コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです   作:rairaibou(風)

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8.標的

 トキワジムリーダーのサカキは、スーツケースに荷物を詰め込みながら時計を見やった。まだ少し、交通機関のタイムリミットには余裕があった。

 つけっぱなしになっていたテレビでは、トキワジムでの事件についての特集が組まれている。画面に映る自称有識者たちは、ジムバッジを狙った犯行と、最近の若者の怠惰な態度をなんとか結びつけようと必死なようで、冷静になって考えれば無茶苦茶な理論を、さも当たり前のように論じている。

 ふん、と、それを鼻で笑いながら。サカキはテレビのスイッチを切った。実力もなければ、度胸もない、若い頃に少しだけ運の良かった老人が、今を生きる若者の何がわかるものか。今の若者が、死すら恐れないほどに度胸にあふれていることを、サカキは痛いほど知っている。

 小さく、呼び鈴が鳴った。少し、サカキがそれを不思議に思って様子を見ると、今度はくるったように何度も何度も呼び鈴が鳴らされる。

 随分と無礼な来客だな、と、サカキは呼び鈴の音が響く玄関に駆け足で向かい、扉を開く。

 その向こう側にいたのは、ボロボロのレインコートと、猫背とくせ毛だった。

 コロンボはサカキの表情を確認すると、にへらと笑って言う。

「ああ、どうも……いらっしゃらないのかなと思って……」

 人がいなければ呼び鈴を鳴らし続けていいというものではないのだが、サカキはそれを飲み込み「いかがしましたか?」と問う。

「ああいや、少し確認したいことがあるもので……お邪魔してもよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」

 サカキはコロンボの表情を確認しながら扉を開き、彼を招き入れる。

 この男は油断ができない。サカキはコロンボを警戒している。

「今日は、一人で?」

 サカキはコロンボの後ろから誰もついてきていないことに気づき、自身の倫理的奴隷と言っても過言ではないケージが存在しない事を警戒した。

「ええ……実はお付きのジュンサーがついてきてくれたんですが、適当な理由をつけて待ってもらってます」

「なにかまずいことでも?」と、問いながら、サカキはコロンボをリビングに通す。

 コロンボはサカキの問いに答えるより先に、机の上のスーツケースに気づき「あれ」と声を上げる。

「どこかに出かけるんで?」

 サカキは特に戸惑うこと無く返す。

「ええ、近々タマムシジムのエリカ嬢とエキシビションする予定がありますので」

「へえ、他のジムリーダーとねえ、そりゃあ楽しみなもんですなあ……しかし、トキワとタマムシならそこまで遠くはないでしょう? あたしもついさっきタマムシから来たところですけど、そんなに時間はかかりませんでしたよ」

「ええ、まあそうですが。正直なところ、トキワジムもまだ改修が終わっていませんし、ここに居ても街の人に気を使わせるだけですから、都会で気分を入れ替えたいんですよ」

「はあなるほど、確かにそれがいいかもしれませんなあ」

 露骨に他人事なコロンボの態度にサカキは少し苛立ちを覚えたが、すぐさまそれを抑えて言う。

「ところで、確認したいこととは?」

「ええはいはい、ああ、その前にですね」

 コロンボはもったいぶってそう言うと、レインコートのポケットからモンスターボールとサインペンを取り出して、ニコニコと笑いながらサカキに差し出す。

「実はこのモンスターボールにサインをお願いしたくて……」

 サカキは感情を抑えながら「ええ、構いませんよ」と、それを受け取った。

 コロンボはヘラヘラ笑いながら続ける。

「いやぁ……コレはほとんど職権乱用みたいなものですから、ジュンサーに見せる訳にはいかないでしょう?」

「そんな大げさな、私はこういう類のことは基本断らないようにしているので、いつでもどうぞ」

 サカキは手慣れた手付きで球体に器用にサインを描き、ペンとボールをコロンボに返す。

 コロンボはニヤニヤを続けながらそれを受け取った。

「いやぁありがとうございます。こんなもんもらっちゃって……カミさん飛び上がって喜びますよ」

 あ、そうそう、と、もう二、三言続けようとしたコロンボに、サカキが釘を刺す。

「コロンボさん、お喋りもいいが、もう少ししたら私も家を出なければなりませんので」

「ああ、ああすいません。イケませんねえ、あたしどーも、これが悪い癖で、カミさんにも直せ直せと言われているんですがね」

 サカキは笑顔を維持したまま、コロンボの目的を催促した。

 コロンボはポケットからメモを取り出してパラパラとめくる。

「ええと、そうそう。実はですね、今回の事件、物取りの犯行から、ロケット団絡みの犯行である可能性が出てきたんですよ」

「ロケット団、ですか」

 サカキは、コロンボの言葉に驚いたように見せながら、内心の動揺をなんとか表に出さずに堪えた。

「どうしてそうお考えに?」

「なに、被害者の周りを調べたら、ロケット団員とのトラブルがいくつか出てきたんです。物取りの突発的な犯行だと考えれば不可解だった点も、マフィア絡みの犯行だと考えれば、いくつか解決する」

 ああそうだ、と、コロンボが続ける。

「そう言えば、あたしが『どくどくのキバ』について聞いた時に、どうしてロケット団の名前を出してくれなかったんです? キョウさんなんかは、すぐにロケット団の名前を出してくれましたよ?」

 そう言われ、サカキは必死に頭の中で言い訳を考えて答える。

「それを聞かれた時、ロケット団の名前が浮かばなかったわけじゃありませんが。コロンボさん、ロケット団と言えば、ポケモンを扱える事を直接暴力に結びつけているような連中ですよ、そんな連中に、手塩にかけて育てた、息子のようなジムトレーナーが簡単に殺されるだなんて、考えたくもない」

「なるほど、確かにそうですなあ」

 そう言って何かをメモしたコロンボに、サカキが問う。

「しかしどうして、物取りの犯行ではないと?」

 コロンボはペンを振って答える。

「あたしね、現場をひと目見たときからおかしいなと思っていたんですよ。被害者はポケモンを出していませんでした、つまり被害者に抵抗した後はなく、背後から不意打ちされて倒されていたということです。しかし死体はジムリーダー室のドアに足を向けてうつ伏せに倒れてた。これから考えられると、ジムリーダー室に最初に居たのは犯人ではなく被害者だということなんです。そうなると、物取りの犯行である可能性はぐっと低くなります、いくら血の気の多い物取りでも、凄腕のトレーナーがいれば、とりあえずは引き返すでしょう?」

 サカキは「なるほど」と頷いてそれを肯定するが、なんとか手はないものかと考えを巡らせる。

「もう一つ可能性として考えられるのは、ツチヤさんと物取りがグルで、土壇場になって物取りが裏切ったということです。ツチヤさんは物取りと共謀するような人間ですか?」

 サカキは怒りの表情を作りながら、しかし苦虫をかみつぶすような心境でそれを否定する。

「コロンボさん、それはあまりにも失礼でしょう。私の知る限り、ツチヤはそんな男ではない」

 コロンボの誘導によって、サカキは自らの手で、逃げ道の一つを潰されてしまった。

「ええ、あたしもそう思います。マフィアの構成員と戦うような正義感の強い男が、そんな事をするとは考えられませんねえ」

 コロンボは飄々と続ける。

「しかしですね、マフィアの報復と考えても、やっぱり不可解なところが出てくる」

「ほう、それは」

「いやね、例えばマフィアが殺したとしてですよ、それを物取りの犯行に偽装する意味がないでしょう? 普通マフィアってのは、自分たちがやった事件がデカければデカイほど、自分たちの手柄だと自慢するはずですよ」

 サカキはそれを考えるふりをしながら「なるほど」と、コロンボに返す。

 コロンボは頭をかきながらサカキに問うた。

「サカキさんはどう思いますか? この妙な構図」

「さあ、さっぱり分かりません」

「あたしは一つ仮説を立てているんですがね……いや、やめときましょう、人に話すにはあまりにもバカバカしい」

 恥ずかしげに頬を掻くコロンボに、サカキは自らが誘われているのではないかと思い始めていた。しかし、目の前の男がこの事件についてどこまで掴んでいるのかも気になる。

 彼はそれに飛び込むことにした。

「ここまで言っておいて、そこだけ誤魔化すというのは酷な話でしょう。ぜひとも語っていただかないと」

「ええ、そうですか……興味あります?」

「ありますね」

「いやでも、あなたは急いでいらっしゃるし」

 コロンボを怒鳴りつけてやりたい衝動をこらえながら。サカキは笑顔で答える。

「なに、駆け足で行けば間に合いますよ」

 そうですか、と、形だけの謙遜を見せてから、コロンボは言う。

「つまりあたしが考えているのはね……手を下したロケット団の人間が、この事件とロケット団を関連付けて欲しくないと考えているから、こんな偽装工作をしたんじゃないかと考えているんですよ」

 コロンボの推理力に、サカキは心の底から震え上がっていた。そして、更に情報を引き出そうとする。

「よくわからないですね、どんな状況でそんな事が起こると?」

「ここからがあたしの推測の恥ずかしいところで……ロケット団構成員との小競り合いの中で、被害者は知ってはいけない何かを知ってしまったんじゃないかなと……まあこれは、ロケット団が秘密主義の組織だと聞いてあたしが勝手に推理しただけなんですがね」

 コロンボはふふふ、と笑ってから「どう思います?」と、サカキにパスを出す。

 サカキは一瞬頭の中を空にし、自身がジムという城と手塩にかけて育てた息子のような存在を一度に消された悲劇の男だということだけを思い出しながら答える。

「コロンボさんほど頭の切れる人が、物取りの犯行ではないとした以上、可能性はなんだってあるでしょう。私がただ望むのは、物取りだろうがロケット団だろうが、犯人が逮捕されて、トキワに平和が戻ることですよ」

 コロンボは「いやほんと、全くそのとおりですなあ」とそれに返した後に、右手をサカキの前に差し出す。

「いやあ、お忙しいのにお時間取らせてしまって。おかげさまで頭の中が整理できました」

 サカキはそれを握り返して答える。

「いえいえ、こんなことで良ければ」

「はい、ありがとうございました」と、コロンボは一旦サカキに背を向けたが、すぐさまレインコートを翻してサカキの方に向き直ると「すみません、あと一つだけよろしいですか?」と言い、サカキの返答を待つより先に言う。

「事件のあった日、サカキさんがジムから出る時には、本当に誰もいませんでしたか?」

 それに関しては、サカキの中でも整理がついている事だったので、彼はなんの苦もなく答える。

「ええ、誰もいませんでしたよ」

 コロンボはニヘラと笑う。

「ああ、そうですか。いやね、検死の結果、被害者が殺されたのは夜の十二時から二時頃って出ましてね。まあ犯人は殺人を犯してから短くても一時間現場に居座り続けたことになるんだがまあそんなことはどうでもいい。確かサカキさんがジムを出たのは夜の十二時を回ったあたりでしたよね」

「ええ、そうですよ」

「そうですか……いやね、時間から考えると、サカキさんがジムから出る時には、いや、もしかしたらサカキさんがジムにいるときから、被害者は殺されていたかもしれない……念の為聞いたんですよ」

 ありがとうございました。と残して、コロンボはサカキに背を向けた。

 サカキがコロンボの言葉に怒るべきか、それともあっけにとられているべきかを考えているうちに、コロンボは玄関の扉を締めた。




 昔とある刑事コロンボのファンブックにこのようなことが書いていました。
「コロンボの推理は状況証拠がほとんどなので裁判ではほとんど負けるだろう」
 当時はそれを見てむっと思っていましたが、今考えれば確かにコロンボが犯人を追い詰めるときの証拠はその殆どが決定的なものではなく、むしろこじつけのように思えることもあります。
 しかし、そのような状況でも、犯人の心を折り、言い逃れを出来なくさせる力こそが刑事コロンボの魅力です。時には厳しく、時には敬意を持って、コロンボは犯人を追い詰めるのです。
 特にその手法が現れているのは『別れのワイン』でしょう。あの話も決定的な証拠に欠けますが、犯人の心は徹底的に折れ、最後はコロンボにすがるように自供しました。
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