃの札を置いた。

「おじさん、ありがとう」と、少女はコロンボに礼を言う。

「いやいや、なんの。うちのカミさんもお嬢ちゃんに譲ったなら許してくれるよ」

「お礼にものまねしてあげる」

 笑った少女はそう言って袖で顔を拭き、すぐさま生意気そうな表情を作り上げて、声色を変えて言う。

「私おてんば人魚のカスミ!」

 コロンボはそれにポカンとした。誰かのモノマネをしているのだろうが、似ているのかどうかさっぱりわからない。声色の変え方も素晴らしいし、表情の変化も素晴らしい事はわかるのだが。

「わあ! すごい!」

 しかしジュンサーは先程までの表情を一変させて手を叩いた。コロンボの呆けに戸惑っていた少女はそれに満足げな表情を見せる。

「そんなに似てるの?」

「似てますよ、すごいすごい!」

「おじさんカスミちゃん知らないの?」

 少女の問いに、コロンボは髪を掻きながら苦笑いする。

「ごめんねえ、おじさん外国から来たからわかんないんだ」

「おじさんにものまねしてあげたいのに」

 目を伏せる少女に、コロンボは一つ首をひねってから言う。

「そうだ、トキワジムリーダーのサカキさんなら、あたしわかるよ」

 しかし、今度は少女が首を振って謝る。

「私サカキさんと会ったことがないから出来ない」

「ああ、ごめんねえ。じゃあまた今度あった時にやってもらうからね」

 ポンポンとコロンボが少女の頭を撫でた時、おそらく彼女の名前を呼ぶ声がして、バタバタと一人の男が駆け寄ってきた。

「申し訳ない! 目を離したスキにはぐれてしまいまして……何かご迷惑を?」

 少女がその男に「パパ」と言ったのを確認してから、コロンボが微笑む。

「いえいえ何も、それどころかとても素晴らしいモノマネを見せていただいて」

 コロンボがもう二、三言彼女を褒めようとした時、今度は「コロンボ警部!」と、コロンボを呼ぶ声がして、バタバタとはせず、しかし少し早歩きに、ケージが近づく。

「あれえ、ケージさん、何かありました」

 驚くコロンボに、ケージは続ける。

「少し顔を貸してくれ」

 ケージが急いでいるようだったので、コロンボとジュンサーはすぐさま彼の後に続いた。

「おじさん、バイバイ」

 その背に手を振る少女に、コロンボとジュンサーは振り返って、小さく手を振った。

 

 

 

 タマムシデパートの屋上は、広く見晴らしのいいイベント広場になっている。

 だが、この日にイベントはなく、屋上はガランとした。誰もいないだだっ広い空間だった。

「随分探したんだぞ」

 自動販売機でおいしいみずを購入しながら、ケージはコロンボに毒づいた。警察局視察のときのあのつまらなさそうな表情はどこへやらの雰囲気に、少し思うところもあった。

「それは仕方がないでしょう。今日の予定は終わったんだから」

 コロンボとジュンサーはケージからおいしいみずを手渡され、それで喉を潤す。

 そして、単刀直入にケージが言った。

「事件に進展があった。君の言うとおりツチヤ氏の周りを洗ったところ。いくつかのトラブルが見つかった」

「トラブルと言うと?」

「喧嘩だ」

「喧嘩、被害者は品行方正だったんでしょう?」

「ああ、真面目で堅物との評判だった。しかし、報告書には数件の喧嘩の当事者として名前が上がっている」

 へえ、と、コロンボとジュンサーは驚いた。だが、ケージは更に続ける。

「喧嘩の相手はそれぞれ違う。ショップ店員に、ゲームコーナー店員、建築業者、システムエンジニア等、職業もバラバラだ」

「見境がありませんなあ」

「ああ、だが」と、ケージは一つ咳払いをして続ける。

「そのうち二人が、後にロケット団構成員として捕まっている」

 ケージのその言葉に、ジュンサーは驚きで跳ね上がった。コロンボは至極冷静に問う。

「なるほど、つまりマフィアの構成員と敵対関係にあった可能性があると」

「ロケット団を知っているのかね」

「ええまあ、少し話に聞いた程度ですがね……」

 コロンボのつぶやきにケージは話が早いと続ける。

「物取りの線を捨てきったわけではないが、コロンボ警部の言うとおり、これは最初から殺しが目的の、ロケット団による報復の殺人である可能性が出てきた」

 笑みを見せるケージに「ええ、あたしもそう思います」と一端は同意したコロンボだったが、やがて「あれ」と、髪を掻きながら呟く。

「でも、おかしいですねえ」

 コロンボがそれに疑問を浮かべるのが予想外だったのだろう。ケージは驚きの表情を見せながら「何がおかしいのかね」と問う。

「あたしもね、マフィア絡みの殺人はいくつか担当したことがあるが。見せしめや報復の殺人を、物取りの犯行と偽装するのは、いささかおかしいんじゃないでしょうか」

 その指摘に、ケージとジュンサーは共にうーん、と唸りながら空を見上げた。一理ある意見だ。しかし、それを認めればまた捜査が振り出しに戻ってしまう。

「それなら警部は、ロケット団絡みの殺人だというのも、犯人の偽装だと?」

 ジュンサーの質問に、コロンボは首を横に振る。

「いやあ、そんなことはないと思いますよ。被害者がマフィアとトラブルを起こしていたことは間違いないんですからね……しかし、そうなると妙な状況になりますなあ」

「確かに妙だな」と、ケージもそれに同意する。

「ロケット団が報復のためにツチヤ氏を殺害したのなら、妙な工作をする必要はない、むしろロケット団の犯行だと見せつけるほうが自然だ」

 コロンボもそれに頷く。

「つまり……この殺人とマフィアとを関連付けられたくない何かがあった。ということでしょう」

 ケージは激しく頭をかきながら答える。

「もしくは、この線は全くのハズレか。ロケット団云々というのは我々の考え過ぎで、最初からずさんで間抜けな、コンビで凶暴な物取りの犯行か、ということか」

 しかしコロンボはゆっくりと首を振ってあんにそれを否定した後、突如駆け足でケージの横をすり抜ける。

「おい、どこへ行く」

 彼を呼び止めるケージに、コロンボは振り返りもせずに答える。

「少し話を聞きたい相手が出来たんです、いまさら捜査に介入するなとは言わんでしょう?」

 無茶苦茶な理屈だったが、コロンボの勢いにケージはううむと唸り、ジュンサーはようやく思い出した様に跳ね上がって、コロンボの後を追った。




 コロンボシリーズの名作といえば『別れのワイン』は外せません。
 ネタバレは防ぎますがこの作品はとても美しい作品となっており、最初からラストまでいい意味で目が離せません。
 この作品の犯人は殺人とその過程によって、彼のすべてを失います。本当の意味で全て失ってしまうのです。
 しかし、コロンボに逮捕された彼は、どこか満足げに見えました。それは、最後の最後で、自身信頼し、理解してくれるコロンボという存在に出会えたからだと思えて仕方がありません。
 しかしやはりコロンボの主流からは外れている作品(犯人とコロンボの関係があまりにも美しすぎる)だと思うので、二作目以降の視聴をオススメします。

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