コロンボ警部がジムリーダーサカキに目をつけたようです 作:rairaibou(風)
ロケット団ボス、サカキは、決して油断をしていたわけではない。
近くに起こる、ある大きな計画のために訪れたロケット団のアジトで、彼はある少年と戦った。
当然その少年は、招かれざる客であった。彼がかぶる赤い帽子は、ロケット団の服装として似つかわしくない。
どうやらその少年は、ゲームコーナーの秘密のスイッチを見つけ、アジトに侵入してきたらしかった。当然、そのスイッチには見張りがついていたらしいが、その少年は見張りを倒し、有ろう事かアジトにいたロケット団の殆どを倒し、サカキのいるボスの部屋にたどり着いた。
その少年を、サカキは武力によって追い払おうとした。彼はジムリーダーと悟られぬために別に用意しているポケモンたちを繰り出し、そして、その少年に敗れた。
サカキは愕然としながら、しかし、至極冷静にアジトを捨てた。たった一人の少年に壊滅させられたことはもちろん想定外のことではあったが、ロケット団がさらに力をつけるための最後の計画は、すでに進んでいる。それさえが成功してしまえば、ロケット団は更に大きな、アジトと呼ぶには語弊があるほどの本拠地を手に入れる事ができるのだ。
敗走の中、サカキは考えた。その少年に、素顔を晒すことがなかった事こそが、最も大きな不幸中の幸いだ。
サカキはロケット団のボスとして活動する際に、ある幹部による変装術によって、素顔とは全く違う顔を手に入れる。当然だ、ロケット団のボスとして活動する時に、世間にしれた顔であるサカキの素顔を出す訳にはいかない。そして、今回はそれで救われた。
赤い帽子の少年、彼の実力ならば、必ずジムバッジを七つ集め、八つめのバッジを手に入れるために、トキワジムを訪れ、トキワジムリーダーのサカキと戦うことになるだろう。
サカキは、それに対して複雑な心境を抱いていた。その少年の才能は、言葉では言い表せないほどに素晴らしいものがあった、彼のポケモンは彼に懐き、彼のためにすべてを出し切ろうと力を振り絞り、その少年もまた、ポケモンたちがその力すべてを引き出すことの出来る戦術を組み立てる。
表の顔、ジムリーダーとしてのサカキは、それを嬉しく思っている。その少年はいずれ間違いなくバッジを八つ集め、四天王、あるいはチャンピオンとも互角に戦うような、この世に存在する全てのトレーナーの模範となるような存在になるだろう。教育者の一人として、それを嬉しく思わないはずがない。
だが同時に、ロケット団ボスとしての自らは、その少年の正義性を嫌悪しているのだ。アジトを壊滅させたその実力を疎ましく思っているし、憎らしくも思う。
あるいは、彼ほどの、その少年ほどの実力、才能、賢さを併せ持つトレーナーが、ロケット団の幹部として君臨してくれたならば、と考えてしまう。そして、それはつまり、素晴らしいトレーナーになる資質のある少年を、ロケット団という、悪の道に落とそうとしているということ。表の自分が、それを激しく嫌悪する。
その考えは、良くないのだ、むしろ、ロケット団に存在する、素晴らしい実力を持った幹部たち、彼等が堂々と道を歩けるような、表の顔を持っていないことこそに、憤るべきなのだ。
☆
その日、タマムシシティは大変な賑わいを見せていた。
もちろんそれは、カントーの中心街であるタマムシシティにとって、賑わいが日常であることを差し引いてもである。
賑わいの中心は、街の中心にあるゲームコーナーだった。普段から人でごった返しているその娯楽場は、その日は中も、そしてその外にも人の波を作っている。
ジュンサーと共にそれらをかき分けながら進むコロンボは、トキワシティのアレとは比べ物にならないなと考えていた、だが、それをジュンサーに言うことは出来ない、ふたりとも人の波を泳ぐのに必死で、それどころではなかった。
タマムシゲームコーナーが、その実ロケット団のアジトも兼ねていた。と言う衝撃的事実は、まだしばらく、タマムシシティを普段以上の熱狂に包みそうだった。
タマムシゲームコーナー地下、ロケット団アジト地下四階。
ケージは、ボスがいたとされる部屋を忌々しく思いながら見回し、ロケット団というマフィアが、自分や、大多数の社会が考えていたよりもはるか大規模にカントーを蝕んでいることを実感していた。
彼の知る限り、タマムシゲームコーナーは歴史の古い建築物ではない、数年前、突如としてタマムシに出来上がった。今考えれば、それとロケット団の台頭は関連付けすることが出来るのかもしれないが、そんなことは今はどうでもいい。
これほどの大規模な隠蔽、地下四階まで続く大規模なアジトを作ることが出来る政治力。単純に考えるだけで、建築会社、労働者、役所、それらすべての人間が、ロケット団のこの企みを隠蔽していたという恐怖。それら全てにロケット団の息がかかっていると考えるだけでも、その規模の大きさに震える。
ケージはその部屋の奥にある革張りのソファーに近づき、その表面を手のひらで撫でる。
彼はインテリアに対して詳しいわけではない、妻と家具屋に行っても何の興味もわかず、二軒目をせがまれて苦い顔をすることすらある。しかし、そんな彼ですらも、そのソファーに使われている革が、自分の家にも、警察局にも、かつて行ったことのあるジムリーダーの家にあったものよりも高級である事を理解できた、本当に良いものは、素人にもその違いがわかるものだ。
彼は小さくそのソファーを蹴った。おそらく誰も、それを見てはいないだろうし、仮に見ていたとしても、それにむなしげな視線を投げかけるだけで、彼を非難はしないだろう。
この得も言われぬ怒りをどうしようかとケージが考えていた頃、エレベーターの扉が開き、もはや見慣れたボロボロのレインコートが目に入る。
エレベーターから降りたコロンボは、感心したようにそこらへんを物色しながら部屋に入り、葉巻を持った方の手を上げてケージに挨拶した。ジュンサーは周りの警官に挨拶して回っていたのだろうか、少し遅れてからコロンボの後についてくる。
「ケージさん、こりゃあ、とんだことで」
門外漢のコロンボでも、この状況の陰惨さは理解できるようだった。
ケージは、緊張感のないコロンボの態度に力が抜け、なんとか冷静さを取り戻しながら、目を伏せて答える。
「コロンボ警部にはお恥ずかしいところをお見せした……これはある意味、カントー警察局始まって以来の大事件になるかもしれない」
「まさかこんな町中にアジトを構えるだなんて、励ますわけじゃありませんけど、ロサンゼルスで同じことがあったとして、果たして気づけるかどうか」
コロンボもまた、ロケット団の政治力に驚いていた。
そして彼はソファーを指さして言う。
「見てくださいよこのソファー、天然の革張りだ……こんなのウチの署長の家にもありませんでしたよ……高いし手入れも大変だろうに、よくこんなもの置く気になれますよね」
「まったくだ」と、ケージはおそらく初めてコロンボに全面同意した。
「しかし……一体どうしてこんな事になったんです? 彼女が言うには、一人のトレーナーがここを壊滅させたと言うんですが、まさかそんな」
「それがそのとおりなんです」と、ケージは素早く答える。
「たった一人のトレーナーが、単独でこのアジトを発見、乗り込み、壊滅させた。とても信じられないことだが、どうやら本当にそうらしい」
「へぇ」と、コロンボは思い切り背を反らしながら天を仰いで、驚きを表現した。
「それどころか」と、ケージは続ける。
「そのトレーナーは、この部屋でロケット団のボスと戦い、そして勝利したという」
「なんですって!」
コロンボは信じられないと言ったふうに大げさなアクションを見せるが、ケージもジュンサーもそれを笑わない。それを動きで表すかどうかは別として、それを初めて聞いたときには、彼等も同じようなことを思ったのだから。
「するとここは、ボスの部屋だったと」
コロンボの問いに、ケージはソファーを指さしながら答える。
「まあ、これからしても、ボスや幹部などが使う部屋だっと考えるのが妥当だろうな」
ふんふん、と頷きながら、コロンボは葉巻の先端が、大分灰となっていることに気づき、振り返ってジュンサーに言う。
「あの、どこかに灰皿ない?」
緊張からか、少し脂汗をかいていたジュンサーは、それでもコロンボに切れの良い返事を返し、キョロキョロと小走りに部屋を周りながら探すが、どうやら見つけられないようだ。
ため息を飲み込みながら、ケージは懐から携帯灰皿を取り出して、コロンボに手渡した。すくなくとも煙に関してのマナーは、ロサンゼルスよりもカントーのほうがずっと進んでいるようだった。
「ああどうも、こりゃ便利ですなあ」
コロンボは楽しげにそれに灰を落とした。
「しかし、珍しいですなあ、普通灰皿の一つや二つあるもんですがねえ、ボスが嫌煙家だったんでしょうなあ」
コロンボはもう一度楽しげに携帯灰皿と戯れてから、ケージに問う。
「ボスは逃げたんで?」
「ああ、まあ、それは我々の仕事だ」
「おっしゃる通りで。しかし、そのトレーナーは英雄ですなあ。今頃新聞やテレビに引っ張りだこでしょう」
コロンボの考えは最もだったが、ケージは手を振ってそれを否定する。
「いや、そのトレーナーが英雄であることは疑いようのない事実だが、今回は事が大きすぎるから強力な報道規制を敷いている。そのトレーナーが何者であるかは警察の中でもごく限られた人物しか知らないし、絶対に外には漏らさない」
「なるほど、それは懸命なお考えですなあ、その判断を知ることが出来ただけでも、私がカントーに研修に来た甲斐があるというものです」
ケージはコロンボの称賛に複雑な表情を浮かべながら頷く、確かに大きく、そして懸命な判断だが、そこに至るまでのすべてが、カントー警察局の汚点だった。
「あ、そうだ。ボスの人相は取れたんで?」
ケージはそれに苦い顔をする。
「一応人相書きは作ったが……ほぼほぼ無意味と言っていいだろうな。顔を変えていないとは思えん」
「それでも、性別とか、体格くらいはわかりそうなもんでしょう?」
「性別は男でほとんど間違いないと思うが……体格はどうだろうな、その気になれば、スーツにも靴にもいくらでも仕込める」
「確かにそうですなあ……こう言っていいもんかどうか分かりませんが。ロケット団のボスはとても頭の良い人物らしい。慎重で、狡猾で、大胆だ。負けたというのも、あるいは本気ではなかったのかもしれない」
暴力組織の首魁を褒め称えるその発言は、咎められてもおかしいものではなかった。事実、その発言を聞いたジュンサーは、ケージの怒号を覚悟して身をすくめる。
しかしケージは「そういうことでしょう」と、渋い顔をしながらもそれを肯定する。この大都会のど真ん中に、ここまでのアジトを作られていたと言う衝撃は、ケージのプライドを激しく傷つけていた。
コロンボシリーズは、旧コロンボ(1968年と1971年から1978年までと)新コロンボ(1989年から2003年まで)の二つに分けることができます。
旧コロと新コロの大きな違いは演出面です。旧コロンボは良く言えば静かな、悪く言えば地味(最も、旧コロンボも後期は色々挑戦的な内容をしたりもしていますが)でしたが、新コロンボはある程度リアリティを削って派手な演出が目立ちますね。
それが特に出ているのは新コロンボ2話『狂ったシナリオ』だと思います。それまでのコロンボは犯人役が「コロンボ君」と呼ぶことが多く、つまり犯人役がコロンボより年上だったのですが、この作品では犯人はコロンボよりも大きく年下の天才少年映画監督です。
ラストの演出もリアリティを重視するような人が見たら批判したくなるような演出ですが、自分は結構好きです、何でもかんでも勢いと興奮があってその瞬間に楽しく思えたらそれでいいのだと思います。